気ままに我が儘に



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 キリルは何故かじっとルクスを見つめた。
 じっと、とても真剣な顔で、声をかけてくるわけでもなく見つめてくる。
 あまりにも真剣でルクスは少しだけ気圧された。
 どうしたのだろうか。
 なにかあったのだろうか。
 考えてみたが、少なくともルクスの知っている範囲では何もない。
 考えても分からない事なので考える事は早々に放棄し、どうしたの、と声をかけた。
 キリルは首を横に振り、何でもない、そう答えた。
 どう見ても、何でもない、という様子ではない。
 けれどキリルは口を噤んでルクスを見つめる。
 困ったルクスは、とりあえずキリルの好きにさせようと思った。
 暫く経ってもこのままだったらもう1度声をかけよう。
 そう決めて、キリルにばかり気を取られてすっかり存在を忘れていた自分の手にある饅頭を思い出し、一口齧る。
「ルクス。」
 ちょうどそのタイミングでキリルはルクスを呼んだ。
 口の中の物を急いで飲み込み、なに、と尋ねる。
 キリルの表情はやはり真剣なもの。
 そんなに言いにくい事態でも起きたのだろうか、と色々な可能性をルクスが考えようとすれば。
 それよりも先にキリルが答えを言った。
「その饅頭、ボクに頂戴。」
 言われた言葉にルクスはきょとりとキリルを見る。
 手の中には一口齧られてしまった饅頭。
 美味しいが特別な物でも何でもない、食堂に行って頼めば貰える饅頭だ。
 でもそれを惜しむくらいに食べたかったのだろうか。
 しまった、それならもう少し早く言ってくれればいいのに、もう齧ってしまった。
 新しい物を貰いに行こうかと考えたが、じーっとキリルはルクスを見つめる。
 彼が構わないようならいいか。
 考えてから結論を出して行動するまで、ほんの1秒。
 すぐに差し出された饅頭をキリルは受け取る。
「食べる前に言ってくれればよかったのに。」
「………、おいしかった?」
「うん。」
「………、全部くれるの?」
「食べたいんでしょう?」
「でも、美味しいし、ルクスは饅頭好きだし。」
「うん。でもキミが食べたいなら、別に。」
 自分の分は食堂にでも行けばいいのだから、渡すのは当たり前だ。
 けれどキリルは不満げに饅頭を見つめる。
「やっぱり…、食べかけは嫌だよね。貰って来るよ。」
「そうじゃなくて…。」
「何?」
「………、我儘を、言いたくて…。」
「………、我儘?」
 そんなものをいつ言われただろうか、と今度はたっぷり時間をかけてルクスは考えた。
 そうしてキリルの手にある饅頭を見て、ルクスがおもむろに指させば、キリルは頷いた。
 再びきょとりとルクスはキリルを見る。
 我儘を言われるのは一向に構わない、今まで散々言われる側だったし、相手がキリルだと思えば嬉しくもある。
 でもキリルの性格を考えれば、何故突然、という疑問の方が強い。
 今度はルクスの方がキリルをじっと見ていれば、キリルは落ち着かなそうに視線を彷徨わせ、小さくため息。
「その…、ルクスに我儘を言ってもらいたいなって…、思って…。」
「………、ボクが?」
 自分が言う側という発想のなかったルクスは、不思議そうに首を傾げた。
「何で急に?」
「ボクいつも色々言ってばっかりで…、不公平だなって。」
 言われていただろうか、と考えてみるが、全く記憶にない。
 けれどキリルは再び真剣な表情でルクスを見た。
「前の事を持ち出してもダメだろうから、目の前でやって、交換条件にしようって思って。」
「………、えっと…、つまり…。」
「ボクが饅頭頂戴っていう我儘を言ったから、ルクスも仕返しに、ボク何か言って。何でもするから。」
 そう言われても正直困る。
 何1つとして思い浮かぶ事はない。
 そもそも饅頭1つくらい我儘でも何でもない。
 でもキリルは真剣で、ルクスにはそれを壊すなんて真似が出来ない。
「………、いや、それ我儘とは少し違うだろ。」

 呆れたような声に2人が驚くまで、ルクスはどうしようもなく立ちつくしていた。





凛としたキミ






 並んで立つと、身長はほぼ同じ、だから視線の高さも同じくらい。
 年齢は1つだけ違うから、あまり違いは感じない。
 そういえば、年上がどうのや年下がどうのなど、言った事はない。
 同じくらいの高さ。
 近い年齢。
 いつも隣にいてくれる存在。
 談笑の最中で彼に目を向ければ、その姿はとても綺麗に映る。
 かっこいい、とこういうのは言うのだろう、きっと。
 そういった類の感覚には疎いのだが、彼に対してはそう思う。
 真っ直ぐに向けられる綺麗な目。
 ふと目が合えば、ほぼ同時に2人で笑った。
 彼は綺麗でとてもかっこいい。
 そんな人が、隣にいてくれて、笑ってくれている。
 自分には過ぎた事だと思う。
 ふと自分を省みる。
 隣に立っていておかしくはないだろうか。
 真っ直ぐに立って前を見る彼の隣に立つだけの価値はあるだろうか。
 きっと彼はそんな事を気にはしないだろうが、ふと気になる時がある。
 出来る事ならば。
 出来る事ならば、自分が彼に対してそう思うように、彼も自分の事を少しくらいかっこいいと思ってくれていたら嬉しい。
 もし思ってくれたのなら、少しは彼の隣に立っていい人間だと思える。
 だが実際に聞くのは気恥ずかしい。
 何と言えばいいのだろうか。
 ボクの事をかっこいいと思う、なんてまさか聞けるわけもない。
 他に何かいい言葉はないだろうか。
 考えてみるけれど、見つからない。
 本当に、少しでもいいから、彼の隣に立つのが恥ずかしくない自分であればいい。
 そうして頑張って、いつか釣り合いが取れるような自分になれればいい。

 そうしてその時まで、こうしてすぐ傍らにいられればいい、心からそう願う。

「キリル君。」
「ルクス。」

 名前を呼べば同じタイミングで名前を呼ばれる。
 お互いに少し間の抜けた顔を向けた後に、2人同時に声をたてて笑った。
 それがとても心地よくて。
 だからこそ、この心地よさが続くように、強く思うのだ。
 決して彼の傍に立つ者として恥じる事のないよう、隣に立つ事が相応しくあれるよう、この先を進んで行こうと。





累加法






 いつも通りの、他愛のない話をしている時だった。
「そういえばさ。」
 ふと思い出した事があって、キリルはそう言った。
 ルクスが視線だけで、なに、と聞いてくる。
 その表情はだ屋かで優しく、それだけの事が嬉しくて、キリルは笑った。
「前回上陸して、買い物に付き合ってもらった時さ。」
「うん。」
「道具屋で色々たくさん買ったじゃない。」
 旅に必要な物と、ほんの少しだけ気になって買った関係ない物と。
 その時の事を思い出して、ルクスが小さく笑った。
「キリル君、変な物を買っていたよね。小さな置物の…。」
「あーっ、それはもういいよ!」
「だって。」
「ルクスもハーヴェイさんも、我慢してたけどシグルドさんだって、皆して笑ってさ。ボクはあれが気に入ったの!」
「そう…。」
「だから笑わないでよ。」
「そっと部屋に置いてあったよね?」
「だからもうその話はいいってば!」
 赤い顔をして叫べば、ルクスはやっぱり楽しそうに笑った。
 からかわれた事が少し悔しく感じたが。
 ふと、こんなふうに話せている今が、凄く嬉しく感じた。
 今のはほんの少し前の話。
 けれど確かに思い出話だ。
 出会った時から思い出はゆっくり増えていく。
 一緒にいる事が多くなれば、共通の思い出は確実に増えていく。
 今の他愛のない話だって、その1つだ。
 キリルが覚えていて。
 ルクスも覚えている。
 じんわりと込み上げてきたのは温かさ。
 一緒にいれば、これは当たり前の事かもしれないが、それでも同じ時間を過ごして同じ物を見た、その話を大切な人としている。
 笑ってくれているから、尚の事嬉しくて、いっそ幸せだと思った。
「キリル君?」
 拗ねていたのに、気付けば笑っているキリルに、ルクスがそっと声をかけた。
 何でもない、とキリルは嬉しそうに首を横に振る。
「とにかく、その時の荷物をひっくり返していたらね、なにか1つ別の物が入っていたんだよね。」
「なに?」
「薬が1つ足りなくて、その代りに何かの種。貿易商品かな?」
 嬉しそうに話すキリルは、その種が何か気になっているのだろう。
 自分から黙って荷物に入れたのなら問題だが、向こうが間違えて入れたのなら、それは仕方がないだろう。
「せっかくだから植えてみれば?値段は分からないけど、薬の値段で納得してもらおう。」
「うん…。実は気になってね。暫く戻る事もないだろうし、でも捨てるのも勿体なかったから。」
「土なんてあったかな…。観葉植物のわけてもらおうか。」
「うん。」
 さっそく立ち上がったルクスに、キリルも付いて行く。
 一緒に種を植えるのは楽しそうだ。
 そして何が芽を出すのか一緒に見て、いつかまた、これも思い出話になるのだ。
 ことりとまた増えた思い出に、これも笑って話せればいいな、とキリルは思った。





単純な話のはずなのに






 ハーヴェイとシグルドが食事の為に食堂に行けば。
 部屋の隅にルクスとキリルの姿を見つけた。
 声をかけようとしたが、すぐにやめる。
 隣り合って座っている2人は、もう食事は終わったのか、何かを真剣な顔で話し合っていた。
 邪魔するのは気が引けた。
 けれど何を話しているのか興味はあった。
 そっと、声の聞こえる、けれど邪魔にならない距離まで近づく。
 2人はとても真剣で。
 そして人の出入りが多い食堂だからだろう。
 ハーヴェイとシグルドの気配に、珍しくも気付く様子はなかった。
 キリルはともかく、ルクスまでもが気付かないのは、本当に珍しくて。
 更に何を話しているのか気になった。
 背後に回れば、2人が1枚の髪を見ている事に気付く。
「………、やっぱり、そうかぁ…。」
 ぽつりとキリルが呟いた。
 声は随分と深刻そうだった。
「うん。」
 頷いたルクスも、似たような声だった。
 2人がそんな真剣になるような事があっただろうか、と。
 考えてはみたが、ハーヴェイもシグルドも、特に思い浮かぶ事はなかった。
 原因はテーブルに置かれた紙だとは思うが、流石に文字までは見えない。
 キリルがもう1度、やっぱりそうだよね、と言った。
「じゃあ…、お願いしてもいい?」
「うん。」
「細かい事はここに書いてあるので全部だから。………、どのくらいかかりそう?」
「………、5日くらい。遅い?」
「ううん、十分だよ。」
 どうやら依頼の話だったようだ。
 とても真剣な顔で話す程、そうしてルクスが出るという程、大変な依頼なのだろう。
 2人の真剣さはその為だろうと思った。
 けれど。
「………。」
「………。」
 2人は依頼の紙を見て黙り込む。
 背後からではもう顔は見えないが、空気が重いのだけは分かった。
 ルクスが出るなのなら何も心配はない筈だ。
 ギルドで受ける依頼に、ルクスですら無理な難題は出ないだろう。
 それなのに重い空気で黙り込むだから、少し心配になった。
 だがそれもすぐに無駄だったと気付く。
「………、なんだろう…。」
「どうしたの?」
「うん…、って、ルクスもどうしたの?変な顔をして。」
「キリル君も。」
「うーん…、なんかね、何だろう…、苦しい?」
「………、平気?」
「うん…、平気だと思うんだけど…。なんだろう。さっきからずっと。決まったから安心した筈なのに、なんだか酷くなってきた気がする…。」
「休もう。」
「………、ルクスは?」
「………、ボクは…、苦しいというか…、痛い?」
「ああ、痛いっていう表現もありかもしれない。」
「なんだろうね…、ボクは胸の辺り。」
「ボクも。」
「………、休もうか?」
「………、そうだね。これ以上体調崩したら、よくないし。」
「うん。依頼は心配しないで。ボクも休んで、ちゃんと終わらせて来る。」
「ありがとう。」
 にこりと笑ったキリルに、ルクスも笑い返す。
 けれどすぐに2人とも、本当に苦しそうな、辛そうな表情で俯く。
「でも何なんだろうね、これ。」
「不思議だね…。寝て治ればいいんだけど…。」
 ずきずきと痛む胸に。
 2人はただ不思議そうに、痛みを抑えるように胸に手を当てて、お互いを見た。

 そうしてそれを見ていたハーヴェイとシグルドは、ただ深々とため息をついた。
 ようやく2人の存在に気付いたルクスとキリルが驚いて振り返る。
 2人が悩んでいる事は、とても単純な話の筈だ。
 痛みさえ感じる頭を押さえてハーヴェイとシグルドは考えた。
 自覚のない2人へ、いっそ叫んだほうがいいのだろうか。


 離れるのが寂しなら寂しいと言ってしまえ、と。





 






NOVEL