ルクス君ちのキリル君
*タイトルの名前が左側にいるのは飼い主、右側にいるのが普通に喋るけど小さな犬という設定
動物を飼って可愛がる、という趣味はなかった。
むしろ自分がそんな事をするなんて想像も出来なかった。
けれど確かに今ルクスの足元には小さな生き物がいる。
急いでいるわけではないが早足で歩く事の多いルクスに、小さな手足を一生懸命動かしてキリルは付いて来る。
必死そうという表情ではないのだが、どうしても忙しなく見える様子にルクスの歩調は自然とゆっくりになる。
「ルクス?」
どうしたの、と見上げてくる目が問いかけてくるので、ルクスは完全に足を止めた。
流石に視線を合わせるのは無理だが、少しでも近くなるようにとしゃがみ込む。
首を傾げるキリルを見て、ルクスはそっと頭を撫でた。
キリルはきょとりと目を丸くした後に嬉しそうに目を細める。
パタパタと揺れるしっぽが本当に嬉しいんだと真っ直ぐに伝えてくれる。
何だかとてもくすぐったい気持だ。
この小さな生き物の扱いに戸惑っている自分の、こんな些細な行動で喜んでくれるなんて、見ていると自然と笑みが浮かんでくる。
頭を撫でるのをやめて、小さな体を持ち上げる。
「ルクス、ボクちゃんと自分で歩けるよ。」
「いいから。」
肩に乗せると、少し戸惑った様子のキリルは、申し訳なさそうにしながらもそこに落ち着く。
ありがとう、と言うように頬に擦り寄って来るキリルを、ルクスはもう1度ゆっくり撫でた。
ルクスがこんなふうに愛着を持って大切にする何かと出会えるなんて、周りも驚いていたしルクス自身も驚いた。
けれど、ただ純粋に自分を慕ってくれる存在を、手放すなんて事はもう出来そうにない。
肩にかかる重みに満足しながらルクスは再び歩き出した。
キリル君ちのハーヴェイ君
「また喧嘩したんですか?」
咎めているわけではない柔らかな声で尋ねながら、キリルは小さな頭を掌で撫でた。
声と同じく柔らかい手つきで撫でられながら、ハーヴェイは不満そうにそっぽを向く。
そうして目に付いた腕の傷を舐めた。
少し感じた痛みにハーヴェイの不機嫌そうな様子は更に強くなる。
「だからシグルドの奴が悪いんだ!」
「でも手を出したのはこっちからだってルクスが言っていました。」
「それでも悪いのはあいつだ。」
何を言っても折れる気はないらしいハーヴェイにキリルは苦笑する。
ルクスの所にいるシグルドとハーヴェイは顔を合わせるたびに喧嘩をする。
シグルドは物静かな性格なのだが、それがどうも気に入らないらしく、ハーヴェイが突っかかって最終的に手を出し、そうとなれば流石にシグルドも無視し続けられなくなり喧嘩になる。
毎回このパターンだ。
救いなのはシグルドの飼い主のルクスがあまり気にしていない事。
楽しそうでいい、そう言っていた。
キリルも同じ気持ちだ。
「本当に仲がいいんですから。」
少し力を込めて頭を撫でた。
それにも負けずにハーヴェイが顔を上げてキリルを睨む。
「何で今の話の流れででそうなるんだよ!」
「だって毎回楽しそうに遊んでいますし。」
「お前さっき自分で喧嘩って言ってたじゃねえか!」
「喧嘩するほど仲がいいって言いますよね。」
今にも噛みついて来そうなハーヴェイにキリルはのんびりと答える。
そうしてハーヴェイを抱えあげた。
突然の事にハーヴェイはじたばたと暴れるが、大丈夫だよ、と穏やかに言うキリルの力は思いのほか強い。
「でも、いつもそれで終わらせるのもなんですから、今日は一緒に謝りに行きましょうね。」
「はぁ!?」
「ボクも一緒に行きますから、たまには喧嘩しないで遊びましょう。」
「何でそうなるんだよ!放せ、マジで放せ!」
「暴れないでください。ちょっとごめんなさいって言いに行くだけなんですから。」
「だからふざけんなって!!」
小さな体で精一杯の抵抗はしてみたものの無駄に終わり。
ルクスの部屋に到着するころにはひどく疲れたハーヴェイがぐったりとキリルの腕の中に納まっていた。
ハーヴェイさんちのシグルド君
何かが顔にぶつかってきた。
何度も何度もぶつかってくる何かは、まるで叩かれているような感じだった。
鬱陶しいと追い払うように半分眠ったまま何かを押しのける。
手に何かが触れた感触はなかったが、衝撃がなくなった隙にハーヴェイは布団を頭から被る。
これで大丈夫だろうと安心して再び本格的に眠ろうとした。
けれど静かさはほんの束の間、何かが勢いよく腹の上に落ちてきた。
完全に油断していた時に襲ってきた強い衝撃に何だかよく分からない声を上げてハーヴェイは布団から顔を出す。
無理矢理叩き起こされて頭はぼんやりとしている。
けれど衝撃の原因は1つしか思い当たらず、ぼんやりとした頭でもその存在はしっかりと思い出せた。
「シグルド…。」
案の定布団の上を見れば、ちょうど腹の上に飼い犬が澄ました顔で座っていた。
「起きろ。」
「まだいいじゃねぇか…。」
「そう言って放っておくといつまでも寝ているじゃないか。」
「煩いな…、少しくらいいいだろう…。」
「………。」
むすっとしたシグルドはぴょんっとベッドの上から降りる。
諦めたのかと何気なく目で動きを追っていけば、くるりと振り返ったシグルドは勢いを付けて再びハーヴェイの上に飛び乗ってきた。
逃げようとしたけれどシグルドが着地する方が早い。
再び腹に感じた衝撃に再び情けない声を上げた。
すぐにシグルドはベッドから降りて距離を取り飛び付くための準備をする。
きっと起きるまで繰り返すつもりなのだろう。
「分かった、起きる、起きるって!」
「分かればいい。」
ハーヴェイが布団を跳ねのけたのを見てシグルドは大人しくその場に座った。
「ったく…、お前もう少し飼い主を敬えよ。」
「そう思うんだったら、せめて朝くらいまともに起きるんだな。」
「可愛くねぇ…。」
小さな体に似合わない程に堂々とした態度に、ハーヴェイはもう諦めたようにため息をつくしかなかった。
シグルドさんちのルクス君
シグルドの飼い犬は大人しい性格をしている。
大人しくて賢いとよく言われ、シグルドもその通りだと思っているが、それにしても大人しすぎて賢すぎると思っていた。
特別そう躾けたわけではない。
最低限の事は教えたが後は勝手に覚えたと言ってもいい。
大人しすぎて賢すぎて、いっそ心配していた程だ。
でもそれは少し前の話。
今は以前ほど飼い犬の事を心配する事はなくなった。
足元で丸まって大人しくしているルクスの様子を窺う。
いつもこんなふうにただ静かにシグルドの傍にいるばかりだったルクスだが、最近になって友達が出来た。
今まで誰と出会っても興味を向ける事はなかった。
けれどハーヴェイが飼い始めた犬と会わせてみれば、少しずつ変化が見られ、子供らしく遊ぶようにもなってきた。
相性が良かったのだろうとシグルドは思っている。
そんな事を考えていればルクスの片耳がピンっと立った。
遅れて顔を上げたルクスは扉の方を見る。
シグルドには何も聞こえないがルクスには何かが聞こえたようだ。
そのうちぱたぱたと尻尾が揺れる。
分かりやすい反応に笑ってしまいそうになるのを我慢しながら、窺うようにシグルドを見上げてきたルクスの無言の訴えを受け取る。
小さな体を持ち上げて部屋を出る。
廊下を出て左右を確認すれば目的の物はすぐに見つかった。
「ハーヴェイ。」
声をかければどこかに行く為に部屋の前を通り過ぎたハーヴェイが振り返る。
肩の上には彼の飼い犬のキリルが乗っていた。
「よう、シグルドとルクス。」
「こんにちは、シグルドさん、ルクス。」
声を聞いた途端にまたぱたぱたと揺れる尻尾に今度こそシグルドは我慢出来ずに笑ってしまった。
きょとりと見上げてきたルクスは、大人しくて賢くて、でも今はそれ以上にとても可愛い存在になっていた。
NOVEL