苦悩のガレ沢
南アルプス鋸岳 2004/12/30−31
同行 武藤
【1】
このシーズンは暖冬で降雪も少ない。雪を一度も踏むことなく年末山行に突っ込む。目標は鋸岳から甲斐駒ヶ岳の縦走。
三人の予定が、直前に風邪でひとり脱落してしまう。
東京を発つ12月29日、関東でも雪が積もった。
天候は31日から1日に再び崩れる予想だったが、鋸岳の核心部は短く、ちょっとくらいの厳しさがあってもいい。予定通り入山。
12月30日朝、冬の一般ルート戸台から駐車場を歩き出し、本谷沿いに一時間半余りで「角兵衛沢ルート」の渡渉点に着く。鋸岳への最短路だ。天候も良く、見上げる山肌は前日の雪で冬らしくなっている。初日泊の予定地、角兵衛のコルは見えないが、遠い。
戸台川本流を飛び石に渡り樹林へ入る。
角兵衛沢の出合付近は沢地形がはっきりせず、左へと赤布に導かれて登って行く。広いクラックのわれた大岩で一服し、更にしばらく登り続けると、尾根の末端壁にぶつかる。右手上方には大きな岩壁が覆うように立ち上がっている。末端壁の尾根と右手岩壁の間にできたガレ沢を詰めることになるが、ここが苦悩の登り。丹沢の沢最後の詰めをスケールアップさせたガレ登りで、岩が大きい分タチが悪い。間違いなく「日本のガレ場100選」に選ばれるであろう。
時間がかかり、角兵衛のコルに二人そろったところでこの日は行動を打ち切る。
ここは雪がないとテントを張るスペースがなく、少ない雪を踏み固めて作り出したスペースは傾斜し、二人用テントの一部が空中に浮いてしまった。
暮れ時、6人パーティーが上がってきたが、コル下の通風帯に幕営し、フライが激しく風に煽られていた。我々は耐風性の高いシングル・ウォール、ゴア・メスナー・テント。ほんの数メートル風の吹き抜けるコースから外れているため、風の害はほとんど被らずにすむ。
翌31日、曇りだが案外おだやかで、第一高点(鋸岳最高点)へと登り出す。
ほどなく木杭の山頂標が見え、あっけなく登頂。
薄っすら見えていた甲斐駒が霞み出し、徐々に辺りも白い霞が巻き始める。雪も降り出す。明日まで崩れる天候の中、甲斐駒へと稜を辿る気が失せる。しかし核心部はトレースしたい。ガレの下りを覚悟でエスケープ・ルートと考えていた熊ノ穴沢からの下降を考え、先へ進む。
【2】
小ギャップへの下降は真新しいクサリが垂れ下がっていた。手袋でこれをつたって降りるにはリスクが高い。10mほどだがロープを出して懸垂下降をする。
すぐに正面のクサリのある急斜面を登り返し、最後は太いクサリを見捨てて、安全そうな左から回り込んで登り切る。
高度感ある岩のリッジを10m辿り、向こう側へ一段降りるが、足場がなく思わず必死になってしまった。
大穴が開いている。こいつが鹿窓と呼ばれる名所らしい。穴の向こうには南ア林道が見える。
クサリが穴を抜けて下方へと垂れているが、冬季は左から稜へと抜け、そのまま稜線を行くことになる。
稜上の小さなアップダウンの後、第二高点を見ながら大きく下る。
左から回り込むように大ギャップへ向かって下って行く。トラバース気味の見た目ほど悪くはないクライムダウンを経ると、懸垂用の残置スリングがかかった潅木が二箇所にあった。下側の下降点まで行きロープ二本で懸垂をする。しかしロープが風で流され、岩に引っ掛かったままとれなくなる。
降りすぎて回収もできず、しかし下まで足は届かず。
ロープを一旦フィクスしてもらい、ごぼう降り(ロープをつかんで降りること)で大ギャップに立つ。
幅1mもない狭コルで、正面はズドンと岩壁が立ち上がる。
陰鬱だ。
吹き上がる風雪が体を打つ。ロープの回収に手間取り時間がかかってしまう。
長野県側(戸台本谷側)へ狭いルンゼを下る。
第二高点の登り返しは南西稜らしいが、どこから登り返すべきか分からない。下り過ぎないようにと考えていたが、それがいけなかった。稜線に登り抜けられそうな岩場に取り付いた。始めはV級ほどだったがやがて行きづまる。見た目以上に難しく、ロープを出すことにする。しかし確保用にハーケンを取り出しても非常に脆い岩、打つべきリスはない。
こんなに厳しいはずはない。
「おかしい」
「もう一度下まで降りましょう」
武藤氏が言う。
結構嫌らしいV級をクライムダウンできる自信がなく、懸垂で降りたい。しかし懸垂支点を作ることはできない。武藤氏は先に降りて行った。そしてうまいこと雪の斜面まで下ってしまった。
「しかたない、なあ・・・」
降りるより仕様がない。傾斜はないがホールドもない。頼りは前爪の掛かる、雪でよく見えないスタンス。
登りはV級、下りはX級。
時間がかかったが、雪の斜面に足が届いた。
「かはあぁ・・・成功。よかったあ」
よかった。
ルートはもう少し下って岩壁沿いにルンゼ登り返すようで、単純にルートミス。
それにしても武藤氏、よくすたすたと下れたものだ。
「このくらいの刺激がないと楽しめませんよ」
と強がってみる。
氷結面もあるルンゼを登り、ハイマツを踏んで南西稜へ出ると、左に第二高点が見えた。視界が悪いと方角感覚を失うところで、地図とコンパスでよく確かめ、北東の方角目指して雪稜を登る。
第二高点を右にトラバースすると夏道っぽい下り道があった。
歩き下ると岩峰とのコルになり、それを右に雪とガレの広い斜面を大きく下ったところが中ノ川乗越だった。ここが熊ノ穴沢の下降点。吹き付ける雪に向かって下降することにした。
ここがやっぱり苦悩の下降。大きな浮石にふんわりと雪が積もり、降ろす足ことごとくが安定しない。下りなのにペースは非常に遅い。
もう飽き飽き。
左には大きな氷漠が見えるが、完全につながっていない。しかしこんな悪場を通過してこの氷を登りに来る者は天才か気狂い、どちらかだ。
悪い足場に腹を立てながらも我慢して下り続け、樹林帯に入ってしばらくすると、ようやく浮石から開放された。
それらしきラインを辿れば道になっていて、とうとう下方に戸台川の流音を微かに聞いた。風が木を揺する音と聞き違いかと思ったが、下るほど確かとなる水の音に足は速まった。
鋸岳を回ってきただけに終わったが、後半は天候も崩れ、そのぶん充実した山行だった。
下界は大晦日の雪に浮き立っていたが、我々はまったくそんな気分もなく、空腹を抱え、クルマで通行止めの中央道に沿って雪の国道を走り続けるのだ。
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