デナリ再訪〜バックカントリー・イン・デナリ

2003/6/3-4 同行 石川

【1】

ツンドラの丘を登る ちょうど4年振りのアラスカだった。

 一人でチャリを携え乗り込み、アンカレジから旅を始めたのは、4年前の6月初めのことである。再訪したいと思っていたが、その機会もなく月日は流れ、あの時の記憶は鮮明であるにもかかわらず、気が付けば4年という歳月が過ぎていた。
 その間に何が変わったろう。自分の考えも価値観も、何も変わってはいないような気もする。本当はそれじゃいけないのかもしれない。もっと前に進んでいるべきなのかもしれないが、何もできずに年ばかり重ねてしまった。それはただ、そういう気がしているだけなのだろうか。

 今回は7日間という限られた時間をアラスカで過ごすことになっていたため、目的をデナリ国立公園のみにしぼり、一泊のバックカントリー(トレッキング)をハイライトに据えた。同行は海外トレッキング初の石川。

 シーズン初めで、デナリ国立公園にはそれほど多くの人出はない。前日に、目をつけていたアイルソン山麓エリアのパーミットを取ることができ(インフォメーションは末尾を参照)、6月3日、乗客5人だけのキャンパーバスでパークロードを奥へと入った。途中、グリズリーと三匹の子熊が間近で見られた。4時間弱でアイルソン・ビジターセンターに到着したが、雲が広がりマッキンリー(6194m)は姿を隠してしまっていた。

 辺りの山にはまだ雪が多く残り、若葉も充分に芽吹いていない。

 眼下に広がるソロファー川の河原へ向け、ツンドラの丘を下る。

 デナリのバックカントリーはワイルドである。パークロードを外れるとトレイルは無く、地図を見ながら自分で歩くところを決めてゆく。幕営場所もパークロードから見えなければ自由だ。その分トレッカーには環境へのローインパクトの高い意識が求められる。

 グリズリーを初めとする野生動物がそのままに動き回っている生活圏である。植物を含めた自然の生態系を崩すことなく謙虚に歩かなければならない、我々ヒトが自然の一部となって。

 ソロファー川を渡渉し、広大な河原をひたすら歩く。カリブーの群れが河原を横切っている。グレイシャー・クリークと呼ばれるムルドロウ氷河のモレーン横に切れ込む細く緩やかな沢へ入る。ここにはまだ雪が残り、その雪上を細く蛇行する流れができている。ゴロ石の小さな起伏のある荒涼とした沢を一時間余りつめると、沢の向こうに高い雪峰が見え、やがて視界が開けた。広河原の正面に見えるツンドラの丘、グリーン・ポイントが幕営に良さそうだった。

 しかしそこからも案外時間がかかり、近付くにつれ、視界のききそうな丘は予想以上に大きなものであることが分かってきた。
 ふかふかのツンドラ地を踏み、丘を登る。一山越えた先はちょっとした窪地となっていて、雪解け水が小川となって流れていた。まるで天国のような環境の場所で、そこを我々だけで旅できるとはこの上ない贅沢に感じられる。小川から水を取り、目の前の丘を更に登っていった。


【2】

 視界が良く平らな場所を求めてコルになった部分を目指して登る。それに従って目の前の景色はどんどん開けてくる。地の堅い、幕営に良さそうなところへ登りついた。

グリーン・ポイントのキャンプ そこは失神しそうになるほど素晴らしいところだった。眼下のムルドロウ氷河を隔てて雪峰が広がり、左右は緑のツンドラの丘と雪山。足下は高山特有の小花と植物、そして幾つもの地リスの巣穴が開き、リスたちが方々で顔を見せては走りまわっている。盟主マッキンリーは、しかし雲の中だった。

 これほど恵まれた自然の中でキャンプをするのは初めてかもしれない。入域者数制限は本当の自然をそのままに保つことに成功している。そしてそれは訪れた者に確かな感動をもたらしてくれる。デナリのバックカントリーは、トレイル歩きとは一線を画す真にワイルドなトレッキングを味わえる。何の指定もない、自由な歩き旅ができる。

 クマには注意を払う必要がある。この地の主は彼等であると言ってもいい。地の堅いコルにテントを張ったが、調理はそこから風下に100m以上離れた場所でしなければならない。匂いでクマが寄ってこないようにするためだ。しかし食事後どういうわけか風向きが変わり、テント側へと風が吹くようになってしまった。それでも辺りにクマのいる気配はなく、それほど怯える必要もなさそうだ。

 更に食糧を初めとした匂いのきついものは、強化プラスチック製のコンテナに入れ、調理場とテントそれぞれからまた100m以上離れた場所に置く必要がある。それほどクマに対して万全をはかるのは万が一に備えてのことだが、デナリ国立公園においてこれまでクマに襲われヒトが死亡したケースはないという。

ムルドロウ氷河とデナリ峰 夏至の近いこの時期、闇夜の訪れはなく、山の染まる日没と日の出のはっきりした境がない。夕刻、といっても午後10時頃だが、テントから出ると、雲がとれ、マッキンリーが全貌を現していた。ムルドロウ氷河から前山を経て立ち上がる峰はどこまでも白く、極北の山特有の匂いを放っている。

 本当に大きな山だ。

 盟主を初めとした山並みのパノラマを一人占めする丘にキャンプである。泣けるほどいいところだ。人生にこんな幸せな時間はどれほどあるだろう。登山とは違った質の大切な時間が流れている感覚だった。
 
 翌朝目覚めた時、テントから顔を出すとマッキンリーはクリアな空気の中、一点の曇りもなく姿を見せていた。何枚も写真を撮る。

 背後の峠を越えてアイルソン山を一周するルートをとろうと思っていたが、峠を越えた辺りにはまだ雪が多く残っているし、目的のマッキンリーの景色も満喫できたため、同じルートを引き返すことにした。のんびりと、山を眺めながらサンドと紅茶の朝食をとり、テントを畳む。朝方は氷点下になったのか、池塘辺りには氷の張っているところもある。

 気分良く丘を下り、河原へ出て沢すじへ入って行く。ソロファー川の大河原へ出ても、背後になるマッキンリーは曇ることなく、モレーンの向こうに大きく見える。離れてもなお、その巨大さは際立っている。

 前日と同じ場所を渡渉し、アイルソン・ビジターセンターの建つ丘を登り返した。バスでやってきた何人もの観光客がいたが、その誰より優雅な時間をキャンプで過ごしてきたと思うと嬉しく、この人たちにはない「宝」を持てたようで幸せな気分だった。

 アラスカには広大な大地がある。そこにそのままの自然がいくらでもある。乗り物で観光するのではない、自分の足で歩き、移動してこそそれら「ホンモノ」を感じることができると思う。何度も訪れたいと思う場所だ。


インフォメーション
アクセス
日本からアラスカ・アンカレジへの直行フライトはない。本土かバンクーバー経由になる。アンカレジからデナリ国立公園へは、グレイラインが定期バスを運行しているが片道$80と高い。ミニバスを運行する会社が二つあり、$60前後で今回はこれを利用した。所要5時間半。ハイシーズン以外は前日に現地で予約の連絡を入れれば席は取れるようだ。
デナリ国立公園
一年中オープンしているが、ハイシーズンは6〜9月(ピークは7〜8月)。ピーク時はキャンプなどの事前予約は必要だろう。バックパッカー専用だったモリノ・キャンプ場は’03になくなってしまった。入り口のライリークリーク・キャンプ場にいくらかその分のスペースが用意されている。公園内にキャンプ以外の宿泊施設はない。園内のパークロードを入るなら、$5の入域料がかかる。
バックカントリー
キャンプ場以外でテントを張る場合はパーミットを取得する。つまり、一泊以上のバックカントリー・トレッキングをするときはビジターセンターで手続きをしなければならない。園内は43ブロックに分割され、各ブロックで入域者数制限をしている。今回我々が入ったエリアは#13。ビジターセンターで各エリアの簡単な紹介資料が閲覧できる。許可申請をし、バックカントリーのビデオを見てレンジャーの説明を受けたあと、クマ対策のフードコンテナとともに、サイン入りのパーミットが発行される。許可料は無料。地図コーナーがあり、1:63360地形図をここで買う。
交通
シーズンは観光用のシャトルバスが頻繁に出ているが、キャンプをする者は日に3便のキャンパーバスを利用しなければならない。一律$22.50で、乗り降りは自由。帰りはスペースがあればどのバスでも乗れる。チャリでパークロードを走ることは許されているが、レンタカーなどの一般車は入れない。
売店
ライリークリーク・キャンプ場近くに唯一の売店があるが、品数に限りがある上高い。キャンプの食糧は多少の肉類と缶詰があるが、野菜は時々しか手に入らない。燃料はキャンピング・ガス・カートリッジとホワイト・ガソリンは売られている。$4でシャワーが浴びられ、コインランドリーも併設。食糧や装備はアンカレジかフェアバンクスでできるだけ用意すべきだ。
天候
山を見るなら、最も天候の安定する5月下旬から6月上旬が最適。8月下旬から9月の紅葉期間前後も良いようだ。ピークシーズンの7、8月は、ツンドラが緑で覆われ花も賑わう季節だが、雲が多く雪山が見えるのは稀とのこと。雨も多い。気温は雪の季節はもちろん寒い。6月は朝方0℃前後にもなり得るが、日中は東京の4月と同じくらい。夏季は日が出れば気温も上がるが、空気が乾いているので気温差が大きい。山に入ると同じように防寒には気を使う。なお夏季は非常に蚊が多いので、特別に防蚊対策用装備を用意した方が良さそうだ。
その他の詳しい情報はメールで直接問い合わせいただきたい。知る限りの情報を提供します。

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