挑戦



「遊星!!」
 出かけていたジャックは帰ってくるなり突然大声で叫んだ。
 D-ホイールの整備をしていた遊星は、手を止めると特に驚く事なく顔を上げる。
 向かい側で手伝ってくれていたクロウも、どうしたんだ、と顔を出した。
 ジャックは酷く苛立った様子だったは、2人とも何かした記憶はない。
 ただ不思議に思っていればずかずかと遊星の方へと詰め寄ってきた。
「本当なのか!?」
「何がだ?」
「お前が、あの武藤遊戯と親しいというのは、本当なのか!?」
 そう聞かれて遊星はきょとりと目を丸くした。
 酷く真剣な表情のジャックに遊星が思った事は、どうして今更そんな事を聞くんだ、だった。
 十代に紹介してもらって出会ったアテムと遊戯。
 対外的には2人とも遊戯という名前を使っているのでジャックがどちらの事を言いたいのか確定出来ないが、どちらだろうと確かに親しくさせてもらっている。
 長いという程長い付き合いではないが、出会ってそれなりの時間は経った。
 それなのに、何故今更そんな事、と思いながら遊星はクロウの方を見る。
 クロウはぽかんとした顔で遊星を見ていた。
 それでようやく気付いた。
 言っていなかったんだ、という事に。
 遊星としてはアテムと遊戯に会えた事はとても嬉しくて、浮かれたまま2人の事を話していると思ったのだが、そんな事は一切なかったようだ。
 ようやく納得して遊星は頷く。
「ああ。遊戯さん達とは親しくさせてもらっている。」
「なんだよ遊星!あの決闘王とって、そんなの今まで聞いた事なかったぞ!」
「すまない。話したつもりでいた。」
「あのなぁ…。」
「そんな事はどうでもいい!」
 クロウの文句を切り捨ててジャックは傍にあったテーブルを叩いた。
 あまりの勢いに置いてあった工具がぶつかった音が聞こえた。
「親しいというなら、お前は決闘王がライディングデュエルには参加しない、その理由を知らないのか!?」
「遊戯さんが?」
「ああ、そうだ。」
「あー…、そういう事ね。」
 遊星のD-ホイールに寄りかかってクロウはジャックが真剣だった理由が分かって苦笑する。
 最強のデュエリストと呼ばれている武藤遊戯。
 公式大会では負けのない無敗の決闘王を知らないデュエリストはいない。
 ライディングデュエルの前決闘王であったジャックも、武藤遊戯がライディングデュエルをしていたならその立場はなかった、と言われていた。
 ジャックにしてみれば酷く悔しかっただろう。
 ライディングデュエルを1度もやった事がない相手に負けると決めつけられていたのだから。
「それはオレも気になってたな。確かに武藤遊戯ならデュエルとライディングデュエルの両方で決闘王になってもおかしくなさそうなのにさ。」
 今のところ同時に両方の決闘王になった人はいない。
 でも彼ならそれを成し遂げてもおかしくなさそうだ。
 それなのに参加しないなんて勿体ないとクロウは思うし、同じ意見の人はきっと大勢いるだろう。
「遊星、お前なんか聞いてないのか?」
「それは…。」
「まさか決闘王ともあろう者が臆病者というわけではないだろうな。」
「遊戯さんを悪く言うな。」
 臆病なんてアテムにも遊戯のも全く似合わない言葉だ。
 思わず強い声で反論すれば、流石にジャックが困ったように言葉を詰まらせた。
 落ち着けって、とクロウが横から声を掛ける。
 それを聞いて1つ息をついてから遊星はジャックから目を逸らして考え込んだ。
 アテムがライディングデュエルをしない理由。
 遊星もクロウや他の人と同じく、彼がライディングデュエルに参加しない事を勿体なく思っているうちの1人なので、確かに前に尋ねた事がある。
 殆どのデュエリストはどちらか一方に自分の道を絞っていて、両方の大会に参加している人は滅多にいない。
 けれどアテムならこの程度の壁は何でもないんじゃないか。
 そう思ったのだが。
「………。」
 ジャックとクロウは黙り込んだ遊星の次の言葉をじっと待っていた。
 あまり言いふらすような事ではないのだが、多分言わない限り解放してもらえないだろう。
 悩んだ末に遊星は顔を上げて真っ直ぐにジャックを見た。
「………、実は。」
「実は?」
「遊戯さんは機械類が物凄く苦手なんだ。」
 正確にはもう苦手の域を超えてあれは機械音痴だ。
「………、は?」
「………、って、何だそれ!?」
「だから苦手なんだ。」
「ふ…、ふざけているのか…!?」
「いや、至って真剣だ。」
「それって理由になるのか!?」
「十分だろう。デュエル以前にバイクに乗れないのだから。」
 そもそもバイクの前に自転車すらも怪しい。
 実際に目にしなければ、決闘王が地味に自転車に乗る練習をしているなんて、多分信じられないだろう。
 そんな人がどうやってバイクに乗ってライディングデュエルをしろと言うのか。
「マジで乗れないのか?」
「ああ。馬なら乗れるそうだが。」
「何でそこで馬なんだよ!?」
「特に疑問もなく扱える機械がデュエルディスクだけでは危ない。だから参加をしないんだと聞いた。」
 将来的には参加したいらしいが、まだ希望でしかないので黙っておく事にした。
 これで納得しただろうかとジャックを見れば、何故だか俯いてしまっていた。
 しっかりと力を込めて手を握っているせいか肩が少し震えている。
 遊星とクロウが反応を待っていると、勢いよく顔を上げたかと思うと近い距離にも関わらずにジャックは思いっきり叫んだ。
「ならばデュエルで勝負させろ!!!」

「というわけです…。」
「あはは…。」
 酷く申し訳なさそうな遊星に、遊戯は困ったように笑った。
 彼の後ろにはジャックとクロウ、それから出かける時に鉢合わせをして一緒に付いてきてしまったアキと龍亞と龍可。
 遊星とジャックの存在に店の客は盛り上がり、その声は更に遊星を申し訳なさそうな顔にさせた。
 唯一気にしていないのは、今現在レジ打ちに必死でそれどころではないアテムくらいだ。
「うわー、すっげー!デュエルキングだ!!」
「デュエルキングはボクじゃなくて、向こうのもう1人のボクだよ。」
「え、違うのか?」
「ちょっと龍亞、失礼な事言っちゃダメよ。それに騒いでも迷惑になっちゃうし。」
「何か騒がしくてごめんね。」
「いえ…、悪いのはオレの方ですから…。」
「とにかく、もう1人のボクとデュエルしたいって事でいいんだよね。」
「はい…。もし迷惑でなければの話ですが…。」
「うーん…、困ったなぁ…。」
 アテムへの挑戦なのだから決定権はアテムにある。
 分かっているが遊戯が渋い顔をした。
 問題なのはデュエルの場所だ。
 ジャックが大人しく店の中にあるデュエルテーブルについてくれるとは思っていない。
 だからって店の前になったら人が集まって大変な事になる。
 少し前にアテムと海馬が後先考えずに店の前でデュエルディスクを構え、人が集まり過ぎて警察沙汰になり、キレた海馬がこの辺りの道路を強制的に封鎖させたという出来事があった。
 きっとこのデュエルも何も考えずに頷いたら似たような事態になるだろう。
 でも今回は相手が海馬ではないのでそんな事は出来ない。
 少しだけ頭が痛くなった。
「ごめん…、また今度でもいいかな。なんとか場所を…。」
「何が今度なんだ?」
「ああ、もう1人のボク。」
「待たせて悪かったな、遊星。」
「いえ。おしかけてしまったのはこちらですから。」
「それで遊星は友達と一緒に遊びに来てくれたのか?」
「それがね…。」
 アテムにジャックがデュエルをしたくて来たんだという事を伝えると目が変わったのが分かった。
 前ライディングデュエル決闘王がジャックという事はアテムも知っている。
 そんな人からの挑戦なら、デュエリストとして当然受けたいと思うだろう。
「それならオレは。」
「もう1人のボク、ストップ。」
 答えは聞かなくても表情で分かる。
 言い切る前に止め、肩を掴んで無理やり自分の方へと向かせた。
「あのね、もう1人のボク。彼もキミも決闘王の称号を持っている人なんだよ。軽々しくデュエルしたら、また大騒ぎだって分かってる?」
「あ、ああ…、そうだな。」
「もっと自分が有名人だって自覚持ってよ。ちゃんと場所を確保して、それで…。」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、デュエリストでもない者は引っ込んでいろ!これはキングという称号を…!」
「相棒への侮辱はオレが許さないぜ!」
「遊戯さんは尊敬出来るデュエリストだ、知らずに勝手な事を言うな!」
 ジャックが言い切るよりも先にアテムと遊星がほぼ同時に叫んだ。
 あまりの勢いにジャックがたじろいだ程だ。
「………、随分と遊星の信頼を得ているようね、あの人は。」
「………、というか、結局あの2人の事って何て呼べばいいんだ?」
 その後ろでアキが目を丸くし、アテムと遊戯が並んだ所に初めて遭遇したクロウは首を傾げていた。
 でも疑問への答えはない。
 アテムの中で何かスイッチが入ったから、どれどころではなくなった。
 それを正確に理解したのは遊戯だけで、止めても無駄だというのも遊戯だけが理解しているが、それでも一応腕を引っ張った。
「もう1人のボク、別にいいって。ボクは公式大会出てないから知らなくて当たり前だよ。」
「何を言っているんだ。相棒は立派なデュエリスト。それをあんな風に言われて黙っていられるか!」
「いや、だから別にいいってば…。というか、そんな酷い事を言われたわけでもないのに…。」
 ため息をついてポケットから携帯電話を取り出した。
 もうこれ止めても無駄だ。
 アテムと遊星の勢いに気圧されていたジャックも、気を取り直してアテムと睨み合っている。
 これなら場所の確保を優先した方がいい。
 ボタンを押した名前は海馬瀬人。
 こういう時こそ海馬コーポレーション頼みだ。
 アテムとジャックが決闘前のデュエリストの表情で睨み合い、遊星と一緒に来た4人と店に来ていた客はじっとその様子を見守る。
 その中で呑気に遊戯は海馬に電話をして、遊星はその会話の成り行きを眺めていた。
 ありがとう、という言葉を最後に遊戯が携帯を切ると、思いっきり手を叩く。
 妙に静まり返った店の中にその音は随分と良く響いた。
「はい、ストップ。ここでのデュエルは認めません。」
「何だと!?」
「相棒!」
「そして今から海馬ランドに向かってください、一室貸してもらいました。というわけだから、デュエルするなら移動してね。」
「貴様に指図されるいわれはない!」
「だったら帰って。」
 にっこりと遊戯は笑った。
 何故かその笑顔は全ての反論をねじ伏せるだけの凄味があって、店の中はまた別の意味で静まり返った。
「………、ねぇ、遊星。決闘王はエプロンをしている方でいいのよね?」
 思わずアキがそう尋ねてしまうくらいの雰囲気により遊戯の意見は通り、無事に海馬ランドでデュエルは行われる事になった。

 翌日ジャックは苛立った気持ちのまま何処かに走り出して帰ってこなかった。
 でも遊星は、何でオレも呼んでくれなかったんだよ、と言って拗ねた十代の相手で手一杯だった。





□ END □

 2010.03.03
 会わせたかったのもあるけど、アテムと遊戯の事で怒る遊星が描きたかっただけとも言う





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