ハーヴェイは飛行機絶対駄目だと思う話






「……なあ、今からでも遅くないから船に変えようぜ。もしくは電車」

空港についてから妙に大人しかったハーヴェイが、
飛行機に乗り込み指定された座席についた途端早口でボソボソと喋り始める。
それは心なしか震えているようにも聞こえた。

「遅いに決まっているだろう、もう出るんだから。ほら、早くシートベルト締めろ」
「だっておかしいって、コレ絶対おかしいって! 何で鉄の塊が空飛ぶんだよ、やっぱりおかしいって!」
「それについては散々説明した。
 いいから静かにしてくれ、乗ってるのはお前だけじゃないんだ、周りの迷惑も少しは考えろッ」

大の大人が一昔も二昔も前の事を叫びながら騒いでいる姿は、周りからは一体どのように映るのだろう。
考えるのも恐ろしくて、シグルドは無理矢理ハーヴェイのシートベルトを締めようとする。
勿論ハーヴェイも簡単に締められるわけにはいかない。
何せここは鉄の塊の中なのだから。
渾身の力を込めてシグルドの腕を押さえ込み、必死の抵抗を試みる。
力で押されてしまえばどう頑張ってもシグルドに勝ち目はなくなってしまうが、
この騒ぎを聞きつけてやってきた客室乗務員が何やら慌しく動き始めている。
機長や警察に連絡でもされれば非常に厄介だ。
シグルドもどうしても負けられない。

「シグルド! お前よく落ち着いてられるな!!
 いいか、よく考えろよ、コイツはでっかい鉄の塊なんだぞ、それが一体どうやって……ッ!!!」
「うるさい」
「……ッ!?」

シグルドとの攻防戦に気を取られていたせいか、
前方から突如迫ってきた殺気に全く反応する事ができず、まともに一撃食らってしまう。
声も出ないほどの衝撃を腹に受け、ハーヴェイはそのままシグルドの方へと倒れ込むようにオチてしまった。
一瞬何が起きたのか理解できなかったシグルドは、
急に大人しく圧し掛かってきた身体を支えながら、ぽかんと呆けた顔で辺りを見渡す。
すると、自分達の前の席に座っていたルクスが顔をこちらに向けていた。
軽く持ち上げられている手はグーの形をしている。
それで全てを理解したシグルドは、
慌ててハーヴェイの身体をシートベルトで固定すると素早く立ち上がって
尚も呆気の取られたままの周囲に会釈をする。

「スミマセン、大変お騒がせ致しました」

最後に客室乗務員へと頭を下げると、自らも着席しシートベルトをしっかりと締めた。
このまま目的地まで寝ててくれると助かるんだが。
きっとそれは、この飛行機に乗り合わせた人間の共通の願いだろう。
本人にとってもそれが一番幸せなはずだ。
予定の時間から数十分遅れて、ようやく出発のアナウンスが客室に響き渡った。





・行きの飛行機で話したネタです。
 何とか説得されて飛行機まで乗り込んだはいいけど
 (説得にも空港までつれてくるのにも相当時間がかかったはず)
 狭い空間と鉄の中にいると思った瞬間、色々耐えられなくなった模様(笑
 きっと背凭れにしがみ付くようにしながら喚いていると思います。





意外と料理が苦手であろうシグルドがキリルと一緒に頑張る話(キリル+シグルド)






シグルドを頼ってキリルが部屋を訪ねたのは、だいぶ夜もふけた頃だった。
その時同室であるハーヴェイはまだ食堂で盛り上がっていていなかったため、
部屋には主のひとりであるシグルドとキリルだけだ。
用意してもらった温かい紅茶で喉を潤すと、
キリルは期待を込めキラキラとさせた瞳でシグルドを見上げ、訪問の目的を口にした。

「料理を、教えてくれませんか?」

キリルの料理は普通の人の料理とは異なる。
この船に乗っている人間ならば、噂くらいは聞いた事があるだろう。
本人は揚げ物を作ったつもりだが、何故か完成したのは煮物だったり炒め物だったりする。
レシピの通りに作ってもそうなるというのだから何とも不思議な話だ。

「ルクスをビックリさせたいんです! おお、いつの間に! みたいな感じでッ。
 でも、ひとりだとどう練習したらいいのか全然分からなくて……」

キラキラとした視線を向けられたシグルドは、思わず噴出しそうになってしまった紅茶を必死で飲み込んだ。
背中に嫌な汗が伝ったのが分かる。
キリルはどうやらシグルドの事を万能人間か何かだと勘違いしているようだ。
確かに博識であるし身体能力も申し分なく、何でも平均的にこなせるので偏りがない。
これまでもキリルの質問にはその場でキチンと回答してきたし、悩みには適切なアドバイスもしている。
無理難題に直面しても、キリルが決めた事ならば解決できる可能性を1でも多く上げる努力をしてくれる。
ハーヴェイとはまた違った、頼りになるお兄さん。
今回の事も、料理ができる、できない、という肝心の話をとばしてのお願い事だ。

「……キ、キリル様。あの……た、た大変申し上げにくいのですが……」

キリルに頼りにしてもらえるのは嬉しい。
できれば応えたいと思う、そう、できれば。 しかしシグルドには、期待の込められた瞳を受け止められない事情があった。

「申し訳ありません。その私、料理はちょっと……」

知識としては勿論ある。
レシピがあればそれを見ながら忠実に手順を踏む事はできるし、
野菜の皮むきや、みじん切りといった細かい作業は得意な方だ。
しかし目分量や微調整がどうしても上手くいかない。
味付けに「少々」と書かれていれば、少なすぎて全く味がしないか、入れ過ぎて濃いかのどちらかだし、
炒めるにしてもやりすぎて焦がすか、早く切り上げすぎてかたいままだったりとか。
煮るのも揚げるのも、すべてやりすぎが足りなさすぎか。
食べられない事もないがあえて食べたいとも思わない、
よく言って微妙、悪く言って不味い部類に入るのがシグルドの料理である。
そんなものをキリルに教えられるわけがない。
レシピを調達する事ならできるが、キリルひとりではまたどんな不思議な現象に見舞われるか分からない。
折角頼ってきてくれたキリルには大変申し訳ないが、やはりルクスと一緒に練習してもらうのが一番だろう。
ガッカリさせてしまった。
期待に満ちた瞳を見る事ができなくて、視線をそらしていたシグルドだったが、
次の瞬間両肩を強く掴まれ、更に弾んだ声が上がった。

「じゃあ一緒に頑張りましょう!」
「え?」
「シグルドさんにも苦手な事あるんだーってちょっと驚きましたけど、考えてみれば当たり前ですよね。
 なら苦手な者同士、一緒に頑張ればいいじゃないですか!!」

思わず見下ろしてしまったその瞳は、更にキラキラと輝いている。
「何でも教えてくれる頼れるお兄さん」から「一緒に頑張る頼れる仲間」へ。
シグルドとしては料理に関わるつもりは一切なく、これからもずっとそうだと思っていたのだが、
キリルにこうも言われてしまえば性格上断る事はどうしてもできなくなる。

「僕はルクスを、シグルドさんはハーヴェイさんをビックリさせるために頑張りましょうー!」

料理を教える事はできない。
でも一緒に頑張る事ならできる。
キリルの中で何故かシグルドの目標らしきものも一緒に設定されてしまったが、
今は喜ぶキリルを見ていられるだけで満足だった。





・沖縄一日目の夕食の時間に、イクラ丼を食べながら考えたネタです。
 キリル+シグルド、大好き大好きvv
 でもハーシグお題なのにハーヴェイいなくてごめんなさい(ぺこぺこ
 ちなみにキリル君の料理が不思議な感じになる設定は、風望さんトコからお借りしました!





たまにはキカ様達とわいわいしてみるのはどうだろうという話






あちこちから聞こえてくる陽気な笑い声。
ほとんど貸切状態の酒場は仲間達の和気藹々とした空気が溢れてくる。
酒場の主人も慣れたもので、まるで己も同じ船の人間かのように海賊達と大いに盛り上がっていた。
勝利の後の酒というものは大切なもので、これを嫌うものは滅多にいない。
しかし船上では持ち込める数はどうしても限られてしまうので、
全員に満足のいく量を配る事はできないが、
酒場という専門店ならば倉庫にある程度は積んであるし、
「倉庫カラにするくらい存分に盛り上がってくれ」というのが主人の口癖だ。
それはこの海賊達が、
他の多くの海賊達とは違い暴れるだけで金もろくに払わないような連中でない事を知っているからだ。
客として、一緒に騒げる仲間として。
突然大人数で現れても嫌な顔ひとつせずに、可能ならば店を早めに閉めてまで迎え入れてくれる主人に、
海賊達のトップであるキカは本当に感謝していた。

「あ、キカ様!! 聞いて下さいよー、本日の俺の大活躍!! ったく、誰も真面目に聞きやしねぇ!」

カウンターに寄って主人に挨拶を済ませたキカがふと顔をあげると、
ひとつのテーブルから一際大きな声が上がる。
ジョッキ片手に大きく手を振っているのは、キカが最も信頼を置く部下のひとりであるハーヴェイだ。
ヘラヘラと締まりのない口元と赤く上気する頬が、そのテーブルの盛り上がり具合を現していた。
普段はカウンターで飲む事の多いキカだったが、
折角声をかけられたのだからと、尚も上機嫌で叫ぶ部下に苦笑いを浮かべながらカウンターを離れた。
丸いテーブルを囲うようにハーヴェイを含め6、7人の男達が談笑をしている。
椅子は全て使用中だったので調達しようと視線を巡らせたキカだったが、
それに気付いたハーヴェイの隣に座っていた男、シグルドが素早く立ち上がり、
店の隅にあった予備の椅子を運んできて、キカに座るよう促がした。

「どうぞ」
「ああ、すまないな」

ハーヴェイの隣ではなく自分の隣の場所を空けたのは、
ほろ酔い加減のハーヴェイの傍にキカを座らせるのは危険と判断したのだろう。
まだ使われていないジョッキに酒を注ぎ、上司へと手渡した。
キカが着席した事を確認したハーヴェイは、周りの野次を声援と受け止め意気揚々と己の武勇伝を語り出す。
最初は相槌を打ちながら耳を傾けていたキカだったが、
時間が経つにつれ何度も何度も同じ話の繰り返しである事に気づく。
しかしそれも酔っ払いにはよくある話だ。
全く気に留める事もせず右から左へと話を流しながらテーブル中央のつまみに手を伸ばすと、
同じように手を伸ばしていたシグルドと目があった。

「いいのか? ハーヴェイの話を真面目に聞いてやらなくて」
「もう耳にタコですよ。相当機嫌よく飲んでいるせいか、いつも以上にしつこいし騒がしいんです」

溜息をつきながら手にしたツマミを自分の皿へと置いた後、もう一杯どうかとキカに酒を勧める。
手元のジョッキはいつの間にかほとんどカラの状態だ。
礼を言いながらそれをシグルドに差し出すと、新たな酒がトクトクと注がれていく。
シグルドはどちらかというと静かな場所を好むが、こういう席も嫌いではないようで、
暴走がちな他の連中のストッパー役をこなしながらも自分なりにこの空間を楽しんでいる。
酔っ払いの扱いも上手いものだ。
後始末という損な役も当然のように回ってくるが、もはやそれも自分の仕事と割り切ってしまっている。
キカを覗けば、この場で唯一冷静で正しい判断ができる人間だろう。
これがキカの最も信頼の置ける部下のひとり、シグルドである。

「シグルドー、俺にももう一杯!!」
「自分で注げ」
「えー!? 何でだよ、ケチ! キカ様にはサービスしてやってるくせによー」

シグルドがキカのジョッキに酒を注いでいるのを目撃したハーヴェイは武勇伝を語るのを止め、
カラのジョッキを突き出しながら、
空いている方の腕をシグルドの肩へと回し笑いながらべたーっと張り付いてくる。
鬱陶しいと払い除けられると拗ねたように唇を窄めたが、すぐに忘れてしまったのか、
豪快に笑いながら酒ビンを手繰り寄せ、そのまま一気に飲み干した。
そんなハーヴェイの様子を見たシグルドは呆れたように溜息をつくと、
すぐにキカへと向き直り「申し訳ありません」と苦笑いを浮かべる。
しかしここは酒の席。
そんな事を一々気にするほど互いに頭は固くない。

さて、明日使い物になる人間はこの中にいるだろうか。
そんな事を考えて、ふたりは小さく声を上げて笑った。





・幻水4に限らず、「海賊」といえば船か酒場が自分のイメージです。
 普段から海賊海賊言ってますが、
 よくよく考えればハーヴェイとシグルド以外まだ書いた事ないんですよ、自分。
 でもこんな事でもなければずっと書かなかったと思うので、色々頑張ってみました。
 結果妙に長くなってしまいました(笑
 シグルドとキカ様は何か楽しかったですvv





 






NOVEL