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送信日時:	2018年4月14日土曜日 21:18
宛先:	
件名:	札幌便り、世界の愛唱歌

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世界の愛唱歌
文部省唱歌として私達に懐かしい歌の多くは明治時代に外国から入ってきたものです。多くの日本人はそれらが外
国から来たものと夢にも思わないほど日本の文化に成りきっています。今は私達が孫を寝かしつけるのに大いに
役立っています。

長田暁二著 世界の愛唱歌 ヤマハミュージックメディア
にはそれらの歌の由来が解説されています。面白いのは歌が文化の国境を越えると全く別の歌詞がつけられる事
が多いということです。黒人霊歌や教会聖歌の多くが日本に入ると自然の美や故郷を偲ぶ歌詞に代わっています。

逆に同じ歌詞に複数の異なる曲が当てて歌われる場合もあります。日本の歌では「海は荒波、、、」で始まる砂山が
その例ですし、ドイツにはゲーテの詩「野ばら」につけられた少なくとも二つの曲があります。

ドボルザークの交響曲「新世界」から採られた曲につけられた「家路」を見たら私達が習ったのとは異なる詩になっ
ていました。
堀内敬三訳
    家路
遠き山に日は落ちて
星は空を散りばめぬ
今日のわざをなし終えて
心軽く安らえば
風は涼しこの夕べ
いざや楽しきまどいせん
まどいせん

これに対して私達が習ったのは

灯影窓にゆらめけば
母の瞳しのばるる
夕日落ちた故郷の
道に立てばなつかしく

最後の三行が思い出せません。どなたかご存知であればお知らせ下さい。

宝は己が内にある
昼はむずかる孫を落ち着かせ、夜は安らかに眠らせる歌は貴重な財産です。小学生の時「歌は心で歌うもの」と習
いましたがまさに同感です。音楽に限らずあらゆる学問芸術はどこにあるか、それは人の中にあります。楽譜や絵、
書物は学問芸術を伝えるための手段であり、それ自身では無価値です。現に後世に何の遺産も残さず滅び去った
古代文明の文字の解読は原理的に不可能です。

むずかる孫に歌が通じない時は冷蔵庫の中を見せたり、金属に磁石がくっついたりする様を説明しながら触らせる
と必ず泣き止み、賢そうな表情に変わり、もっと見せろという風に要求します。人の中にあるこの好奇心があらゆる学
問の原動力だと思います。
夜寝かしつけようとしても歌が通じない時があります。そういう時は母親の出番です。孫の中にあるもの、それは親の
愛を求める心です。


   人の宝
ものを思い、事を究る
宝は己が内にぞある
ものを為し、事を知らしむ
宝は人と共にぞある

人の宝は己が内にある事を人はおおにして忘れているのではないでしょうか。塾に行けない貧困家庭の子が不利
になり貧困の連鎖が起こるとは我々が肝心の事を忘れているのだと思います。以前報告した頼東進は乞食の子で
したが、運よく小学校に上がれてからは中学卒業までずっと一番の成績でした。頼少年は外の宝には恵まれなかっ
た代わりに内の宝を最大限に活用したのです。
人の宝は人と共にある事もよく忘れがちな事です。高齢化社会になって終活講演なるものが流行っていますが、年
老いた両親は遠くの施設に入り、普段の行き来が少ない場合が多いと思います。これは宝をどぶに捨てているよう
なものです。私は両親の最後まで約一年半郷里で共に暮らしましたがそれは何物にも勝る終活でした。

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* 市吉 修   Osamu Ichiyoshi                    
* 二十一世紀を楽しく生きよう会                    
* Human Network for Better 21 Century      
* http://www5e.biglobe.ne.jp/~kaorin57/
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