差出人:   Osamu Ichiyoshi <osamu-ichiyoshi@muf.biglobe.ne.jp>

送信日時:             2020830日日曜日 14:50

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件名:      健康長寿;治すより生きよ

 

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願いします。二十一世紀産業研究会とは「人が全国どこでも働き、生涯豊かに生きられる世界」を提案

し研究する会です。研究しながら理想の二十一世紀世界を実現しましょう。

 

先週神奈川の自宅に戻りました。札幌も結構猛暑でしたが神奈川の自宅の暑さは一段と輪をかけた暑さ

です。札幌では殆ど聞く事の無かった蝉の声が相模原の自宅の回りには満ち満ちていました。約三か月

ぶりの帰宅でしたが、庭は一面人の背丈を越す雑草に覆われていました。中でも大きいのはアカザです。

老人の杖になる程には到りませんがそれでも小さな木のような大きさです。その葉はホウレンソウに勝

る栄養価があり、縄文時代には常食されていたそうです。鎌で一通り切り払うのにまる一日かかりまし

た。雑草に埋もれていた畑のニラや一列のバラの樹が弱弱しい姿を現しました。驚くべきは雑草の成長

の速さ、その生命力です。人間を含めたあらゆる動物の源はこの植物の生命力にあると思います。

私は歴史で過去の飢饉について学んだ時餓死した人々は何故雑草を食べなかったのかと疑問を持ちまし

た。畑に生える殆どの雑草は食べられると思います。私が子供の頃我家は春にはセリ、ワラビ、タケノ

コなどの文字通り野菜を随分食べました。以前牧野富太郎を読んでいたら植物学を学ぶ利益の一つとし

て食糧の確保を上げていました。

 

健康長寿

は万人の理想でしょう。かって日本の国民病であった結核や胃癌は栄養の改善や冷蔵庫の普及による塩

分の過剰摂取の防止が奏功して随分減りました。代わって今の国民病は癌や鬱病ではないでしょうか。

何れも原因は食物、運動、休養の偏りだと思います。更に元を辿れば人の心の歪だと思います。何故な

ら人の行動は心に発し、その結果は心に戻るからです。心と健康の繋がりはおそらく人が人間になった

時から気づいていた事だと思います。

 

心とは何か

同語反復にはなりますが、人間とは人の心を持つものであると定義できるでしょう。同語反復はそれが

閉じた世界である事を意味しています。今から振り返るとあらゆる側面で馬鹿馬鹿しかったあの戦争も

当時の人々の心の範囲では全く別の世界が見えていた、いや見えなかった事でしょう。罪深いのは国民

に真相を隠した皇軍と、戦争の最悪の被害者である戦争孤児を見捨てた日本国の政治屋そしてそれを選

んだ未熟な国民ですね。

心の範囲は経験と知識で制限され、ものの見え方は心の持ち方でまるで異なります。

 

パラリンピアン

こそsportschampionだと思います。昔は身体障害者は世の日陰者のような立場におかれ、健常者も

その境涯に陥る恐怖を潜在的に抱いていました。Paralympianの活躍により、障害はその人の個性であ

り、人間としての可能性は減るものではない事が明らかになってきました。健常者を凌ぐ記録を残した

400m走のO.Pistriusはその走りでしたが、今では走り幅跳びでもパラリンピックとオリンピックの記

録は大差無くなっています。マラソンにおいてはオリンピックはパラリンピックに遥かに及びません。

二足走行と車椅子マラソンは全く別の競技と見るべきですが、驚くべきは車いすマラソンの記録です。

おそらくマラソンの記録が二時間を切る事はあり得ないでしょうが車いすマラソンでは今でも一時間半

そこそこです。

 

学者

パラリンピックだけでなくALSを患いつつ歴史的な宇宙論の研究を成し遂げ、長寿を全うした

S.Hawkingは万人の心の支えになっています。

古くは江戸時代に盲目の文献学者として有名だった塙保己一は夜弟子に講義をしている時に風で灯かり

が消えたので弟子が「先生、灯かりが消えました」と言うと「目明きは不便なものだのう」と言ったそ

うです。私の幼時に父が話してくれました。

 

超高齢化社会

老人に対する認識も大きく変わりつつあります。私は四半世紀前の英国勤務時代、昼休みに近隣の墓地

をよく散歩しました。墓の文字を読んでつい半世紀前まで正しく人生50年であったのだと感じ入りまし

た。私も既に古希を過ぎましたが、今の日本には百歳老人が6万名を越えるそうです。しかも健康な人

が多いですね。

高齢化社会の問題は医療、年金などの社会保障費の増大による財政問題だけでなく、多くの人が人生の

最後の平均10年を病床で過ごしている事自体が大きな不幸ではないでしょうか。

現在日本人の死因の第一位は癌であり、「癌との壮絶な戦いの末に亡くなった」という記事を時に目にし

ます。私はどうも従来の高齢者の生き方に問題があるのではないかと思います。

 

社会から引退すべからず

私の両親は二人とも最後まで頭は正常でしたが各自の癌の過程を最後まで辿った末に死亡しました。実

2014年末に先の事を考えて両親が長年住み慣れた一戸建ての我が家からCare付き高齢者マンション

に引っ越しをしてもらいました。するとそれまで何年も安定していた両親の癌の指標が揃って急激に悪

化しました。私は両親が顔は笑っていても引越しはつらかったのだという後悔と心が体を支配するとい

う安保・福田理論の正しさを痛感しました。結局そこから母は10ヶ月、父は18ヶ月後に亡くなりまし

たが、その間私も大半の時間を両親と過ごし楽しく暮らす事ができました。今両親の死を振り返ると寿

命が来る前に社会から引退し、趣味もやり尽くして、最早この世でやる事が無くなった事が本当の死因

だったと思います。この経験から健康長寿の為には「社会から引退すべからず」という提案をします。

地域の掃除、子供の見守り、子供食堂の手伝い、子供の学習支援、貧困家庭の物的支援、進路相談、地

域の独居老人との連絡網、専門分野の研究、社会問題に対する提言、社会福祉団体への寄付、災害から

の復旧手伝い、地方政治の監視、家庭菜園、耕作放棄地の再生、更には起業等々限りなくできる事はあ

ります。この前中村哲さんの「医者、用水路を開く」を読んで中村さんが土木学会から技術賞をもらっ

たのも良く分かりました。この本は多様な内容のある本ですが土木の技術書として読んでも十分読み応

えがあります。

 

健康

何より心身の健康が重要です。ガンの辞典のメルマガでは余命を告げられた癌難民で生き方を変えて長

期生存している方が沢山紹介されています。その生き方の変化を一言で言えば「治すより生きよ」です。

 

  治すより生きよ

病を治すより、先ず生きるべし

生きて楽しみ、楽しみて生きる

時を重ぬれば、病は消えむ

体を治すは体にまかせて

己がいのちを楽しみて生きむ

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* 市吉 修   Osamu Ichiyoshi                    

* 二十一世紀を楽しく生きよう会                    

* Human Network for Better 21 Century      

*  http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/

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