つるべで明星山P6南壁を
明星山P6南壁 直上ルート・左岩稜 2001/9/22-23
同行 村野、田宮、武藤
【直上ルート】
車でやって来ればこんなに手軽に取付ける岩場はそうない。アプローチを気にする必要無く岩に集中できるのは有難い。だが東京からは遠く、現着したのは朝方で、仮眠後22日に岩に取り付いた時には午前10時を過ぎていた。
武藤氏とザイルを組み、直上ルートに挑む。今回は全つるべでの登攀を志した。
出だし半ピッチだけルートが重なる正面壁ルートを登る村野・田宮パーティーに先行を譲り、待機している間も緊張で落着かない。出だし2ピッチがいきなりX級である。この岩壁は小滝川の侵食により露出した石灰岩であり、えぐられた取付あたりがどこも厳しい。
先行がトラバースへと逸れ、ようやく我々も登り出す。
木のあるレッジからの数手が難しく、さっそくA0となる。真上に伸びる凹状部に沿って登るが、かなりヌンチャクに頼ってしまうことになる。確保点下がまた難しく、残置支点も見当たらず、フレンズをかませ、体重を掛け抜けあがった。
2P目は武藤氏。2〜3m左上しながらのハング越えで、ここをアブミを駆使して登っていった。
フォローはいくらか余裕があるため、フリーで挑んだ。一手はA0となってしまったが、今回はアルパイン・クライミングを楽しみに来たのだ。
確実な登攀で2Pを終える。
核心とされる3P目、出だしは数手のアブミ登攀となる。だがどこから登るのかわからない。左にひとつハーケンがあり、最初ここにアブミをかけたが、次が見当たらない。右横にひとつ、その上にもうひとつ支点がとれそうなのを見つけたが、横に移ることがなかなかできない。やっと手が届き、移ったら今度は左のヌンチャクが回収できず、武藤氏に任せて残置とした。フリーも交え一歩上のバンドに立った。ここからは再びフリーで右上する。プレッシャーの中、集中して登り抜けると充実感があるものだ。
4P目、出だし武藤氏が登り出そうとした時だった。
「あ、抜けちゃった」
今まで体重をあずけていたハーケンのひとつが抜け落ちた。足下は安定していたため残りの二つで確保を取り直す。以降ハーケン全ては本当には信用できないものと見るようになった。このルート上部でも自分でハーケンを打ったが、武藤氏が回収する折、手で抜けてしまったという。打撃音はよかったがリスが開いていっているように見えたのは気のせいではなかったのだ。この岩壁は岩が安定しているとは言えず、常に足下をすくわれそうな不安が付きまとう。
下部で核心は終え、左フェースルートと交差するバンドから上部はブッシュもあるV〜W級の岩場となる。上部ほどどこでも登れそうな分ルートが不明瞭になってくる。立木などで確保を取りながらひたすら登り続けると、終了の目印の大岩に出た。岩の左のガレを登って凹角左の稜を1P登ると終了点であった。
易しくもなく、また武藤氏との充実した登攀ができ、村野さん等が登り着くのを待つ間、夕刻の明星で余韻に浸る。
下山は妙に滑る泥ガレを急下し、30分ほどで車に戻れてしまう。これがまた爽快である。
【左岩稜】
翌日は、「正面壁はあなどりがたかった」と言いながらも主目的たるフリースピリッツに気合いを入れ直す村野・田宮パーティーと同時出で、再び武藤氏と組んで左岩稜に取付く。
取付付近で、どこから手をかけて良いかがわからず、右の潅木の残置に惑わされる。武藤氏リードで行くがブッシュの上からどこを登るべきか考えあぐねている。ルート図を見て武藤氏が、
「前傾バジル、う〜ん、バジルって何ですかねえ」
と。
「バジル? バルジ、じゃないですか?」
だがバルジって何なのかわからない。バジルならわかるが。
一旦ピッチを切り、武藤氏の所まで登り、リードを交代する。右上にハーケン二つ、そのやや右にもひとつある。少し迷ったが二つハーケンから攻めてみる。小さくハングしておりまたA0、抜けた奥に支点がもうひとつとれた。どうやらここが正解のようだ。
出だし1Pを2ピッチで登り、2P目から改めて武藤氏がリードする。ピンが少なくバランスを必要とするところで、武藤氏もなかなかやるな、と思う。
3P目は人工とV級とあり、迷い無く直上するピンの人工ラインをアブミで登っていった。
8mほど登ったところでピンが無くなり、フリーになるようだ。だが難しい。
V級のはずなのにやけに難しい。
ピンが抜けた形跡もなく、左上に見えるピンまでフリーで登らなければならないのか。フィフィにぶら下がって考える。何かおかしい。ルート図を見直す。
「あ、間違えた。左岩稜のルートはここじゃない」
ここはハルシオンという別ルートで、「5.11b A0」となっていた。間違えるパーティーも多いのか下降用の残置カラビナがあり、これを利用して一旦降りる。左岩稜のルートは左上で、左の前傾壁から人工となる。そこまで登ってまた嘆息してしまう。そのほとんどが腐りかけていつ抜けてもおかしくないピンが登っていたのだ。
「ああ、ここを登るのか…」
顔をしかめ、呼吸を整え、アブミで登り出す。いつ中を舞うかと一手一手が賭けのような感じだ。
「舞うな、舞うなよ」
そう念仏唱えながらアブミをかけ替えて登ると、どうにか舞うことなく抜けられた。
4P目、X+だが、武藤氏はアブミを軽やかに使って登っていった。ちょうどアブミの間隔でピンが続いている。確かに出だしの2手が難しく、人工手段に頼ってしまう。そこからはフリーで登ることも可能だ。
ここまでが核心で、松の木テラスまで達すると左に細いバンドをトラバースし、リッジに出てひたすら易しい岩場の登高となる。
突然、フォローしてきた武藤氏が足をかけた人の頭大の石がグラッと動いたかと思うと、それはガラガラと転がり出してしまった。
「う、やばい」
下の河原には登山者が数人いる。
「ラーク、ラー―――ク!」
武藤氏の落石を告げる雄叫びがP6全体にこだました。
ガラガラ・・・ドドドド・・・
石は途中の岩に当たってバウンドしながらも、石屑を絡めながらスピードを増して落ちてゆく。
登山者は落石に気付き、着弾地から逃れようと、足場の悪い河原を方々へ走り散っていく姿が小さく見える。
ドッカーーーーーーン!!
基部付近のハングで、どこにも触れることなく、大音響とともに河原に着弾した。しばらくは爆音に空気が振動しているようだった。幸い被弾は免れたようで、河原の登山者は安全な場所へと避難していった。
登攀の方は昨日に続き順調で、曇りなき快晴の空の下、爽快な登山を楽しんだ。
午前中には車に戻り、対岸となった南壁に取付く幾パーティーもの登攀をのんびり眺めて過ごす。フリースピリッツを登っているはずの仲間はどこだ、と観光客となって目をこらした。だが彼等の姿を確認できたのは意外なところだった。
今回、自分もフリースピリッツを登ってみようかと思った。だが今の力では苦労することは予想できた。それよりもっとフリークライミングの力をつけてから、いずれフリーで挑む方が質のある登攀になるのではなかろうかと、今回は見送ることにした。
本チャンルートをやるなら一度の山行で1ルート登れば充分だと思う。精神力、集中力をその1本に発揮すれば充実するし、余日に他ルートを登るとなっても、疲労していることが多く気力が続かなくなることもあろう。今回は両ルートとも厳しいとまではいかないところを選んだため、楽しめる余裕があった。数を登るなら難易度は考慮しようと思う。