何かが始まった?
*キリルが天魁星で罰の紋章を継承、ルクスがオベルの王子で108星の1人
どうして、こんな事になったんだろう…。
キリルは現状を振り返り、そうして心の底からそう思った。
どうしてだろ。
何でこんな事になったんだろう。
頭の中で何度も繰り返し自問してみるが、答えは出てこない。
でも、それもそうだろう。
何しろキリルはここに、オベル王国に答えを求めにやってきたのだ。
それなのに到着早々答えを探す間もなく新たな疑問がやってくれば、自分1人の知識でどうにかなるわけがない。
何度頭の中で、何故、と繰り返しても意味はない。
それは分かっているが、でもここ最近は訳の分からない事が続きすぎて、気にしないでいるのも辛い程になってしまった。
唐突に降り積もってしまった疑問。
それに対して分かる事は1つだけ。
自分がこうなってしまった原因は、現在右手に宿っている、名前も知らない紋章のせいだという事だけだ。
数週間前に、キリルはラズリスという町にいた。
そうしてそこで海賊との戦いに巻き込まれた。
戦いは無事に終わったのだけれど、それを終わらせた正体の分からない光が、何故かキリルを襲った。
耳に響いた悲鳴。
暗い色の光。
過去に覚えがあるような圧力。
それが収まった頃には、キリルの右手には知らない紋章が宿っていた。
海上騎士団の団長が宿していたらしい紋章。
その団長は死んでしまい、紋章がキリルに移ったものだから、何故かキリルが殺したのではないかという訳の分からない方向に話が進みそうにもなった。
知り合いが一緒に戦っていた事を証明してくれたので、その濡れ衣は晴れたのだけれど。
使い手が死んでしまった紋章。
宿した後に見た不思議な夢。
それから酷く重く感じる体。
放っておくのはあまりに気味が悪い、と思って目指したのはオベル王国。
元々次の目的地としていたからだ。
ここで何も分からなかったら、用事を済ませて本国に行こう。
そう予定をしたのだけれど。
偶然出会ったオベルの王女に紋章をまじまじと見られて。
気付けばオベルの国王に協力してほしいと言われてしまった。
目的があって旅をしていた。
紋章砲という、大抵の船に置かれた兵器を探り、危険性を明確にして広め、全てを壊す。
それがキリルの旅の目的だった。
けれど右手の紋章の為に、何か酷く大変な事に巻き込まれたような、そんな感じがする。
「本当に…、なんで、こうなったんだろう…。」
そしてこの先自分はどうなるんだろう。
小さな呟きへの答えは、やっぱり自分の中のどこにも存在していなかった。
襲撃者?
「………、それにしても、お前も大変だよな、色々と…。」
しみじみと呟いたハーヴェイと、その隣で深く頷いたシグルドに、キリルは曖昧な笑みを浮かべた。
その笑みに2人は心から同情した。
3人は過去に出会った事がある間柄だ。
けれどまともな別れ方をしなかったので、2人はキリルのその後をあまり知らなかった。
そして数年後に無事だったキリルと再会し、過去の懐かしい記憶を掘り起こしてお互いの無事を喜んだのは良かったが。
戦争に巻き込まれてしまったので、力を貸してもらえまえんか。
そう言ったキリルに2人は一瞬言葉が出なかった。
キリルの説明を聞けば、巻き込まれた、本当にその通りだった。
突然自分に宿った紋章を調べにオベル王国に向かい。
そこで宿った紋章がとても厄介な物だと知った。
どうしたものかと悩んだ結果、元々はオベル王国に会った物だから返そう、という結論になった。
けれど紋章は剥がれない。
困ったキリル達に、こっちでも調べるから暫くオベルにいればいい、と国王であるリノが提案した。
ただ世話になるのも悪いので色々と手伝いながら紋章について調べていた。
そんな日々が暫く続いていたが。
クールークにオベルが襲撃された。
その時、キリルの道は、また大きく変わった。
王女であるフレアを託され、逃げろ、とリノに言われた。
リノや人々は助けられなかったが、せめてフレアだけでも連れてオベルから逃げた。
そうした結果、キリルはオベルを奪還する為の軍の中心人物になってしまった。
「ボクも正直訳分からないんですけど…、フレアさんを中心にして危険な目に遭わせるのも酷いですし…。」
「でもお前、ハッキリ言ってオベルも群島も関係ないだろ?」
「はい。」
「それなのに協力して軍主…、ですか。もう本当に…、どう言えばいいのか…。」
別にキリルの下につく事に不満はない。
主であるキカが頷いた事だし、2人も個人的にキリルの事は好ましいと思っている。
でもだからこそ、その境遇に同情してしまう。
「まぁ…、あれだ。オレ達に出来る事なら、遠慮なく言えよ。」
「出来る限りの事はしますので。」
「はい、ありがとうございます。」
心遣いが嬉しくて笑ったキリルは。
けれどふと何かに気付いたように表情を硬くして辺りを見回した。
ハーヴェイとシグルドもそれに気付く。
酷く強い近い気配。
「キリル…!」
ハーヴェイが叫んだ。
それと同時にキリルは武器を振り上げる。
響いたのは金属音で、強い衝撃を感じた。
「え…っ!?」
武器を弾いて距離を取ったのは、キリルと同い年くらいの青年だった。
殺気はない、敵意でもない。
けれど双剣を握りこちらを見る空色の目は、射抜くように強い。
「キミが軍主のキリル?」
「そうだけど…、キミは…?」
「いくよ。」
「え!?」
キリルの問いに返事はなく、青年は再び踏み込んでキリルに向かってきた。
敵なのか、何なのか、キリルには全く分からない。
ただ周りの人達は困惑した様子で見ているが、騒ぎにはなっていないし。
慌てているアンダルクとセネカをシグルドが止めていた。
「その…、とりあえずその方は敵ではないので…、頑張ってください。」
「何をですか!?」
中途半端な回答にキリルは叫んだが、青年の強さはとてもじゃないが他に気をまわしてなんかいられない。
訳も分からないままキリルはしっかりと武器を握って構えた。
青年がオベルの王子であるルクスだと知るのは、この勝負の後。
何かおかしくない?
キリルは今まで旅暮らしをしてきた。
故郷は赤月帝国だと聞く。
けれどぼんやりと自分が住んでいた家と町の景色が浮かぶ程度の記憶しかない。
そのくらい旅を続けていた。
だから旅に必要な知識は色々と持っている。
一般教養もそれなりに身に付けているつもりだ。
でもその程度の知識では軍主などとても勤まらなかった。
「………。」
キリルが目の前にある紙とにらめっこを始めて、どれだけ経ったか。
成行きのままに軍主などという立場に就いた。
本当に流されるままという感じだったが、引き受けた以上は中途半端にしてはいけない。
まず最初に必要なのは知識だった。
軍師を頼んだエレノアから色々な課題が出された。
今すぐ全てとは言わないが、知らないよりは知っていた方が良い。
そう言われて、キリルも頷いた。
けれど今までの知識ではとてもではないが簡単に理解出来るものではない。
「………、ダメだぁー。」
睨み付けるように見ていた紙をテーブルに置き、キリルはそのまま力なく机に突っ伏す。
向かい側に座ってずっと本を読んでいたルクスが、その声に顔をあげ、置いた紙を手に取る。
キリルにとっては難しい文字の羅列。
それに目を通したルクスは、テーブルに置いてある数冊の本から1つを取ってキリルの前に置いた。
「え?」
「ページ数は流石に忘れた。」
「………、えっと…、この問題にはこの本がいいって…、事ですか?」
キリルに問いにルクスは頷いた。
少し前に突然キリルに襲撃をかけてきたオベルの王子。
酷く言葉が少なく、表情が全く変わらない人で、何を考えているのかさっぱり分からないのだが。
何故かキリルの勉強に毎回付き合ってくれている。
そして今のように考えても考えても分からない時は手を貸してくれる。
キリルの知らない事をルクスは多く知っている。
このキリルにとっては意味不明な事しか書いていない紙も、ルクスにとっては難しい物ではないのだろう。
自分よりも知識の多い、オベルの王子様。
「………、何でボクが軍主なんだろう…。」
どう考えても目の前の人の方が適任ではないか。
そう思ってポツリと呟けば。
少しの間ルクスは無表情にキリルを眺めて。
「キミだから。」
ほんの少し口元に笑みを浮かべて、そう言った。
ルクスが何を思って言ったかなんてさっぱり分からない。
どう考えたって彼の方が軍主としてはふさわしい筈だ。
でも、なんとなく。
ルクスがふわりと浮かべる小さな笑顔と、意味が分からないのに優しく聞こえる事の言葉。
それはとてもキリルにやる気と自信を与えてくれた。
後押しされるようにキリルは起き上がって再び問題と向き合う。
何かがおかしいと思うのだけど。
ルクスがそう言うのなら頑張ろうと思う、そんな自分も何だか別の意味で変だなとキリルは思った。
これってどういうこと?
「ルクス。」
短く鋭い声にルクスは言葉を止める。
反射的に振り返れば、言葉の鋭さとは対照的に、何の感情も見えない目でこちらを見るキカがいた。
繰り返し、ルクス、と名を呼ばれる。
今度は静かな声だった。
それにルクスはようやく我に返る。
「………、あ。」
部屋の空気は重かった。
原因は自分だと気付く。
半ば呆然としながら向き合っていたキリルを見た。
そこにはただ呆然と表情を失って立ち尽くすているキリルがいた。
動く事も喋る事もせず、瞬きさえ躊躇っているような様子で、軍主である青年が立っている。
失敗した、とルクスはようやく気付く。
1つの戦いが終わった後の会議だった。
大半の人が集まった後に遅れてキリルは現れた。
遅れた理由は怪我の治療。
どう見ても無謀という程の無茶、というわけではないが、大半の意見では引くべき場面で、キリルは前に出た。
仲間を1人庇っての行動だった。
その結果、怪我を負った。
命に関わるものではないが深かった。
注意しておくべきだと思った。
1人の兵士ならまだしも、軍主が倒れる事はあってはいけない。
キリルは強いが、だからといって無茶をしても許されるわけじゃない。
彼の性格から前に出がちなのは分かっているが、でもちゃんと説明をして理解してもらおうと、そう思っていたのだが。
遅れてきたキリルの、まだ全部の怪我が治っていない為に、包帯やテープなどで少々痛々しく見える姿と。
その瞬間に思い出した、戦場で傷を負い血を流して膝をついた姿。
それにルクスの中の何かが切れた。
気付けば感情のままキリルに詰め寄っていた。
「キリル…くん…。」
キカのおかげで頭に昇っていた血はすっと引いたが、でもこの状況をどうしていいのか分からない。
だから怖々とキリルを呼べば、途端に彼はびくりと肩を振るわせた。
見えた感情は怯えだった。
「あ…、その……、ちょ、ちょっと、すみ、ません…っ!」
そのまま走り去るキリルを誰も止めない。
大半の人は部屋の雰囲気に呑まれ、そうではない人は止めない方がいいと判断した。
「らしくないな、ルクス。」
静まり返った部屋の中で、何処か呆れたようなキカの声が響いた。
「お前の言っている事は正しかった。だがらしくない。キリルはお前の気迫に呑まれていて、どこまで理解出来たか。」
普段滅多に感情を表に出さないルクスだが、怒らせた時はとにかく怖い。
酷く重苦しく静かなこの部屋が証拠だ。
その怒りの全てをキリルは向けられた。
今まで逃げずにいた事は褒めたいくらいの事だ。
「どうした?」
「………、話そうと、思ったんです。ちゃんと…説明を…。」
キリルは話せばちゃんと理解をしてくれる人だ。
意見を違えても、少し頑固な部分があるが、出来る限り歩み寄ってくれる。
「でも…、気付けば叫んでいて…、どうして…。」
分からなかった。
こんな事は初めてだ。
頭が真っ白になる、何も考えられるに感情だけが先に立った、こんな事は。
でも、2つだけ。
キリルを無駄に怖がらせた事と。
それを酷く辛いと自分が感じている事は、理解が出来た。
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