観察



 遊星は出来るだけ作業に集中しようと努めた。
 十代が来ているが、オレの相手はそれが終わってからでいい、と言ってくれたのでなおさら早く終わらせる為に集中したい。
 何とか頑張ろうと努力したのだが。
「………、十代さん…。」
 無理だった。
「ん?」
 名前を呼ばれて首を傾げる十代に遊星はただ困り顔を向ける。
 十代は遊星の隣で無言のまま作業をする様子を眺めていた。
 これがただ単に作業を眺めているだけだったらあまり気にならない。
 興味があるというなら簡単に説明してもいい。
 だが十代が見ているのは遊星の手元ではなく何故か顔で、その視線が気になってしまってどうしていいか分からない。
 一体何のつもりかさっぱり分からないから困惑は増すばかりだ。
 それでも十代がそうしたいのならばと思っていたのだが、もう無理だった。
 諦めて遊星は素直に質問をする事にした。
「どうかしましたか?」
「いや、別に。」
「でしたら何故オレの顔を見ているんです?」
「んー…。」
 十代が何のつもりか分かるまで作業にならないと思い工具を置く。
 2人でD・ホイールの前でしゃがみ込み何もしないでいる姿は少し不思議だが、幸いにも今は他に誰もいないので気にする必要はない。
 急ぐ調整でもないので話す時間は十分ある。
 遊星は十代の言葉をただ静かに待った。
「デュエリストって、やっぱりデュエルしている時が1番かっこいいよな。」
 それに対する答えはなんだかよく分からないものだった。
「え…?」
「いいから聞け。」
「あ、はい…。」
「というわけで、かっこいいよな?」
 遊星はすぐに頷いた。
 十代もアテムも遊戯も、そうしてジャックやクロウと言った仲間達も、やはりデュエルしている時の姿は普段とは違う。
 真剣であればある程その姿は十代が言う通りかっこいいと言える。
 男も女も大人も子供も関係なく、真剣にデュエルに挑むデュエリストならそう見えるだろう。
 十代の言葉は納得出来る。
 でもそれと今の彼の行動とはどうしても結びつかない。
 一体それが何の関係があるのかと思ったが、十代の話はまだ続いている事に気付き、慌てて口を閉じた。
「だから当然、遊星もすげーかっこいい。スタンディングでもライディングでも、デュエルしている時の遊星は本当にかっこいい。」
「………、ありがとう、ございます…。」
 面と向かってそう言われるのは酷く気恥ずかしく、思わず俯きながらも何か言わなければと必死に考えて礼を言った。
 それならば十代だってそうじゃないか、と思ったものの、今は返す余裕がない。
 恥ずかしがる遊星を可愛いなと思いながら、けれどそれを表には出さずにじっと十代は遊星を眺める。
「でもさ、そんな事はデュエルを見ている誰もが知っている事だ。」
 遊星はやっぱり反応に困り、とにかく俯いてばかりいるのは失礼だろうと思って何とか顔を上げ、黙って話を聞く。
 その反応に不満はないようで十代は話を続けた。
「ライディングデュエルの決闘王がかっこいいなんて、当たり前すぎる。」
「えっと…。」
「そういうわけで、オレは他のかっこいい遊星が見たい。」
「………、見たい、と言われても…。」
 一体どうしろと言うのか。
 困惑がただ重なっていくばかりで遊星は本気で困ってしまった。
 十代の望みは自分で叶えられるものならばできる限り実現させたい。
 だが、特に自分がかっこいいなどと実感した事はないので、何をどうすれば十代の望みを叶えられるのかさっぱり分からない。
 ジャックがいたら何か参考になる意見が聞けたかもしれない。
 彼は他者に見せる為の立ち振る舞いは得意だ。
 だが出かけている今では助言を求める事は出来ず、遊星は何とか1人で十代からの難題に立ち向かうしかなかった。
「あの、一応確認したいのですが…、それと先程オレを見ていた事と繋がりは?」
「真剣な顔をしている遊星ってかっこいいよなーって。」
「………、だったらもうそれで許してください…。」
 もう色々と恥ずかしくて居た堪れない。
 望む姿が見られたのならもういいじゃないかと思うのだが、十代は何故か不満そうな顔をした。
「でも遊星のこんな姿はお前の仲間がよく見ているよな。」
「まぁ…、おそらくは…。」
「幼馴染達は無理としても、アキや龍亞や龍可は見た事がないような、そんなかっこいい遊星がいい。」
「無茶言わないでください。」
 申し訳ないと思いながらも遊星はきっぱりとそう言った。
 それでも十代は引かずに遊星との距離を詰める。
 思わず遊星は後退ろうとしたが、周りに色々と工具が置いてあるので逃げるには立ち上がって本気でここから離れなければいけないが、そこまではいくらなんでも十代に失礼で出来ない。
 ただ困惑しながら間近にある十代の顔を見ているしかなかった。
「遊星って自分がかっこいい自覚があるのか?」
「考えた事はありません。」
「これだから無自覚にかっこいい奴は…。」
「そもそも褒められるべきはオレではなくて十代さんだと思います。」
 漸く少し落ち着いたのでそう返す事が出来た。
 自分の事にはあまり関心がないが、十代の事はかっこいいと素直に思える。
 デュエルをしている時の、とても真剣でとても楽しそうなその様子は、対戦している時もただ見ている時も何度見惚れたか分からない。
 普段でも自分にはない明るさと時折見せる近寄る事を躊躇う程の鋭さこそが褒められるべきだ。
「自分をかっこいいと言う趣味はないって。」
「オレが言います。」
 これくらいのささやかな反撃は出来る。
 負けじと遊星も十代との距離を詰めれば、遊星がそんな事を言い出すなんて予想外だったのだろう、十代が少しだけ身を引いた。
 それでもまるで内緒話をするかのような距離で顔を寄せたまま。
 本当に傍から見れば不思議な光景だ。
 誰もいないからこそ2人はそれに気付く事が出来ない。
「やめろ、言うな。お前の褒め言葉はいつも恥ずかしい。」
「十代さんがよくてオレがダメなのは不公平です。オレだって恥ずかしかった。」
「だいたいオレは褒めたいんじゃなくてお前がかっこいいところを見たいんだよ。」
 無言のまま顔を見合わせる。
 ふと遊星は十代の言いたい事が少しわかったような気がした。
 十代をかっこいいと思う事は数多くあるが、他にも知らない姿があるのならば見たいし、それが自分だけ知っている姿であれば尚の事いいと思う。
 きっと十代が望んでいる事はこれと同じ気持ちなのだろう。
 遊星が知らない彼のかっこいい姿はどんな時に見れてどんなものなのだろうか。
 興味が湧いてきてじっと十代を見る。
 遊星の様子が変わった事に気付いた十代は居心地が悪いそうに顔を顰めた。
「………、なんだよ。」
「いえ、オレも十代さんのかっこいいところを、出来れば見た事がないような姿を見たいなと思いまして。」
「真似すんな。」
 ぎゅっと頭を押さえつけて置いてあった工具を突き付ける。
 作業を続けろという事なのだろう。
 仕方なく工具を受け取って遊星はD・ホイールの調整を再開する。
 理由が分かったので先程よりは視線が気にならなくなり、加えてじっと見つめてくる十代が先程のやり取りを思い出すのか急に恥ずかしそうに目を逸らす、そんな事をするものだから圧迫感もなくなった。
 それに代わって微笑ましさを感じるようになり、つい遊星はそっと笑ってしまった。
 口元に浮かんだ笑みに気付いた十代はばつが悪いそうに軽く頭を小突いて来る。
「遊星。」
「はい。」
「………、後でデュエルな。」
「はい、喜んで相手になります。」
「仕方ないから手っ取り早く見えるかっこよさで今日は許してやるよ。」
 そんな事を言う十代に思わず遊星は吹き出してしまい、再び小突かれる羽目になってしまった。





□ END □

 2011.02.01
 2人乗りもいいけど2人でD・ホイールの前で一緒にしゃがみ込んでいる姿も可愛いかなと





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