北海道道東冬季MTBツーリング
2004/2/4-10
【道東の白い大地へ】
どうせなら冬の北海道ならではの自転車の旅をしようと思った。凍った湖を走り、湖上でキャンプをする。接岸している流氷に乗って自転車で走る。雪山ダウンヒル・・・。昔は突拍子もないと思われるような発想も、現代のアウトドア装備、そしてMTBの機動力と強靭さがあれば実現可能だ。北海道の地図を細かく見て、それらの着想が実践できそうなルートどりを考えた。計画でのこの段階がもっとも心躍るところで、氷上をMTBで旅する自分の姿を想像するだけで楽しくなってくる。
流氷が接岸するところはオホーツク海だ。周辺で凍結していると思われる湖をいくつか挙げ、山と雄大な大地の広がりがあれば申し分ない。そうなると必然的に道東、知床や阿寒が今回の旅の舞台になった。
もうひとつ、今回の旅の大きな目的があった。
それは今後、舗装路にとらわれることなく世界の自然を目指してツーリングを展開するために、冬の北海道で各種装備と自らの精神力を試すことだった。
凍結した湖面をイメージしてやってきたものの、最初のサロマ湖は大半が未凍。流氷も接岸しておらず、オホーツクの海は淋しげにどこまでも広かった。
世界自然遺産の候補地知床への憧憬を抱きつつも、羅臼峠は冬季閉鎖であり、知床半島に越えられる峠は他になく、国道244号の根北峠を目指す。登坂中にすっかり日は落ち、日本での野宿は多少気がラクだとは思っても、辺りが暗くなると自然の恐怖が襲ってくる。
その夜は国道より脇道を少し入った道端にテントを張ったが、地吹雪に自転車が埋まりかけた。
北寄りの風は南下には好都合で、吹雪いてはいるがそう辛さもなく翌日根北峠を越えた。
夏季北海道ツーリングでもポピュラーな開陽台へ向かうが、地平線の見える展望台への道は雪に閉ざされていた。凍ってつるつるの路面と吹き溜まりが前進を阻み、展望台まで1q余りの距離が途方もなく遠く、登り僅かで敗退を決めた。
人里からそう離れているわけでもないのに、吹き抜ける風が乾いた雪を舞い上げ視界を閉ざす。
その間は右も左も分からない。
冬季の自然の厳しさがこんな間近にあり、自分だけそれを体験していることが何だか嬉しい。
【厳冬の阿寒国立公園】
弟子屈から摩周湖へと登る。
第一展望台付近では路面が完全凍結し、スパイクでも漕ぐたびにリアタイヤが空転する。
歩くと完全なアイスバーンでつるつる滑る。乗って漕いだ方がまだ効率がいい。
冬の摩周湖は人気の観光スポットで観光バスが頻繁に通るが、その地の空気を呼吸でき、自然を全身で感じ、なにより自由であるのが自転車旅の魅力だ。
視界がきき摩周湖は良く見えたが、湖面は凍っていなかった。
一旦弟子屈へ戻り、屈斜路湖を巡る。
湖畔道は全面白く凍っているものの平坦で走りやすい。
湖畔には白鳥がたたずんでいる。
これこそイメージしていた冬の道東だった。
翌日、阿寒湖を目指した。
湖は完全に凍結しており、白く美しい原野となっていた。これなら湖上キャンプも十分可能だろう。
阿寒湖温泉街の端にある食堂で、この地の生活者である主人と話をした。
湖は例年12月下旬には完全凍結するが、今シーズンは年明け1月5日だった。4月中まで凍っているそうだ。自転車で来たことを言うと、
「冬にそんな人は初めてだ。最近は夏でさえライダーや自転車の人も減ってきている」
やや残念そうにそう言った。
今晩は湖上でキャンプしようと思うと言うと、主人は諭すように応えた。
「寒いよ」
三寒四温がこの辺りでも定周期で、今朝から寒期になったようだ。暖期といっても−10℃程には下がるらしい。
「今年は大雪で、50年ぶりだとか、100年ぶりとか言われてる。この間まで10日間雪ばかりで、毎日毎日雪下ろしが大変だったよ。気象台は積雪3メートルと言ってたらしい」
空気が澄み天体観測で有名な隣の陸別は、北海道で一番寒い町とのこと。この阿寒湖はそれに及ばずとも名前からして寒い。
【凍結湖上キャンプ】
温泉街を西へはずれたところに湖上へアプローチできる道があり、そこを通って氷結した湖へ乗った。
湖上は氷ではなく、先日までの記録的降雪で雪原となっている。
ワカサギ釣りの踏み跡があるが、それからはずれるとリアディレイラー辺りまで雪に埋まってしまう。これでは乗って走ることはおろか、自転車を押すことさえ厳しい。
最初に歩いて雪を踏み、トレースをつけ、あとから自転車を押して行くということを繰り返して進んだ。それでも一向に岸から離れることができず、ある程度の地点でキャンプすることにした。
テントを張るため雪を踏み固めていたところへ、スノーモービルを駆ってアイヌの親爺が近づいてきた。雪原に自転車という不釣合いに興味を抱いてやってきたようだ。
ここでキャンプすると言うと、
「凍傷になるなよ」
と豪快に言い放ち去っていった。
日が落ちると気温もぐっと下がり、食事を終え寝袋へ入る。
今凍った湖上にいるんだとふと思う。
突然氷が割れ、冷たい水の中へ落っこちやしないだろうか。
自分が裂けた氷の間から落ちていくイメージが頭をよぎり不安になる。
寒さでほとんど眠れず、未明に起き出してしまった。霧氷が自転車を真っ白くしている。
阿寒湖畔は樹氷の名所としても知られ、木々が花を咲かせたように朝日に染まる。白い大地の夜明けは極上の美しさだ。
最も気温が下がったのが日の出の頃で、外にぶら下げた温度計は−23℃になった。そうなるとちょっとした水気はすぐに霜か氷になってしまう。
日が高くなるに従い気温も上がり、昼夜の気温差が20度以上になることもある。
この日も釧北峠を越えると標高も下がり、ペダルを漕ぐと汗ばむほどになった。この先の平野に帰京便の発つ女満別空港がある。
【目の前に広がる雪原】
初めの発想はどこまで実現できたろうか。
うまく凍った湖もなければ流氷もない。例年にない豪雪という異常気象。
辛うじてできたのは湖上キャンプだけだった。
世界の自然を舞台に自転車の旅を本当に実践できるだろうか。
装備的には厳寒地では寒さ対策さえすれば問題はない。だがこれから世界レベルの自然に自転車で挑もうと考えるとなぜか気が重くなった。
自信になった部分もある一方で、阿寒湖上でよぎった不安が気になった。
人里の近い北海道では決して味わうことない、無人地帯にひとり立った時の漠然とした不安に、果たして打ち克つことができるだろうか。
想像しなかった困難に遭遇するかもしれない。
それらを乗り越え、自分の計画した旅が思い通り実現できたらどんなに嬉しいだろう。
空港へ行く前、再び、南側から網走湖へアプローチする。
全面凍結した湖面は白く平坦に見える。
だが自転車で踏み入ると、押しさえ辛い雪原であることが分かる。
飛行機の時間もある。
岸からさほど離れていないところで押しをやめ、顔を上げた。
視界にはただ同じような白い雪原が広がっているばかりだ。
道東の冬、ツーリング状況 |