端から端まで



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 相手の好きなところをいくつでもいいので言ってください。

 そんな唐突な質問には、目を丸くした後に、考え込んだ。
 いくつでもいいので、と言うのだから。
 1つだけでも言えば、この質問には答えた事になる。
 けれどぱっと言葉は出てこない。
 好きなところ。
 そう聞かれても、ここです、なんて簡単に口にできる性格はしていない。
 相手もそれは分かっている筈だ。
 それなのになんでこんな質問をするのだろうか、と。
 考えるべき事が変わってしまったのと同時に。

 それじゃあ、相手への文句をいくつでもいいので言ってください。

 唐突な質問は勝手に次へと進められた。
 随分と両極端な質問だ。
 けれど今度はぱっと言葉は出てきた。
 いくつでもいいので、と言うのだから。
 言えるだけ言えという事なのだろう。

 もう少し落ち着きがあればいい。
 こちらの都合も考えずに振り回してくるから困る。
 あの無神経さは何とかならないのか。
 子供のような遠慮のなさは時折本当に頭にくる。

 そんな文句を取り留めもなく言葉にしてみたが。
 ふと、相手を見たら。
 なんだかとても嬉しそうな笑顔を向けられていて。
 ああ失敗した、とその時になってようやく気付いた。
 いくら文句を言ってみたところで。
 結局根底にある気持ちなど、何も変わらないのだから。

「よう、こんな所にいたのか。2人で何やってんだ?」
「………、おい、ちょっと1発殴らせてくれないか。」
「………、は?」

 いくら不満を重ねたところで傍にいるのだから、結局それら全部ひっくるめた片割れが大切だ、なんて。

 簡単に認めるのが悔しくて八つ当たりの許可を相手に求めてみたが。
 その言葉にすら、質問を投げかけてきた相手は、ただ笑って聞いているだけだった。





運命は信じない






 突然ルクスはその言葉を呟いた。
「運命を信じてる?」
 その呟きは、周りに広がるにはとても小さくて短くて、簡単に食堂の騒音にかき消された。
 けれど、ルクスの声は強くて綺麗に通るものなので、隣にいるハーヴェイが聞き逃す事はなかった。
 ハーヴェイは驚いた様子でルクスを見る。
 ルクスは頬杖をついて何を見るわけでもなく何処か遠くへと目を向けていた。
「………、なんだその食堂で話すには微妙に重い話題。」
 とりあえず聞いてみるが、反応はない。
 もう1度疑問で返せば、じゃあいい、とこの会話は終わるだろう。
 ほんの時折ルクスはぽつりと自分の内側の事を言葉にする。
 けれどそうと気付くのは難しい。
 元々言葉の少な人なので、告げられるのはほんの一言か二言。
 自分の内で1番不思議に思った事をぽつりと脈絡なく声に出すので、前後関係も分からないし、聞いても答えない事が多い。
 ただ呟かれた言葉に。
 ただ素直に答える。
 求められているのはそれだけ。
 こんな事は何度かあったので、流石に理解したハーヴェイは、乱暴に頭をかいてルクスと同じ方向へと目を向けた。
「運命…ねぇ…。」
 今まで自分の思うまま生きていた、とハーヴェイは思う。
 海賊になったのも。
 その先でキカに出会い、彼女の下についた事も。
 シグルドと出会い、片割れとして認めた事も。
 何もかも全て。
 誰に何を言われたわけではなく、ずっと自分で決めてきた。
 そう躊躇いなく言えたから。
「そんなもの、オレが信じてるわけないだろう。」
 答えてからルクスの左手に視線を向ける。
 宿った真の紋章。
 世界を満たす力の1つ。
 強大な力を持つそれへ、宿主であるルクスは思う事はたくさんあるだろう。
 けれど流石にそれはハーヴェイには理解出来ないので。
 信じてない、と繰り返す。
「オレがキカ様について、シグルドと一緒にいて、今お前に相談されて。いくらなんでも、そこまで決めてらんないだろ。」
「………。」
「だから信じない。そんなもの、ありはしない。」
「………、そっか。」
 きっぱりと言い切ってやれば。
 安心したようにルクスは小さな笑みを浮かべていた。





笑みを零すだけ






 それは他愛のない時間だった。
 ハーヴェイさん、とその姿を見つけたキリルが名を呼び、よう、とハーヴェイが自分を呼んだ青年へと片手を上げた。
 特にキリルはハーヴェイに用事があったわけではない。
 でも姿を見つけたのでつい呼んでしまった。
 苦笑してそう言えば、暇だったからちょうどいい、とハーヴェイは笑った。
 その笑顔がキリルは何だか好きだった。
 ルクスのとても小さくてけど綺麗な笑顔とは違う。
 シグルドの穏やかで優しい笑顔とも違う。
 ハーヴェイのはとても明るくて安心するような笑顔だな、とキリルは思っている。
 ルクスもシグルドのも好きで、そしてハーヴェイのも好きだ。
 ついキリルは嬉しくなって笑顔になれば、どうしたんだ、と酷く不思議そうに聞かれた。
 なんでもないです、と特に隠す事でもないのに首を横に振る。
 首を傾げたハーヴェイは、けれどそれ以上の追求はしてこなかった。
 1人なんですか、といつも隣にいるような気がするシグルドの姿がないので聞けば、ハーヴェイは頷いた。
 珍しいな、と思わず呟いたが、そうでもないだろう、とあっさり返される。
 そして少し考えてみる。
 いつでも一緒にいるような気がしているが、でも確かに四六時中一緒というわけでもない。
 一緒にいるところと1人でいるところと、見かける比率は半分くらいだ。
 でもいつでも一緒にいるような気がする。
 思わずキリルが言えばハーヴェイは苦笑した。
 何でだろうな、と聞かれれば、分かりませんけど何となく、としかキリルは言えない。
 本当だそういえば何でだろう。
 少しキリルは考え込む。
 ハーヴェイは特に邪魔する事なくぼんやりとキリルの隣で過ごす。
 随分と暇なようだ。
 けれど少ししてハーヴェイが動いた。
 キリルに名を呼ばれたときのように片手を上げて、シグルド、と呼ぶ。
 ハーヴェイの視線の先を見ればシグルドの姿。
 ああハーヴェイにキリル様、と聞きなれた優しい声が聞こえた。
 その時ふと。
 キリルは何気なくハーヴェイを見た。
 特に意味はない、本当に何となく、隣にある姿を見た。
 見えたのは笑っているハーヴェイの顔。
 それを見てキリルは驚いた。
 驚いたというのも変かもしれないが、残念ながら他に言葉が浮かばなかった。
 キリルはルクスもシグルドもハーヴェイも、笑っている姿がとても好きだ。
 綺麗で優しくて暖かくて、全員が違う様子の笑顔をする。
 それがとても好きでよく見ていたけれど。
 今見たハーヴェイの笑顔は、なんだかいつもと違った。
 いつもの明るさに、混じっている優しさと暖かさと。
 そうして、なんと言っていいのかキリルには分からないけれど何となくとても大切なような気がする、込められたいっぱいの気持ち。
 なんだろうか。
 とても好きな笑顔の1つが、全然いつもと違う物になった。
 これはこれで好きだと思える。
 けれどそれ以上に、何故だか見ているのが申し訳なく感じ、何故だか顔が熱くなった。
 どうした、とハーヴェイがいつもの表情に戻って聞く。
 何も言えずにキリルは首を横に振った。
 そうして何となく気付く。
 今見た笑顔が、それに込められたいっぱいの気持ちが、きっと2人がいつでも一緒にいるような気がする原因なんだろう、と。





いらないいらない






 何故かハーヴェイは怪我が多い。
 致命傷になるような怪我はないが、どうにも細かい怪我が多い。
 戦いが終わり、相手の剣先が額を掠って出来た傷から流れる血を無造作に手の甲で拭っているハーヴェイを見て、シグルドは思う。
 弱いわけではないのだ、決して。
 一般的に見て強いといえる実力を持っていると思う。
 そこに自分の片割れであるという贔屓は一切ない、筈だ。
 それなのに怪我が多い。
 シグルドはハーヴェイを見て、それからキカとルクスを順に見た。
 比べる対象としてこの2人は高すぎるとは思うが、けれど現在のメンバーでハーヴェイより確実に強いと思えるのはこの2人だけ。
 キカもルクスも怪我はない。
 それはいつもの事。
 次にシグルドはキリルを見る。
 彼も案外と怪我は多い方で、細かい傷をよく負っている。
 治すのは大抵コルセリアだ。
 今も見ていれば何処かを怪我したのか少女が駆け寄ってきて、キリルは苦笑している。
 その様子を見た後に、ハーヴェイへと視線を戻した。
 額の怪我は位置が悪い。
 血が止まらないのか、再び血を拭っているハーヴェイを見て、シグルドは小さくため息をつく。
 致命傷にならない、と。
 判断できてしまえるのが問題だ。
 この程度ならいけるだろう、と多少の怪我を覚悟で相手に向かっていってしまう。
 その為にどうしても減らない怪我。
 キリルを治すのが主にコルセリアなら、ハーヴェイを治すのは主にシグルドだ。
 細かい怪我でも続く戦闘に支障が出てはいけない、と結構な頻度で治している。
 けれど魔力には限度がある。
 持参している道具にも数がある。
 手持ちの薬は終わり、紋章も後どれくらい使えるか。
 長く何度も戦う必要のある時、ハーヴェイの戦い方は厄介だ。
 魔力が高い方である自覚がシグルドにはあるが、けれど紋章氏には叶わない事は十分に分かっている。
 別にシグルドの魔力が尽きてもほかに水の紋章を持った紋章師はいるし、ルクスは最悪の時の為に魔力を温存している事の方が多いので、最悪彼に頼めばいい。
 けれど小さな怪我が引き起こしたミスでルクスを頼るのは申し訳ない。
 仕方ない、治すか。
 諦めたように結論を出し、ハーヴェイを呼ぼうとした。
 けれど顔を上げれば、口を開くより先に、ハーヴェイが何かを投げてよこす。
 反射的に受け取れば小さな小瓶。
「………、薬?」
 見慣れた傷薬の小瓶にシグルドは首を傾げる。
 持っていたなら自分の怪我に使え、それが素直な気持ちだ。
「お前さっきくらってただろ?」
 そう言われて左肩の痛みを思い出す。
 だが深い傷ではなく利き腕でもないので、問題はないと判断した怪我だ。
「だから、やる。」
「オレより自分に使え。どう考えてもお前の方の怪我が多い。」
 額から血は流れ。
 そして他にも切れて血が滲んでいる箇所は多いのだ。
 使うべきはハーヴェイ、という判断は間違っていない。
 けれどハーヴェイは笑って手をひらひらと振る。
「いらないいらない、この程度何でもないし。」
「………、あのなぁ…。」
「血も止まりそうだし、問題ねえって。」
 確かに何度も拭っているうちに血は流れなくなった。
 けれど怪我はそこだけではなく、そしてハーヴェイは前衛、シグルドは後衛という配置もある。
 敵から離れた位置にいるシグルドよりも、敵の真っ只中に突っ込んでいくハーヴェイの方が怪我を治す必要性がある。
 だがここで小瓶を付き返しても使わないだろう。
 シグルドはほんの少し考えた後、左肩にある怪我に薬を塗る。
 量は少なめに、小瓶に半分以上のこる程度。
 そうして小瓶の蓋をしっかりと止めて、背を向けたハーヴェイへと思い切りシグルドは小瓶を投げつけた。
 命中率になら自信はある。
 小瓶は狙ったとおりハーヴェイの頭へぶつかる。
 落ちた先は草の多い茂った地面なので、割れる事なく草の上に小瓶は転がった。
「いってぇっ!何するんだよ!?」
「オレの方が要らないんだ、これは。返すからさっさとその見っとも無い姿を何とかしろ。」
 ハーヴェイが不満そうに食って掛かってくるが、それはさらりと受け流して。
 草の上に転がっている小瓶を指す。
「これでも心配しているんだ、分かれ。」
 シグルドが笑顔で言ってやれば、ハーヴェイは面白いくらいにぴたりと言葉を止めた。





 






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