先約



 いつものように遊戯の家へ遊びにきた十代と遊星は、まず最初に首を傾げた。
 乗せてもらったD・ホイールから飛び降りて、ヘルメットはぽんっと遊星に投げ渡し、十代は遊戯の家があるゲーム屋に近付く。
 けれどそれが難しかった。
 何故か物凄い人だかりが出来ていたからだ。
 遊星もD・ホイールを置きたいのだが、いつも止めている場所は店を囲うようにしている人の壁で近寄れない。
 仕方なく押して歩き十代の隣に並んだ。
「何だこれ?一体何の人だかりだ?」
「今日、何かありましたか?」
「何にもない筈だぜ。行く前に遊戯さんにメールしたけど、大丈夫だって言っていたからさ。」
 携帯を取り出してメールを確認する。
 遊びに行っても平気ですか、と尋ねた2時間程の前のメールの返信には、大丈夫だから2人で待っているね、と確かにある。
 このゲーム屋には決闘王がいる。
 だから人が多いのはいつもの事だ。
 でもそれにしたって尋常じゃない人の多さ。
 十代と遊星は顔を見合わせてただ首を傾げた。
 でもこのままではどうしようもないので、十代は遊戯へと電話をかける。
 何かあったのなら出てこない可能性の方が高いが、そんな予想に反して電話はあっさりと繋がった。
『あ、2人ともついたの?』
「はい。あの、これ一体…。」
『ちょっと待ってね、今行くから。』
 短い通話で電話は切れる。
 再び十代と遊星が首を傾げていれば、突然人だかりの中から高笑いのような声が聞こえた。
 それに応えるように壁を作っている人達が歓声を上げる。
 何か中心から声が聞こえてくるのだが、歓声にかき消されて上手く聞こえない。
 ますます2人が混乱していれば、こっちだよ、と手を振る遊戯を見つけた。
 訳が分からないまま駆け寄れば、遊戯は苦笑してまず謝った。
「ごめんね、こんな事になっていて。あ、遊星君。D・ホイールはここに置いといて。」
「あ、はい。」
「遊戯さん、これ一体何の騒ぎですか?」
「ちょっと色々あってね。多分2人も見たいだろうから特等席に案内するよ。」
「え?」
「こっち。」
 案内されるままに付いていけば、そこは遊戯の部屋だった。
 そして遊戯は窓を大きく開けて下を指す。
 外を見れば、確かに人だかりの中心がよく見えた。
 どうやら店の前でデュエルが行われていて、人だかりはそれを観戦したい人の集まりだったらしい。
 でもただのデュエルだったらこんなに人は集まらない。
 十代と遊星は中心に立つ2人のデュエリストを見て目を丸くした。
「あれは…、遊戯さんと、確か海馬コーポレーションの…。」
「海馬社長だ、すっげー!」
 人の集まり具合からただのデュエルでないとは思うが、まさかアテムと海馬だとは普通なら思いもしないだろう。
 アテムも海馬のその辺の大会には参加しない。
 2人とも世界が対象になるような大きな大会くらいにしか参加せず、しかもその中でもトップレベル。
 彼らのデュエルは世界大会の決勝戦レベルだ。
 観戦チケットなんてあっという間に完売して、実際に生で見られるなんて奇跡に近い。
 そんな貴重なデュエルが。
 童実野町の小さなゲーム屋の前で普通に行われている。
 何だか物凄い不思議な気分だ。
「流石にブラック・マジシャンと青眼の白龍は使わせなかったけど、それでも見応えはあると思うよ。」
「メインデッキじゃないんですか?」
「そんなの使わせたらテンション上がり過ぎて止められないよ。」
 使わなくても十分にテンションが高いけど、と遊戯は苦笑する。
 実際にデュエルは白熱しているようだ。
 共にライフは半分前後。
 フィールドにモンスターも揃っているし、伏せカードも数枚ある。
 これからどう攻めてどう守っていくか、とても楽しみだ。
「というか、何でこんな事になっているんですか?」
「何かあったんですか?」
 十代と遊星も、気になるので遊戯に尋ねるが、デュエルから目を逸らそうとはしない。
 その様子を微笑ましい気持ちで見ながら、くだらない事なんだけどね、と一応遊戯は説明をした。

 十代と遊星が来る少し前、家の前に1台の高級車が止まった。
 誰なのか分かっているアテムは特に驚かず、暇だったから一緒に手伝っていた遊戯もそれは同じだった。
 高級車の存在に慣れてしまったのも何だか不思議だが。
 それから降りて店に来たのは、やっぱり予想通り、海馬コーポレーション社長の海馬瀬人。
「よう、海馬。」
「いらっしゃい、海馬君。」
 海馬がこんな小さな店で買い物をする事なんてまずないが一応迎えてみる。
「何か用か?言っておくがデュエルはしないぞ。」
「分かっている。オレもそんなに暇ではない。遊戯に用があったから、通るついでに寄っただけだ。」
「ボク?」
「次の日曜日に海馬ランドで子供を対象にしたデュエル大会が行われる。貴様は手伝いとしてそれに参加しろ。」
 遊戯の返事も聞かずに命令口調で海馬は言った。
 電話で一方的に告げるのではなく海馬が出向いてきた辺り、突然頼んだ事を多少悪くは思っているかもしれない。
 でも断らせる気も全くないようだから、あまり意味はないのだが。
「え、次の日曜日…?」
 こんな態度の海馬だが、付き合いも長くなれば慣れてしまう。
 遊戯は特に気にした様子もなくカレンダーを見た。
 海馬はよく遊戯を手伝いとして自分の仕事に引きずり込む。
 本当はアテムも使いたいのだろうが、彼はそれ以前の一般常識が怪しいので、今は遊戯だけを。
 今回は子供向けのデュエル大会と言っているから、きっとデュエル教室でも開き、それを遊戯に任せるつもりなのだろう。
 確かに何回かやってきたし、店でもよくやっている。
 何回も頼んでくると言う事は海馬も結果には満足しているという事だから、別に構わないのだが。
「ちょっと待て海馬。その日の相棒はオレに付き合うという約束がある。」
 アテムの言う通り、遊戯はアテムと出かける約束をした。
 別にただの買い物なのでいつでもいいのだが、アテムが楽しみにしているので無下にするのも申し訳ない。
 海馬は他にも頼める人がいるし、アテムの方が先に約束をしたのだから、断るのなら海馬の方だろう。
 たいがい自分はアテムに甘い、そう思いながら断ろうと思ったのだが。
「何を言う。貴様の用事など、どうせ取るに足らんことだろう。」
「ふざけるな。お前こそ相棒にばかり頼るのはやめて、たまには自分でなんとかしたらどうだ。」
「使ってやるだけありがたく思え。こいつも貴様の世話ばかりでは大変だろうからな。」
「お前にオレ達の絆を引き裂かせはしないぜ!」
「………、え、ちょっと、もう1人のボク。これそういう話じゃないよ?」
「ふん、面白い。そんな甘い考えでどこまでやって行けるか見ものだな。」
「………、あの、海馬君も乗らないで。完全に話がおかしいから。」
 というか買い物に行くだけなんだけど。
 そんな遊戯の言葉はもはや2人の耳には入らない。
 エプロンをつけて完全に店番のスタイルだと言うのに、アテムの表情はもう完全に決闘前のデュエリストのもので。
 スーツを着て何処かで仕事をしてきた帰りなんだと分かる海馬も、それは同じだった。
 これはダメだな、と遊戯が諦めたと同時に。
「デュエルだ!!」
 2人の声は綺麗に重なった。

「というわけ。」
「………。」
「………。」
 デュエルは物凄く白熱している。
 一進一退を繰り返し、どちらが勝ってもおかしくない程の接戦だ。
 集まった観客も盛り上がっている。
 十代と遊星も2人のデュエルには十分に魅せられているが、2人が何の為に戦っているのかを分かってしまうと、酷く微妙な気分だった。
 デュエルがこの上なく素晴らしいから尚更だ。
 2人とも何も言えず、けれどデュエルからは全く目を離さずにいれば、後ろで遊戯が動く気配がした。
 流石に気になって振り返れば、下で戦っているアテムと同じエプロンをして遊戯は部屋を出ていこうとしていた。
「2人のデュエルが終わって落ち着くまで、ボクはお店にいるから、2人ともちょっと待っててね。好きに寛いでもらっていいから。」
「あれ、遊戯さんは見ないんですか?」
「理由はあれですが…、凄いデュエルですよ。」
 2人は世界トップクラスのデュエリストだ。
 実はそれに遊戯が並べる事も知っている。
 でも同じレベルだからこそ、近しいライバルとして2人の戦いは気になるんじゃないか。
 そう思うのだが、尋ねてくる十代と遊星に遊戯は曖昧な笑みを浮かべた。
「気になるけど、まだ少しやり残した事があるから、終わらせないとね。」
 アテムが戻って来た時にすぐに2人と遊べるようにしておいた方がいいだろう。
 そうでなければ折角来てくれてそのうえ待たせている2人に申し訳がない。
「それにね、結果は分かっているし。」
「え?」
 アテムと海馬の実力はほぼ同じ。
 でも公式大会ではいつも海馬を打ち破り、誰と戦おうとアテムは無敗記録を作っている。
 ただ普通にデュエルをしていれば勝敗は同じくらいなのに、大切な勝負となるとアテムの勝負強さが存分に発揮される。
 このデュエルは本当にくだらない理由がスタートのどうでもいい戦いなのだが。
 遊戯との休日を勝ち取りたいがためだけなのに、本気になっているのは少し見ていれば分かったから。
「勝つのはもう1人のボクだからね。2人のデュエルは何もない時にしっかり見るとして、今は真面目に店番をしてくるよ。じゃあまた後でね。」
 遊戯が部屋を出てパタリと扉が閉まる。
 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、何となく十代と遊星は遊戯がいた場所をじっと眺める。
 それからゆっくりとお互いを見た。
 何だろう、何だろうか、この気持。
 何故か物凄く気恥ずかしかった。
 2人ともその気持ちを抱えてどうしていいか分からないまま、少しの間お互いを見て、けれど大きな歓声が聞こえれば勢いよく窓の外を見た。
 拮抗していた戦況が大きく変わった瞬間だった。
 そしてその数ターン後には、遊戯が言った通り、見事勝利して遊戯との日曜日の約束を守りきったアテムが立っていた。





□ END □

 2010.02.16
 この2人は何かにつけてデュエルをしていると思う、きっとW遊戯と社長は仲良し





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