シグルド → 接客業






 冷やかしに来た、と言われれば確かにそうなのだが、それでも顔を見た途端に言われた事が。
「帰れ。」
 たったそれだけなのは、いくら付き合いが長くても流石に酷いと思った。
 苛立つを通り越していっそ感心してしまった。
 先程までにこやかに客の相手をしていたというのに、こちらを見た途端に一瞬で笑顔が消えて冷たく言い捨てたのだ。
 見事な接客態度で、見事な使い分け。
 本当に感心するしかない。
「お前…、それが客への態度か。」
「客だったらそれ相応に扱うさ、客だったらな。」
「ひでぇ…。」
「どうせ冷やかしに来ただけだろう?」
「えーっと…、陣中見舞い?」
「帰れ。」
 つまりは冷やかしだろうと言われれば反論が出来ない。
 それでも、折角来たんだから少しは喜ぶなりなんなりしろよ、とハーヴェイは思う。
 そんな心境に気付いたシグルドが、しばらく悩みこんで、1つため息。
 肩を落とした後、諦めたようににこりと笑った。
 綺麗な接客用の笑顔だった。
「お客様。何かお探しですか?」
 一切何の問題もない、お手本になりそうな素敵な笑顔だったのだけれど。
 知り合いにそんな他人行儀の笑顔を向けられるのはうすら寒く感じ、ポツリと余計な事を呟いてしまった。
「………、怖っ…!」
「帰れ。」
 そして笑顔のまま即座に切り捨てられれば、再び逆らう気にはなれなかった。





ハーヴェイ → お花屋






 花が必要な時は知人がいる店に行く。
 店はわりと近所にあり、何より知人がいるというのは心強い。
 花には詳しくないので本当に一般的な花の名前しか知らない、育て方なんて論外だ。
 知人がいると気軽に質問が出来るし、注文が酷く曖昧な感じになってしまっても多少遠慮なく言ってしまえる。
 時折自分が働いているお店でちょっとした植物が必要な時、キリルは花屋にお使いを頼まれる。
 知人がいるとお店の人が知っているからだ。
 頼まれる事は一向に構わない、ほんの少しだけ遠回りをすればいいだけの事だから。
「よう、キリル。」
 ただ申し訳ない事に花屋で迎えてくれる知人を見るたびに少し微妙な気持ちになる、それが若干申し訳なかった。
「こんにちは、ハーヴェイさん。」
 正直なところキリルの中でハーヴェイは何となく花とは無縁なイメージがあった。
 けれど実際にはとても近い位置にいた、その事にいつも若干の違和感を覚える。
 失礼だとは思うのだが、どうしても慣れずにいるのが正直なところだ。
「今日は何が欲しいんだ?」
「えーっと…、なんか小さく可愛い感じでって言ってました。」
「何でお前の所はいつもそう物凄く曖昧なんだよ、せめて色くらい言ってくれ…。」
 ぶつぶつ文句を言いながらもハーヴェイはさっさと花を選ぶ。
 以前はキリルに選ばせてみたりもしたが、キリルは本当に詳しくないので混乱してしまい、自分で選んだ方が早いとハーヴェイは理解した。
 文句を言われた事はないので今日も勝手にいつもと似たような金額になるように花を集める。
「店についたらちゃんと水揚げしろよな。」
「えーっと…、水の中で切ればいいんでしたっけ?」
「あと水もちゃんと毎日取り替える事。ほらよ。」
 手渡されたのはピンクやオレンジなどの明るい色が多い小さな花束。
 確かに小さくて可愛い感じだ。
 ぱっと見ても花の名前は分からないが、そういう感想は持てる。
「ハーヴェイさんって花に詳しいですよね。」
「は?そりゃこんな所にいるんだから、当たり前だろうが。」
 やっぱり花が好きなのかな、と思ってキリルはじっとハーヴェイを見る。
「………、何だよ、人の顔じっと見て。」
 でもやっぱり、似合わないなぁ、という気持ちはどうしたって拭えない。
 花束が可愛いから尚更だった。





ルクス → ウェイター






 人手が足りなくて今ちょっと忙しいんだ、とキリルが何となく話せば。
 少しの間でよければ手伝うよ、とルクスが申し出てくれた。
 最初は遠慮したキリルも、それじゃあ少しだけ、とルクスの好意に甘える事にした。
「………、それでここでウェイターですか?」
「そう。」
 ハーヴェイとシグルドにメニューを持ってきたルクスは無表情に答えた。
 キリルが働いていると聞いた小さなレストラン。
 折角だから行ってみようと来てみれば、何故かそこではルクスまでもが働いていた。
 理由を聞けばとても単純明快。
 キリルが困っていた、というのはルクスにとっては十分な理由になる。
 でもそれにしたって人間には得手不得手がある。
 どうしてルクスを1番向かなさそうなウェイターなんかにしたのだろうか、と笑顔の1つもなくメニューを置くルクスを見る。
 2人が知り合いだからルクスはこんな態度なのか、と最初は思ったが、よく見てみれば誰に対してもあまり態度は変わっていなかった。
「ハーヴェイさん、シグルドさん、こんにちは。」
 少し手が空いたからと厨房から出て来たキリルがにこりと笑った。
 隣でルクスが無表情に立っている。
「………、お前達さ、制服を取り替えた方がいいんじゃないか?」
 その方がしっくりくる。
 ハーヴェイの言葉にシグルドは同意しなかったが、黙って水を飲んでいたのでこれといった反論もない。
 ルクスの対応は正確で、そこに一切の問題はない。
 ただ普段の彼の無表情さを考えると、どうしても似合わないと感じてしまう。
「え?」
「こいつがこの格好でいるの、ちょっと変だろう。」
「そんな事ないですよ。よく似合ってます。」
 白いシャツに黒いベストとズボンといった、ごく普通の制服。
 特に目立った特徴はない制服だけれど、それでもよく似合っていた。
 キリルのその意見を否定するつもりはない。
 それに言いたいのは制服の事ではない。
「そうじゃなくて、何でよりによってこんな無表情な奴に接客やらせてんだって話だよ。」
「無表情って…、そんな事ないですよ。ルクスはよく笑いますし。」
 同意を求めるようにキリルがルクスを見ると、ルクスはそっと笑って見せた。
 分かりずらいが、でも確かに柔らかい笑みを浮かべている。
 ウェイターなのに、客にではなくキリル相手に。
「………、そこまで一貫してきっちりと区別を付けるのは、ある意味凄いとも言えますけど…。」
「お前…、もう少し世間勉強した方がいいと思うぞ、マジで。」
 本当に人間には得手不得手があるな、と疲れた気持ちの中で実感してしまった。





キリル → コック






 キリルが小さな料理店のコックとして働いているのは知っていた。
 そしてその店が少し変わっている事も聞いた事があった。
 けれど実際に行ってみれば、咄嗟に言葉が出なかった。
「………、え?」
 メニューを渡されたハーヴェイは本気で困惑した。
 料理名は何も書いていない。
 希望の材料と、食べたくない調理方法があれば申しつけてください、と書いてあっただけ。
 これは一体どういう事なのか。
 とにかく困惑してルクスを見れば、それがさも当然という顔をしている。
 シグルドも困惑している中で、とにかくメニューの中からいくつか適当に材料を伝えた。
 メモを取ったルクスが厨房に消え、暫くして料理が運ばれてくる。
 その料理は至ってまともだった。
「てか…、あのメニュー何だ?」
 ルクスと一緒にキリルも出てきたので訪ねれば、彼は困ったように笑った。
「実はボク、料理作れないんです。」
「は!?」
「えーっと、作れるんですけど、何でか作ろうって思った物とは全然違い物になっちゃうんですよね。パスタがグラタンになっていたり、お肉を焼いていたら煮られてたり。」
 だから食べたい料理ではなく材料を選べだったのか。
 あの不思議なメニューへの疑問は一応解決する。
 けれど何よりも大きな疑問があった。
「てか何でそれでコックとして雇ってもらえたんだよ。」
 作りたい物を作れないなんて致命的にも程がある。
 ある意味で酷い料理音痴だ。
 とても料理人としてやっていけるとは思えないのだが。
「なんだか店長にそれがうけちゃって。」
「何考えてんだ、その店長!」
「………、あ。でも美味しいですね。」
「うん。キリル君の料理は、何が出てくるかは分からないけど、味だけは保証するよ。」
「………、それ、料理人としていいのか…?」
 何を作るつもりだったのかは聞かない方がよさそうだ。
 そう思いながら一口食べれば、本当に味だけは確かで、けれどそれを素直に褒める気には何となくなれなかった。





 






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