その5



*ハーヴェイとシグルドがオベルの王宮近衛兵でルクスとキリルが海賊





 ドンという大きな音が立て続けに二回ほど聞こえたと思ったら突然船が大きく揺れた。
 嫌な揺れとそれに伴う軋みに、ルクスは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げる。
 まだ夜は明けていない。
 ルクスがベッドから身を起こす時間まではまだかなりの余裕がある。
 しかし今の揺れは気まぐれな波や風のせいでも、海中に住む魚達のせいでもない。
 それなりに長く船上にいるのだから、揺れひとつで大体の状況は読む事が出来る。
 全ての始まりであろうドンという音は紛れもなく大砲の発射される音。
 次のドンはそれが船スレスレの海面に落とされた音。
 そして最後の大きな揺れは大砲が海に落ちた事により作られた大きな波のせい。
 直接船に落とされたのならもっと直接的な衝撃に襲われるはず。
 分析中でも容赦なく聞こえてくるドンという音、そして船の揺れ。
 しかし大砲が船に当たったような衝撃は未だこない。
 威嚇攻撃だ。
 海賊なんてやっているのだから恨みや妬みなんてものは全く気にならないし、理由も判らず突然喧嘩を仕掛けられる事もある。
 同業者か、もしくは軍の保安部隊か。
 何にせよ売られた喧嘩は無条件で買うだけだ。

 この船には船長が何故かふたりいる。
 ややこしい事この上ないが、本人達以上にクルーが諦めてしまっているので仕方ない。
 せっかくふたりもいるので朝と夜にそれぞれの船長を置く事にした。
 さて、夜勤組を統括するもうひとりの船長はこの状況をどう判断するか―――――。

 しばらくベッドの中で様子を窺っていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
 夜勤についている部下からの状況報告だ。
 相手は同業者一隻。
 見覚えのない旗を掲げているので、単なる荒くれ者の無差別物取りのようなものだろうとの事。
 もうひとりの船長であるキリルが夜勤組の部下達と共に喧嘩を買いに行ったという。

 ドア越しから報告にきた部下に礼を言って下がらせたあと、ルクスはふっと小さく息をつく。
 キリルが自分達だけで大丈夫と判断した喧嘩なら、ルクスが口出しをする事は何もない。
 遠くから聞こえてくる騒がしい雄叫びと波の音。
 それを聞きながら、ルクスはそっと瞳を閉じた。





その6






「暇だー」
 前にも同じセリフを聞いた気がする。
 城周辺の見回りの最中に急にそんな事を呟き始めたパートナーであるハーヴェイに、シグルドは判りにくく顔をしかめた。
 今は休憩時間でも休日でもない。
 オベル王宮近衛兵として見回りをしているのだから、それ相応の態度を崩す訳にはいかない。
 ハーヴェイもそれは判っているのか、しっかりと前を見据え、姿勢や表情は全く崩していない。
 しかし口から出てくる言葉は緩いの一言だ。
 それをシグルドだけに聞こえるように呟いてくるのだからタチが悪い。
 今や平和を謳歌するオベル。
 もはや「暇」や「退屈」はハーヴェイの口癖になりつつあった。
「……そんなに暇なら自分で少しでも変えてみればいいだろう」
 そんな愚痴を聞き流すのが段々面倒になってきたシグルドは、ある提案をハーヴェイにする事にした。
 案の定乗ってきたパートナーに、同じように前を向いて見回りを続けながら小さく口を開く。
 ただ歩いて周囲を見渡しているだけではなく、何か目標でも立ててみてはどうか、と。
「例えば見回り中に何歩は必ず歩くとか、ゴミ拾いでもしてみるとか、最初から最後までスクワットで見回り出来たら夕食のおかず追加とか、そういう目標を」
「おい、何だよ最後のは。見回りじゃなくて完全にただトレーニングしてる人じゃんか」
「だから例えばの話だ」
 あとは自分で何とかしろ。
 それだけ言うとシグルドは未だブツブツと何事かを言っているハーヴェイを残して、ひとりでさっさと歩みを速める。
 愚痴を聞くのは構わないが、何度も同じ内容を繰り返されるのはごめんだ。
 これでもまだ繰り返されるようなら、いい加減セット扱いに異議申し立てをしてパートナーを替えてもらおう。
 そんな事を少し本気で考えてしまったある日の見回りだった。





その7






「目標発見」
 甲板に立ち双眼鏡で前方を確認していたキリルがそう呟き後ろを振り返る。
 それを確認したルクスは小さく、でもしっかりと頷いた。

 昼間食料調達の為街に出たクルー数名が襲われた。
 目的は購入したばかりの食料と余った金。
 効率よく買い物を済ませる為皆バラバラで動いていた時を狙い、卑怯にも一人を数人がかりで襲ったという。
 荷物と金を盗られ、襲われた際に怪我は負ったものの、幸い皆命に別状はなかった。
 しかし、だから良かったねと不幸中の幸いを喜んだり泣き寝入りをするつもりは毛頭ない。
 襲われたクルーの一人が、相手が誇らしげに翻していた旗のマークを偶然覚えていた。
 つまり犯人は同業者。
 計画的犯行か突発的犯行かはあまり関係がない。
 重要なのは自分達の船のクルーが襲われたという点、ただひとつだけだ。

 クルーが襲われてからあまり時間が経っていないのでそう遠くにはいっていないだろうと思っていたが、案の定結構簡単に見つける事が出来た。

 さあ、盗まれたものを返してもらいに行こうか。
 それと襲われたクルー達のお礼参りと、ついでに仕返しとして連中の食料とお宝でも頂く。
 それくらいは当然だ。
 先に喧嘩を売ってきたのは向こうなのだから。
 こちらが双眼鏡で確認出来るという事は、あちらの見張りにも気付かれているという事。
 警戒されて逃げられる前に一気にしかける。
 わざわざ旗を翻すくらいだからその心配もないだろうが、じわじわ攻めるのはあまり趣味ではない。

 キリルは双眼鏡をクルーに預けると、代わりに隣に立てかけておいた武器を手に取る。
「さあ行こう」
 挑戦的な笑みを相手に投げつけ、全速前進を高らかに指示した。





その8






 最近王宮近衛兵による海上パトロールが頻繁に行われている。
 近衛兵とは君主を警衛する君主直属の軍人、軍団の事を指すが、荒くれ者が増え続ける海を放置する事は、イコール主君の身を危険に晒す事に繋がりかねない。
 そこで海上保安の人間と協力して二十四時間体制のパトロールを行う事になったのだ。
 陸での戦闘とは違い海では砲撃が主な戦力となるが、訓練や実戦で戦場の雰囲気に慣れた近衛兵達は多少の畑の違いなどにも動じず、すぐ臨機応変に対応してしまう。
 更に上手く接近戦に持ち込めれば、もう怖いものなしだ。
 そんな近衛兵達が海を縄張りにする海賊達にとって無視の出来ない存在になるのに、時間はかからなかった。

「また同業者がやられたって」
 オベルの情勢を伝える情報紙を片手に、キリルは器用にフォークでパスタを絡め取って口へと運ぶ。
 あっさりとした味わいと舌触りが好きで、目は細かな文字を追いながらもフォークを持つ手が止まる事はない。
 合間合間に交わされるのは海賊と名乗るのならば決して避けては通れない敵の事。
 同じテーブルにつき食事をするルクスは、小さく頷く事でそれに答えた。
「まああそこはやる事が突拍子なさ過ぎたし、それに酷く派手で乱暴だった。目をつけられて当然だ」
 さほど興味がないといった風に息をつき、キリルはすぐに別の記事へと視線を落とす。
 同業者が自分達の縄張りに入り込んでも容認出来るのは均衡が取れる相手の時だけ。
 自分は好きにします、でも自分以外は許しません、ルールなんて知りません、なんていう自分勝手極まりない連中を野放しにしておけるはずもない。
 いい加減決着をつけようと思っていたところにこの記事だ。
 キリルやルクスにしてみれば、面倒事を王宮近衛兵達が片付けてくれた事になる。
 相容れない相手ではあるが、そこは素直に感謝した。
「いずれこの船の前にも現れるかな」
「現れるだろうね、僕達海賊だし」
「キリル君、楽しそう」
「ルクスだって」
 キリルは情報紙からチラッと視線を持ち上げ、ルクスとにこやかに視線を交わす。
 そこにあるのは純粋な興味だ。
 驚異の対象に恐れおののくより先に、その強さと勝負してみたいという好奇心。
 皆が意識するその相手を見てみたい、刃を交えてみたい。
 期待外れなら、それはそれで別の興味に移ればいいし、期待通りなら期待通りで楽しみが増えるだけ。
 せっかくこの広い広い海に出たのだ。
 もっともっと色んな相手に挑戦してみたいと思う。
 勿論、こんな事を考えられるようになるまでには随分と時間がかかった。
 挑戦したところで返り討ちに合うようではまるで意味がないのだ。
 過信でもなく自惚れでもなく強がりでもなく、自分達の船が最強だと何の疑いもなく言えるその自信を持って、初めて感じる事の出来るその『楽しみ』。
 それはどんな極上の料理よりも魅力的で、どんな殺伐と混乱の激戦区よりも刺激的だ。

 さあ、数々の同業者に一目置かせるその腕で自分達も脅かせてみろ。





 






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