1月『正月三が日』
1年が終わる瞬間を、結局片方は寝てしまったが、一緒に過ごして。
1年が始まった日は、たくさんの料理を用意したりして、一緒に過ごして。
最後の日と最初の日をとても楽しく過ごした。
そんな気持ちをいっぱいに抱えていたルクスとキリルは。
新年2日目の食堂の様子に、ルクスは呆れ、キリルはただ驚いていた。
「ああ、ルクス様。キリル様。おはようございます。」
2人の姿を見つけたシグルドがにこりと笑った。
いつも通りの笑顔だが、今ばかりは酷くおかしな表情に見えた。
「えっと…、おはようございます…、シグルドさん。」
「………、おはよう。」
「言いたい事は多々あるとは思いますが、今日ばかりは見逃していただけると嬉しいですね。」
「シグルドも?」
「まさか。私は少し前に来ただけです。」
シグルドの隣にはハーヴェイが座っている。
正確には机に突っ伏している状態。
そうしてルクスとキリルの声に何も反応しない。
そんなハーヴェイの様子にルクスは息をついて。
けれどまだマシな方か、と周りを見た。
同じように机に突っ伏している人や、床に倒れている人までいる。
何が起きたかなんて簡単に分かる。
一晩中飲み明かした結果、酔い潰れただけだ。
どれだけ飲んだのかは、空き瓶やグラスは片付けられているので分からない。
ただ倒れている人達の様子を見れば、相当な量だった、という事だけは分かる。
「ハーヴェイさん、寝ているんですか…?」
「いえ。起きてますが、反応する気力がないだけです。」
そう言ってシグルドは酒の入ったグラスに口を付ける。
多分ハーヴェイが残した物だろう。
朝から酒を飲むくらい、食堂の惨状に比べれば可愛いだろう。
「倒れている人達、部屋に運んであげないと…。」
「放っておくには邪魔だしね。」
「えっと…、邪魔というか…、床で寝るのは可哀想かなって…。」
「自業自得。」
「………、まぁ、そうとも言えるけど…。」
一言で終わらせるルクスにキリルは苦笑いをする。
でももう少し時間が経って人が動き出せば男手を集めて彼らを回収するだろう。
ルクスはそう思って、相変わらず動かないハーヴェイを見る。
「シグルド、これどうする気?」
「そうですね…。とりあえず朝食を取りたいので、それまで放っておこうかと思ったのですが。自力で帰ってくれれば1番良いんですけどね。」
「水でも持ってこようか。」
「いいですね。出来ればバケツで。」
「勿論。」
「え?何でコップじゃなくてバケツ?」
「コップじゃ頭が濡れるだけだよ。」
「本当は海に放り投げてやりたいんですが、流石にこれじゃ溺れますからね。」
「………、かけるよりも飲ませてあげた方がいんじゃ…。」
「甘やかさない。」
「自業自得です。」
年が変わった程度で変わるわけもない2人の様子にキリルはただ苦笑する。
そして2人の声を本気と理解したのだろう。
ハーヴェイが低く呻くような声を漏らし、ようやく動いた。
「………、自力で戻るから、あと1分よこせ、マジで…。」
新年早々容赦ない、と言ったハーヴェイの小さな泣き言に。
ルクスとシグルドは、新年だからだ、と容赦なく切り捨てていた。
2月『バレンタインデー』
「もうすぐバレンタインだからだろ? まあくれるって言うなら貰ってやるけどチョコは勘弁だな。俺甘いの嫌いだし」
「女性のイベントというイメージが強くてあまり詳しくは……あ、でも最近は友チョコとか世話チョコというのも流行っているようですよ」
最近船内の女性が若い子達を中心に何だか慌しい。
その事を何気なく話題に出したキリルは、ハーヴェイとシグルドからそんな回答を貰った。
バレンタイン。
もうそんな時期かとカレンダーを見上げる。
女性がチョコにありったけの勇気と想いをこめて好きな男性に贈り、想いを告げる日。
たまたまこの時期に食料の買出しに出た事があるが、どこもかしこもピンク色が溢れてて女性も溢れてて驚いた記憶がある。
それによりキリルもシグルドと同じ、バレンタインは女性の為のイベントという認識を持っていた。
しかし最近では友達同士で交換する友チョコや、普段お世話になっている人に感謝の気持ちをこめて贈る世話チョコというものもあるらしい。
バレンタインはその想いをチョコというひとつの形にして相手に贈る日。
普段渡せない想いを渡す日。
自分は男だけどこのイベントに便乗して普段の感謝の気持ちを形にするのもいいのではないか、そう思った。
「よし!」
思い立ったら即実行。
キリルはとりあえず一番感謝の気持ちを伝えたい相手のリサーチに走った。
ハーヴェイのように甘いものが嫌いと言うのなら「感謝の形」は変えなければならない。
相手がより喜んでくれるものを。
そう考えるのは自然な事だろう。
走り寄ってくる足音に気付いたのか、相手がゆっくりと振り返る。
その視線がこちらの視線と重なった瞬間、キリルは笑顔でこう問うた。
「あのね、ルクス。チョコって好き?」
3月『ホワイトデー』
ハーヴェイもシグルドも、お互いイベント毎に細かい性格ではなかった。
皆で楽しむという事は好きだし、それが酒の席であれば尚良いと思う。
だが個人の間で行われるようなイベントはどうも忘れがちだった。
先月キリルがバレンタインの事で質問に来た。
例えばそういったイベントだ。
キリルの質問に答えた後、そういえばそんなものがあったな、という程度の会話でハーヴェイとシグルドのバレンタインは終わった。
特に何事もなかった。
お互いに何もしないのはいつもの事だし。
稀に今のように海賊仲間以外の女性と長く過ごす機会があれば贈ってくる人がいるが、受け取る必要性はないので断っている。
だからバレンタインデーは何事もなく終わって。
勿論貰ってはいないのだから、ホワイトデーも何事もなく終わる。
それがいつもの事なのだが。
ホワイトデーと呼ばれる日に、ハーヴェイとシグルドの前に酒の瓶が1本置かれた。
「………、何だ、これ?」
テーブルに置かれた酒を見て、それから酒を置いた2人へと目を向ける。
無表情に2人の前へと酒を置いたルクスは、ぱちりと瞬きをしてから。
「酒。」
見れば分かる事を酷く真面目な顔をして言った。
「そうじゃなくてだな!」
「どうしたんですか、これは。」
「買った。」
淡々とルクスは答える。
何だかいつもより言葉が少なく思え、その為か何を考えているのかさっぱり分からない。
隣にいるキリルはただにこにこと笑うだけ。
ルクスとは別の意味で何を考えているのかよく分からない。
とりあえず2人はもう1度酒の瓶を見る。
ハーヴェイとシグルドが揃って好きな酒だった。
だが結構高価な物だ。
だから滅多に飲む事はない。
それを酒を飲まないルクスとキリルが買ってきて、2人の前に置いた。
「………、私達に、ですか?」
「そう。」
「今日、ホワイトデーですから。」
「お前、何か贈ったのか?」
「いや。お前は?」
「贈るわけねぇ。」
「だよな。」
じゃあこれは何なのか。
不思議そうな目で酒を見ていれば、キリルが不安そうな表情を見せた。
「あの…、もしかして、贈られても困る物でしたか?」
「あ、いいえ。好きな物なのでとても嬉しいのですが…、どうしてかと思いまして。」
「はい。ホワイトデーですから。」
「だからそれが何でだって言ってんだよ。」
今日はお返しをする日だ。
ハーヴェイとシグルドは全くの無関係。
さっぱり意味が分からない。
「だって、バレンタインデーの前に色々助けてもらいましたから。あの時の言葉のお返しと思いまして。」
助けたと言ってもほんの少し質問に答えた程度だ。
お礼を、しかも高価な酒を貰うほどじゃないのに、キリルはにこりと笑うだけ。
じゃあルクスは何だろうかと思えば、困惑した様子でルクスは俯いた。
「………、プレゼントが、嬉しかったから…。」
「あぁ…。」
大切な人のいるバレンタインが単純に嬉しくて、だから助言をした自分達に礼をしたくなったのか。
そう思えば普段以上に彼の言葉の少ない理由が分かった気がした。
「つまり照れてんのか、お前。」
「………。」
無言の肯定だった。
それにハーヴェイとシグルドは笑って、ハーヴェイが酒の瓶を手に取る。
本当にただ質問に答えただけだが。
これは単純に好意の結果だから、ありがたく貰うのが1番良いのだろう。
変な日だな、と2人は思った。
ホワイトデーは本来こんな日ではないだろう。
また彼らは勘違いをしているのか、ただ酒を贈る口実がほしかったのか。
どちらにしろ微笑ましくて、ただ嬉しかった。
「よっし、じゃあお前達も飲め。」
「え!?」
「飲めない。」
「平気ですよ。少し強いですが、飲みやすい物ですから。」
だから楽しみは皆で分け合おう。
そう言ったハーヴェイとシグルドの笑顔に、ルクスとキリルは困ったように笑いながら、でも嬉しそうに頷いた。
4月『桜祭り』
季節は春、風が冷たさから温かさへと変わる季節。
丁度停船した街でそれにちなんだ祭りを盛大にやっているようだ。
満開の桜に囲まれて、出店なども多く集まり、大道芸などイベントも多数開催されているとの事。
それを聞いたキリルは早速ルクスを誘って船を降り、街に繰り出している。
賑やか且つ華やかなその場の雰囲気に包まれるのも悪くない。
悪くないが、しかし。
「離れたところから全体見渡すってのもまた乙だよなー」
甲板の手すりに頬杖をつき、賑やかな街と華やかな桜を眺める。
満足気にそう呟くハーヴェイに、同じようにして隣に立つシグルドが静かに相槌をうった。
お祭り好きのクルー達はほとんど騒ぎに参加しに行っているようで、普段の騒がしさは綺麗にナリを潜めている。
聞こえてくるのはチャプチャプという控えめな波と、遠くから聞こえる和太鼓や尺八などの音楽と楽しそうな笑い声。
何て平和で穏やかな時間。
適度な風の温かさが更に拍車をかける。
あまりにものんびりと時間が過ぎるので、気付けば緊張感の欠片もない気の抜けた状態になってしまうが、不思議と嫌な感じはしない。
「あー、酒飲みたくなってきたー」
「飲むなら自分で持ってこい」
「ケチ」
「何とでも」
ふたりの視線はぼーっと桜に注がれたまま、気のない会話が続く。
呟き気味の小さな声も気のなさの現れ。
しかしやはり嫌な感じはしなかった。
楽しい祭りに参加するのもいいが、たまにはこんな小休憩も悪くない。
何を考えるでもなく、ただひたすらぼーっと何かに見入る時間。
視線の先で、イタズラな風がピンクの花弁を一斉に攫った。
5月『子供の日』
ほら、と。
突然目の前に置かれた皿に、ルクスはきょとりと皿を置いた人物を見上げた。
「………、何?」
見上げた先にいたハーヴェイに尋ねる。
彼はやけに機嫌の良さそうな笑みを浮かべて。
「柏餅。」
短く答えた。
そんなのは聞かなくても見れば分かる。
少し不機嫌そうにルクスが無言で目を細めたが、ハーヴェイの笑顔は崩れなかった。
皿の上には確かに柏餅が置かれている。
というか、積まれている。
1つや2つならまだしも、何故か皿に山盛りになっている柏餅。
一体何事かとルクスが思っても不思議ではなく。
聞きたかったのは山盛りになっている理由と、それを自分の前に置いた意味だ。
何をしたいのかさっぱり分からなくて無言で睨んだ。
言葉を変えて再度尋ねる気はなかった。
ハーヴェイはルクスが何を聞きたいのか正確に分かっている筈なのだから。
「ほら、今日はあれだろ?子供の日。」
「………、で?」
「だから祝ってやろうかなって。」
やっぱり聞きたい事はほぼ正確に伝わっていた。
だが答えとしては中途半端。
ついでに新しい疑問も湧いてきた。
「何で山盛り。」
「勢いだ。お前に子孫繁栄の縁起担いだって、ほぼ無意味だろうとは思うんだけどな。」
「それ以前に何でボクに子供の日。」
「子供だろ?」
「年齢的に無理がある。」
「精神的にそうでもねえって。」
今度ははっきりと苛立ちを込めて睨んだが、ハーヴェイは笑っただけだった。
「結構切実に願ってるんだからな。お前達の健やかな成長ってやつをさ。」
小さな事でオレ達を巻き込まない程度になってくれよな、と。
そう言うハーヴェイを睨んでも意味はないと判断し、とりあえずルクスは目の前に置かれた皿の天辺から柏餅を取る。
柔らかい餅と控えめな甘さの餡は素直に美味しいと思った。
だが量が多い。
嫌がらせなのか、本当に勢いだったのか、後でハーヴェイも食べる気だったのか。
判断が難しかった。
「あれ、何食べてるの?」
ふと聞こえた声に振り返れば、キリルが皿に積まれた柏餅を不思議そうに見ていた。
一緒にいたシグルドも同じで、これはハーヴェイの単独犯らしい。
食べる、と尋ねれば、キリルは嬉しそうに頷いた。
「でも、こんなにいっぱい、何かあったの?」
「ああ、それは…。」
きっと同じ事を言い出すだろうハーヴェイに、ルクスは食べ終わった柏の葉を顔目掛けて投げつけた。
黙ってろ、という意思表示。
キリルは不思議そうにしていたが、シグルドはそれで察したようだ。
「頂いた物なのですが、食べ切れなかったので持ってきたんですよ。遠慮せずにどうぞ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
シグルドが適当に誤魔化した理由でキリルは十分に納得したようだ。
美味しいね、と言われてルクスは笑顔で頷いた。
遊ばれた感はあるが、柏餅に罪はないだろう。
量に問題があるが、甘い物が好きな人に配れば単純に喜ばれるだろう。
あともう1つと手を伸ばせばやっぱり美味しかった。
6月『梅雨』
雨が降っている。
ここ数日の間ずっとずっと、空に広がるのは重い雲。
地面に広がるのはそんな重い雲から流れ出る雫。
海原の表面も、そんな細かな雫が叩く衝撃で波紋を作る。
「でも風がなくて良かったよね」
そんな海原を部屋の窓から頬杖をついて見つめていたキリルが静かに口を開く。
「海はこんなに穏やかだ」
瞳を閉じればしとしとと控えめな雨の音。
それはまるで子守歌のように、いつまでも優しく鼓膜へと届いていた。
NOVEL