写真・踏査記・小説

<back

*☆はお勧め

小林紀晴のアジア
藤原新也の旅
チベット写真
自然・アウトドア写真
踏査記など
小説


小林紀晴のアジア
☆アジアン・ジャパニーズ 小林紀晴 情報センター出版局   アジアを旅する日本人を写真と秀麗な文で描いた「アジアン・ジャパニーズ」は、著者23歳の作品とのこと。それにしてもカッコいい。以降同種の本を何冊も発表しているが、この初作の感性を越えるものはない。馴染みある、アジア放浪の旅人レポートではなく、一人ひとりの人間に、時には内面にするどく切れ込み、それでいて全体にクールさがただよう。旅ものの名作である。「2」「3」と出たが、新鮮味が感じられなくなったせいか、やや間延びしてしまった。
アジアン・ジャパニーズ2 小林紀晴 情報センター出版局
アジアン・ジャパニーズ3 小林紀晴 情報センター出版局
アジア・ロード 小林紀晴 講談社  「アジア・ロード」「アジア旅物語」も写真を含めた同じようなレポートで、クールな感じが際立っていないぶん、小林氏の著作にしては平凡に感じた。
アジア旅物語 小林紀晴 世界文化社
アジアの少年 小林紀晴 幻冬舎文庫  「アジアン・ジャパニーズ」以来の彼らしい感性が見られた。現地の人との一瞬の交流のエピソードを、著者なりの視点で切り取っている。
遠い国 小林紀晴 新潮社 「遠い国」は思考が内向し、旅をしていながら、読み取るのは旅ではなく小林紀晴という人。そこに旅の風景は見えてこない。彼らしいクールな感性を出したものを期待してしまう。
旅をすること 小林紀晴 エレファント・パブリッシング  最近の小林氏は内面、氏の感性を静かに表現した著作が多く、「旅をすること」も「遠い国」とスタイルがとても近い。ただ、こちらは紀行ではなくエッセイ集で、映画や他人の著作、ものごとを捉える優れた感性が光る。

藤原新也の旅
印度放浪 藤原新也 朝日文芸文庫   藤原新也氏の本とは「西蔵放浪」で出会った。旅行記か小説か曖昧な、独特の感性と表現に痛くショックを受けた。いったいこの人は何者なのだろう、と手当たり次第に著作を買って読むが、藤原新也という人はどうもよく見えてこない。そうしたスタンスも彼のねらいなのかもしれない。それでも旅に関する全ての本に彼の変わることのない世界観が、味わい深いことばで表現されていて、その雰囲気を楽しむことができる。
☆西蔵放浪 藤原新也 朝日文芸文庫
印度行脚 藤原新也 朝日文芸文庫
逍遥游記 藤原新也 朝日文芸文庫
☆メメント・モリ 藤原新也 情報センター出版局 「メメント・モリ」は見開きの写真と、そこに付された短いフレーズのみで構成された本だが、そのどれもが読み手をビリビリと刺激する。写真とことばがあれほど力を持って迫ってくる表現は、他に知らない。うならずにはいられない。
☆全東洋街道(上・下) 藤原新也 集英社文庫  氏の旅記には多く文化論も含まれているが、その理解は研究の結果でもないのに確かだと考えるに充分な説得力がある。「全東洋街道」の各地での思索も、「アメリカ」のアメリカ人論も、詩文のような物語とともに藤原論とも言えるするどく明快な理論を展開し、やっぱりうならずにはいられない。
アメリカ 藤原新也 集英社文庫
なにも願わない手を合わせる 藤原新也 東京書籍  旅ものとは言い切れないが、兄の死と四国遍路巡りを主軸にした「なにも願わない手を合わせる」も思想的発見に満ちている。各エピソードから感じ取れるメッセージはとても味わい深い。
 藤原氏は旅もの以上に評論を多く発表しており、それを読めば何者なのかがやや分かってくる。ただ、読んでいて抜群におもしろいのは、旅の色が出ているところだ。

チベット写真
ネーコル チベット巡礼 伊藤健司 毎日コミュニケーションズ   チベットを主たる旅のフィールドとしている伊藤氏は、その文化にも深く興味を示し、チベット旅行記ともいえる「ネーコル」からもっとマニアックに踏み込んで「ミラレパの足跡」を出している。写真の美しさには魅了されるものの、地の果てまで踏み入って書いた紀行文の方は、伝わってくるものを感じない。彼自身もチベットに新鮮味を感じなくなっているからだろうか。
ミラレパの足跡 伊藤健司 地湧社 
西蔵回廊 カイラス巡礼 写真佐藤秀明 文夢枕獏 光文社知恵の森文庫  「西蔵回廊」は簡潔で力強い夢枕氏の文は非常に魅力的で、味がある。ぼくが山好きのせいもあり、ヒマラヤの写真は見入ってしまうが、それ以外のチベットはやはり他のどれとも大差ないように思う。何かひとつにこだわるか、季節を変えるかすると、「チベット」がもっと見えてくるのではと思う。
チベットの夜空の下で眠りたい 長岡洋幸 竹内書店新社  チベットという特異な世界を、うまく伝えてくれる本は多くはなく、「チベットの夜空の下で眠りたい」も旅行報告に留まってしまっているのが残念だ。タイトルから、チベット・アウトドア紀行かと思うが、そんなこともなく、チベット人との触れ合いを描いた旅行記だった。やはり異文化に触れるだけの旅行では、読む者に刺激を与えるには及ばないのだろうか。
氷の回廊
 ヒマラヤの星降る村の物語
庄司康治 文英堂  NHKスペシャルとしてTV放送もされたインド・ザンスカールの物語の書籍版が「氷の回廊」。多数掲載している庄司氏の写真はチベット紀行ものとしては傑出してきれいだ。冬、峡谷をけずる川が凍ることでできる幻の路を、我が村のため、家族のために旅する民の話をメインに、その集落の生活を描いている。紀行とは違う、チベット民の生活を中から語っている視点が良い。

自然・アウトドア写真
冬の都の物語 岡田昇 情報センター出版局   岡田昇氏は登れる写真家で、厳しい環境に生きるものたちを写した写真はとても刺激的だ。「壁」は自身が登攀した冬季の利尻や穂高、ヒマラヤを活写し、また登攀の対象となる岩壁をとらえている。いわゆる山岳写真というと、山の自然を撮ったものだが、美しいだけのそんなものは老後の余暇にする盆栽みたいなものだ。岡田氏のクライミングシーンの写真を見ると、登攀している者と同じような熱ささえ感じられる。
☆壁 WALL 岡田昇 情報センター出版局
アラスカ風のような物語 星野道夫 小学館文庫  エッセイもそうだが、写真にも星野氏の優しいまなざしが出ていて、そのどれもが自然の宝のような輝きがある。どうしてあれほどのものが撮れるのだろう。それは決して写真技術だけではないはずだ。撮る者の心は表れるものだと思う。
ラブ・ストーリー 星野道夫 PHP
最後の楽園 星野道夫 PHP
風のアンデスへ
 南米踏査紀行
高野潤 ガッケン 南米へ通い続ける高野氏がアンデスの旅をまとめたのが「風のアンデス」。アンデスを取材した本はヒマラヤほど多くなく、その中でも高野氏は自分の足で相当歩きまわっているようだ。もっと自然の魅力を伝えて欲しいものだが。
四度目のエベレスト 村口徳行 小学館文庫

 ヒマラヤの高所撮影を中心に活動する村口氏は、渡邊玉枝、三浦隊、野口健清掃登山など近年注目を集めるエベレスト登山などで撮影を行ってきた。それらの登山事情を刺激的な写真とともに文庫としてまとめたのが「四度目のエベレスト」。”挑戦者”を撮るカメラマンの方が実は凄いのではという謎が昔からあったが、凄いカメラマンの一人がとうとう表に出た。仕事として山に登る村口氏は色々な意味で強い。


踏査記など
ヒマラヤの東 中村保 山と溪谷社  「ヒマラヤの東」は知られざる中国の横断山脈を細かく巡って探った報告書。魅惑の山容を写した写真には目を奪われ、しかもその多くが未踏峰というから、登山家にはたまらない。ただ文の方は、地域研究の報告に始終していて、読んでいてやや退屈。
ネパール紀行
 文化人類学の旅
三瓶清朝 明石書店  「ネパール紀行」は副題の通り、ネパール文化のフィールドワーク報告で、主にカースト文化を説明している。ネパール人民と触れ合う時、最低知っておくべきことはヒンズー文化で、それを三瓶氏は体験をもとに平易に解説をしてくれている。研究視点に偏りがあることは、あとがきでも触れているが、ネパールと関わるにあたって読んでおくべき本であると思う。
遥かなるチベット
 河口慧海の足跡を追って
根深誠 山と溪谷社  慧海の辿ったルートを解明するために、ネパールのムスタンからドルポ地方を旅した報告が「遥かなるチベット」。根深氏のその旅は確かに魅惑的だが、物語を語るほどには魅力的ではなかった。根深氏の他の著書もそうだが、ストーリーとしてのおもしろさを考えて欲しい。
冒険物語百年 武田文男 朝日文庫 「冒険物語百年」は、近年の冒険家の概要を説明しているが、評価が曖昧で、冒険の素晴らしさどころか、その冒険家の凄さもよく伝わってこない。もっと絞り込んでひとり一人を深めて欲しい。
ロビンソン・クルーソーを探して 高橋大輔 新潮社  「ロビンソン・クルーソーを探して」はロマンあふれ、非常におもしろかった。ロビンソン・クルーソーのモデルは実在したセルカークという人らしく、その人を探って旅をする高橋氏の活動は熱っぽく、引き込まれてしまう。こだわりを持ち、目的のある旅というのは、人に話してもやはりおもしろいものになると思う。
ジョン・ミューア・トレイルを行く
 バックパッキング340キロ
加藤則芳 平凡社 「ジョン・ミューア・トレイルを行く」はシエラネバダに伸びるロングトレイルを歩く紀行で、合衆国の最も評価できることのひとつであるアウトドア文化と、自然公園のマネジメントの素晴らしさを詳しく紹介している。バックパッキング(トレッキング)の魅力が溢れていて、ロングトレイルへの憧れが増してしまう。
カムチャツカ探検記
 水と火と風の大地
岡田昇 三五館  冬の穂高で消息を絶った岡田氏は五年、延べ18ヶ月に及ぶ取材から「カムチャツカ探検記」を残した。半島南部のクリル湖でのクマとのやりとりは、彼ならではの迫真。野生へのアプローチ方法は真似られるほど容易ではないが、正しく独特で、野生のあるべき姿を強烈なメッセージで伝えている。
ラダック 懐かしい未来 ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ 山と溪谷社  ラダックの暮らしと現実を見た「ラダック 懐かしい未来」では、理想的な人間の営みが育まれてきた文化を、先進国と呼ばれる地域も目指すべきだという著者の強い思いが描かれている。近代化の波寄せるラダックだが、自給し無駄のない生活は、資本主義悪を根本から見直すヒントがあるということを分かり易く伝えている。ラダックを知るにはとても良い本。
梅里雪山
 十七人の友を探して
小林尚礼 山と溪谷社

 「梅里雪山」は1991年、梅里雪山で日中合同登山隊の17人が全滅した事故以降、小林氏が彼の地と触れ合った時間を美しい写真と文章で綴っている。聖地というもの、とりわけチベットにおいてそれはどういう存在なのかを感じ取ってゆく著者の姿は深い。

 

小説
白きたおやかな峰 北杜夫 新潮社    今や稀少価値となった北氏の、ディラン峰遠征記録の小説「白きたおやかな峰」。有名なラストは、そこまで至る詳細な登山活動の描写があってこそイメージの広がる名シーンとなっている。最後にアタックに出る隊員の様子がなまなましく、登山家の書く山行記とは違う小説家の表現力に引き込まれた。
銀嶺の人 新田次郎 新潮文庫  新田次郎といえば山岳小説の大家で、何冊も山岳ものを書いている。小説らしい展開あるストーリーは面白いが、彼自身登山をそれほどやっていなかったようで、登山シーンの迫力には欠ける。
岩壁の掟・偽りの快晴 新田次郎 新潮文庫
アラスカ物語 新田次郎 新潮文庫 1900年頃からアラスカで生活し、ジャパニーズモーゼとも言われたフランク安田を主人公にした小説で、綿密な取材でイメージがふくらみやすく、ストーリーとしてもおもしろい。
遥かなり神々の座 谷甲州 ハヤカワ文庫 「遥かなり神々の座」はヒマラヤ山塊を舞台にした鬼ごっこ。こういう小説にヒマラヤが使われてしまうと、もったいないような気もする。
遠き雪嶺(上)(下) 谷甲州 角川文庫 日本人としてはヒマラヤに初めて登頂した立教大隊のナンダコート遠征を綿密な取材で描いたのが「遠き雪嶺」。リアリティはあるが読み物としては単調な印象。
神々の山嶺 夢枕獏 登山自体を主題に据えた「神々の山嶺」は非常に迫力ある山岳小説で、エヴェレスト初登頂をめぐる謎を絡めた話にも読み応えがあった。
印度動物記 藤原新也 朝日文芸文庫  旅を題材にした小説は藤原新也氏も多く書いているが、そのどれもが暗喩が含まれ、読み解くことが非常に難しい。それでも暗喩というのは、その正体がはっきりわからなくても、読み進むうちにどこかで感じるもので、文字づらにはない、その向こうの世界が見え隠れするところが、彼の小説の魅力であると思う。
ロッキー・クルーズ 藤原新也 新潮社
鉄輪 藤原新也 新潮社
ディングルの入江 藤原新也 集英社
それでも世界は美しい 戸井十月 アミューズブックス  戸井氏の「それでも世界は美しい」は、旅小説の小品集で、これもダンディズム漂い、なんかカッコいい。
おろしや国酔夢譚 井上靖 文春文庫  文豪井上靖は歴史上の大陸での日本人の旅を幾つか小説にしている。そのひとつが19世紀、アリューシャンに漂着しロシアを彷徨した大黒屋光太夫たちの物語「おろしや国酔夢譚」。当時のロシアの歴史を詳しく描写しているが、現代小説の表現に慣れた目からは引き込まれるようなドラマが感じられない。ただ、漂流の果てに終わりの見えぬ旅をした日本人がかなりいたことは興味深い。
クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文春文庫  一度に520人もの犠牲者を出した日航ジャンボ機墜落事故を扱う地元紙のフィクションだが、元上毛新聞記者だった著者ならではの迫力とドラマに満ち溢れ、読み応えがある。谷川岳一ノ倉衝立岩雲稜第一というアルパイン・ルートを登るシーンがからめられ、登攀場面の描写もいい。行間に深みのある重厚な小説になっている。
奇跡の自転車 ロン・マクラーティ 新潮社
森田義信 訳
 米国作家スティーブン・キングが絶賛した小説。姉の亡骸を引き取るために、なぜだか自転車で米大陸横断の旅に出てしまうデブッチョの話。アメリカン・ライフのひとつの典型のような人々のエピソードが、過去と現在を交差させながら紡ぎ出される。実にアメリカンなハートフル・ストーリー。
灰色の北壁 真保裕一 講談社  山岳小説三本がまとめられ、どれも正確で虚飾のない山岳表現に好感がもてる。表題作はトモ・チェセンのローツェ南壁登頂疑惑をヒントにしたような内容で、架空の山を舞台にクライマーの心情がうまく描かれている。他二編は地味だが味わいがあり、山を主題にした読み応えある山岳小説集だ。

<back