「なあ、遊星って好きな奴いるのか?」
突然そんな事を言われ、遊星の頭は一瞬真っ白になった。
今の手札で組み立てていた戦略も吹っ飛ぶ。
向かい側でにこにこと笑っている十代へと目を向けて、え、と遊星は間の抜けた声で聞き返す。
手札から1枚抜いたカードで何をしたかったのかも分からなくなってしまった。
それくらいに突然でびっくりするような質問だった。
「だから、お前に好きな人はいるのかって聞いてるんだよ。」
思わずぱさりと手札が手から滑り落ちた。
デュエルディスクは使わない、十代の部屋の床でカードを並べてのデュエル。
距離が近いので落ちたカードが表向きに床に落ちれば何のカードだかすぐに分かってしまう。
慌てて遊星は落ちたカードを拾い、慌てて十代は落ちたカードを見ないように目を逸らした。
「す、すみません…。」
「デュエリストがカードを落としたらダメだろう。ライディングデュエルなんて凄い状態でもカード落とさないのに、どうした?」
「いえ…、十代さんが急に…、その、驚くような事を言い出すので…。」
「遊星ってそういう話はしないのか?」
記憶を辿ってみたが、これといってした記憶はない。
子供の頃から主にデュエルの話ばかりしていたように思う。
周りがそういった話をしているのを聞いた事がある気がするが、興味がなかったので記憶は薄く、内容は全く覚えていない。
とても縁遠い話だ。
そんな印象しかない。
「ない…、ですね。」
けれど今は秘かに想っている相手がいる。
縁遠いと思っていたこの話題は、今の遊星にとっては以前よりも随分近くなった。
けれどそれを素直に言う気にはなれない。
好きな人と聞かれて名前を挙げるとすれば、それは今その話題を振ってきた本人でしかなく、まさか素直に告げるなんて出来る筈がない。
「そういう十代さんはどうなんですか?」
話しを逸らす為に質問を返す。
返した後に、いるんだ、と笑顔で言われたらどうしようかと遊星は思ったが、動揺は何とか顔に出さなかった。
だから十代は何も気付かずに苦笑する。
「いや、オレもいないんだけどな。」
その返事に遊星が安心したようにそっと息をついた。
十代は気付かないまま自分が伏せたカードを確認する。
「なんかオレ達寂しいな。」
「そうですか?」
「お互い揃ってデュエルバカって事か。」
声を立てて笑う十代も、自分から話題を振っておきながら申し訳ないと思うが、これといって恋愛とは縁遠く今まで過ごしてきた。
遊星と同じく、興味の大半はデュエルに持っていかれた。
そしてこれも遊星と同じく、今は少しだけ恋愛が自分にとって近い話題になったが、それを言葉にするわけにはいかなかった。
目の前にいる青年がその対象だなんて。
自分でも引いてしまいそうになる事を遊星に言う気にはとてもなれない。
そんな似たような事を十代も遊星も考えながら、一生懸命に気持ちを押し込めた。
「急にどうしたんですか?」
ようやく1枚抜いた手札で何をしたかったのか思い出したカードを伏せながら尋ねる。
「ああ。昨日、翔からメールが来てさ。」
「翔?」
「あ、悪い。オレの学生時代の同級生で友達。弟分みたいな感じでもあるかな。」
「その人が何か?」
「好きな奴が出来たみたいなんだよ。」
とても嬉しそうな笑顔で十代はそう言った。
まるで自分の事のように笑顔を浮かべるので、十代と翔の距離の近さは何となく理解した。
「すっげー嬉しそうでさ。それを何となく今思い出したんだけど、そういえば遊星はどうなのかなって。」
「特に面白い事が言えなくてすみません。」
「別に笑いは求めていないんだけどな…。」
「………、すみません。」
「そんなに謝るなよ。でも、そっか。なんかそんな感じはしていたけど、やっぱり特にいないのか。」
「はい…。」
「本当に?」
「え?」
「本当に誰もいないのか?実は片想いとかあったりするんじゃないのか?」
「………、そう言われましても…。」
「大丈夫だって。オレは口堅いぞ。遊星が秘密にしている事を誰かに言い触らしたりしないって。」
そんな心配はしていない。
心配しているのはもっと別の事だ。
確かに片想いはしているが、その相手の名前は間違ったって言えない。
心の底から遊星はそう思っているのだが、黙って片想いというのは思っていた以上に辛く、ふと弱音を吐きたいと思ってしまう時がある。
想う相手がこんなにも近くにいてくれるなら尚更だった。
すっかり見慣れた明るい笑顔をぼんやりと見返し、そっと遊星は口を開く。
その時に一体何を考えていたのかは分からない。
多分、何も考えてはいなかったんだろう。
「………、十代さん。」
「ん?」
名前を呼ばれたと思ったのか、どうした、と十代が言った。
そんな十代を真っ直ぐに見て、遊星はもう1度繰り返す。
「十代さん。」
不思議そうに遊星の視線を受け止めていた十代の表情から、ゆっくりと笑顔が消えていった。
代わりに驚いた様子の表情が向けられる。
ただ名前を呼ばれただけ。
そう思うには遊星の目があまりにも真剣で真っ直ぐで、自分の名前が先程の質問の答えなのかと十代は錯覚しそうになった。
けれどあまりにもそれは自分に都合がいい。
「遊星…?」
勘違いを振り払うように、出来るだけ何でもない顔をして十代は遊星の名前を呼ぶ。
けれど動揺は見てとれた。
この動揺の意味は何なのかと遊星は考える。
拒絶なのか同意なのか、そもそも意味は伝わったのかいまいち伝わっていないのか。
確かめる為にこのまま気持ちを突き通せればよかったのだけれど。
そうするには、十代との関係が壊れるかもしれないという恐怖心の方が強く、遊星は耐え切れなくて十代から目を逸らした。
「………、と。」
「………、と?」
「ジャックとクロウとアキと龍亞と龍可とラリーと…。」
それからずらずらと遊星が人の名前を挙げていく。
知り合いの名前をとりあえず全部言っているだけなんじゃないかと思う勢いだ。
暫く聞いていれば全く知らない人の名前になっていく。
知り合いが多いんだなと感心したが、はっと我に返って十代は遊星を止めた。
「ストップ、ちょっと待て、ストップ!」
「はい。」
「はい、じゃないよ。そういう話じゃないって流石に分かるだろうが。」
「………、すみません。」
「だから謝んなくていいって。」
苦笑しながら、十代は心の中でほっと息をついた。
無意識に体が強張ってしまっていたらしい。
安心したような残念なような、そんな訳が分からない気持ちを抱えたまま、肩から力を抜く。
「遊星もそんな冗談を言うんだな。」
冗談のつもりはなかった。
少なくとも1番最初の名前は心から本気で言った。
けれどそんな事を言える筈もなく、そもそも何で本人の目の前で弱音を吐いてしまったんだと血の気が引き、カードを持っている手が冷たくなったように思えた。
それを誤魔化すように遊星は再び同じ質問を十代に返してみる事にした。
「十代さんこそ、本当はいたりするんじゃないですか?」
「オレ?んー…、そうだなぁ…。」
何となくうろうろと部屋の中を見て、それから遊星へと向けた十代は、そのままじっと遊星を見つめる。
あまりにも見つめられて、居心地が悪そうに遊星は目を逸らしたが、結局はまた十代の方を見て耐え切れなくなったら目を逸らす。
そんな事を繰り返す遊星を見て十代はそっと笑った。
宝物を見るような優しい表情で。
「遊星。」
ゆっくりと名前を呼んだ。
「………、え?」
そろりと十代の方へ視線を戻した遊星が、ぽかんと間の抜けた顔をする。
随分珍しい表情を見た気がする。
なんだか面白くなって、十代はカードを避けて遊星の隣に移動すると、がばりと思い切り抱きついた。
驚きから遊星の体が強張るのが分かり、十代は声を立てて笑う。
「十代さん…!?」
「と。」
「………、と?」
「ヨハンと翔と万丈目と明日香と剣山とカイザーと吹雪さんと…、うん、結構難しい質問だったな、これ。」
「そう…、ですね。」
遊星の体からゆっくりと力が抜けていくのを感じた。
安心したのか、それとももしかしたら残念がってくれたのか。
出来れば聞きたかったが、残念ながら十代にもそんな勇気はなかった。
「まぁ、今はお前と一緒にデュエルが出来て幸せって事で、それで十分だな。」
遊星からの答えはない。
ただ少し躊躇いがちに十代の背中へと手を伸ばし、ほんの少しだけ力を込めて十代を抱き締める。
それから遠慮がちに遊星は頷いた。
お互いに、辛いんだけど幸せだな、とそんな事をぼんやりと感じていた。
□ END □
2010.06.16
片想い同士は好きですが、もういいからくっつけよ、とどうしても思ってしまう不思議
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