ウソくさいクライマックス

錫杖岳・見張り塔からずっと(12P、5.8 NP)
2005/09/18 同行 遠藤

 【1】

 錫杖岳で最も良く登られている壁は前衛壁(本峰=錫杖岳の前衛にある岩壁)と呼ばれ、頭抜けた人気ルート左方カンテなどがある。前衛壁を登っている限り、錫杖の山の全貌は窺い知ることはできない。そこは前衛に過ぎない。

 山頂のある頂稜は岩峰群で、その下に本峰フェースと呼ばれる、立った大きな岩壁があり、2002年に北沢下部から登り本峰フェース右よりから本峰へとつないだルートが拓かれ、記録が「岳人」誌に掲載された。
「見張り塔からずっと」それがルート名だ。
烏帽子岩 ここを登るには3-4Pの登攀になる

 本峰フェース自体は過去に登られているが、「見張り塔からずっと」の核心は残置の関係ないオール・ナチュプロ(キャメロットやナッツなど、自分で設置し回収するプロテクションを用いて登るスタイル。岩=自然に何も残さない、ロー・インパクトなクライミング方法)のクラック主体ルートだった。
 それが目にとまったのは5.8という手ごろなグレードだったためだ。
 開拓者は錫杖をホームゲレンデのごとく登りまくっている石際氏と横山氏で、彼らの報告サイトは興味深い情報を提供してくれ、今回の山行の参考になった。

 本峰フェースは前衛壁や北沢本谷の側壁などのせいで、なかなかお目にかかれない。
 登って見てみるしかない。
 取付は注文の多い料理店のある前衛壁北沢側フランケの奥で、涸れ滝となったところからロープを出す。
 あまり登られていないようで、砂利が結構のっている。残置が所々にあるが、利いているものは少ない。

 大滝の左壁を易しくはない数ポイントを交えつつ4ピッチほど登ると沢はひらけてくる。
 左上へとひたすら緩い壁にぎりぎりまで50mロープを伸ばす。

 やがて中央稜上部に出て、笹帯を詰めるとようやく本峰フェースに行き当たる。
 前衛壁はすでにはるか眼下となり、右に目立つ岩峰の烏帽子岩が見える。下からは烏帽子ばかりが見え、それが本峰フェースかと思えるが、実際は左奥にある緑の多い峰の下部にあり、なかなか登るべき壁は見えてこない。

 コンテで笹帯を登ると、やっと本峰フェース基部に着き、奥まったところに暗い洞穴がある。その左が核心の取付だった。
 ここまでは本峰フェースのアプローチともとれる。


【2】

最初のピッチ上部にはきれいな左上クラックが見える。
 出だしは濡れている。
 垂直は充分にある傾斜で、見た目はひるむが、良く見れば手がかりはありそうで、

「まあ、登ってみるか」

 といった気分で取り付く。

 神尾リード。

 縦スジの多い出だしを直接登り出すのは厳しそうで、洞穴奥へ腕力まかせで一段上がり、先ずはストッパーとキャメロット#2(黄)をきめる。
 充分な安心感を得て、垂直部へ突入。
 左の遠目のスタンスに一歩出すのにちょっと勇気が要る。そこに立ってしまえばもう行くしかない。

 脆い部分もあるが、見た目よりホールドは良く大胆に行けるのが楽しい。
 木の根でもプロテクションを取りながら中間の松ノ木部で一息入れ、上部左上クラックへ。見上げるより実際はホールド、スタンスも多く、安定してカムでプロテクションを取れる。

 易しくはないがナチュプロのせいか気分の良いクライミングだ。

 テラスへ抜け、左のコーナーでピッチを切る。
 残置ハーケンが一発ある。ビレー点はカムで補強し、岩の突起にスリングをかけてセカンドを迎える。

 続くピッチは遠藤リードで、立ったコーナークラックをチムニー風に登る。
 クラックはそのまま右にカーブしながら上部へ続いているが、このラインは草も多く、厳しいという情報もあり、途中から右へトラバースしてゆく。
 核心はプロテクションの取れないこのトラバースで、フォローも緊張感がある。よく探せばカチがあり、スタンスもうまい具合に続いているため、けっこう楽しい。
 トラバースをクリア後、フリーっぽいムーブで弱点ラインを左上すると、本峰フェース上部の見晴らしのよいテラスへ歩き(U級)となった。

 頂稜岩峰群の基部テラスを右に45mトラバースし、濡れた凹角を登って右のカンテを回り込むと垂直の草付きなどが出てきて、草木を掴んで息を切らせて登る。

おいしいラストピッチ 頂点でマントルを返すとそこは・・・なぜか谷川一ノ倉の三スラ(滝沢第三スラブ)を思い浮かべる。上部の草付では確保も取れない急傾斜の草付きを、ロープ無しでぶちぶちと抜ける草を頼りに登って行くのだという。滑ればもちろん本谷まで一直線。そんなところに行くのは御免だ。まだ岩がストッパーとなるここ錫杖の方が良い。

正面は脆そうな岩場で、本峰ピークは右の立った草付きルンゼの奥らしく、最後のすっきりした岩が見える。そこまで更に1ピッチ伸ばし、快適そうなクラックを見上げてピッチを切った。

 おいしそうな最後のピッチは遠藤氏の番となる。
 このラストピッチがリードになるよううまくやりくりすると、
 おいしい。
 リードはおいしそうにクラックにカムをきめ、最後、空へ、消えていった。

「おおおぉぉぉ!」

 遠藤、感嘆の叫び。

 ザックを背負ってフォローする。
 最後のクラックも案外手応えがあるが、まわりの空間には何もなく、空へと登って行くように感じられる。
 
 最後、マントルを返し立ち上がる。

「おおおぉぉぉ!」

 か、感嘆の・・・。

 錫杖岳の頂上だった。
 初めて西側の景色もひらけた。
 絶景だ。

ガバッと登り抜けた終了点がそのままサミットという、あまりにウソくさいクライマックス。これじゃ、まるでできの悪いクライミング漫画だ。
 やってくれる。
 だがその主人公の一人になるのは何と爽快な。

頂上は何人も立てない広さの岩の上で、ビレーしていないと安定しない。

北方の笠ヶ岳へ続く山景色は、日本ではそうお目にかかれない独特の表情で、遠く、稜線が続き、槍、穂高へと繋がっている。

12ピッチというロングルートだが、まともなクライミングになるのは北沢本谷下部大滝周辺と、本峰フェースから頂上の計6〜7ピッチほどで、スケールとしては小ぶりな感はある。しかし登るほどに展開する景色と、クライマックスへと向かうシチュエーションはルートのストーリーとして実にドラマチックだった。

下りは錫杖の岩場がたっぷり見られる。
 広く立派な本峰フェースや、前衛壁、中央稜側壁などの他にも、水の涸れた幻の大滝岩壁やその周辺の岩場など、ちょっとないような、立った岩壁の宝庫である。どれを登ってみようかと考えをめぐらせるだけで楽しい。

出合の幕営場へ難なく戻り、日暮れ時、前衛壁を見上げると、渋滞の左方カンテ上部にはまだ懸垂中のパーティーがいた。

今回、山頂まで抜け登ったことで、未知だった錫杖岳の岩場がだいぶ見えてきた。
 前衛壁だけにこだわらず、まだ新たに登れそうなラインは方々にありそうな気もする。

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