毎日のように会っていた人が突然姿を見せなくなっただけでこんなにも不安になれるという事に、遊星は静かに驚いていた。
キーボードを叩いていた手を止める。
何かに集中すれば大丈夫かと思ったが、それ以前に集中すら出来なかった。
落ち着かない気持ちのまま遊星は後ろを振り返る。
今ここにいるのは遊星1人きりで、他には誰もない。
そんな事は分かっているのに、何かを確かめるように遊星はじっと誰もいない空間を眺めた。
想ったのは十代の事だった。
十代と出会ってから、一体自分の何が気に入ったのかは知らないが、彼は頻繁に遊星を訪ねてくるようになった。
そうして2人でアテムと遊戯の所に行く回数も多いが、毎日行きたいけどそれは流石に迷惑だろう、と十代は言い、遊星も同じ事を思っているので一応回数は抑えている。
けれど十代の中で、毎日尋ねては迷惑、という言葉は遊星には適用されないらしい。
本当に毎日いるんじゃないかと錯覚するくらい、十代はよくここに来た。
でも別に何をするわけでもない。
遊星の手が空いていればデュエルだなんだと騒ぐが、手が離せなければその辺でデッキをいじったり遊星のやる事をただ興味深そうに眺めている。
デッキ調整なら家でも出来るし、ぼんやり過ごす事なんて尚更ここでする事じゃない。
何もここに来る事ないんじゃないか。
時折遊星はそう思う。
でも言い出す事はせずに、多少効率が落ちるが暇そうにしている十代にD・ホイールのメンテナンスついでに説明などをしてみれば、十代は楽しそうに聞いてくれる。
そんな時間を気に入っていると自覚すれば、やっぱり追い出すような言葉は出てこなかった。
実際に迷惑だとは欠片も思っていない。
十代が構わないのなら、来てくれる事はむしろ嬉しく思えた。
そうやって過ごしていれば、本当に毎日来たんじゃないかと思うくらい、十代は遊星の所に来ていたのに。
3日程前から十代は姿を見せなくなった。
たった3日、それだけだ。
それだけなのに、遊星にはたったそれだけの時間が、酷く不安に思えた。
十代に何かあったのか。
それとも自分が十代に何かしてしまったのか。
ぐるぐると色々な可能性が頭の中を回る。
ため息をついた遊星は、机の上から書類を1枚引っ張り出す。
2週間後に行われるライディングデュエル大会の参加申し込み書類。
規模はそれほど大きくないが大切な大会だ。
十代が最後に来た日に、応援に来てくれませんか、と言いたかった。
でも言い出せないまま十代が帰るのを見送った。
たった一言なのに言えなくて、でもまた明日伝えればいいと思ったのだが、次の日から十代は来なくなった。
少し悩んだ後に遊星は携帯を握る。
別に次に来た時に言えばいい事だ、そんなに急ぐ用件でもない。
でもあまり近くなってから言っても十代の迷惑になる。
睨む様に携帯を見つめて色々と考えた後、意を決して遊星は十代に電話をかけた。
理由は色々浮かんだけれど。
結局は毎日のように聞いていた十代の声が聞きたいだけだった。
コールは数回。
思ったよりも早く繋がった。
『もしもし。』
けれど電話越しに聞こえた声は十代ではなかった。
「え…?」
間違えただろうか、と一瞬思ったが、画面に表示されている名前は確かに十代だ。
『あ、悪いな。えーっと、表示通りでキミが不動遊星でいいのか?』
「はい…、あの…?」
『オレはヨハン。十代の友達だ。』
直接会った事はないが遊星はヨハンを知っている。
アテムには及ばないものの、かなりの好成績を持っている、有名なプロデュエリスト。
そして十代が1番だと言って時折自慢をする彼の親友。
『勝手に出て悪かったな。今あいつ携帯が使えない場所に行っているから置きっぱなしでさ、何か用事があって聞いておけるようなら聞いておこうと思って。』
「十代さんはいないんですか?」
『ああ。向こうに行くと当分帰ってこないけど、あいつに何か用事か?急ぎじゃなかったらオレが伝えるけど。』
「………、何処に行ったかは聞いても…?」
『あー…、まぁ、ちょっとな。』
電話の向こうでヨハンが曖昧に笑った。
それに何だか酷く複雑な気持ちになる。
とりあえず十代に何かあったわけでも自分が何かしたわけでもなく出かけていただけ。
それが分かれば安心できる筈なのに
ヨハンは行き先も目的も知っている様子なのに、自分は何1つとして知らなかった事に、酷く疎外感を感じた。
『おーい、どうした?』
ヨハンの声に我に返る。
別に十代が自分にいちいち行き先を告げる必要なんてない。
遊星の所に来ていた事だって、約束をしていての行動ではなく、暇だから十代が遊びに来ていただけだ。
それなのに何を当然のように思っていたのか。
急に恥ずかしくなって、何でもありません、と少し慌てた声で返す。
「じゃあ十代さんに、2週間後…。」
言いかけて、やめる。
応援に来てほしいと思った。
自分で来てくださいと伝えてみたかった。
それなのに人任せにするのは少し悔しくて、言葉が途切れてしまった。
「………、いえ、何でもありません。すみませんでした。」
『そうか?』
「はい、失礼します。」
電話を切って息を吐く。
当分帰ってこない、と言っていたから、きっとこの大会は無理だろう。
残念だが、それならこの大会に勝って次へ繋げ、そうしてその時にまた伝えればいい。
無理矢理に頭を切り替え、よし、と小さく呟いて遊星は大会の準備に戻った。
結局大会当日になるまで十代は遊星の所には来なかった。
アテムと遊戯には、結局緊張しているうちに1週間前になってしまったが、それでも伝えれば当然のように2人は頷いてくれた。
アテムと遊戯、それにアキや龍亞や龍可も来てくれる。
ジャックとクロウも大会参加者としているし、いつまでも残念がっているのもみっともない。
会場にたどり着き、この後は本当にデュエルに集中しなければいけない。
この後は大会の事だけを考える。
そう決めたのに、その直後に携帯が鳴り、表示された名前が遊城十代であるのを見て決意も虚しく思いっきり動揺をした。
救いだったのは傍から見ていれば普通に携帯を眺めて電話に出たようにしか見えない事だ。
「………、はい。」
『あ、遊星!お前今何処だよ!?』
「あの、今日は…。」
『もう会場か!?大会は始まっていたりするのか!?』
焦った十代の声にきょとりと遊星は目を丸くした。
大会への参加を十代に伝えた事はない。
それなのに十代はまるで知っているように尋ねてくる。
『おいってば!』
「いえ…、まだ。会場に着いたばかりです。」
『じゃあまだ外か?………、っと、見つけた!』
「え?」
辺りを見回すが十代の姿はない。
そう思ったら、十代が上から降ってきた。
遊星は呆然と十代を見て、それから空を見上げた。
この辺りには飛び降りられるような建物はなく、ただ広く空が見えるだけだ。
でも確かに十代は今空から落ちてきた。
「間に合ったー。サンキュー、サファイア・ペガサス。」
十代は空に向けて言った。
でもやっぱりそこには何もない。
「あの…?」
「っていうか、遊星!」
「はい。」
「はい、じゃない!何で大会があるなんて大切な事をオレに言わないんだよ!!ヨハンが教えてくれなかったら、うっかりこのまま知らないで終わったじゃないか!」
乱暴に十代は遊星の胸倉を掴む。
何処か怒っているように見えた。
何に怒っているかなんて明白だったが、状況について行けない遊星は少しだけ時間が必要だった。
「お前のデュエルが見えないなんて最悪だよ!しかも結局当日になったからチケットも取れないし、そもそもお前がヨハンに電話かけた時点で完売してるしよ!」
遊星がライディングデュエル決闘王なのはヨハンも知っているし、2週間後と言われればこの大会しかなかった。
調べてみれば遊星はエントリーされていたので、多分これの事だったんだろうな、と思ったヨハンは自分のカードに十代への伝言を頼んだ。
けれどチケットはもうその時には完売。
流石にそれはどうにもならなかった。
「頼むから次はもっと早く言えよな。オレはお前のデュエルがすっげー好きなんだから。」
十代は遊星と違って感情が豊かな人だが、それでもあまり怒らない人だ。
笑っている事が多い十代が怒っている。
しかも、ただ自分が参加する大会が見れない、それだけの事に本気で。
どうしよう、嬉しい。
現金なもので、会えなかった時の不安や伝えられなかった寂しさやヨハンとの電話で感じた疎外感なんて、こうして会えて残念がってくれる十代を見れればどうでもよくなった。
「おい、何笑ってんだよ!オレは怒ってるんだからな!」
「すみません…。」
耐え切れなくて目を逸らせば十代は遊星から手を離した。
今更言っても仕方ないけどさ、と諦めたように呟いているが、諦め切れていないのがよく分かる。
そんな十代に遊星はポケットに入れていたチケットを1枚差し出した。
「え?」
「十代さんにと用意してもらったものです。遊戯さん達も同じ席にいます。」
遊星も諦めようと思ったのに諦めきれずに持ってきた物だ。
ポケットに入れた時は未練がましいと思ったが、今は諦めなくてよかったと思う。
「マジで!?遊戯さん達も来てるのか!」
「はい。その、遅くなりましたが…、応援してもらえますか?」
「おう、任せとけ!遊戯さん達と一緒に全力で応援してやるよ!」
「ありがとうございます。」
そろそろ参加者は会場に入らないといけない。
それじゃあ行きますね、と言って入ろうとすれば、ぐいっと上着を引っ張られた。
「応援するけど、1つだけ約束。これから大会がある時は真っ先にオレに言えよ。お前がちゃんとオレにだ。いいな?」
とても真剣な目に少しだけ気圧された。
でも十代が言っている事は自分が望んだ事でもある。
しっかりと遊星が頷けば十代は満面の笑みを浮かべた。
「よし、約束だからな。それじゃあ楽しんでこいよな、それで勝ってこい!3人で応援しているからな!」
十代の言葉にもう1度頷いて会場に向かう。
アテムがいて遊戯がいて十代がいて。
心強い人達が揃って応援してくれる。
大丈夫だ、と遊星は思った。
最初から負けるつもりはなかったが、それでもこの大会は絶対に勝てると遊星ははっきりとした自信を持てた。
□ END □
2010.02.16
きっと十代は定期的に精霊世界に行く、何をしているのかは知らないけど
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