雑談



 じーっと十代が真剣な目を向ける先は、色とりどりの写真が並ぶレストランのデザートメニューのページ。
 他愛のない話が長引き、食事も終わって暫く経てば何となく何かが食べたくなって開いた。
 特に大きな写真で写っているパフェが気になるのだが、それが4つも並ばれれば悩む。
 好きな物はないんですか、と隣から覗きこんだ遊星に尋ねられ、いやこれ全部好き、と十代は即答した。
 そこまで真剣に悩んでいる姿を見ると気になってきたらしく、向かい側のアテムと遊戯も同じページを眺めた。
 男が4人で真剣にデザートのページ見ているのも面白い光景だな、と思ったのは遊戯だけ。
 他の3人は何故か真剣だった。
 まるで次のドローにかかっている勝負の瞬間に近い雰囲気。
 通りかかった店員のお姉さんが少し驚いていた。
 そんな状況の打開策を出したのは、じゃあオレはこれを食べます、と言った遊星の声だった。
 無駄に重かった雰囲気から、もういっそ全部頼んで好きに食べればいいよ、という雰囲気へ一気に変わる。
 十代が先程通りかかった店員を呼んでカラフルなパフェを4つ全部頼んだ。
「十代君ってそんなに甘いものが好きなの?」
「美味い物なら何でも好きですよ。」
「あ、なんかそんな感じ…。」
「でも、こう言うのもなんだけど、遊星もパフェとか食べるんだな。」
「疲れた時にはいいと聞きますから。」
「そんな義務感みたいな理由じゃなくて、もっと他にないのかよ、お前…。」
「その話ならオレも城之内君に聞いた事があるな。聞いてからは食べるようにしている。」
「………、もう1人のボクと遊星君って、何となくどこか似てるよね…。」
「ありがとうございます。」
「今の褒め言葉なんだ?」
「あーっ、遊星ずるい!遊戯さん、オレも何処か遊戯さんに似ている所ありませんか!?」
「そんな必死になられる事でもないと思うんだけど…。」
 でも十代は酷く真剣で、テーブルに両手をついて遊戯の方へ身を乗り出す。
 誤魔化すのも難しく思えた。
 半ば自分の話題なのに何だか分かっていない様子のアテムを横目に似ている部分を必死に探す。
「えーっと…、あ、ほら。2人とも引きの強さが凄いよね。ここぞって時の強さが似てるなって思うよ。」
「本当ですか!?」
 何とか探し当てた答えは喜ばせるには十分だったようで、ぱっと明るい笑顔で十代が喜ぶ。
 でも今度はそんな十代へ、隣にいる遊星が何となく羨ましそうな目を向けた。
 あ、まずい、続けていたらこの話題から抜け出せない。
 そう遊戯が感じ取ると同時に助け船を出したのは、この空気を読み取ったわけではなく単純に思い出したから話題を出したのだろう、アテムだった。
「そういえば遊星。疲れにはいいって、お前疲れているのか?」
「え?」
 そんなつもりはなかったのだろう。
 聞かれた遊星が少しだけ不思議そうな表情を見せた。
「あ…、いえ。確かに少し根を詰めている部分はありますが…。」
「またかよ。ちゃんと寝てるのか?」
「………、一応。」
「うわぁ。ごめん、遊星君。その言葉が一切信じられない。」
「オレも相棒と同意見だ。気持ちは分かるがデュエリストは体調管理も大切だぞ。」
「あーあ、もう。オレ今日は遊星の所に泊まりに行くからな。遊戯さん達、こいつは責任持ってオレが寝かせます。」
「え…?」
「よろしくね、十代君。」
「十代、任せたぞ。」
「はい!」
 遊星が困っているのも構わずに十代が力強く頷く。
 そんなところで頼んだパフェが来た。
 読み上げられる商品名に適当に手を上げて、長いグラスに入った綺麗なパフェが並ぶ。
 アテムと遊星が何だか少しだけ似合わなかった。
「でも、そっかー。お前、大会が近いもんな。」
「はい。」
 頑張れ、という気持ちを込めて、3人はパフェの一番上にある果物やお菓子を1つずつ遊星の前のパフェに置いた。
 でも十代だけはちゃっかり遊星の果物を取って口の中に放り込む。
「相棒と十代を連れて応援に行くからな。」
「はい…。ですが、遊戯さんも大会が近いのに、本当によかったんですか?」
「ああ。お前のデュエルはいい刺激になる。頼まれなくても見に行ったさ。」
 アテムを心から尊敬している遊星にとって、とても嬉しく、そして本当に心強い言葉だ。
 嬉しさを隠しきれない様子で照れたように笑う。
 また十代が羨ましそうにしていたが、申し訳ないと思いつつも遊戯は何も言わない事にした。
「折角だから大会には相棒も出ればいいのにな。」
「ボクが?」
「あ、そうですよ。今回はどっか海外でしたっけ?どうせ遊戯さんと一緒に行くなら、遊戯さんも出ればいいんですよ。」
「うーん…、キミ達は特に何の違和感もなく使ってくれているけど、もう1人の大会登録名って武藤遊戯なんだよ?」
「はい、知っています。」
「似たような顔の同じ名前が同じ大会で一緒に出るの、何だか面倒そうじゃない。」
「そういえば遊戯さんって本名使わないし名乗りませんよね。えーっと…、何でしたっけ?」
「アテムだ。」
 十代も遊星もぱっと思い出せない、それくらいアテムは自分の名前を使わない。
 仲間達があまりにも自分達を遊戯と呼ぶ事に慣れてしまっているので、毎回間違えては訂正を繰り返す、それが面倒なのでもう2人纏めて遊戯でいいと言った。
 それに、確かにアテムは自分の名前だが、こちらの世界で目覚めた時に呼ばれた遊戯という名前も自分のもののように思えた。
 遊戯にその事を話せば、好きにすればいいよ、と笑った。
 だから過去の宝物は宝箱に、現在の宝物は手元に置き、対外的にアテムは遊戯と名乗る事にした。
 でも話すのはどこか気恥ずかしく、アテムは誤魔化すように苦笑する。
「正直、大会公式記録を全部書き直すのも、途中から名前を変えて事情の説明も面倒そうだったからな。」
「戸籍上はちゃんと武藤アテムだけどね。」
「………、戸籍、あるんですか?」
 思わずといった感じで遊星が尋ねる。
 アテムと遊戯の事を正確に知っているのは、千年アイテムに関わった人間と、決闘の儀に立ち会った人。
 それ以外となれば十代と遊星くらいになる。
 2人は話で聞いただけなので、千年アイテムや闇のゲームや古代エジプトなどの話、更にはアテムが三千年前のファラオで遊戯の心に宿っていたがどういうわけか器を得て2人に別れた、など正直あまりにも現実離れし過ぎていてぴんと来ない部分もある。
 でも精霊世界や闇のゲームを知っている十代にしてみれば、そういう事もあるんだな、で受け入れて。
 五千年前がどうのとダークシグナーと戦った遊星も、色々な事があるんだな、と納得した。
 アテムと遊戯への信頼と、十代と遊星の現実離れした出来事への耐性のおかげだ。
 アテムは本当は三千年前の人。
 それは本当の事だと信じているが、だからこそ逆に戸籍なんて現実的な事を言われると、上手く結び付けられない。
「偽装したんですか?」
「そんなにはっきり言ってほしくないけど…、うん…、まぁ…、そんなところじゃないかな…。」
「え?」
「お金と権力のある人達の行動は一般市民のボクには理解しきれないよ…。とりあえず物凄いギリギリラインで、っていうかもう完全にアウトだと思うんだけど、でも無事にもう1人のボクはアテムの名前でボクの家の養子になってるよ、正式に。」
 海馬コーポレーションとインダストリアルイリュージョン社か。
 名前は出さなくてもすぐに分かった。
 半ば世界を牛耳る勢いの大企業と親しいのも大変なんだな。
 そう思った十代は果物を、遊星は四角く切られたスポンジケーキを、遊戯のパフェに置いた。
 何だか分かっていない様子のアテムも2人に倣ってアイスをすくって遊戯の口元に寄せる。
 恥ずかしいと言うのも何だか面倒に思え、遊戯は素直にバニラアイスを食べた。
「そんな感じで名前が面倒というのもあるけど…、ボク目立つの苦手なんだよね。遊星君なら分かってもらえると思うけど。」
「はい…。それはよく…。」
 自分と仲間達の可能性と実力、それを試し実証して目指す物を掴み取りたい。
 ただそれだけなのに、何かと周りが騒ぐのは、遊星には少し鬱陶しく思えた。
 アテムがあまりメディアに協力的ではない事と、それを補う勢いでジャックが協力的だったからだろう。
 どうもジャックと同じだけのものを遊星に求めている感じがする。
 チームを組めば同じチームになるのだからジャックが全部対応してくれればいいのに、と何度思った事か。
「幸いな事に、世界トップクラスがすぐに相手をしてくれるし、それにキミ達もいる。ボクはそれで満足かな。」
「遊戯さん…。」
「それならデュエルしましょう!オレ達でよかったらいくらでも!」
「実力不足な部分はありますが、遊戯さんに喜んでもらえるなら。」
「あはは。ありがとう。でも遊星君ももう1人のボクも、まずは大会の事を考えた方がいいよ。」
「それもそうだが、少しくらいは息抜きした方がいいと思わないか、相棒。」
「キミも大概デュエル馬鹿だよね、もう1人のボク。」
「相棒やこいつらのデュエルが好きなんだから、仕方ないだろう。」
 2人の言葉は十代と遊星を喜ばせるには十分だった。
 パフェに使う長いスプーンを握りしめて感動している十代は、それじゃあ、と大きな声で言った。
 テンションが上がってしまって思わずと言った様子だ。
 店内はそんなに静かではなく、むしろ人は多いので賑やかなのだが、でも十代の声はよく響いた。
 遊星にそっと名前を呼ばれて十代は我に返る。
 でもアテムと遊戯に向ける目はキラキラとしていた。
「これ食べて、すぐにでもデュエルしましょう。」
「ここじゃ迷惑になりませんか?」
「でもテーブルにカード並べるだけなら…。」
「このメンバーでテンション上げずに静かにデュエルなんて無理だよ。」
「それは確かに…。」
「それにね…。」
 そっと遊戯が別のテーブルに目を向ける。
 隣の席にいる恋人同士らしき2人組は、先程からはっきりと視線は向けないが何かと2人の決闘王を気にしている様子だし、後ろの方では子供が隠れもせず好奇心いっぱいの目を向けていて、親が止めていなかったら駆け寄ってきそうだ。
 他にも感じる視線は色々な方向から。
 先程十代が大声を出したので余計に注目を浴びてしまっている。
 どうやらそれに気付いていたのは遊戯だけで、他の3人は今気付きましたと言わんばかりに目を丸くしていた。
「ボク達にとっては日常でも、決闘王の2人がデュエルなんて、場所選ばないと本当に迷惑だよ。」
「すみませんでした…。」
「だからこれを食べて場所を変えよう。」
「それじゃあオレの所でどうですか?」
「あ、いいな。遊星の家って物どければ広いし、オレ泊まるから楽だし。」
「………、本当に泊まるんですか?」
「今日は何が何でも絶対お前に8時間は睡眠とらせる。」
「諦めて大人しく見張られてね、遊星君。」
「文句を言うならオレと相棒も泊まって強硬手段に出るぜ。」
「………、ちゃんと寝ます…。」
「よし!」
 じゃあ早く食べてデュエルだ、と嬉しそうにパフェを見れば、アイスが半分ほど溶けて少し酷い事になっていた。
 それでもまだこの後の事で話が続くものだから、最終的には殆ど液体になったパフェを飲み込み、とても楽しい気持ちだけを抱えて4人は通い慣れたレストランを後にした。





□ END □

 2010.03.12
 パフェ食べさせたかったと言うか食べたかっただけと言うか、抹茶パフェ食べたい





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