相談



 ある日、ヨハンが部屋から出てくると、リビングのソファーの上に毛布が丸めて置いてあった。
 一体何で毛布が、と思いながら近寄ると、毛布の中から茶色い髪が見えた。
 確認しなくても2人しかいない家なので分かっていた事だ。
 自分でやった記憶がなければ、もう原因は1人しかいない。
「何やってんだよ、十代。」
 呆れた声で尋ねたが返事はない。
 もぞっと毛布の塊が少し動いただけだった。
 少しの間観察をしていたが、時折もぞもぞと居心地が悪そうに動くだけで、返事は何もない。
 ハネクリボーが上で困ったようにうろうろし、ルビーがちょろちょろと毛布の山を登ったり降りたりしても変化はない。
「………、おーい、ユベル。」
 ユベルなら何か知っているんじゃないかと思って呼んだが、そちらも呼び掛けには応じない。
 ヨハンはため息をついて、部屋を出た目的だった飲み物を取り出す為にキッチンへ向かった。
 もしも一切こちらに関わってほしくないなら部屋にこもっているだろう。
 リビングで丸くなっているのだから、相談するつもりはある筈。
 それなら気長に待っていればそのうちひょこりと顔を出すだろうと思い、水を飲みながらテレビのスイッチを入れた。
 ソファーはすっかり十代に占拠されているのでダイニングテーブルの方を使う。
 何気なく付けたテレビだったが、ちょうどデュエル関連の番組だった。
 映ったのは広い会場。
 コースがあるのですぐにライディングデュエルのコーナーなんだと分かった。
 ヨハンはプロとしてライディングデュエルへ移行するつもりはないが、観客としては大いに興味があった。
 特に十代が気に入っている現ライディングデュエル決闘王の不動遊星には興味がある。
 サテライト出身で、しかもマーカー有り。
 わりと避けられてしまう条件が揃ってしまっている人だが、どこでどう知り合ったのか知らないが十代が相当気に入っていて、ヨハンも彼の真っ直ぐなデュエルは気に入っていた。
 どうせなら1度家に連れてきて会わせてくれればいいのに。
 そんな事を思うと同時に、画面には遊星の姿が映った。
「あ。」
 何となく出てしまったヨハンの声と、画面の向こうから聞こえた遊星の声に反応したのだろう、毛布がもそりと動いた。
 映像は以前の遊星が決闘王になった時の物だ。
 彼は前決闘王のジャックと違ってメディアへはあまり協力的ではないので公式大会の映像を使うしかない。
 だからこれは何度も見た、それでもやっぱりいいデュエルだな、と思える映像を見ていれば、がばりと十代が毛布を投げ飛ばして起き上がった。
 そしてソファーの上からヨハンを振り返り、何故か睨むような視線を向けられた。
「ヨハン。」
 ちょうど水を飲んでいたので目だけを向ける。
「オレがお前にキスしたいって言ったらどうする?」
 そして続けられた言葉に、なんとか水は噴き出さなかったが、水を呑みこんで思いっきり咳き込んだ。
 げほげほと苦しそうにヨハンが苦しそうに咳き込んでいる間も十代は酷く真剣な顔をしていた。
「………、はぁ!?」
 何とか落ち着いた後にヨハンが言えたのはその一言だけ。
 一体何がどうなってその質問につながったのかさっぱり分からない。
 ヨハンの肩に戻ってきたルビーが心配そうに擦り寄るが、気にしていられないくらいには混乱していた。
「だから。」
「え、いや、何でそうなったか知らないけど…。え、したいのか?」
「いや、別に。」
「じゃあ何の意味があるんだよ、その質問。」
「参考程度に聞こうかと。」
「はぁ?まぁ別にしたきゃすればいいけどさ。」
「止めないのかよ。」
「十代相手ならもう家族に近い親愛表現だろうし。」
「ああ、そうだった、ヨハンって外国人じゃんか!」
「何を今更。」
 落ち着いてもう1度水を飲み、恨めしそうな目を向けている十代からテレビの方へと目を移す。
 疾走していく赤いD-ホイール。
 共に駆け抜けていく白い龍。
 本当は何となく原因が分かっている。
「こいつの事か?」
 テレビを指させば、びくりと分かりやすいくらいに十代が動揺した。
 そろりとテレビを振り返り、けれどすぐ逃げるようにヨハンの方を向く。
 我慢しようと思ったがついヨハンは笑ってしまい、笑うなよ、と十代が叫んだ。
 ハネクリボーとルビーが酷く不思議そうに十代とヨハンを交互に見た。
「笑うなって言うか、何で分かるんだよ!!」
「あれだけ毎日かと思う程に通っているし、話していれば遊星って名前は多く出るし、今のは物凄く挙動不審だったし。これでどうやって気付くなって言うんだよ。」
「うわぁーっ、もう!!」
 また毛布の中に引っ込んでしまった。
 けれど少し待っていれば諦めたように起き上がり、毛布を肩にかけて引き摺りながらソファーを降りてヨハンの向かい側に座った。
 何気なく飲みかけの水が入ったコップを渡すと、落ち着きたかったのだろう、一気に飲み干す。
 ガンッ、と割れないか少し心配になる勢いで空になったコップをテーブルに叩きつけ、覚悟を決めた様子で十代が顔を上げる。
「それでどうしたらいいと思う?」
「何がだ。」
「だから遊星だよ、遊星!」
「ああ、こいつにキスしたいって話か。」
「うわぁーっ!!!」
 結局落ち着けなかったようで、十代が大音量の悲鳴を上げる。
 驚いたルビーが肩から足元へと逃げてしまった。
 逃げ遅れたハネクリボーはがしっと十代に掴まれて思いっきり抱きしめられる。
 苦しいのかじたばたともがいていて、クリー、という声もなんだか悲鳴っぽかった。
「はいはい、悪かったって。このままじゃハネクリボーが圧迫死するから落ち着け。」
「だって、だってさ!」
「とにかく先に放せ。」
 手が緩んだ隙にハネクリボーを救出し、ルビーと一緒に避難させた。
 姿が消えてカードに戻った事を確認してから、改めて十代と向き合って机に突っ伏してしまった彼の頭をとりあえず撫でた。
「おかしいよな、やっぱおかしいよな、絶対に変だよな!?だって遊星だぜ、遊星!おかしいにも程があるって!!」
「別に同性相手を今すぐ変だって切って捨てるつもりはないけど、お前の慌てっぷりは確かに変だ、いいから落ち着け。」
「何だよ、ヨハン。お前実はそういう趣味あるわけ?」
「あったらとっくの昔にお前が告白されているから安心しろ。」
「確かに…。いっそヨハンだったら悩まなくてよかったのにー!!」
 がばりと机に突っ伏して叫ぶ十代の頭を、半ば投げやり気味にぐりぐり撫でながらテレビを見れば、もう遊星の姿はなくなっていた。
 次の大会情報が流れていて応援に行くんだと十代が嬉しそうに言っていたのを思い出す。
 嘆く十代を別に変だと言うつもりはない。
 ただ意外だと思ったのが正直な気持ちだ。
 デュエルアカデミア時代、留学生だったヨハンが十代と過ごした時間は短かったが、彼が多くの人に好かれて信頼されていたのはよく知っている。
 その中には恋愛での意味の好意も確かにあっただろう。
 でも十代は気付かないまま卒業をして旅に出た。
 そんな十代が人を好きになって悩んで頭を抱えている。
 少し意外で、でもとても微笑ましかった。
「お前も成長したな。」
「嫌味か?」
「ああ、嫌味だ。」
「ヨハンのバカ野郎ーっ!!」
 全力で叫んで、それでようやく少しすっきりしたのだろうか、部屋に響いた叫び声の余韻が消える頃にむくりと起き上がってため息をついた。
「でも本当に…、オレとお前はあっても、オレと遊星はないよな…。」
「らしくないな。いつもみたいに何も考えずに突っ込んで当たって砕けてこいよ。」
「砕けたくねー。今回ばかりは本当に砕けたくないー。」
 だってそれで距離が出来てしまうのは嫌だ。
 誰が好き好んで好きな人に嫌われたいと思うものか。
 そんな事を考えて、やっぱり好きなのか、と再認識する。
 今までずっと遊星に対する好きは単純に友愛だと思っていた。
 アテムと遊戯に向ける尊敬や憧れが混じった好きではなく、出会ってすぐに意気投合したヨハンへの好きによく似ていた。
 だからどうも遠慮という部分が欠けてずかずかと遊星の領域に踏み込んだ。
 遊星も拒まないから更に遠慮は少なくなり、2人目の親友に出会えたと思っていた。
 でもまさかこんな方向に道が逸れるなんて。
 何処かで勘違いをしているんじゃないか。
 冷静に色々と考えてみたが、残念ながら勘違いではない。
 気付いた原因は他愛のない事で、カードの整理をしている時に遊星の手にあったカードを覗き込んだ、その時に思った以上にお互いの顔が近い事に気付けば、キスをしてみたいなんて事を思っていた。
 十代さん、と遊星が不思議そうに呼ぶ声がなければ、もしかしたら無意識に実行していたかもしれない。
 ヨハンのように親友では物足りない。
 そう感じたのだから、きっと遊星が特別で間違いないのだろう。
 本当に、よりによって、だ。
 折角新しい親友を得られて、遊星からも信用をしてもらえて、いい関係を続けられると思ったのに。
「それで、結局お前はどうしたいんだよ。」
「えー…?」
「告白するか諦めるか。選択肢はそう多くもないだろうが。」
「そうだけどさ…。」
「でも戦わずに諦めるなんてデュエリストがする事じゃないぜ。」
 それを言われると弱い。
 確かに戦う前から諦めるなんて事はしたくないが、でも勝負をかけるには状況が悪すぎる。
 にこりと笑ったヨハンに、十代は大きくため息をついて立ち上がった。
 部屋に戻ったかと思えば上着やデッキを持って出てくる。
「何処に行くんだ?」
「遊星の所。」
「そんだけ悩んでも会いに行くのかよ。」
「仕方ないだろう、会いたいんだよ!」
 状況からして勝負はかけられないが、相手の出方を見るには多少の危険には踏み込まないといけない。
 それにただ単純に会いたい。
 先程テレビで遊星が出ていたが、そんな程度じゃ物足りない。
 毎日のように会いに行くくらい遊星と会いたいのだから。
 ああ、もう、これ絶対に好きだ。
 勝手に顔は赤くなり、それを見たヨハンがただ微笑ましそうに笑うから、十代は何も反論できなくて睨み付ける。
「行ってきます!」
「ああ、気を付けろよ。」
 バタンと大きな音を立てて乱暴に扉が閉まった。
 耐え切れずに笑いながらヨハンは十代が毛布を被って丸くなっていたソファーを振り返る。
「だからお前は拗ねてるのか、ユベル。」
 十代が恋愛感情で誰か1人を好きだなんて言うのは初めて聞いた。
 だから十代を愛していると言って憚らない精霊は、ヨハンの問いかけに対して不機嫌そうにそっぽを向いて姿を消しただけだった。





□ END □

 2010.03.03
 十代とヨハンは親友で家族だといい、仲良過ぎて時折遊星がもやっとしていたらとても楽しい





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