日常



 童実野町にあるゲームショップの亀はいつもたくさんの人で賑わっている。
 小さなお店なのだがデュエルスペースがあり、置いてあるカードの種類も豊富。
 何よりここには全てのデュエリストの憧れであり目標である決闘王がいた。
 お店の店番として。
 決闘王がエプロンをしてカウンターに立っている姿はなんとなく不思議な感じに見えるが、それでもデュエリストにとっては会えるだけでも嬉しい存在。
 しかも、殆どは仕事中を理由に断られるのだが、本当にごく稀に、デュエルの相手をしてもらえる事がある。
 それは本当に低い確率なのだが、本来なら厳しい大会を勝ち抜かなければ会う事も出来ないような人に、本気のデッキではないとしても相手をしてもらえる可能性がある。
 とにかくお店に行こうと思うのは当然だろう。
 その事を抜きにしてもこの店にあるデュエルスペースは遊びやすいので人気があった。
 今も賑やかな声が聞こえる。
 殆どが自分のターンを迎えて一生懸命に不利な状況をひっくり返そうとしている少年への応援の声。
 けれど引いたカードでは状況を変えられない。
 そもそもデッキの中にあるそのカードが引ければ勝てるのかも分からない状況だ。
 しかも相手のライフは無傷  このまま終わるのはあまりにも悔しくて、せめて自分の手札の中から1番攻撃力の高いモンスターを召喚して、ギリギリ攻撃力が勝った相手モンスターを倒した。
 でもそれが精一杯でそのままターンエンド。
 次のターンでは残りわずかのライフは、先程召喚したモンスターを倒されてゼロになった。
 大きな歓声が上がる。
 負けた少年はやっぱり悔しかったが、それでもそれ以上に誇らしい気持ちになった。
「やっぱり遊戯さんは凄いです!」
 対戦相手であったアテムに少年はキラキラとした目を向けた。
 確かにほんの少しのライフしか削れなかった、それが少年には悔しかったけれど。
 どう仕掛けても全てを覆すアテムの強さは、ただ見ている時以上に感じられてそれが嬉しかった。
 そんな憧れと尊敬とを混ぜたような綺麗な目を向けられて、アテムはカードを片付けながら苦笑する。
 褒められるのは嬉しいが、どうもくすぐったい。
「お前のデッキもなかなか面白かったぜ。この先どう変わっていくのか楽しみだ。」
「はい!次はもっと強くなって遊戯さんに挑みます!」
「ああ。楽しみにしている。」
 少年は大きく頷いた。
 それを見た周りの観客が、次は自分の相手をしてほしい、と声を上げる。
 けれどアテムはデッキをしまって時計を見た。
「悪いが、最初に言った通り、これ1回きりだ。」
「えー。」
「オレは店番だからな、デュエルばかりしていられない。それに見ているより実際にやった方が楽しいんだ。色々な人と戦って楽しんでくれ。」
 アテムが相手をしてくれる事は珍しいと皆知っているので、はーい、と結構あっさりと納得してくれて元気のいい返事をしてくれた。
 それも何だかくすぐったくて笑ってしまう。
 今までアテムがデュエルをするとなれば、絶対に負けられない理由がある、緊張感のある戦いばかりだった。
 勿論どんな勝負でも勝つつもりで挑んでいる。
 負けていいなんて思っていない。
 でもこういったただ単純に楽しむ為のデュエルの中にいると、何だかとても微笑ましい気持ちになり、それが嫌というわけではないがどうも慣れない。
 特に大勢が楽しんでいる姿はとても大切な物のように見えた。
 そんな事を思っていたアテムは我に返る。
 思わずデュエルの相手をしてしまったが、今は店を任されているので仕事に戻らないといけない。
 双六としては完全に店の事を投げださなければ好きにすればいいと思っているのだが、アテムとしては手伝わせてもらっているのだから真面目にやらなければと思っている。
 とりあえず途中で止まってしまった片付けからだとカウンターに戻れば、ただいまー、と声が聞こえた。
「相棒!」
「ただいま、もう1人のボク。」
 帰ってきた遊戯を見て、遊戯さんだ、と声が上がる。
 もう1人のボクが手伝うならボクも何かお店の為にするよ、と遊戯が提案したのが月に何回か行われるデュエル教室。
 初心者を相手にしたものだが、教え方が丁寧だと好評。
 アテムとは違った意味で尊敬されていて、思わず小さな子供がデッキを持って駆け寄ってきた。
 期待いっぱいの目で見上げられて遊戯は苦笑する。
 相手をしてあげたい気持ちはあるが、家に帰って来る度にこれでは流石に身が持たないし、それに今日は先約がある。
 次の土曜日に教室をやるからその時来てねー、としゃがんで子供の頭を撫でる。
 そんな遊戯の後ろを誰かが走って横切った。
「遊戯さん!」
「うわっ!」
 走って、その勢いのまま、思いっきりアテムに飛びつく。
 いきなりの事とその勢いに驚いたが、なんとか踏みとどまって受け止めた。
「遊戯さん、お久し振りです!」
 アテムの驚きを余所に十代は力一杯アテムに抱きついた。
 苦しいのだが、十代はいつだって全力で自分への好意を示すので、正直少し慣れてしまった。
「一緒に来たのか?」
「うん、そう。十代君と遊星君が一緒のところにボクが通りかかってね。送ってもらったんだ。」
 突撃してきた十代にばかり気が向いていたが、店の入り口には遊星の姿もあった。
 目が合ったので遊星が頭を下げる。
 ライディングデュエルの決闘王まで来たので、店の中は賑やかを通り過ぎて少し煩い。
 何事かと双六が顔を出した。
「おや、遊戯。おかえり。」
「ただいま、じーちゃん。十代君と遊星君が来てくれたんだけど、もう1人のボクを借りても平気かな?」
「そうじゃな。折角遊びに来てくれたんだ、後はわしがやっておく。」
「ありがとう。じゃあ部屋に上がろうよ。遊星君もおいで。」
「はい。D-ホイールはいつもの場所に置きましたけど、いいですか?」
「うん、大丈夫。」
 双六が代わってくれると言うので、アテムは十代を引き剥がしてカウンターの上だけはせめて片付ける。
 でも遊戯と遊星の会話に首を傾げた。
 遊星の交通手段がD-ホイールなのはいつもの事なのだが。
 十代と遊星が一緒の時に会って送ってもらった、と遊戯は言わなかっただろうか。
「………、相棒。」
「………、うん。キミもいつかやればいいよ。物凄い安全運転速度でもD-ホイールに3人乗りはなかった…、少し怖かったよ…。」
 遊星のD-ホイールは赤いので目立つ。
 それに無理矢理3人も乗れば更に目立つ。
 しかも法定速度は守っていてもそれなりの速度はある。
 思い出して、何であの時ボクは3人乗りに頷いたんだろう、と遊戯は遠くを見る。
 終わってみれば何でもなかったが、乗っている最中はとにかく必死に遊星と十代にしがみついていた。
 それなのに十代はむしろ楽しそうだった。
「面白かったですよね、ジェットコースターみたいで!」
 感想が見事に正反対だ。
「あー…、でも、うん、なんかそんな変な感じだった…。」
「すみません。次の機会には4人乗っても平気なようにしておきます。」
「あ、それも面白そう!」
「ちょっと待って!十代君も止めて!それもうバイクじゃないから、素直に車に乗っちゃった方がいいから!」
「そうなのか?」
「もう色々と物凄い違うから、キミには後で説明します!とにかく店の邪魔だから上がろう、ほら。」
 アテムと遊星は決闘王、遊戯はこの店に来る人の先生で、十代は時折遊戯を手伝っては楽しそうにデュエルをする様子に人気がある。
 好かれているのは嬉しいが、いつまでもここにいては集まった人同士の交流の邪魔になる。
 背中を押されてアテムと十代と遊星が部屋に上がり、最後に遊戯が楽しんで言ってねと声をかけて上がっていった。
 姿はすぐに見えなくなったが、集まっていた人達は何となくついさっきまで4人がいた場所を眺める。
 デュエリストは数多くいる。
 プロとして有名になっている人は何人も知っているが、でも1番の目標で憧れは先程の4人だ。
 とても身近で、だからこそ本当に強いと知っている、今の自分では手の届かないデュエリスト。
 誰かが、デュエルをしよう、と声をかけた。
 だって強くならなければずっとこのまま眺めるしかできないのだ。
 また店の中が賑やかになる。
 その様子を、孫達とその友達が有名人である意味1番得をしている双六は、とても嬉しそうに眺めた。





□ END □

 2010.02.01
 主人公達が仲良くて好かれていればいい、細かい事は考えない、多分考えても無駄だから





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