白昼



 扉を叩く音が聞こえたので手の空いていたクロウが扉へ向かえば、すぐに驚いた声が聞こえてきた。
 何事かと遊星もブルーノも思わず顔を上げる。
 そんな驚くような来客とは誰なのかと思えば、すぐに扉に立つ人物を見て遊星も驚き立ち上がる。
「遊戯さん!?」
「よう、遊星。」
 軽く手を上げたアテムの傍へと遊星は慌てて駆け寄る。
 決闘王の突然の訪問にクロウもブルーノも驚いているが、遊星も2人とは別の意味で驚いていた。
「1人でここまで来たんですか?」
 扉の外には遊戯も十代もおらず、他にアテムの知り合いらしき人物の姿もない。
 もしかしたらここまで誰かに送ってもらって、送ってくれた人は早々に帰ってしまったのだろうか。
 そんな可能性も考えてみたが、遊星の質問にアテムはすぐ首を縦に振った。
「ああ。今日は相棒も十代もいない。オレだけだ。」
「大丈夫だったんですか?」
 失礼だと分かっていても聞かずにはいられなかった。
 アテムが本来この時代を生きるべき存在ではない事と、それでも今を生きる事になった経緯を、遊星はアテムと遊戯から聞いている。
 その為にアテムはこの時代では常識である知識が抜けている事や、過去には一切なかった機械類が苦手だという事、まだこの世界には不慣れな部分が多い事、そういった部分をそれなりに理解している。
 何かあったら助けたり教えてあげたりして、と言ったのは確か遊戯。
 だから、少し大袈裟かもしれないが、童実野町からサテライトまでの歩くには遠すぎる距離をアテム1人で移動した事が驚きだった。
「ああ、この通り大丈夫だ。」
 思わずと言った遊星の質問にアテムは苦笑した。
 遊星が驚く理由は理解出来たし、まだ自分には不慣れな部分が多いという自覚もある。
 それに実際いくつか途中で困った事はあったのでアテムは笑うしかなかった。
「大丈夫だったんだが。」
「何か?」
「やっぱりこの小さい機械がよく分からなくてな。」
「………、携帯電話ですか。」
 確かアテムの持つ携帯電話は1番機能が簡単な物だと聞いた。
 電話とメールが出来るくらいの最低限の機能しかなく、扱いも酷く簡単な物だった筈。
 けれどそれでもアテムには苦手意識を向けてしまうだけの物になってしまうらしい。
「本当は事前に連絡をしようと思ったんだが、よく分からないうちに誰か知らない奴に電話をしてしまったらしい。」
「はぁ…。」
「だから連絡もせずに急に来てしまった。悪かったな。」
「いえ。入れ違いにはなりませんでしたし、何より無事に来てくれたのでよかったです、本当に。」
 とりあえずどうぞ、と遊星はアテムを家の中へ招く。
 十代はしょっちゅう来るが、アテムや遊戯が来る事は滅多になく遊星が行くばかり。
 いつもアテムは遊戯の家とは全く違った遊星の家を物珍しそうに眺め、整備途中のD―ホイールにも興味がありそうな様子を見せる。
 だが、何も分からない自分は近付くのもダメだ、とでも思っているのか常に一定の距離を取っている様子が少し面白かった。
 そして次にアテムの興味はパソコンへと向いた。
 D―ホイールよりも近付き何か考え込んでいるような様子で見つめる。
 どうかしたんだろうかと思っている遊星の後ろでコーヒーを用意してくれたブルーノがアテムへと声をかけた。
「えーっと、武藤遊戯さん、でよかったっけ?コーヒーって飲めます?」
「ああ。」
「だったらどうぞ。わざわざ来たんだから遊星に話があるんだと思うし。」
「遊星は今平気か?」
「はい。」
「だったら悪いが少し付き合ってくれ。」
 アテムにそう言われて遊星が断る筈もなくすぐに頷いた。
 どんな内容にせよ、わざわざアテムが尋ねてきてくれて何かを話してくれる、それは嬉しい事だった。
「実は頼みがあるんだ。」
 適当に落ち着ける場所を作ってテーブルにつけば、まずアテムがそう言った。
 頼みとなれば更に嬉しくなり、遊星は小さく頷く。
 興味があるのかクロウとブルーノが傍にいるが、聞かれて困るような事ではないようで、アテムは気にせずに話を続けた。
「実は買い物に付き合ってほしい。」
「買い物…、ですか?」
「ああ。」
 少し意外な頼みだった。
 買い物を頼むなら遊戯でも十分な筈なのに、なぜわざわざ遠い場所にいる遊星を尋ねるのか。
 そんな疑問が顔に出ていたのか、アテムは少し困ったような顔をした。
「相棒には…、その、秘密にしたいんだ。」
「………、何を買いたいんですか?」
「あの不思議なテレビだ。」
 アテムが指をさした先へと3人は目を向けた。
「パソコン…、ですか?」
「パソコンだな。」
「テレビっぽいのはパソコンだけだね。」
「ああ、そうだ。確かそんな名前だ。」
 パソコンすら知らないアテムを不思議に思ったのか、クロウとブルーノが不思議そうな視線を遊星へ向けてくる。
 他人の事情を勝手に話すわけにもいかず、色々あるんだ、と誤魔化しきれない言葉くらいしか遊星は言えなかった。
「とにかくそれが欲しい。」
「遊戯さんがですか…?」
 だとしたら止めるべきかもしれない。
 本人の意思を尊重するべきかもしれないが、アテムでは無駄になる可能性が高い。
 自分用の物を買うのなら、確か遊戯の部屋にもあったので、それで慣れてからでも遅くはない。
 遊星だけでなく、事情は知らないがアテムは機械に疎いと悟ったクロウとブルーノでさえ、殆ど全員が同じ事を考えた。
 だがその心配は無用だったようで、いいや、とアテムは答える。
「オレじゃない。オレが買っても無駄にするだけだ。」
 自覚してんだ、とクロウが呟きブルーノが苦笑していたが、遊星は聞こえなかったふりをする。
「だったら…。」
「相棒の物を買いたい。」
「遊戯さんのですか?」
「最初は十代に相談したんだが、3秒で遊星に相談した方がいいという結論になった。」
「光栄です…。」
「だから付き合ってくれないだろうか?」
「オレは構いませんが…、遊戯さんの物だったら遊戯さんと一緒に買いに行くのが1番いいと思います。」
 性能の話なら役に立てるが、買うとなれば好みの話なども出てきて、その部分は遊星では力になれない。
 使う人に選んでもらうのが1番で、その中で相談があるのなら遊星も出来る限りの事をする、その方がいいと思う。
 遊星がそう言えばアテムが困ったような様子で目を逸らした。
「そういうものなのか…。」
「はい。遊戯さんが今使っている物は覚えていますが、それでもやはり聞いた方がいいかと。」
「新しい物を買おうか悩んでいる事しか分からないからな…。」
「遊戯さんが一緒では何か問題が?」
 アテムと遊戯の間柄ならこそこそする必要なんてないだろう、と思った遊星の肩を、クロウがぽんっと叩いた。
 振り返ればクロウとブルーノが苦笑いのような表情を浮かべている。
 何故2人がそんな顔をするのか分かっていないかのようにきょとりと不思議そうな顔をした遊星へ、クロウがそっと耳打ちした。
「………、贈り物?」
 耳打ちしたかいもなく遊星がつい口に出してしまえばアテムが気まずそうな様子を見せた。
 恥ずかしそうと言ってもいい。
 そこでようやく遊星もアテムが遊戯を誘わない理由とクロウとブルーノの表情の理由を理解した。
「す、すみませんでした…。」
「いや。ハッキリ言わなかったオレも悪かった。少し照れくさくてな。」
「遊戯さんへの贈り物って…、何かありましたっけ?」
「いや、特にはないんだが、相棒には本当に色々助けられているからな。たまにはこういう事をしたいと思ったんだ。」
 思ったはいいが具体的に何をしようかと悩んでいる時に、遊戯が新しいパソコンを買おうかなと呟いているのを聞いた。
 別の物を買うのか、とアテムが尋ねれば、高いからすぐには買えないけどそのうちね、と遊戯は答えた。
 それを聞いて遊戯に喜んでもらうのにはちょうどいい機会なんじゃないかとアテムは考えた。
 こちらの金銭感覚には不慣れな上に、訳の分からない物を衝動買いして怒られると言う事が何回か重なった過去があるので、大会の賞金も双六の店を手伝ってもらえる給料のような小遣いのような物も管理は遊戯に任せている。
 かと言って全く使えない状況になったわけではなく約束さえ守れば自由に使っても怒られない。
 まずは、欲しいと思ったらすぐその場で買わずに数日考えてそれでも欲しいと思ったら買う事。
 そして、大きい物と高い物は絶対遊戯に一言相談する事。
 1つ目は実際に物を見に行ったわけではないが考えるだけなら1週間はしたので大丈夫。
 2つ目は本当なら相談すべき事なのだろうが今回ばかりは目を瞑って後で謝ろうと思った。
 残った問題は遊戯に秘密にするとなるとパソコンの事なんてアテムには全く分からないというものだったが、頼れる友人も後輩もいるのだから素直に協力を頼むのが正解だ。
 友人ではなく後輩の方を選んだのは、考えている時にたまたま十代と会い、その十代が遊星の名前を挙げたから。
「相棒は高いと言っていたが…、出来れば相談しないで驚かせたい。怒られるかもしれないが喜んでくれるとも思うんだ。」
「そういえば予算は?」
「とりあえず普通の店に置いてある物は問題なく買えるらしいから、普通の店に置いてある物を買う。」
 随分と情報が大雑把だった。
 そして遊星の感覚にはあまり馴染みのない言葉だった。
 一瞬返答に困ったもののアテムが一生懸命に遊戯を喜ばせようとしている事だけは分かる。
 他の方法を探してもいいような気がするが、アテムの言うとおり遊戯はきっと喜んでくれるだろうから、これ以上アテムの気持ちに水を差す真似はしたくない。
 一生懸命に考えているアテムも、一生懸命に考えられている遊戯も、遊星としては両方に喜んでもらいたい。
 だからその為に出来る限りの事をしようと遊星は頷いた。
「分かりました。オレでよければ出来る限りの事はします。」
「本当か!?」
「はい。でも遊戯さんの好みに関しては任せますのでお願いします。」
「分かっている。相棒の事なら任せてくれ。」
「喜んでもらえるといいですね。」
「ああ。」
 まるでアテムが送られ側のように嬉しそうな笑顔を浮かべて頷く。
 こんな顔をする程に遊戯の事を想っているアテムがいっそ羨ましくさえ思え、気付けば遊星もつられるように笑っていた。





□ END □

 2011.06.19
 なんか昼である理由が全くない残念な感じだけど、相棒の誕生日は6月みたいだから、まあいいや





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