真昼



 人の生活についてどうのこうのと口を出すつもりはない。
 相手は幼い子供ではないのだ、自分の管理くらい自分で出来る筈。
 他人がとやかく口出しをしても、その人のリズムを崩すだけのお節介にしかならないだろう。
 そうと分かっているのだが、けれど流石に今日ばかりは黙っている事が出来ず、お節介だろうがなんだろうが構うものかと遊星の背後に気配を消して十代は立った。
 遊星は振り返らない、だって十代に気付いていない。
 十代が後ろに立っているという現状どころか、何度か声をかけたというのに十代が来ている事にすら気付いていない。
 暫くはパソコンの画面しか見ていない遊星を眺め、その後に深く息を吸って思い切り叫んだ。
「遊星!!」
「…っ!!?」
 びくりと肩を震わせ飛び上がるような勢いで遊星は振り返った。
 酷く驚いた顔に十代の気分が少しだけ晴れるが、表情だけは怒っているような感情を浮かべて遊星を見下ろす。
「じゅ、十代、さん…。」
 全ての意識が完全にパソコンへと向いていた遊星は、十代が来ていた事なんて全く気付かなかった。
 そういえばいつの間にかジャックもクロウもブルーノもいない。
 ふと机の方に視線を戻せば、仕事に行って来る、というクロウの書き置きと、ちょっと出掛けてくるね、というブルーノの書き置きが残されていた。
 ジャックは一応声をかけただろうが反応しない遊星に無駄だと悟ってそのまま出掛けたのだろう、それくらい集中していたようだ。
 気付けば時間も正午過ぎ。
 確か8時頃に朝食を取った筈だが、その後の記憶は全て作業をしていたものしかない。
 そんな強過ぎる集中力を仲間達はいつもの事と受け取ってくれただろうが、十代が来た事に気付けなかったのはいくらなんでも酷い失態だ、と遊星は慌てて立ち上がった。
「すみません、気付かなくて。」
「それもそうだけど、とりあえずお前は飯を食ったのかよ。」
「いいえ。」
 きょとりとした表情で、何故急にそんな事を、とでも言いたげに遊星は十代を見る。
 その様子に十代はため息をつくしか出来なかった。
「別に1日食わないくらいじゃ死なないし、お前がそれでいいってんならいいけど。でもな、今日ばかりは口を出すからな!」
「え…?」
 あまりの勢いに気圧されたように遊星は1歩後退るが、背後はすぐにパソコンのある机で逃げ場はない。
 それなのに十代が顔を近付けるものだから、机に手を付いて上半身を軽く反らせるようにして距離を作るしかなかった。
 少し辛い体勢なのだが十代が気付く様子はない。
「オレが来た事くらい気付け!」
「はい。ですからそれは、申し訳ないと…。」
「それくらい周りの事に意識を回せ。何でお前はそう1つの事に真っ直ぐ過ぎるんだよ、心配になるだろう!?」
 遊びに来て挨拶をしてみれば全く反応がなかった事に苛立ちのような寂しさを感じ、それと同じくらいに遊星の普段の生活が気になってしまった。
 遊星が倒れているわけではなく、仲間達は完全放置というわけでもない。
 それなりに毎日が送れているのだから、どう考えてもこれはただのお節介でしかない。
 分かっているのだが口出しをせずにはいられなかった。
「昨日は寝たのか?」
「は、はい。」
「本当に?」
「本当です。本当ですから、その、少し離れてください…。」
 近過ぎます、と遊星が目を逸らしながら小さな声で呟けば、十代はようやく自分達の状態に気付いたようで慌てて数歩下がった。
 十代が恥ずかしそうな様子を見せたのはほんの少しだけ。
 すぐにまた怒っているような顔で睨まれ、遊星はただ困るしか出来ない。
「あの…、それでオレはどうすれば…。」
「まずはオレに無茶苦茶言われている事を怒れよ。」
「十代さんの要求は時折難易度が高すぎます。」
 意図してやった事ではないにしろ十代を無視してしまい、その流れで他の事を疎かにする程作業に没頭しているんじゃないかと心配されている。
 実際その通りである事を指摘されているのに何を怒れと言うのか、遊星にはさっぱり分からない。
 無茶苦茶なんて言われていない、むしろ心配してくれているのが嬉しいくらいで、十代の要求は遊星にとって本当に難し過ぎた。
 それを素直に伝えればいいのかもしれないが、遊星には十代が怒れと言いだした意図が分からない。
 十代が、余計なお世話でしかないお節介を喚いて申し訳ないな、なんて思っている事なんか当然知らない。
 だから下手な事が言えないと思った遊星は黙り込むしか出来ない。
 暫くは困惑した遊星と睨んでいる十代が顔を見合せたまま無言で時間が過ぎていく。
 そのうち埒が明かないと思ったのか十代が先に折れてため息をついた。
「まぁいいや。まずは昼飯時過ぎてんだから何か食おうぜ。腹減ってないのか?」
「減っています。」
「食えよ!」
「すみません…。」
「あー、もう。何か作ってやるからそれを食え。台所勝手に使うぞ。」
「………、え?」
 十代って料理が出来るのだろうか、という少し失礼な疑問が真っ先に遊星の頭に浮かぶ。
 次に十代が自分の為に料理を作ると言ってくれた事に気恥ずかしさに似た嬉しさを感じた。
 そうして最後に、その前に冷蔵庫にまともな食材があっただろうか、という根本的な問題に気付く。
 遊星が我に返る頃には、十代はさっさとキッチンへ姿を消してしまっていた。
 カップラーメンと飲み物があった記憶はあるが、他の物を思い浮かべる事は出来なかった。
 答え合わせの結果を待つような気持ちで十代の帰りを待っていれば、少しして何だか困惑気味の表情を浮かべた十代が戻ってくる。
 やっぱりなかったんだ、と遊星は聞かなくても分かり、訳もなく申し訳ない気持ちになった。
「何て言うか…、凄い微妙な感じだった。」
「その…、すみません…。」
「お前が謝る事じゃないけど…。いや、ある意味で何か置いとけよって言っとくべきか?」
「買い物は必要最低限にしているので。」
「そう言われると何も言えないな。まぁ、作れない事はないけど、あれで作ってもなぁ…。」
 作れるとしたら数種類の野菜だけの炒め物かスープだろうか。
 それはそれで別にいいが、他に何もないとなれば酷く寂しく、主張する程野菜が大好きというわけでも小食というわけでもないのだから量がどう考えても足りない。
 多分今はいない遊星の仲間の誰かが買い物をして戻ってくるのだろう。
 そうでなければ十代にはとても納得の出来ない状態だった。
「カップラーメンならありますよ。」
「お前はそれを食い過ぎ。」
「十代さんは嫌いですか?」
「普通に好きだしオレも食うけどお前の頻度の高さはどうかと思う。」
 どこかずれた返事をする遊星の頭を小突き、それから十代は椅子に掛けてあった遊星の上着を取って押し付けた。
「もうどっか食いに行こうぜ。オレが奢るからさ。」
「そんな、奢ってもらうなんて…。」
 申し訳ない、と言い終わる前に十代は遊星の頬を軽く抓る。
 あまり痛くはなかったが、口を引っ張られたので言葉の続きは変な音にしかならず、遊星は黙るしかなかった。
 そうして再び十代がぐいっと顔を近付ける。
 今度は笑顔だったが怖さは睨まれている時と大差なかった。
「遊星。オレを無視して悪いと思っているか?」
 自分の意思を間違いなく伝える為に遊星はすぐに頷く。
「だったら大人しく一緒に来い。反論はオレと一緒になんて食いに行きたくない以外は聞かない。分かったか?」
 再度遊星が頷けばすぐに十代は手を放す。
 こんな事を言われては反論をする気にもなれないので、十代の好意は有り難く受け取ろう、と遊星は大人しく諦める事にした。
 作業途中ではあったが止まって困る部分ではないし、この後の事を考えてもここで休憩しておいた方がいい。
 正直もう今日はこれ以上進まないような気がするが、それはそれで仕方がなく、十代を突っ撥ねてまで作業を続ける気になんかなれないのでデータは保存してパソコンの電源は落とす。
 そうしてクロウとブルーノが置いて行った書き置きに、十代さんと出掛けてくる、とだけ書いておいた。
「なあ遊星。折角だしシティの方まで出ようぜ。D・ホイール乗せてくれよ。」
「ええ、分かりました。」
「やった。」
 ようやく十代が笑ってくれたので、自然と遊星も嬉しくなる。
 戸締りの確認をしてD・ホイールを外へと出す。
 十代が使うヘルメットを渡したところで、そうえいば、と遊星は思い出したように十代へ声をかけた。
「十代さんって料理出来るんですか?」
「急に何だよ。作れなきゃ作るなんて言わないって。」
「あまりイメージがなかったもので。」
「普通に生きていくには困らないくらいには出来るって。ヨハンと2人暮らしなんだから、ある程度は出来なきゃ困るだろう。」
「そうですよね。変な事を聞いてすみません。」
 今回は残念ながら十代の料理を食べる機会は失ってしまったが、今更になって酷く勿体ない事をしたような気持ちになってきた。
 十代とヨハンにとっては普通の事でも遊星にとっては滅多にない事。
 何だかヨハンが羨ましくさえ思えた。
 けれど今から食べに行くのをやめて食材を買いに行こうなんて言えない。
 クロウかブルーノが買い物をして戻ってくると思うので勝手な事も出来ない。
 短い葛藤を振り払うように軽く頭を振れば、じっと十代が遊星を見ていた。
「十代さん?」
「お前、信じてないだろう?」
「え?」
「本当に作れるって。だったら今日は家に泊まりに来いよ。ヨハンもいないから暇だし、ちょうどいい。夕飯でハッキリ証明してやる。」
 そんな事は思っていないのだけれど、と言う暇はなかった。
 早く行こうぜ、と腕を引っ張られてD・ホイールへとぐいぐい押される。
「十代さん…。」
「家に来たら遊星の夢中になる物は少ないからな。オレが無視される事もない。一石二鳥だろう。」
「………、そんなに根に持っていますか?」
「そうだなぁ…。遊星が一緒に飯を食いに行って買い物に付き合ってくれて家で思いっきりデュエルして泊まっていってくれたら、もう言わないかもな。」
「………、付き合います、いくらでも。」
「よし、約束だからな。」
 やっぱり今日の作業はあれで終わりだとこれで決定した。
 予定が大幅に変わってしまったので先程の書き置きを、十代さんと出掛けてくる、から、今日は十代さんの家に泊まる、と直しに1度家の中に戻った。
 早くしろよなという十代の声は嬉しそうで、それだけで作業が止まった事なんて些細な事のように思えて、遊星はそんな自分に思わず苦笑する。
 十代には悪い事をしてしまったが、結果的には悪い事にはなっていないように思う。
 ただもう同じ事はしないように気を付けよう、と遊星は心に誓いながら、急かす声が聞こえてきたので遊星は急いで十代の所へと戻った。





□ END □

 2011.06.19
 遊星もきっと料理は作れるんだろうな、でもわざわざ作らなさそうだけど





  ≪ Top ≫