リカンカブール火山 |
南米アタカマ高地(チリ・ボリビア国境)リカンカブール火山5916m 2004/7/3 |
【1】 「世界最悪の道、世界最高の景色」 「またか。もういい加減にしてくれ」 乾季にしては意外にも雪景色になった峠からようやく下りに入ってゆく。 麓の標高は4300mだが、峠はそんなに高かったかと思えるほど長く下り続け、砂地の悪路をくねくねと走り、二つに分かれたラグーナ・ベルデの西側の湖畔に立った。 「これなら行けそうだ」 実際に登るルートを目の前にした時の感覚は大事だ。山に、そこにある自然に呑まれているか、太刀打ちできるかがここで分かる。 標高差1600mをベースから一日で往復する算段だ。ちょうど富士山の五合目から山頂の往復と同じ標高差だが、高度がずっと高い分富士山より厳しいものになりそうだ。 湖の連結部の細い流れを何度か往復して自転車と荷を対岸へ渡し、裾野を登った適当な岩影にテントを張った。 【2】 山を目の前にした夜はどうしてこうも眠れないのだろう。穴が開いてぺしゃんこのエアマットのせいだけじゃない。未明に起き上がり外へ小便に出ると、無風で眩しいほど明るい月が出ている。天候は良さそうだ。 4時5分、出発。 初めは湖畔から緩やかに伸びるアプローチ道を進み、やがて左隣のフリケス峰とのコル下の切れ込みへと導かれるように登って行く。 月はリカンカブールのちょうど火口に吸い込まれるように消え、月光に照らされていた足下も暗くなる。 前日までに降った雪の吹き溜まりでは脛までもぐることもある。 やがて日の出を迎える。 火山は高度をかせぐほど景色がひらけるという良さはあるが、登り自体は単調極まりない。 8時過ぎ、5300m辺りにあるインカの石積みを通過。思ったより時間がかかっている。そんな焦りを見透かしたかのように中西氏が口を開いた。 「まあ、じっくり行きましょう」 その言葉に励まされる。 じっくり行くと徐々にスカイラインも近づいてくる。 上部の地形が不明瞭で、真上にある岩のピークをどちらへ巻くか迷う。左のコルになっている方へ抜けられそうで、そちらへ左上すると、ようやくスカイラインへ登り抜けることができた。 しかし行く。諦めるべき理由はない。 平らな場所を横断し、徐々に急になるつづら折りの雪道を登る。傾斜は見た目以上にきつく、角ごとに立ち止まって呼吸を整える。激しく動いてしまうと、気が遠のくほど息苦しい。呼吸とはこれほど困難なものだったか。雪の下はぐずぐずのザレで蟻地獄の登り。一歩でほんの少しでも上がれればいい。それで確実に最高点へ近付いているはずだ。 急なつづら折りをクリアすると緩やかになる。少し進むと、それが山頂お鉢の一部であることが分かった。右奥に石積みと、隣にエビのシッポの付いた木杭が見え、そいつが最高点のようだ。ゆっくりと一定のペースで近付いていった。 11時登頂。登りに6時間55分を要した。 山頂からは惑星的な荒漠とした大地と、無数の火山、湖がボリビア、チリ、アルゼンチンにまたがって広がっている。 人間的あたたか味のこれっぽっちもない山頂に長居は無用だ。10分ほどで下降に移った。 直下の急なザレで中西氏とすれ違い、先に下山することを言う。暗いうちのルート選択では彼にとても助けられた。下山路もルンゼのザレが速いと教えてくれた。 疲労を感じながらもベースまでハイペースで歩いた。 テントを畳み、自転車で凸凹石と砂地の悪路を進んだ。 自転車で国境をチリへと越えると、待望の舗装路となった。 (2005年6月"地球を登るトレッキング・マガジン"Packers創刊号に掲載) |
登山データ リカンカブールにはノーマルルートしかない。三角錐の火山でどこから登っても技術的な違いはなさそうで、普通、高低差の最も少ないボリビア側からフリケス峰とのコル経由で登られている。 登山をアレンジする場合、二通りのアプローチ方法がある。 辺境の地であるだけに交通機関はない。自力で行くならヒッチハイクしか手段がない。ラグーナ・ベルデ湖畔のイト・カホネス(Hito Cajones)に一軒だけ簡易宿泊所がある。ここからリカンカブールの麓まで悪路を車で30分ほど。 登山用にはまともな地図は手に入らない。もっとも、地図は不要なほど登山ルートは単純だ。エリアの概要を知るにはチリで発行されている「Altiplano」というチリJLM発行の観光地図(道や町の名は全く当てにならない)を手に入れるか、TPC地図(アメリカ運輸省発行航空地図)の該当エリアを使用できるだろう。今回はその両方を持っていたが、それで充分だった。 キャンプ地は湖畔からインカの遺跡のある丘にかけて幾つか点在しているが、水は手に入らない。食料も近辺では手に入らないので、出発する町で全て準備していく必要がある。 |