騒動



 机の上に放っておいた携帯からメール受信の時に流れる音楽が聞こえた。
 手に取ってメールの相手を確認すると、最近は見ていなかった名前が表示されていた。
 何の用件だろうかとメールの中身を確認する。
 決して多くない文字を最後まで読むと同時に、十代は声にならない悲鳴を上げた。
 その後の行動は素早いもので、デッキを持って上着を掴み、勢いよく部屋から出る。
 バタバタとした音に自室にいたヨハンが何事かと顔を出した。
 そんなヨハンに何だかよく分からない、おそらく出掛けてくるとか行ってきますとかそう言う類の言葉だろうが正確には聞き取れない不思議な声を上げながら、十代は慌てて家から出て行った。
 その後ろ姿を見守りながらヨハンは自分の携帯のメール送信画面を見る。
「あの人も忙しい筈なのに、随分行動が早いなぁ…。」
 約2時間前に送ったメールを見て感心したようにヨハンが呟く。
 でも行動が早いに越したことはない。
 大慌てで出て行った十代の姿に少し笑いながら、よろしくお願いします、とヨハンはもう1度同じ相手にメールを送っておいた。

 十代が送られたメールに悲鳴を上げた頃、ジャックとクロウは遠巻きに遊星を見守っていた。
 遊星は黙々とパソコンに向かってD・ホイールのデータを調整している。
 それはいつも通りの姿だったのだが、何故か酷く声がかけづらかった。
 表情には何の感情も浮かんでいないのだが、雰囲気があからさまに沈み込んでいるという事と不機嫌だという事を2人に伝えていた。
 カタカタとキーボードを打ちこむ音が響く。
 ふいにエラー音が聞こえた。
 それに遊星は手を止めて画面を無言で眺め、やがて深々とため息をついた。
 多少不機嫌な程度ならジャックもクロウも気にしない。
 必要であれば声をかけるなりなんなりするし、放っておいた方がいいと判断すればこちらはこちらで勝手にいつも通りに過ごす。
 けれど今は声をかけるという選択肢は選べず、かといって完全に気にせずにいるのも辛い。
 2人ですら滅多に見た事がない程に、今の遊星は苛立っていたし落ち込んでもいた。
 いっそ何処かへ出掛けてしまおうか、けれど今の遊星を1人にするのも何となく不安、かと言ってここにいても何も出来ない。
 色々と考えてしまえば遠巻きに見守るしか出来なかった。
 そんな2人の様子を遊星は正確に理解していたが、どうしようもなかった。
 エラーの起きた画面を再度見るが集中力が途切れてしまったようだ。
 考えるのが酷く億劫になってただぼんやりと眺める。
 そうすれば思い出すのは数日前の十代の言葉だ。
 行きたくないから行かない、と言われてしまった。
 その宣言通りに十代は遊星を訪ねて来る事をしなくなった。
 あんなことを言われなければ仕事なのだろうと寂しく思いながらも納得したが、今回は何かしらの理由で十代が来たくないと思ってしまった為の空白の時間。
 それがとても悲しくて、そして知らない間に何かしてしまったのだろう自分にとても苛立った。
 出来る限り遊星は十代に対する自分の行動を思い出してみたが、これと言って原因になりそうな事は思い浮かばない。
 けれどそれは遊星側の意見で、十代がこちらの行動をどう受け止めたかはまた別の話になる。
 正確に理解するには本人に聞くしかない。
 だがそんな勇気はない。
 もしかしたら、と遊星は椅子の背凭れに体重を預けながら考える。
 もしかしたら、絶対に知られないようにしようとしている十代への感情が気付かない間に態度に出てしまったのか、それとも隠し通そうとする態度に無理があって十代の機嫌を損ねてしまったのか。
 考えてみて血の気が引く。
 どちらにしても最悪だ。
 気分はただ沈むばかりで、遊星は力なく天井を見上げた。
 ぼんやりとしていれば、何やら外が賑やかな事に気付く。
 遊星は何となく扉の方へと目を向け、同じように外のざわつきに気付いたジャックとクロウも同じ方を見た。
「何だ?」
「随分騒がしいが…、何かあったのか?」
 聞こえてくるのは人の声で、事件が起きたという様子ではなく楽しそうな声に聞こえた。
 何か人が集まるようなイベントがこの付近であっただろうか、と3人が考えていれば、家の扉を叩く音が聞こえた。
 数回聞こえてきた音にぽかんといしていれば、しばらくしてまた数回叩かれる。
 顔を見合わせた後にとりあえずクロウが扉を開けに行った。
「はい、どちら様で…。」
「やあ、こんにちは。キミが不動遊星君?」
「………、は?」
 扉を開けるなり声をかけてきたのは、人好きのする笑みを浮かべた見知らぬ青年だった。
 少し長めの茶色の髪をした綺麗な顔立ちの青年はにこにことクロウを見る。
 何となく外のざわつきが気になったクロウが青年の背後を見てみれば、やたらと熱っぽい視線を向けてくる女性が集まっている事を知った。
 青年の笑顔と後ろにいる女性達と、一体何が起きたのか分からなくて少しだけクロウの思考は停止する。
 その間に青年は、ああ、と言って手を叩いた。
「ごめん、違ったね。確か…、同じチームのクロウ・ホーガン君だったかな。」
「そうだけど…、あんたは?」
「そうそう、向こうの彼が不動遊星君だったね。」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
 無害そうな笑顔を浮かべながら、青年はクロウの制止を全く聞かずに勝手に家の中に入る。
 青年の背後には彼の連れがいたらしく、驚くクロウを見て不思議そうに首を傾げた。
 不法侵入をしてきた青年と同じく整った顔立ちをしているが、雰囲気は逆で随分と落ち着いた印象を受けた。
「知り合いと聞いたんだが、違うのか?」
「いや、知らねぇよ!あいつもあんたも全くの初対面!」
「え?」
 驚いた様子で青年は目を丸くする。
 そんなこちらの様子など少しも気にせずに、先に部屋の中へ勝手に押し入った青年は笑顔で遊星の前に立った。
 遊星は突然の事に呆気にとられているが、けれど不機嫌さが消えたわけではない。
 これ以上の面倒事は持ち込まないでくれ、とジャックとクロウは心の中で同時に叫んだ。
 けれど部屋に入ってきた青年をよく見てみれば、何かに気付いたようにジャックが声を上げた。
「お前…。」
「やあ、ジャック。久し振りだね。元気そうで何より。」
「ジャック、こいつお前の知り合いか?」
「知り合いと言うには微妙だが、知らないわけではない。」
「ほら、亮。だから言っただろう。知り合いの所に行くって。」
「だがオレにはお前が無理矢理押し入っているようにしか見えないんだが…。」
「細かい事は言いっこなし。」
 正論はさらりと流して青年は改めて遊星と向き合った。
 呆気にとられていた遊星もようやく我に返り、勝手に家の中に入ってきた見知らぬ青年を睨みつける。
 玄関から入ってきたし一応はジャックと知り合いらしいので強盗などの類ではないだろう。
 けれどこの状況ではとても歓迎できる相手ではない。
「誰だ?」
「あれ、ボクを知らない?うーん…、ボクもまだまだって事だね。」
「………。」
「それじゃあ自己紹介を。デュエリスト界のアイドル、ブリザードプリンスこと天上院吹雪だよ。よろしくね。」
「………、は?」
 突然上がり込んできた青年にアイドルだのプリンスなど言われ、遊星はそう返すしか出来なかった。
 クロウもただぽかんと青年を見ている。
 ジャックだけが疲れたようにため息をついた。
 そんなジャックの方へと自然に遊星とクロウの目は向いたが、ジャックとしても正直どうしていいか分からない
 3人が何とも言えない微妙な空気を作り出している中、そんな事は一切お構いなしという様子で吹雪は遊星の両手を引っ張ってしっかりと掴んだ。
「というわけで、さあ、遠慮なくボクに悩み事を打ち明けてごらん。」
「は…?」
「心配しなくても大丈夫。恋の魔術師であるボクは恋する全ての人達の味方だよ。どんな形でも人を想う事は大切だからね。」
 驚いたように目を丸くしているクロウが見えたので、遊星は慌てて首を横に振った。
 嘘をつくのは心苦しいが、ここで頷いては好きだと思う相手がいるという事を告白する事になる。
 こんな訳の分からない流れでそんな告白をしたくはなかった。
「ちょっと待ってくれ、あんたは…。」
「一途に想う事も大切だけど、それだけじゃ相手には伝わらない。時には思い切って行動するのも必要だ。」
「いや…、あの…。」
「キミのデュエルはいくつか見たけど、最後まで諦めない素敵なデュエルだ。だったら恋もそれと同じ、何も迷う事はないんだよ。」
 呆然としながら遊星は吹雪を見た。
 理解出来る言葉を並べられている筈なのに、彼が何を言っているのかさっぱり理解出来ない。
 再び遊星はジャックを見た。
 ぽかんと吹雪と遊星を見守っていたクロウも同じタイミングで何か言いたそうにジャックを見る。
 ジャックはうんざりしたように頭を振った。
「こいつは毎度こんな調子だ…。」
「毎度って…。」
「おい、貴様はいい加減に見ていないでこいつを何とかしろ!」
 事態の収拾をジャックはクロウの隣で見ているだけの亮に投げた。
 何故か自分に話題が振られるとは思っていなかったようで、少し驚いた様子だ。
 その間にも吹雪はよく分からない言葉を並べ立てる。
 遊星にはやっぱり上手く理解出来ない言葉ばかりだ。
 吹雪だけが喋り続け、他の全員がただ呆然とする中、突然ノックもなく家の扉が開いた。
 今度は何の騒ぎだよ、と苛立ったクロウが振り返ると同時に。
「吹雪さん、ストーップ!!!」
 そんな叫び声が響き渡った。
 聞こえた声が十代だと分かると、自然と遊星の肩から力が抜ける。
「ああ、十代。久し振りだな。」
「カイザー久し振りって言うか、もうとりあえず吹雪さん止めてくれよ!!」
「だが、吹雪が知り合いの所に大切な話をしに行くと言うから…。」
「この何とも言えない空気を察してくれ!!!」
 泣きたい気持ちで叫びながら十代は慌てて遊星と吹雪の所へ駆け寄り吹雪を引き剥がす。
「十代さん…。」
「大丈夫か遊星、何か訳の分からない事されなかったか?」
「その…、知り合いですか…?」
「アカデミアの先輩で同級生。」
「は?」
「思ったより早かったね十代君。ああ、それと、久し振り。元気そうで何よりだよ。」
「吹雪さんも元気そうで…、というか何のつもりですか!?もう出来る限りの最速で来ましたよ!!」
 吹雪から送られてきたメールを思い出す。
 キミから恋の悩みを聞けるなんて光栄だよ、協力は惜しまないから相手の所に行って来るね。
 何で知っているんだ、とか、誰から聞いたんだ、とか言いたい事は色々ある。
 けれど見た瞬間はとにかく血の気が引いて頭の中が真っ白になった。
 今も何を何処まで言われたのか気が気じゃない。
「いやー、恋に迷う人達の手助けをしてほしいって言われたからね、ヨハン君に。」
「ヨハンあの野郎覚えとけ…。」
「何を言っているの、いい友達じゃない。キミと彼の応援を…。」
「うわあぁーっ!!!」
 これ以上言うな、と吹雪の声をかき消すように十代は全力で叫ぶ。
 そして大慌てで扉の方へと吹雪を強制的に引っ張って行く。
 このままうっかり遊星に自分の気持ちを知られるなんて冗談じゃない。
 覚悟を決めて伝えたならまだしも、こんなよく分からない流れでの告白なんて、そんなものは全力で避けたい。
 後で遊星や吹雪に何を言われようとも、とにかくここから離れるのが最優先だと十代は思った。
「十代さん!」
 けれど遊星の声に十代は足を止める。
 勢いで来てしまったのですっかり忘れてきたが、ここには来たくない、と遊星に言ってしまって気まずい状態だった事を思い出す。
 怒っているだろうかと十代はそろりと遊星を振り向けば、戸惑っている様子が見えたが怒っている雰囲気ではない。
 滅茶苦茶な状況ではあるが、チャンスでもある。
 少し躊躇った後に十代は遊星を呼んだ。
「この前は…、その、悪かった!」
「いえ…。ただ、オレが何かしたのなら…。」
「何かしたんじゃなくて、何かしてほしかったって言うか…。」
「え?」
「だから、つまりはたまにはお前の方から遊びに来いって話!オレばっかりお前と会いたいみたいで悔しいだろうって、つまりこの前のはそう言いたかっただけで…!」
 十代の言葉を聞いて遊星が安心したように息をつく。
 怒らせたわけでも何かしてしまったわけでもなかった。
 ただ少し十代の言葉が足りなかったのと、ただ少し遊星が難しく考えすぎたんだと分かって、本当に安心した。
「でしたら明日、会いに行きます。」
「………、ああ。」
 十代が笑って頷くと、遊星も笑みを返した。
 誤解が解けた事に安心すれば、腕を掴んでいた吹雪がにこにことこちらを見ている事に十代は気付き、恥ずかしさに慌てて顔を背けた。
「うんうん、とても素敵だね。この調子なら駆け引きなどせずに正面から…。」
「もうその話はいいですから!後は全部オレの家で聞きますから、とにかく行きましょう!!」
「そんなに照れなくてもいいのに。」
「だから全部後です!!カイザーも来てください!!!」
「ああ。」
 十代に引っ張られるまま吹雪は外へと連れ出され、再び女性達の賑やかな声が外から聞こえてきた。
 後に続こうとした亮は、思い出したように遊星達を振り返ると、軽く会釈をしてから十代と吹雪を追って行った。
 パタリと扉が閉まると、外の賑やかな声が遠くなり、再び静かになる。
 まるで嵐が過ぎ去ったような気分だ。
「………、何だったんだ、一体…。」
 ぽかんとクロウが呟くが、ジャックには返せる言葉がなかった。
 騒ぎの元凶だった吹雪は十代の友人である事と、何故か遊星の機嫌がすっかり良くなっている事は分かった。
 けれど感謝すればいいのか分からず、暫くの間はすっかり静かになった部屋の中でただぽかんと立ちすくむしか出来なかった。





□ END □

 2010.09.05
 信じてください吹雪さんが好きなんです、信じてください吹雪さんとカイザーが大好きなんです





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