心配



 この世界においてデュエルという存在は本当に深く根付いている。
 時折それを否応にも実感する瞬間がある。
 例えば今日もらってきた追試テストの日程について書かれた紙なんかを見ていると、本当に強くその事を実感する。
「相棒、何を見ているんだ?」
 ベッドの上に座ってプリントを見ていた遊戯の手元を、アテムがひょこりと覗いた。
「ああ、もう1人のボク。もう閉店の時間だったんだ。」
「それに気付かないくらい大事な内容なのか、これ?」
「ある意味ね。」
 書かれているのは、追試日程、という言葉。
 アテムが学生というものを体験したのは、まだ遊戯の中にいた頃の、ほんの短い時間だけ。
 だから知識はとても少ないが、学校では定期的に学んだ事を確認するテストというものが存在し、何かしらの原因で受けられなかったり成績があまりにも悪いと、追試として再度テストを行うというのはなんとなく知っている。
 遊戯の成績はお世辞にも良いとは言えない。
 けれどこれでも随分と成績を上げた。
 色々な事を経て頑張ろうと思った結果と言えなくもないが、殆どは必要に駆られた為だ。
 アテムがプロデュエリストとして活躍し、今ではすっかり世界で名が知られている。
 海外の大会に参加する事も多く、そういった遠征には出来る限り遊戯も付いて行く事にしている。
 これはアテムのスポンサーである海馬からの指示でもあり、遊戯の意思でもある。
 どうしてもアテム1人は危なっかしいのだ。
 デュエルに関しては心配する事など1つもないのに、それ以外になると常識がぽんっと抜けている部分が多いので、外国になんてとても1人では行かせられない。
 別に他の人に任せればいいのだけれど、アテムの事を1番理解しているのは遊戯だと、アテムも遊戯もお互いにそう思っている。
 サポートするなら遊戯が適任で、結局ほぼ全てのデュエル大会に一緒に行っている。
 そうなると、最低限英語くらいはどうにしかしないといけない。
 遠征に付き合うようになってから、おかげでじわじわと英語の成績が上がってくれた。
 ついでに他の成績もじわじわと上がっていったが、それは海馬のおかげだった。
 どうも海馬には目を付けられているようで、中途半端な成績で海馬コーポレーションに入れると思うな、と暇があれば勉強を教えてくれる。
 将来的には海馬コーポレーションに入るつもりはなく双六の店を継ぐ気だ。
 海馬にはそう伝えているのに、聞き入れてもらえている気配はない。
 それでも成績が上がった事は素顔に感謝している。
 おかげで成績的には何とか追試と無縁になったのだけれど。
 テストを受けられない、という現実に対しては、もうどうしようもなかった。
 原因は、やっぱりアテム。
 彼が参加するデュエル大会とテストの日程が重なれば、当然テストは受けられない。
 テストを優先すればいいのだが、この世界では本当にデュエルに関連する事は優先されがちになる。
 しかも決闘王のサポートとなれば、先生は快くテストを欠席する事に頷いてくれて、こうして追試の日程を渡してくれる。
 ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「キミって本当に凄いよね。」
「急にどうした?」
「いや…、決闘王って凄いなーって。」
「それなら相棒も凄いじゃないか。お前が公式戦に出ていれば、オレがこんなに連勝記録を作る事はなかった。」
「でもボクは実際には参加していないから、やっぱり凄いのはキミだよ。」
「オレがここまで戦えるのは相棒のおかげでもある。いつも相棒が一緒にいて助けてくれるから、オレはデュエルに集中して力を出し切る事が出来るんだ。」
 さらりとアテムにそんな事を言われ、少し気恥ずかしくなった。
 自分が言う側だとあまり気にならないのに、言われる側になるとどうしてこうも恥ずかしいのか。
 しかも確かに嬉しさが混じるから文句も言えない。
 せめて話を逸らそうと、遊戯は持っていたプリントを軽く叩いた。
「ボクがキミの役に立てているなら嬉しいけど、そんなボク達にとても残念なお知らせがあります。」
「残念?」
「このプリント、よく見てください。」
 ぺらりと目の前に広げられたプリントを、言われた通りにじっくりと見る。
 放課後に3日間の予定で行われる追試。
 科目と時間とを見て、それから肝心の追試が行われる日付を見て。
「あ。」
 アテムがそう声を上げた。
 遊戯が答えるように頷く。
「2日目と3日目の日付が、今度のキミの大会と、見事に重なっているんだよ。」
 遊戯が指す追試2日目の日付は、大会会場に向かう日で、追試3日目は大会1日目。
 このプリントを渡された時、遊戯も今のアテムと同じように、あ、と声を上げた。
 いくら世界にデュエルが深く根付いているといっても、学校の教師が世界中全てのデュエル大会を把握しているわけではない。
 しかも今回は随分と短い期間に大会が続いてしまった。
 こうして日付が重なってしまう事は仕方がない。
 先生が気を遣ってずらそうとしてくれたが、先生にも用事が立て続けに入っていて、結局この日付しか追試が出来ないと言われても仕方がない。
 仕方がないが、心配だった。
「大丈夫?」
 思わず遊戯はアテムに尋ねる。
 海馬には伝えてあるので、サポート役を何人か用意してくれると言ってくれた。
 海馬が選ぶなら人選に間違いはないだろう。
 そう思うのだが、どうしても遊戯は心配だった。
 意外と自分は過保護なのかもしれないと苦笑したくなる程に、アテムを他の誰かに任せるのが心配だった。
「ああ、大丈夫だ。」
「追試が終わった後にすぐ追うから、大会の2日目からは一緒にいられると思うけど。」
「………、大丈夫なのか?」
「え?」
 自分が心配されるとは思わずに遊戯は目を丸くする。
 その様子に苦笑して、アテムは遊戯の頬を撫でた。
 くすぐったくて目を細めれば、大丈夫なのか、ともう1度アテムは繰り返した。
「もしかして無理をさせているのか?」
「無理って…、そんな事ないよ。」
「だが、大会の度に学校を休んで…、出席日数とか単位というものがあるんだろう?」
「うん、まぁ…ね。でもそれは先生達が結構協力してくれるから何とかなっているし、大丈夫だよ。」
 確かに自分の時間が随分と削られる事がある。
 けれどアテムの大会に一緒に行って彼の素晴らしいデュエルが間近で見られるなら、多少の無理くらい何でもない。
「それに海馬君の方がもっと大変だし。」
「海馬はあれくらいが普通くらいだから大丈夫だろう。」
「ボクはいつか海馬君が過労死するんじゃないかと本当に心配だよ…。」
「オレは相棒の方がずっと心配だ。」
 頬を撫でていた手が肩に置かれ、しっかりと掴まれた。
 アテムはこんな時に嘘なんて付かない。
 そう知っているし、真剣な表情としっかりと掴まれた肩を見れば、疑う気にもならない。
「ボクは平気だよ。」
「本当か?」
「うん。今までこれでやってきたんだから、そんな顔で心配しなくても。」
「………、1人で大丈夫だ、とは言えないが、海馬が人を寄越してくれるなら相棒が来なくても…。」
「それはダメ!」
 急に遊戯が大声を出してアテムの言葉を遮った。
 当然アテムが驚いたように目を丸くするが、大声を出した本人である遊戯も同じような顔をして驚いた。
「相棒?」
「ご、ごめん…。ちょっとストップ。」
 ちょっと落ち着いた方がいいと遊戯は深呼吸をした。
 言われた通りにアテムは黙って遊戯の様子を見守るが、向けられる目には心配な様子が浮かんでいる。
 心配なのはこちらの方なのに、と思ったが。
 アテムの言っている事にはこれと言って間違いがないのも分かっている。
 自分が過保護なだけで、本当なら海馬の選んでくれた人に任せておけば、問題がない。
 そう考えて。
 ふと感じた小さな違和感に遊戯は気付いた。
「………、うわっ。」
「ん?」
 小さく声を上げてしまい、遊戯はその声を誤魔化すように口元を手で覆った。
 けれどアテムには聞こえてしまったので、彼が不思議そうに首を傾げる。
 じっと心配そうな目を向けてくれるアテムへ、安心してデュエルに集中出来るよういつも通りに自分がサポートしたい、と思う気持ちと一緒に。
 どうやら、自分がいなくても他の人がサポートすれば大丈夫だという彼の姿を見たくない、という気持ちも存在しているらしい。
 過保護というよりは独占欲のようだ。
 ちょっと酷い、と遊戯は心の中で呟く。
「ボクって結構…、心が狭いんだなぁ…。」
「急にどうした?」
 一切分かっていないアテムに、遊戯は少しだけムッとして、八つ当たりだと言わんばかりに勢いよく飛び付いた。
 突然の事に支え切れずに、遊戯に抱きつかれたアテムが後ろにひっくり返る。
 ベッドの上なので痛みはないようだが、ただ驚いた顔でこちらを見上げる様子に、少しだけ気分がすっとした。
「相棒?」
「ボクが1番キミの事を好きなんだって言う話だよ。」
 気分良くそう宣言してやれば、アテムはきょとりと瞬きをして。
「そんなの、当たり前だろう?」
 そんな思ってもみない反撃に出てくれたので、遊戯は返す言葉が見つからず、恥ずかしさに耐えるようにアテムにしがみついた。
 痛いくらいに抱き締められたアテムは、本当に何も分かっていない様子の顔をしながら、とりあえず遊戯の頭を撫でた。





□ END □

 2010.06.16
 補習とかも先生は用意してくれそう、きっと遊戯は海馬と一緒に出席日数足りない組みとして頑張ってます





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