静けさの中の雑音



お題はこちらから借りました → 白日・http://hakuzitu.michikusa.jp/





(※温いにも程がありますが、一応アレな行為の後を臭わせる感じなので苦手な方はスルーお願いします)

時々夜中に目を覚ます。
決まって海も風も穏やかで余計な音が何もない日。
自分のむき出しの腕や背中に自分以外の体温が触れている時。
いや、触れているなんて柔らかいものではない。
張り付いている、圧し掛かっている。
この表現が一番正しいとシグルドはひとり納得する。

少しだけ身動ぎすればシーツは素肌を滑っていくのに、それだけは執拗に張り付いて全く離れない。
背中から前に回された腕は安心しきっているのか、身体のラインに沿うように力なく垂れている。
無理に引き剥がそうと思えばいくらでも出来るが何故かそれを実行に移せないのは、耳元近くから聞こえてくる規則正しい寝息のせいだろう。
肌を絡み合わせ疼く全身の熱を共有した後は、決まって背中に張り付いて眠りたがる。
向かいに自分のベッドがあるにも関わらず退こうとしない。
シングルベッドに男ふたりで寝るのは窮屈すぎるが、大抵は体力の消耗が激しいシグルドが折れる形で決着がつく。
今日もそうだった。
しかし嫌な予感はあった。
今日の海は穏やかだったから、このままではまた目を覚ましてしまう、と。
明日に疲労を残したくはないのでしっかり休まなければならないのに、身体は確かに疲労し睡眠を欲しているはずなのに。
最初のうちは訳が分からず悩んだりもしたが、原因が判明してからはもう二度と考えないように努力している。

周りの音がないとどうしても聞こえてしまうのだ。
密着した身体から鼓動が呼吸が。
余計感じ取ってしまうのだ。
しっとりとした素肌を体温を、その存在を。
ゼロといっていい距離間で意識するなというのが無理な話だろう。
引いたはずの頬の熱が戻ってくる。
体温も少し上昇しただろうか。
このままでは寝れるはずもない。
どうしようかと考えていると、ついに鼓動までもが活発に動き始める。
普通ならば目は冴えていく一方だが、しかしシグルドはここでようやく息をつく事が出来るのだ。

ああ、この空間唯一の雑音だ、と。





グラスがなくなった






「あ」

急に空間がグラリと揺れる。
波の悪戯など船に乗っていれば当たり前に遭遇する事で珍しくも何ともないが、気が緩んでいる時にやってこられるとそれなりに驚く事もある。
今のシグルドがいい例だ。
今日も今日とて荒くれ者の部下達が仕出かしたイザコザの後始末に追われ、クタクタの身体を引き摺りながら部屋に帰れば声の大きい相方の無遠慮な出迎えを受け。
溜息をつく間もなく、とにかく肩の力を抜こうと水差しに入った冷たい水をグラスに注いでいたところに、計ったかのようなタイミングでこの波の悪戯だ。
しっかりとってを握っていたので水差しは無事だったが、指先で簡単に持ち上げていただけのグラスは揺れの衝撃にスルリと指先から離れ、床へと吸い込まれていった。
パーンとガラスの弾ける音が部屋に木魂する。
これにはさすがのハーヴェイも驚いたようで、ガラスの散った床とシグルドとを目を丸くしながら交互に見つめる。
珍しいなと一言声を掛けられるが、そんな事はシグルド自身が嫌というほど判っている事だ。

今日は朝から晩まで疲れる事ばかりだ。
グラスが逃げるのを許してしまった指先に視線を落としながら、一日分のそれ全てを吐き出すかのようにゆっくりと大きな溜息をついた。





類は友を呼ぶみたい






自他共に認める相方であるハーヴェイとシグルド。
それがルクスが出会い、そしてこれまで揺らぐ事なく続くふたりの関係である。
しかしキリルの話ではルクスの知らない以前のハーヴェイとシグルドは、相方なんて間違っても呼べやしない、その雰囲気は険悪そのものだった。
会うなり敵意を剥き出しにしながら周囲を巻き込んたド派手な喧嘩を始めれば誰だって簡単にその結論にまで辿り着く。
まさに犬猿の仲。
ゆえにキリルは再会した後のハーヴェイとシグルドの関係を何より誰より驚いた。
そしてルクスは、そんなキリルの話に驚いた。
今のふたりからは想像も出来ない過去に、互いに顔を見合わせ、そして自分達より少し離れた場所に立つふたつの後姿に視線を投げる。

「……ふたりを見てるとあの言葉を思い出す」
「あ、僕もそれ思った。あれでしょう?」

再び顔を合わせたルクスとキリルがまるでタイミングを計ったかのように同時に漏らした言葉は、1ミリの狂いもなく空気中で重なり合う。

「類は友を呼ぶ」

昔の人はいい事を言ったものだ。
似たような傾向を持つ者は自然に寄り集まり、気が合う者同士もまた自然と集まるものである。
性格的にもタイプ的にも正反対のふたりだが、それゆえに己の足りないものを補い合えるという強さを持つ。
根にある信念や思いに似たものを感じたのなら、それはより強固なものとなる。
一度大きく険しい蟠り(わだかまり)の壁を越えてしまえば、その後の距離を縮めるのはさほど難しい話ではない。
反発し合ったままでは気に食わないところばかりが目に付き、相手の本質になど全く気付く事もないが、この世の中どこに切欠が転がっているかなんて誰にも分からない。
キリルの知る犬猿の仲の後、ルクスの知る絶対の相方の前。
ハーヴェイとシグルドにもそういう転機となる切欠が訪れたのだ。
それによって得たものは、あまりにも大きい。
それは傍から見るルクスとキリルにも十分見て取れるものなので、本人達にしてみれば痛いくらい自覚している事だろう。
それを素直に口になどしないのも、やはりふたり共通である。

犬猿の仲から、理想の仲へ。
その後姿へと向けられるのはふたり分の小さな笑みと、そしてほんの少しの羨ましいというふたり分の気持ち。





どっちにしろ好き






「なあ、ハーヴェイ」
「おー」
「もし俺が戦闘に出られなくなったらどうする?」
「……何だ、それ?」
「紋章を使えなくなったとか、ナイフを投げられなくなったとか、とにかく戦場では使いものにならなくなったらどうするかと聞いてるんだ」

自らのベッドに腰かけて剣の手入れをしていたハーヴェイは、突然のシグルドの質問に呆けた顔と声を惜しみなく前面へと押し出した。
これまで忙しなく動いていた腕も、ハーヴェイの思考を物語るかのようにピタリと止まっている。
それもそのはず。
ハーヴェイの目の前で真剣な表情を浮かべながらそう言うのは、無意味な仮定など口にするような人間ではないからだ。
まさか仮定の話ではないのかと一瞬考えたが、すぐにそれは却下する。
今日も共に戦闘に出たが特に変わった様子はなかった。
長年ずっとコンビを組んできて、自然と背中を任せている相手だ。
攻撃のクセやパターンも熟知しているし、その日の体調や気分まで見抜く確かな自信がある。
その自信が仮定である何よりの証拠だ。
自意識過剰だと笑われるかもしれないし、自身でもそう思う時もある。
しかしこの相手に関してはそんな笑い話もすんなり受け入れられてしまうのだから不思議だ。

「何で突然んな事言い出したのかは判んねーけど……でもそうなったら一番辛いのはお前じゃん。どうするもこうするも俺はこれまで通り出るだけだし。あ、でも安心しろよ。もし紋章やナイフが使えなくなったとしても戦闘に出られる方法、俺が考えてやるからさ」

勿論お前がそれを望むなら。
そう付け加えると、それまで険しさだけだった相手の雰囲気が少しだけ緩んだような気がした。

ずっとずっといつまでも変わる事がないと思っていた背を預ける存在。
変わらないでいてくれと思う。
ずっと続けばいいと思う。
変わりたくないのに変わらざるを得ないというのなら、変わらなくて済む方法をふたりで考えればいい。

しかしもし変わる事を相手が望むなら、それもいいだろう。

どっちにしろ自分の中の相手の存在が変わる事はないのだから。





 






NOVEL