様子



 勝利が決まった瞬間に大きな歓声が響いた。
 観客達もピットにいる仲間達も走る赤い色のD・ホイールへ大きな歓声を送る。
 戻ってきた遊星へ真っ先に龍亞と龍可が駆け寄って、おめでとう、とまるで自分の事のように嬉しそうに声をかける。
「凄かったわよ、遊星!」
「うんうん、さっすが遊星!かっこよかった!」
 興奮が収まりきらない様子の2人に遊星も笑みを浮かべて頷く。
「結局遊星に美味しい場面を譲っちまったなー。」
「ごめんなさいね、クロウ。遊星も。私が足を引っ張ってしまって。」
「いや、そういう意味じゃねぇって。」
 最初にアキが、その次にクロウを、最後に遊星。
 いくら遊星達との練習を積み重ねてもライディングデュエルの実戦にはまだ不慣れなアキに経験を積ませようと、この順番で挑んだチーム戦での大会。
 確かに最初にアキが苦戦をして早々にクロウへ交代してしまったのは事実だが、その後にクロウが巻き返し、相手が3人目となった戦いの途中で交代となった遊星が無事に勝利を得た。
 最初からアキに経験を積ませるのが目的だ。
 苦戦も敗北も次に繋げられる材料になるなら、その後の負担など些細な事だ。
「気にする事はない。アキは自分が思うままにやってみればいい。その為にオレとクロウが後に控えているんだ、安心して挑め。」
 個人戦でもよかったが、まだ不安定なアキのデュエルではどこまで勝ち進めるか分からない。
 少しでも多く実戦を、と思えばチーム戦となり、結果として後に走るクロウと遊星に負担を多くかける事になる。
 それでも、安心しろ、と言われれば心がスッと楽になる。
 控えめな笑顔と力強い言葉は驚く程に安心感を与えてくれる。
 遊星にそう言われれば笑顔で頷くしか出来ず、そして今回のデュエルで得られた事を次に生かせるように頑張ろうとすぐに気持ちが切り替えられる。
 不思議な気持ちだが、これはアキだけが感じるものではなく、確かに遊星が持っている強さだ。
「まぁ、周りは盛り上がっているけど、これでようやく本選出場決定だからな、次も頑張ろうぜ。」
「ええ。」
「ああ。」
「呑気に話をしているが、いつまでもここにいて大丈夫なのか?」
 決意を固める3人へジャックがいくらか不機嫌そうに声をかける。
 不機嫌の理由は明確で、今回の大会でアキ以外の残り2人のメンバーはどうするか、という話し合いの中で外れくじを引き裏方になってしまった為だ。
 大会が終わるまではずっとこの調子だろうと思うので不機嫌な様子は気にせず、ただ言葉の意味を分かっていないかのような視線を遊星はジャックへ向けた。
「もたもたしていると、お前の苦手なインタビューが来るぞという話だ。」
「ああ…、それか…。」
 目立つ場を苦手としている遊星と、別にデュエルに勝てればそれで十分といった態度のアキとクロウ、唯一積極的なのはジャックだけという走者の集まりのチーム5D’sは、必要最低限の事を終わらせた後はさっさと撤収するのがいつもの事。
 確かにのんびりしていると誰かに捕まる可能性がある。
 知り合いであるカーリー1人に話をするくらいならまだしも、やたらと人が集まって来て色々と言ってくる、あの勢いになれる日はきっと来ないだろうと遊星は思っている。
「今回の決闘王はどっちも寡黙だよな。武藤遊戯といいお前といい、どっちも取っ付きにくい印象だし。」
「遊戯さんはそんな事はない。」
「お前は知り合いだからだろうが。知り合う前はそう思っていただろう?」
 否定は出来ずに遊星は口を噤んだ。
 確かに寡黙で近寄りがたく遥か遠くの高みにいるような存在だと思っていた。
 実際に実力ではまだ及ばないが、それでも近寄りがたい人という印象は変わった。
 遊星は観客席の方へと目を向ける。
 デュエルが始まる前に確認した、ピットから見上げて見つけられる位置に応援へ来てくれた人達を探せば、変わらず同じ位置に姿を見つけられた。
 満足そうな顔をしているアテムと、笑顔で拍手を送ってくれる遊戯、まるで自分が勝ったかのように嬉しそうな顔でピースサインを送ってくる十代。
 忙しい中わざわざ応援に来てくれた人達を見上げ、勝ちました、と伝えるように軽く手を振る。
 その途端に歓声が大きくなり、流石に遊星も驚いて周りを見回した。
 どうやら観客達からの歓声に答えたと思われたらしい。
 それならそれで構わないが、やはりこの空気になれるのは難しいな、と改めて遊星は実感した。
「帰ろう。」
「折角だ、このまま歓声に答えてやってもいいんじゃないか?」
「カーリーには謝っておいてくれ。」
「………、別にカーリーの事だけを言っているわけじゃない。」
「もういっそジャックが全部インタビューとか受けてこいよ。お前は得意だろ?」
「走者でもないオレが話をして何の意味がある。」
「遊星、片付けは終わったよ。」
 さっさと片付けを終えたブルーノが声をかける。
 勝利を喜んでくれるのは嬉しいが、やはり人には得意不得意があり、唯一得意なジャックが何もしないと言っているので対戦相手といくつか話をした後は早々に会場内へと入っていく。
 後は着替えて撤収するだけ。
 会場から出る時が1番面倒なのだが、何度も使っているので抜け道は知っている。
 片付けも着替えもすべて終えて、さて帰ろう、となった時。
「おーい、遊星!」
 ここにいる全員が聞き覚えのある声に振り返り、十代さん、とその中で遊星が嬉しそうな声を上げた。
「すまない、先に行っていてくれ。」
「ええ。」
 関係者以外は立ち入り禁止のこの場所にどうやって来たのか、観客席から降りてきてくれた十代達の所へと遊星か駆け寄る。
 同時に十代も駆け寄ってきたかと思えば飛び付くように抱き付いてきたので、途中で遊星は慌てて足を止めて十代を受け止めた。
「十代さん…!?」
「やったな、おめでとう!お前も皆もかっこよかったぜ!」
「うん、本選出場決定おめでとう。」
「よくやったな、遊星。」
「あ、ありがとうございます…。」
 勝ったと言っても本選かこれからなのだが、手放しで喜ばれると嬉しくもあるし気恥ずかしくもなる。
 思わず俯いた遊星の頭を十代が少し乱暴に撫でた。
「いいデュエルだったぜ。」
「その…、殆ど戦ったのはクロウですから…。」
「勿論アキもクロウもいいデュエルしてたさ。でも遊星だって戦ったし、楽しかっただろ?」
「はい。」
「だったら素直に褒められとけって。」
「そうだよ、十代君の言う通り。」
「安定感のあるいいデュエルをしたんだ。もっと堂々と胸を張れ。」
「はい…。」
「遊戯さんに褒められたからってそんな照れるなよ。」
 笑いながら十代が遊星の背中を勢いよく叩く。
 遠慮のない強さにただ苦笑するしかなく、ようやく顔を上げた遊星は改めて応援に来てくれた3人へ礼を言った。
 そんな賑やかな様子を、先に行っていてくれとは言われたが、何だか気になってアキが足を止めて振り返る。
 気付いたクロウと龍可も立ち止まってアキと遊星達を交互に見た。
「アキさん?」
「あ、ごめんなさい。」
「どうしたんだ?」
「いえ…、遊星が…。」
 遊星が気になって足を止めたのだが、その理由が上手く説明出来なくて中途半端に言葉が途切れる。
 遊星達4人の話は今回の対戦相手の戦術や、それと戦った自分達の様子などに変わっている。
 全員がかなりの実力者でアテムと遊星は決闘王の称号があるので、きっと聞いているだけで勉強になるだろう。
 けれど気になったのはそこではない。
 仲間達と一緒にいる時とあの3人と一緒にいる時では遊星の様子が違う、それが気になったからつい足を止めてしまった。
 遊星にとってアテムも遊戯も十代も尊敬している相手なのだから、仲間達とは違う態度を取るのは当たり前と言えばそれまで。
 少し戸惑った様子を見せながらも安心した様子で笑っている。
 あんな表情をする遊星は彼らの前でしか見せない。
 それが微笑ましくもあり、少し残念なような気落ちにもなる、複雑な気分だ。
「遊星楽しそうね。」
「ああなると長いから、家に帰ってから話せばいいのにな。」
「本当ね。アキさんは遊星を待つの?」
「いいえ。邪魔をしては悪いから、そのつもりはないわ。」
「じゃあもう行こうぜ。アキだって疲れてるだろ?」
「ええ。」
 そう声をかけてくれる龍可は遊星にとって守る対象で、クロウは並んで立っている相手。
 そして向こうにいる3人は数少ない遊星の前にいる存在。
 流石にとても遠い距離を感じてしまった。
 アキは軽く深呼吸をしてからクロウと龍可に向けて笑った。
「私、もっと頑張るわね。」
「え?」
「アキさん、本当にどうしたの?」
「たいした事じゃないんだけど、ちょっと羨ましいだけよ。」
 不思議そうにする2人にそう言って、もう1度4人を振り返る。
「よっし、遊星、もういっそデュエルしようぜ!」
「ここでですか?」
「話だけじゃ物足りなさそうだからな。いっそオレと相棒も混ぜてタッグいくか。」
「楽しそうだけど流石にここじゃ迷惑だよ。やるなら場所移そうね。」
「じゃあ外でやろうぜ!」
「会場の外も迷惑になると思うんですが…。」
「十代君、ちょっと落ち着こう…。」
 賑やかな様子は変わらず、遊星が楽しそうなのも変わらない。
 きっと帰ってくるのは遅くなるだろうね、とその様子を見ていた3人は顔を見合わせて苦笑した。





□ END □

 2010.11.21/色であみだくじお題・緑色=安心とか調和とかそういう色らしい
 大会の開催周期は知らないけど、きっとあっちこっちで年がら年中やっているという事にします





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