綱吉と白蘭はもう1人の協力者を笑顔で迎える。
正一には却ってそれが気まずかった。
「忙しいのに呼び出してすみません。」
「いや…、全然大丈夫…、だけど…。」
「どうぞ座ってください。紅茶でいいですか?」
「お構いなく…。」
座れと言われても、綱吉の仕事用机の前か、綱吉と白蘭が座っているソファーしかない。
この場合は間違いなくどちらかの隣に座れと言われている。
ボスが向き合って座っている、その隣に座るなんて、流石に厳しい。
「どうしました?」
「いや…、その…。」
「遠慮しないで。ほら、隣においでよ。」
白蘭がぽんっと自分の隣を叩く。
物凄い勢いで正一は首を横に振った。
「遠慮させて頂きます!」
白蘭の隣に座るより綱吉の隣の方がいい。
消去法で選択すれば迷いなく答えは出てくれて、正一は綱吉が座っていたソファーの端っこに体を縮こまらせて座った。
その様子に苦笑して綱吉は正一の前に紅茶を置く。
「緊張しなくても大丈夫ですって。」
「………。」
苦笑する綱吉に正一は上手く答えられない。
白蘭の顔なんてとてもじゃないが見られない。
クラッキング報告書を綱吉に渡して大見得切った時の事を思い出す。
あの時の自分は自分の出来る最大限の事をしたと思う。
綱吉は報告書を助かったと言ったし、昨日何があったのか詳しい事は聞いていないが、今ここで2人が普通に話をしている、それがやっぱり心配する事なんて何もなかったんだと教えてくれている。
綱吉が信じた事は正しかった。
自分が綱吉を信じた事は正しかった。
それには安心するが、白蘭に喧嘩を売った事実が正一にはある。
白蘭は自分の存在をばらさない。
だからマフィアに狙われる事なんて絶対にない。
それは証明された。
でも白蘭自身に何かをされる、その可能性をぽんっと忘れていた。
敵じゃなくても仕返しなんていくらでも出来るのだ。
流石に身の安全は綱吉が保証してくれると思う。
けれど、何を言われるのか何をされるのか、ちらりと考えれば怖くてとても顔を上げられなかった。
「最初に言っておきますけど、クラッキングの件は不問です。」
「………、え?」
「白蘭も同じ事をしましたから、それでチャラ。白蘭には何も言わない代わりに、正一さんには何も言わせませんし何もさせません。」
そろりと正一は顔を上げて白蘭を見る。
綱吉の言葉に同意するように彼は頷いた。
漸く少し安心出来て正一は息をついた。
肩から力を抜き、勧められたので紅茶を一口飲む。
「その、だったら、何でボクをここに…?」
尤もな疑問に綱吉は無言で紅茶を飲んだ。
白蘭は笑顔を崩さない。
そんな2人を交互に見れば、小さな安心感はすぐに消えて、酷く嫌な予感が顔を出した。
焦る正一に綱吉は大まかに昨日の事を話し、そうしてお互いの状況を照らし合わせて大抵の事はお互い様で終わらせたと説明する。
「ただ、ですね…。」
一通り説明した後、そう言って綱吉はため息をついた。
「グリッジョとジャッロの処分をオレに一任してもらった。これが貸し1つになっているんです。」
「はぁ…。」
「そうして早々にその貸しを返せって言うんですよ、この人。」
「えっと…。」
嫌な予感は存在を確実に強くしていく。
白蘭の方など見たくなかった。
けれどその意思に反して正一が顔を向ければ、白蘭は見惚れたくなるくらいに綺麗な笑顔を浮かべて、そうして一言。
「というわけで、入江正一君。ボクとデートをしよう。」
「………、はぁ!?」
とても信じられない事を告げてきた。
「すみません。今日から3日間、白蘭に付き合ってあげてください。」
「えぇ!!?」
叫ぶ正一に綱吉はただ苦笑するばかり。
今日ほど彼がマフィアだと実感した事はなかった。
このくらいマフィアとしては凄く可愛い事だとは分かっている。
でも正一にとってはそう思うくらい衝撃的な事だった。
最後の最後で唯一の味方に裏切られた。
今まさにそんな気分だ。
「泊まりは認めませんからね。夜の10時には帰してください。」
「えー。ちゃんと外のホテルに別々の部屋を取るからいいじゃない。」
「んー…。」
「妥協しようとしないで綱吉君!ていうか何なのこの流れ!」
勝手に進む話に慌てて正一は割り込んだ。
もう2人がボスだなんて事はこの際どうでもいい。
今こそ言いたい事を言わないととんでもない事になる。
怖いだの緊張するだのそんな事は言っていられなかった。
「ドン・ミルフィオーレ!」
「なに?」
「なに、じゃありませんよ!どういうつもりですか!!」
つい最近もこんな話をしたな、と思いながら白蘭はビスケットを1枚口の中に放り込む。
呑気な姿勢に正一が苛立っているのが分かる。
それを楽しい気持ちで眺め、でもあまり待たせては可哀想だと白蘭はビスケットを食べ終えてから、だからね、と言った。
「話しをしようって言ったじゃない。」
「え?」
「機会を設けたかったんだよ。キミとゆっくり話をする為に。」
「別に…、ボクは貴方と話す事なんて…。」
「意地を張らなくていいよ。キミがボクの為に凄く頑張ってくれた事は綱吉君からちゃんと聞いているから。」
勢いよく向けられる正一の視線を、綱吉は素知らぬ顔で受け流す。
何か言いたいのだが、開いた口からは何も言葉が出ない。
頭の中が真っ白になってしまったが、それでも正一は負けずに自分を奮い立たせて勢いよく立ち上がった。
「ボクは貴方の為になんか何もしていません、綱吉君の為です!」
「そうまで強く言われると妬いちゃうな。まずはこの辺りの溝から順に埋めていこうか。」
「埋めませんし行きません!」
「ダメ。残念ながらキミに拒否権はない。」
そう言われて正一は口を噤む。
悔しそうな表情を白蘭は満足そうに見る。
けれど意地悪なその様子とは逆に、立ち上がって正一の手を取った、その動きは優しかった。
「それじゃあ行こうか。早くしないと今日が終わっちゃう。」
「行くって何処に!?」
「手始めに遊園地とか映画館とかかな。交際を前提にお友達になるには何処に行くのがいいと思う?」
「まだその話を引き摺っていたんですか!?」
白蘭の手を振り解こうとしたが無駄だった。
途端に手を掴む力は強くなり、時間が勿体ないと扉へ向かう。
抵抗してもずるずると引っ張られていくだけだった。
「待って!本当に待ってください、白蘭さん!!」
叫び声に白蘭の足がぴたりと止まる。
「うん、やっぱりドン・ミルフィオーレより名前の方がいいね。ボクもキミは正チャンって呼ぶ方が好きだな。」
何となく記憶にあるから呼んでいただけだった。
でも今この瞬間にそれは確かな自分の意志だと確認出来た。
満足そうに頷き、そうして再び白蘭は足を進める。
「そんな話はしていません!!」
「あはは、大丈夫だよ。綱吉君との約束はちゃんと守るから。」
夜の10時までには帰す。
同意もなく手を出す事は絶対にしない。
身の安全は必ず保証する。
並べられた約束に、何処の年頃の娘をデートに送り出す父親だよ、とどうでもいい突っ込みを正一は心の中で叫んだ。
実際に叫ばなかったのは、そんな余裕がなかったからだ。
「白蘭さん、本当に、もう何のつもりなんですか!」
「それをお互い知る為の相互理解だよ、正チャン。」
正一がギリギリのところで扉を掴み最後の抵抗を試みる。
けれど呆気なく白蘭の力に負け、指は扉からするりと離れた。
無情にも扉は閉まり、正一の叫び声が遠くなる。
段々と聞こえなくなっていくその声を聞きながら、ごめんなさい、と綱吉は両手を合わせて正一の無事を祈っていた。
□ END □
2011.02.15/カモミール=苦難の中での力・親交
同盟設定ではこんな感じの話が書きたかったか、一応白正目指しました
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