同一人物?
*キリルが天魁星で罰の紋章を継承、ルクスがオベルの王子で108星の1人
王族というのはキリルにとって一生縁のない存在だと思っていた。
色々な国に行く事は多くても、城は遠くから見る程度で、入りたいと思うのは子供の好奇心から。
訪れる町や村を纏める人に会う機会はあっても、それ以上なんてとんでもない。
紋章の事を調べる為にオベルに行って最初に会ったのが王族だと知った時なんてどうしたらいいか分からなかった。
とにかく酷く遠い存在。
ルクスとフレアは、今はとても近くにいても、本当なら簡単に会う事も出来ない人。
そんな気持ちに拍車をかけたのがルクスの雰囲気だ。
近くにいて色々と助けてくれる彼は、でも隣にいる事が酷く場違いに思える。
ごく普通の人と一緒にいるとどうしても浮いて見えてしまう。
場に馴染んでいると思える時なんて、フレアやキカやエレノアといった、上にいるのが普通の人達と一緒の時。
何もしていないのに人目を引くその存在感が、よけいに王族を、ルクスを、遠く感じさせた。
その気持ちは今も持っている。
持っているのだけれど。
変化が起きたのは少し前。
探し物の為に無人島に降り、モンスターと遭遇した。
「………、蟹。」
ぽつりと呟いたルクスの表情を、きっとキリルは忘れられない。
物静かで無表情と言ってもおかしくないルクスが、巨大蟹のモンスターを見た瞬間に目を輝かせた。
そして躊躇いなく、自分よりも何倍も大きなモンスターなのだから普段のルクスなら十分に警戒するはずなのに、そんな素振りは一切なく魔物へと向かって行った。
慌ててキリルも続いた。
戦いながら驚いていた。
もうこの際この蟹の大きさなんてどうでもいい。
驚きは全て、目を輝かせて嬉しそうにしているルクスへと向けられた。
「………、あの、ハーヴェイさん…。」
そして黙っていられなくて隣に来たハーヴェイに声をかける。
「気にすんな、王子様のあれはいつもの事。2番目くらいの好物だとか言ってたな。」
「って、食べるんですか!?」
「あれで美味いから微妙だよなー…。」
2人の視線の先では倒したモンスターを意気揚々とさばいているルクスの姿。
こんなに感情がはっきり表に出ている彼の姿は初めて見た。
「………、本当にルクスですか…?」
「残念ながら、同一人物だ。」
ああやっぱり王族も1人の人間なんだなぁ。
そんな当たり前の事に今更気付きながら、キミも食べる、という質問につい勢いで頷いてしまった。
まさかの事態?
キリルがルクスを殴った。
その事実に、オベルの王子を殴ったとして周りが怒るよりも先に、ありえない物を見た驚きがただ辺りを支配した。
ルクスも目を丸くしてキリルを見ている。
頬は痛い。
口の中にはじんわりと血の味が広がる。
今も震えるほど強く握られている拳で思いっきり殴られたのだから当たり前だ。
まるで他人事のように思う。
しっかりとした痛みに、目の前には泣きそうな顔のキリル。
何か言わなければならない。
でも何も浮かばなかった。
考えられない程に頬が痛いわけでも、殴られたという事実に苛立っているわけでもない。
心の中はただ静かだ。
それでも言葉は見つからなかった。
何か、何か言わないと。
そんな言葉だけが頭の中を回る。
「ボクが…。」
ルクスが呆然としている中、キリルが震えるポツリと呟いた。
感情が抑えきれなくなったのか涙が一筋流れる。
ずきりと心が痛んだ。
「ボクが、悪かったんだと思う。ボクが弱かったから、貴方にとって守る対象である事が、悪かったんだと思う…。」
「キリル君…。」
ルクスの声に弾かれたようにキリルはルクスの肩を掴んだ。
鈍い痛みが走る。
掴まれた強さもあるが、そこは怪我の治療をしたばかりの部分だからだ。
「でも、だからって、貴方が前に出る事はなかった!こんな怪我をして、するべきはボクだった!!」
こんなに感情をはっきり見せたキリルは初めてだった。
いつだってとこか遠慮がちで、ルクスに気を遣っているというのに。
原因はルクスがキリルを庇った事だ。
受け止めるつもりだったが、失敗して、思ったより深い傷を負った。
そうしてそれをキリルが真っ青な顔をして見ていた。
「前にボクが仲間を庇った時にはあんなに怒っていたのに、こんなのおかしい!」
「そうだね…。」
確かに怒った。
だってキリルの身の安全は優先されるべきだ。
だがそれ以上に王族である自分とフレアの身の安全は優先される。
ルクスもそれは分かっていた。
分かっていたのに、前に出ていた。
「それに…。」
ぱたぱたと涙が落ちる。
拭ってやりたかったが手を伸ばせなかった。
「キリル君…。」
「それに、ボクが、ボクのせいで友達が目の前で倒れて、どんな気持ちだったかなんて、貴方は絶対に分かっていないんでしょうね!!」
ルクスは言葉を失った。
キリルは耐え切れなくなってその場から走り去った。
その後ろ姿を呆然と見送る。
「………、友達…?」
キリルにそんな事を言われたのは初めてだ。
だって本当に彼はいつも遠慮がちで、気を遣っていて、敬語だっていらないと言っているのに抜けなくて。
それでも、今キリルが怒っているのは。
王族として身を守る事を疎かにしたからではなく。
友達が自分の身を危険にさらした事を怒って泣いている。
ルクスは動けなかった。
本当にかける言葉が見つからない。
だって、こんな事は、初めてだ。
「ルクス。」
静かだがハッキリとしたキカの声が聞こえた。
戸惑いながらも彼女の方を見れば、笑いながら告げられたのはたった一言だけ。
「追え。」
だって、何も迷う事はない。
何も考えずにキリルを守ろうという気持ちだけで前に出た時に答えなんて決まっているのだから。
これでいいのかな?
自分の命を守ろうと思うのは生き物として当然だと思う。
次代に命を繋ぐ為に、もしくはこの上なく大切な存在を守る為に、命をかける事はある。
それでも最後まで生きようとする本能は確かにある。
そしてその本能は左手に宿った力を全力で拒絶していた。
どくどくと耳に響く心臓の音は速くて煩い。
気を抜けば手や足は震えそうだ。
怖い、と思う。
どんなに誤魔化そうとも恐怖は消えない。
だってこの力は命を削る。
死にたくはない。
やるべき事を成し遂げないままでは死ねないし、そんな建前などなくとも死というのはただ純粋に怖かった。
冷や汗が頬を伝う。
左手が酷く冷たい気がした。
怖くて、どうしようもなく怖くて。
でもぎゅっと唇を結んで前を見る。
この力を、使うな、という声がある。
それは仲間の優しさでとてもありがたい。
でも綺麗事だというのはよく分かっていた。
どうしようもない状況に対し、それを打破出来る力は確かにここに存在していて、たった1人の命を削るだけで使う事が出来る。
このままここで突っ立っていても、どうせ自分も死ぬ。
それなら命を削ってでも生き残る可能性にかけるべきだ。
分かっている。
それでも怖い。
巻き込まれるような形でこの戦争に参加し、故郷でもない国の為に命懸けで戦う事になった。
ふと、ここまでする必要はないんじゃないか、と思った事もある。
でもここにいる以上、自分は軍主で、周りにいる皆は仲間。
出来る限りで守る義務はあるし。
出来る限りで守りたいと思う。
逃げる時期などとっくに逃がした。
だからどうしようもない恐怖に、精一杯の勇気を振り絞って、耐えるように叫んだ。
「危ないから伏せて、そしてどこかに掴まっていて!!」
左手を掲げる。
ぞわりと体中をかけた感覚が気持ち悪い。
心配そうに名前を呼ぶ声が耳に痛い。
怖い。
いっそ泣きたい。
でももう退けない。
「キリル君!!」
聞こえた声に思わず涙が一筋流れた。
けれど振り返れば見えた、大きく揺れる船の上で必死にこちらに来ようと手を伸ばすルクスの姿に、ふわりと心が軽くなる。
泣きたいくらい怖いのに、気付けばルクスへ向けてにこりと笑ってた。
そうして真っ直ぐに前を見て力を解放する。
キミの為にこの命を使えるのなら、それはそれでいいのかもしれない。
ぼんやりとそんな事を思えば、広がるくらい闇を見た後に、キリルの意識は途切れた。
これから?
「何やってんだ?」
ルクスの部屋を訪ねれば彼は大量の本と紙の中にいて、思わずハーヴェイは用件よりも先にそう尋ねていた。
勉強中というには雰囲気が違う。
何気なく机の上に置かれた紙を1枚手に取る。
ルクスは何も言わなったので見ていいのだろうと判断して内容に目を向けた。
走り書きで書かれている内容はクールークの現状についてまとめた物だった。
おそらくそんな物が積み重なっているのだろう。
そうと知ってハーヴェイは首を傾げた。
クールークとの戦いはそろそろ終わりにさしかかっている。
その為の準備は念入りに行われているし、会議の回数も増えた。
軍師も最後の戦いの為に色々調べて作戦を練ってる。
ルクスがそれを手伝っている、というのは別に不自然ではないのだが、でも集められた資料はざっと見てクールーク本土の物ばかり。
軍師の見立てでは本土に攻め入る必要はなく、群島諸国へと進攻してくる一部の勢力を潰せば戦いは終わる筈。
それなのに何故こんな本土に攻める準備のような事をしているのか。
不思議に思っていれば、一区切りついたのかようやくルクスが顔を上げた。
「確かに戦争は終わるけど、でもキリル君の目的が達成できない。」
言われて思い出す。
キリルの元々の目的は紋章砲を調べて壊す事。
軍主として戦っているのは、あくまで巻き込まれた結果でしかない。
「ボクは手が空いているから、調べておこうと思って。」
「なんかこのままお前も一緒に本土へ乗り込みそうだな。」
「その予定。」
「おい、いいのかよ、王子様。」
「ハーヴェイも行くだろう?」
「そりゃ行くけどさ。」
「オベルを取り戻すのに協力してもらったのだから、借りは返す。それに…。」
少し口篭ったルクスは、やがてそっと笑みを浮かべて呟いた。
「友達だからね。」
今まで見た彼の表情の中で、その笑顔は1番優しい表情だった。
正直ハーヴェイは驚いた。
ルクスは感情に流されるタイプではなく、そして自分の立場をよく理解ししている。
そんな彼が友達だからと、本当なら関わらなくてもいいような戦いに、自分から参加すると言う。
「友達ねぇ…。」
ハーヴェイは苦笑してルクスの頭を小突いた。
「ところでお前、初恋ってしたことあるか?」
「………、は?」
NOVEL