その1



*ハーヴェイとシグルドがオベルの王宮近衛兵でルクスとキリルが海賊





「明日のお仕事は身辺警護じゃなくて、この近辺で好き勝手暴れまわってる海賊の討伐だとよ。ったく面倒くせー」
 兵舎の一室で一枚の紙を手にしていたハーヴェイは、その内容に目を通すなり盛大にそれを宙へと投げつけ勢いよく己のベッドへと腰を下ろす。
 大きく軋むベッドの音。
 同室であるシグルドは、またかと小さくため息をつきながらヒラヒラと舞い落ちてくるそれを器用にキャッチした。
「口を慎め。いくら文句を言おうが何も変わらない」
「そうだけどよー、何でこっちにこういう仕事が回ってくんだよ。専門の奴らがいるだろうが」
「さあな。役に立たないからじゃないのか」
「おーおー、相変わらず厳しいね、お前は」
 膝に肘をつき大きなため息をつくハーヴェイを一瞥したあとに、シグルドは改めてその紙に視線を落とす。
 それは本日一部の近衛兵に配られた任務の詳細が記された書類だ。
 王宮近衛兵は何チームかに分けられ、その中で月ごとに出るシフトをもとに任務や警護に当たる。
 今回のように他の隊の助っ人や特別任務などで急遽かりだされる時は、該当兵士を集めて直接言い渡したり、こうして書類を配って各自目を通してもらうようにしている。
 書類で回ってきたという事は、今回はそんなに大人数ではないようだ。
 書類に記されている名前を見れば一目瞭然。
 ハーヴェイ、シグルド、そしてある程度名の知れ渡っている兵士が数人。
 いわゆる少数精鋭というやつだ。
「俺だって討伐自体は別にいいんだよ、身辺警護だけじゃ身体鈍っちまうし」
 ただ。
 そう言葉を切ったハーヴェイは、顔をしかめて大きなため息をつく。
「お前の言う役に立たない連中にあれこれ命令されて動かなきゃなんねーのが面倒ってだけだ」
 そう、今回はあくまでも他部隊の助っ人して呼ばれただけなので、当然向こうのリーダーの指示のもと行動しなければならない。
 しかしシグルドの言う通り、相手はあまり腕のある指揮官ではないようだ。
 書類に上がっている名を見てもそれがよく分かる。
 とりあえず腕の立つ人間を引っ張ってこようという魂胆が見え見えだ。
 それぞれの持つ性格や武器などはある程度名前が知れていれば判りそうなものだが、そういった相性も何もない、バランスも何もあったものではない。
 そもそもリーダーならば、他からの助っ人など期待せず、いる人間だけで何とかしようとするものではないだろうか。
 本気で人手が足りなかったらこんな少人数の助っ人など考えられない。
 もしかしたら一兵士が考えられないような深い深い事情があるのかもしれないが、そんなものは関係ない。
 だって自分達は一兵士に過ぎないのだから。
 一度白けてしまうとこの任務が終わるまではずっとこんな気分のままだ。
 しかし下った命令は絶対なので、どうせやるならもっと盛り上がって臨みたいとハーヴェイは考える。
 どうしたものかと頬杖をつきながら思考を巡らせているとふとある事を思いつき、顔をあげてニヤッと口元に意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうだ、もうあいつ等が海賊にやられるのさり気なく待ってさ、その開いた穴にお前入って指揮とか出せよ。絶対そういうの向いてると思うんだよなー」
「そんな事したら王宮近衛兵の力もたかが知れてるって俺達の力量まで疑われるぞ」
「……判ってるって、言ってみただけ。マジになるなよ、冗談だって」
 両手を軽く上げ肩をすくめて見せると、シグルドは小さくため息をついて、手にしたままの書類をテーブルの上へと置いた。
 ただまともな指揮を出せるまともなリーダーのもとならば気持ちよく任務をこなせる。
 そう思ってそれをそのまま口にしただけで、ハーヴェイも現実にしようとは間違っても思ってはいない。
 白けた気持ちを少しでも浮上させるためだ。
 多少縁起でもない発言だとしても、それくらい許してほしいと思う。
 その代わり、好かないリーダーのもとでも期待以上の働きをしてやるから。
「仕方ねー、大人しく助っ人してやりますか」
「どうせ初めからどやされない程度に大暴れするつもりだったくせに」
「おいおい、それ何か人聞き悪いから運動って言ってくれ」





その2






 王宮近衛兵の朝は早い。
 夜勤担当の人間以外は朝日を浴びながらの合同訓練から一日が始まる。
 朝起きて朝食を済ませ、決められた時間に集合し、決められた時間訓練をし、決められた時間に解散、チームごとに持ち場へと散っていく。
 由緒正しきオベル王宮近衛兵。

 しかし、何か。

「退屈だよなー」

 警護の合間の貴重な休憩時間中。
 頬杖をつき明後日の方向を見ていたハーヴェイが唐突に呟く。
 前後の会話など何もなく普通なら疑問符が頭に浮かぶところだが、しかし机を挟みハーヴェイと向かい合って座り共に休憩をしていたシグルドには何となく察しがついてしまう。
 長年の付き合いとは恐ろしいと、小さなため息が漏れた。
「……お前はまたそういう事を……」
「だって毎日毎日飽きもせず同じ事繰り返してんだぜ、退屈にもなるだろう? 近衛兵になった事を後悔してるわけじゃないけど、もう少し変化が欲しいよな」
 確かにハーヴェイの言う事は最もで、それ自体を望むのは決して悪い事ではない。
 しかし実際には多忙な日々に見る夢物語だ。
 変化を望みながらも、任務や訓練に追われ行動など伴うはずもないし、下手をすれば考えている時間すら危うい。
 ただ待っているだけでは変化など訪れない。
 それは誰でも判る事。
 だから変化なんて単なる夢物語。

 しかしハーヴェイの怖いところは妙な行動力があるという事だ。
 望みのために何か仕出かそうとしても全く不思議ではない。
 ハーヴェイとの長い付き合いが、シグルドに嫌な予感をビシバシと突き付けてくる。
 頼むから自分がフォローできる範囲内であってくれ。
 休憩時間終了の合図とシグルドのため息が綺麗に重なった。





その3






 勝手気ままな海賊船。
 行く手を邪魔する船があるならばとりあえず話し合いを持ちかけ、解決しなければ実力行使。
 そうすれば大体が逃げるか、溜めこんでいた貴金属や水や食料を差し出されるので快く見逃してやる。
 逃げるのならば追う事はしないし、差し出されるのならば有難く頂戴するまでだ。
 それでも稀に最後まで立ち向かってくる海賊達もいる。
 訳が判らないまま負けたとあっては末代までの恥だと、自分達が掲げた旗に顔向けが出来ないと。
 そういう人間達には、こちらも全力を持って相手をする。
 勿論船は壊さないし、死人も出さない。
 やるとすればギリギリまで貴金属や水や食料をはぎ取るくらい。
 理由は簡単、船を壊したり死人を出すのは後々面倒で後始末も面倒だからだ。
 こうして面倒を避けつつ本当に風の向くまま気の向くまま、大海原を漂い続ける。

 しかしクルー達は避けているはずの面倒を、何故か船内に抱えていた。

「船長」
 夕食時、ひとりのクルーがひとつのテーブルに近づき声をかける。
 そこにはふたりの少年が座っていた。
 ふたり向き合って座り今日の夕食のメインであるパスタを黙々と頬張っている。
 テーブルの前に来て声をかけているのだから、当然ふたりにこのクルーの声は聞こえている。
 しかし双方返事をしようとしない。
 ひたすら自分の目の前にある皿に手を伸ばしている。
「あの、船長」
 痺れを切らせたクルーがもう一度声をかけると、手は動き続けているものの目線だけは上げてくれた。
「呼んでるよ、キリル君」
「何言ってるの、君の事呼んでるんだよ、ルクス」
 上げてくれたが、飛び出してきた言葉には何の解決も見出せなくてクルーは立ちつくしたまま人知れずため息をつくしかない。
 クルーに向けていた視線をすぐに向かい合う相手へと移動させそんな事を云い始める少年達は本気だ。
 本気で傍から見れば信じられないような事を平気で口にしている。
 これで混乱が起きないのだから、この船そのものが相当なものだ。
 いや、最初は確かに混乱した。
 周囲が混乱するから本人達も混乱し、面倒で訳の判らない事態に陥った事もある。
 しかし「船長」と呼べば当たり前のように何度も何度も繰り返されれば、いい加減慣れるというもの。
 本当はこんな事に慣れてはいけないのだが、しかしここまできてしまえばもう慣れるしかない。
 君が、君がと永遠続けている本人達を無視し、至極冷静な声音が降り注ぐ。
「どちらでもいいので自分の話を聞いて下さい」

 どちらが船長なのかクルー達も、本人達でさえも把握出来ていない。
 この船は本当に大丈夫なのだろうか。
 このまま乗っていて大丈夫なのだろうか。
 クルー達の不安と面倒は続くのだった。





その4






 豪快なくしゃみが謁見の間に木霊する。
 緊張感に静まり返ったこの場には酷く不釣り合いで、反響しどこまでも広がりをみせるそれ。
 今は明日この場所にやってくる予定の他国の使者を迎える際の護衛位置の確認中だ。
 しかも丁度指揮官が「緊張感を持って任務に当たるように」としめようとしていたところである。
 タイミングが悪いにもほどがある。
 当然一気に視線を集める事になった豪快なくしゃみを生み出した男。
 そんな男の隣に立つシグルドは視線を向ける事すらできずに小さなため息をついた。
 目立つ事が好きな男だと思っていたが、まさかここまでとは。
 このままだと自分に向く突き刺さるような視線に「わざとじゃないから仕方ないだろう」などと目を覆いたくなるような言い訳をしかねない雰囲気に、さり気なく腕を小突いて注意を促す。
 案の定不満そうな視線を寄こしてきた相手を完全に見下ろす形で牽制すれば、しぶしぶながらも短い謝罪の言葉を発する。
 その姿に牽制しておかなければ今頃事態はもっと面倒になっていたのだろう事を確信したシグルドは、長年の付き合いで培った(つちかった)経験と勘に感謝せずにはいられない。
 この男絡みで起こった面倒事には、問答無用、十中八九巻き込まれるのだから。





 






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