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 遊戯はぽかんと間の抜けた顔をして棚を拭いていていた手を止めた。
 視線の先には、一緒に掃除をしていた筈の決闘王と、こんな小さな玩具屋には本来いる筈のない大企業の社長。
 ぼんやりと棚を拭く手を再び動かしながら遊戯はつい先程言われた事を思い出す。
 けれど驚きが強すぎて上手く思い出せない。
 仕方なく掃除を中断して2人としっかり向き合う。
 そうして、酷く気は進まないが、それでも尋ねた。
「今なんて言った?」
「お前も今度の大会用コマーシャルの撮影に行けと言ったんだ。」
「無理。」
 ああそうだ、確かにそんな事を言われた、思い出した。
 しっかりと言われたことを頭の中で確認しながら、けれどその前に遊戯は考える間もなく断った。
 海馬が不満そうに眉を顰めたが気にしない。
 隣でアテムが残念そうな顔をしていたが、そちらも気にしないように努力する。
 だって意味が分からないのだから仕方がない。
 アテムが珍しくもコマーシャル撮影に参加すると聞いた。
 きっとそれ関係なんだろうが、何故それが大会に全くない自分にも回ってくるのか、いくら考えても遊戯には分からない。
 だからさっさと断ったが海馬は帰ろうとしない。
 横目に時計を見る。
 開店時間までもうあまり時間がない。
 アテムと海馬が一緒にいる姿はどうしても人目を引くので、変な騒ぎになる前に返ってほしい。
 でも海馬は腕を組んだまま動かないので遊戯はひっそり息をついた。
「話しは終わりだから帰ってよ。海馬君がいたらお店が開けない。」
「開いたところで客など滅多に来ないだろうが。」
「………、学校が終われば近所の子供たちが来てくれるよ。」
 精一杯の反論をする。
 そうしてただ黙っているアテムの方へ目を向けた。
 いつだって彼は遊戯の味方だ。
 それなのに今は遊戯の見方も海馬の味方もせずに黙っている。
 どうやら今はどちらかと言えば海馬側なのだろう、先程の残念そうな顔からそう思えた。
「だいたい何でボクなの。」
「お前が適任だっただけだ。」
「適任?」
 何が、と首を傾げる遊戯に、海馬は簡単に説明した。
 アテムは滅多にメディアには協力しないが、ごく稀に理由があるのか気まぐれなのか手伝う事があり、今回のコマーシャル撮影もまぁいいかと頷いたようだ。
 そんな彼は演技など出来ないし、デュエルの最中に見せる決闘王の凛々しさとかっこよさを何もしていない時に求められて出来るかと言えば、そんな器用な人ではない。
 普段通りの立ち振る舞いでも十分だと思うが、それをいざ意識してやれと言われると無意識にやっている事なのでどうしていいかさっぱり分からなくなり、酷く不自然で妙な感じになってしまう。
 それを何とかするにはやっぱりデュエルしかないだろうという意見になった。
 大会記録を使うのではなくコマーシャル用にデュエルをして、後はそれを何とか上手く使って宣伝用の映像にする。
 そうと決まれば対戦相手も大切になった。
 アテムがそれなりに本気になれる相手がいい。
 理想は自他共に認めるライバル同士の海馬だが、彼は忙しいと撮影を断った。
 だから代わりに推薦したのが遊戯だった。
「何を勝手に本人の承諾を得ずに…。」
「拒否権などあるわけがないだろう。」
「しかも強制って…。ボクは嫌だよ、そんな撮影だなんて。」
「安心しろ。使うのはこいつの姿だけで、お前は撮影である事を忘れさせるだけのデュエルをすればいいだけだ。」
 つまりはいつも通りでいいのだろう。
 アテムとのデュエルは遊びでも何でもいつだって真剣勝負になる。
 お互いに本気になる事は難しくないが、それでも遊戯は頷く事を躊躇った。
 どうしてもそのコマーシャル撮影に参加という言葉が重い。
「何だ、不満があるなら言ってみろ。」
「強いて言うなら今は海馬君のその反論を許さない態度かな。」
「そんな事を気にしている暇があるならさっさと腹を括れ。」
「だから…。」
 本当に反論は許さないつもりなんだなと思いながら、遊戯は矛先を海馬からアテムへと変えた。
「もう1人のボクはどうなのさ。」
「何がだ?」
「ボクじゃなくて他に相手をしたいデュエリストなんてたくさんいるでしょう?」
 1日1回くらいは必ずデュエルしているだろうか。
 そんな毎日のように顔を合わせて手の内なんて何もかも知っているような相手より、折角なのだから撮影に託けて望みのデュエリストの名前を挙げたって、それくらいは許される筈だ。
 それなのにアテムは心底不思議そうな顔をして首を横に振った。
「相棒以上の存在がいるわけないだろうが。」
「いや…、今はデュエル相手の話であって…。」
「デュエルであれ何であれ、オレは相棒がいい。」
「えーっと…。」
「それに、普段はデュエルディスクを使わないからな。」
「ディスク?」
 何で急にデュエルディスクの話になるのか遊戯には分からなかった。
 確かに部屋でデュエルをする時にはディスクなんて使わない。
 部屋の広さでは十分なスペースがないので、いつだって床にシートをひいてカードを広げている。
 一体それがコマーシャル撮影と一体何の関係があるのか遊戯にはさっぱり分からない。
「もう1人のボク?」
「相棒のかっこよさは色々あるが、お前が真剣な顔でディスクを構えてオレの前に立っている、あの姿が好きだ。」
「………、え?」
「他のデュエリストと向き合っている時よりも、オレが相手の時が相棒は1番かっこいい。それが見られるんだからオレに不満は何もない。」
 不思議そうにアテムの言葉を聞いていた遊戯は、ゆっくりと彼の言葉の意味を理解して顔を赤くする。
 ぱくぱくと忙しなく口を閉じたり開いたりしたが、言葉なんて何も出なかった。
 仕方なく何かないかと探し、掃除の為の雑巾を持ったままだった事を思い出した。
 棚を拭いた面を内側になるように畳み、それをアテムへと向けて思いっきり投げつけた。
 突然の事に対応が遅れたのか、そもそも遊戯からの攻撃だったので避けるという判断が出来なかったのか、雑巾はアテムの顔面に水気の含んだ音を立ててぶつかった。
 随分と間の抜けた決闘王の姿に少しだけ気分がすっとする。
 けれど顔が熱くなるのは止まらなかった。
 これがエジプト人と日本人の違いなのか、それともただ単にアテムと遊戯の性格の違いなのか、ストレートな褒め言葉はどうしても気恥ずかしい。
 そしてここに海馬がいると思えば恥ずかしくて仕方がない。
 海馬が一切気にしない性格なのは救いだが、部屋で2人きりでもない場所で言われれば遊戯がただいたたまれなかった。
「あ、相棒!?何かオレはまずい事を言ったか!?」
「違うけど違わない!」
 雑巾を顔から取って慌てるアテムに遊戯は半ば自棄になって叫んだ。
 よく分からない、いわゆる痴話喧嘩に近い物だろうと思われる叫び合いは軽く流し、海馬は店内にある時計に目を向ける。
 もう少しで店の開店時間。
 ついでに海馬がここにいられる時間ももう残り僅か。
 かなり忙しい身なので、2人の自分には全く関係ない叫び合いをいつまでも聞いている事は出来ず、時間に余裕があったとしてもこんな事には付き合っていたくない。
「それで撮影の件は分かったな。」
 遊戯に拒否権は一切ない。
 ただ決定事項を告げに来ただけ。
 最後までその態度を貫く海馬に、ようやく遊戯は諦めがついたもののなんだか釈然とせず、せめてもの仕返しに思いっきり睨みつけた。
「分かった、分かりました!」
「ならいい。」
 苦し紛れの抵抗を全く意に介さず海馬は満足そうに頷いた。
 そうして付き合っていられないとばかりに立ち去った海馬の背中を遊戯は睨み、姿が見えなくなればそのままの視線をアテムへと向けた。
 本気で怒らせたかとアテムがびくりと肩を震わせる。
 色々と言いたい事はある。
 言いたい事はあるのだが。
「とにかく、お店の看板出してきて!」
 残念ながらもう開店時間だった。





□ END □

 2011.02.01
 どんなコマーシャルになるかは知らない





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