4キリ4「放課後」 (早瀬)



*4主とキリルが大学の2年生
*シグルドが何かの先生で、ハーヴェイが何かの部活のトレーナー、そんな設定




一番最初に目に入ったのはオレンジ色の刺すような光だった。
それまで意識して何かを映す事を止めていた瞳に突然入り込んできた強烈なそれに、キリルは反射的に瞼をぎゅっと閉じる。
すぐに顔も背けようとしたが、それと同時に首筋に走った痛みに小さく声を上げながら身を固める事しか出来なかった。
しばらくそのまま痛みが引くのを待ち、再びゆっくりと瞼を持ち上げる。
事前に強烈な光の存在を思い知っていたので、今度はダメージを与えられる事はなかった。
何度か瞬きをした後、首が痛まないよう注意しながら伏せていた身体を起こす。
ずっと頭を乗せていたらしい腕はピリピリと痺れている。
潰されていたらしいテキストとノートは若干皺になっていた。
教室の窓際後ろから2列目。
きょろきょろと辺りを見回せば、隣に座るルクスは先ほどのキリル同様頭を机に伏せたままピクリとも動かない。
微かに聞こえてくるのは寝息だけ。
それ以外この部屋には何もない。
只でさえ広い教室が余計に広く感じられた。

痛みが走る首筋に掌を押し当て軽く解しながら、キリルは今の己の置かれた状況をまとめようと試みる。
状況からして講義の最中にルクスと共に睡魔に負けてしまった事は明らか。
そして周囲には講義の最中は勿論、それが終了してからも起こしてくれる親切な人間はいなかったという事実。

「……もう帰る時間だ」

ぽつりと呟くキリルの声。
一体いつから睡魔に負けてしまっていたのか、黒板にはノートにはまるで記入されていない文字の羅列がある。
それが残されているのが『親切な人間』ではなかった周囲のせめてもの優しさなのだろうか。
ぼーっとそれを見ていると、静かな廊下から2、3人の足音と話し声が聞こえてきた。
賑やかなそれは放課後になるとやってくる清掃のおばさん達だ。
空き教室から段々と掃除を始めていく。

「……ッ!?」

そこでキリルは重大な問題に気付く。
講義が終了し、この教室を使う人間は誰もいないのでおばさん達からすればここも立派な空き教室という事になる。
足音はどんどんと近付いてくる。
それがこの教室の前まできた時、黒板の文字が綺麗に消え去る合図だと思っていいのだ。

今更慌てても仕方がない事だが、急に設けられたタイムリミットに挙動不審になる。
ただちにノートにペンを走らせるかどうか一瞬悩んだ末、とりあえずルクスの肩を揺らす事から始めた。





4キリ4「自転車」 (風望)






 グラウンドの片隅に座り込んでいる人影を見つけ、それが誰だか分かっているハーヴェイは近寄って、よう、と片手を上げた。
 その声に座り込んでいた人物のルクスは読んでいた本から顔を上げた。
 どうも、とルクスが短く言ってぱたりと本を閉じる。
 ルクスがここに座り込んで本を読み始めたのは、何時間も前の事。
 ここは決して居心地のいい場所でも本を読むのに適した環境でもない。
 けれど彼がここで本を読んだり時折意味もなくぼんやりしている姿は、見慣れたものになっている。
 理由は1つだけ、部活動に参加しているキリルを待つため。
 何もここじゃなくて本を読むなら図書室とかで待っていたらどうだ、とキリルを待っているルクスを1番最初に見た時にハーヴェイはそう声をかけた。
 そうですね、とルクスは答えた。
 けれど結局そこから動く事はなく、翌日も同じ場所にルクスの姿を見つけて、放っておく事にした。
 毎日はいない。
 姿を見ない日は、ああ今日はバイトですよ、とキリルが言う。
 けれど他の理由は聞いた事がない。
「お前さ、バイトない日以外ずっとここにいるよな。」
 聞けば頷いた。
 言葉が少なく表情の変化がない事にはもう慣れた。
 2人にこれといった接点はない。
 けれど部活で面倒見ているキリルが宝物のように話をする友人で。
 片割れであるシグルドが色々な意味で気にかけている生徒で。
 直接的な接点はないが、少し遠回りな接点の為に、気付けば彼の淡々とした様子に慣れるくらいに言葉を交わすようになった。
「キリル以外に友達いないのか?」
「………、いる…、の、かな?」
「何故疑問系。」
「確認した事がない。」
「いちいち確認する事でもないだろうが。」
「そうなんだ。」
「そうなんだって…、キリルには確認したのか?」
「した。」
 お互いに向き合って、ボク達は友達なのだろうか、と真剣に話をするルクスとキリル。
 簡単に想像出来てしまってハーヴェイは呆れたような納得したような変な笑みを浮かべた。
「そっちは放ったままでいいのかよ。」
「放っていない。会う時はキリル君が終わった後の時間。」
 成る程、その友達は2人をよく理解しているようだ。
 2人一緒を当然と思ってくれているのだから、2人一緒を当然と思っている2人にとっては、とてもいい友達だ。
 そう思いながらハーヴェイは近くに立っている大きな時計に目を向ける。
 まだそんなに時間は経っていない。
 キリルが来るまでもう少し時間がある。
 そうしてハーヴェイにもまだ結構時間がある。
 もう少し付き合ってもらおうと思い、前々から少し気になっていた事を口にした。
「ところで、お前達いつも一緒に帰ってるけど、そういえば家は近いのか?」
「学校を挟んで、真逆。」
 意外な返答に一瞬返す言葉を失った。
「………、じゃあお前、ここで待つだけ待って学校出たら別れるのか?」
「キリル君の家まで行くよ。」
「………、あいつ確か自転車通学だよな。距離あるんじゃないか?」
「少し。でも歩ける距離。」
 ルクスにとって何処までが歩ける距離なのか、ハーヴェイは一瞬本気で悩んだ。
「………、お前は歩きなんだな。」
「自転車ないから。」
「じゃあキリルが自転車で行く道をお前1人で黙々と歩くわけか。」
「いや。」
 ゆるく首を振るルクスにハーヴェイは少し首を傾げた。
「キリル君の家まで行くけど、帰ろうとすると送ると言われる。だからまた一緒に歩いて、ボクの家まで行く。出来ればまた送りたいけど、終わらなくなるから、キリル君は自転車で帰る。」
 手にあった本を足元に置いてあった鞄にしまいながらルクスが言う。
 もう本当に、何処からどう突っ込めばいいのか分からない事を。
 けれど本人は酷く真顔で。
 キリルも多分真剣にその行動をやっているのだろう。
 お前も自転車くらい買えよと、というべきか。
 ていうか普通に学校で別れろよ、というべきか。
 喋りたいならどっか店は入れよ、というのが最善なのか。
 色々考えたけれど。
「………、いや、まあ、仲良くて何より、だな…。」
 出た言葉はそれだけだった。
 しかもルクスは聞いていなかった。
 視線も意識も、遠くに見えた駆け寄ってくるキリルのほうへと完全に向けられているから。
 ハーヴェイは深々とため息をついた。
 そうして、もうお前らはいっそ変わらないでいてくれ、と諦め半分に呟いた。





ハーシグ「車とバイク」 (早瀬)






「シグルド! 悪い、今日ちょっとお前の車貸してくれ!」

廊下に大きく響く足音と、それに比例するかのように集まってくる周りの視線などお構いなしにあるひとつの部屋の扉の前まで来ると力の限りで開け放ち中へと飛び込んだハーヴェイは開口一番そう早口で告げる。
目的の人間がそこにいる事は分かっていた。
相手は放課後のこの時間はこの部屋でいつもハーヴェイには到底理解出来ない、もはやしようとも思わない分厚く難しい本を広げて明日の授業に備えている。
中にはハーヴェイの予想通り、扉に背を向け机に本を何冊か開いていたシグルドの姿。
突然の騒音に目を丸くしながら振り返った。
親しき仲にも礼儀あり。
せめてノックくらいしてから扉を開けろと、普段のシグルドならば眉間に皺を寄せながら確実に一言飛ばしているこの状況。
しかし未だ廊下と部屋の境目に息を切らしながら立つハーヴェイの様子は普段のソレとは明らかに違う。
ハーヴェイはいつも愛用のバイクでこの場所まで来ているので、何処かに向かうのならばそれで十分なはず。
それなのに切羽詰ってこんな頼み事をしてくるという事は、緊急事態と呼べる何かがあって、それにバイクではなく車が必要だという事だ。
そんな時に一言とはいえ呑気に説教している場合ではない。
シグルドは素早く椅子から立ち上がり、車の鍵が入ったカバンを手繰り寄せた。

「何かあったのか?」
「うちのがひとり終了間際に体調不良で倒れちまって。本人は落ち着いたから大丈夫って言ってんだけど、熱も結構あるしフラフラしてるし、家の人にも連絡つかないし。とりあえず帰れば薬あるって話だから送ってくわ」

まさかフラフラの病人をバイクの後ろに乗せ強風に晒す訳にもいかない。
タクシーを呼んでも良かったが、それには知らない人間と一緒の狭い空間という避けられない状況が待っている。
嫌でも意識してしまい、ゆっくり出来ないだろう。
それならば、近くに最も信頼できる当てもある事だし、それを使わない手はない。
何の飾り気もないひとつの鍵をシグルドから受け取ると、ハーヴェイはそれと交換で後ろ手に掴んでいたヘルメットと愛用のバイクの鍵をその掌に乗せた。

「ほら、今日の帰りは俺のバイク使えよ」

明日交換な。
受け取った鍵を大きな掌に握りながらニカッと笑う。
それは生徒を送った後はそのまま帰宅する事を意味していて、きっとこれもタクシーを使わなかった理由のひとつに入っているのだろうと、シグルドは小さく息をついた。

「安全運転でいけよ」
「分かってるって。お前もバイク久しぶりだろ? 気をつけてな」

空いている方の腕を軽く持ち上げヒラヒラと手を振りながらお礼の言葉と共に走り去って行くハーヴェイの後姿を見送りながら、シグルドは乱暴に開け放たれた時とは逆にゆっくりと丁寧に扉を閉めていく。
パタンと静かに鳴る扉。
今日は早めに仕事を切り上げ、少しでも視界が確保できるうちに帰ろうと改めて机に向き直った。





4キリ4「1人暮らし」 (風望)



*意味もなくウォルカ(1主)とシャルト(5主)が存在します
*意味はないので1年生の友達とそれだけの気持ちでいてください





 久し振りに集まって遊ぼうかと言う話になった時に。
 集まっていた4人の中で、1人がそろりと手を上げた。
「その日を遊ぶ為に課題を1人で終える自信がありません…。」
 シャルトの言葉を聞いた1人が、あー、と情けないうめき声を上げて同じように手を上げた。
「あんまり急ぎじゃないけど…、ボクも課題あります…。」
 キリルの言葉にもう1人が首を傾げ、ほらシグルド先生の、と言われて、ああ、と思い出したように呟いた。
「忘れていた…、そういえば手をつけてなかった…。」
 ルクスまで続かれて、そんな3人の言葉を全部聞いた最後の1人が深くため息をついた。
「………、ルクスさん、部屋借りても大丈夫ですか?」
 ウォルカに問われてルクスがこくりと頷く。
 学校が終わって4人で集まったその放課後の過ごし方は、ルクスの部屋で課題、となった。

 ルクスが1人暮らしを始めた理由は、家から学校が遠かったから、と聞いた。
 何故遠い学校にしたのかと問えば、何となく、との答え。

 何はともあれ、4人の中で唯一1人暮らしをしているルクスの家は、集まるのにちょうどよかった。
 特に気を使う必要はないし、多少騒いでも問題はない。
 それなりに広い部屋で、きっと性格なのだろう、いつ言っても綺麗に片付いている。
 おかげで結構便利に使わせてもらっている。
 こうしてここで課題を片付けるのも随分な回数になった。
 机の課題に必要な物を広げて。
 1年同士と2年同士で相談しながら、時折1年2人が先輩達に助けを求めながら。
 時折話を脱線させながらも、順調に片付けていた。
 その途中で。
「………、珍しいね。」
 一定のリズムでペンを動かしていたルクスが、ふとそう言った。
 全員が顔を上げてルクスを見る。
 視線はシャルトに向いていた。
「………、え?」
「珍しいね。」
 繰り返される同じ言葉。
 意味が分からずに隣にいるウォルカを見れば、何が、とシャルトと同じ事を考えている顔をしていた。
 ああ駄目だ考えても分からない、と直接ルクスに聞こうとすれば。
「珍しいって…、シャルトの課題?終わってないから?」
 キリルが先にルクスに聞いて、ルクスがそれに頷く。
 相変わらずいいコンビだ。
 ウォルカとシャルトは同時に思う。
 時折酷く言葉の足りないルクスと、あてずっぽうだと言いながらも結構な確率でそれを言い当ててくれるキリル。
 正直かなり助かる組み合わせだ。
 何を言っている時は素直に聞き返せばいいのだが、聞き返した結果までも言葉が少なく、1つの話題に随分時間がかかる事も度々。
 すんなりと話していられるのは、キリルと、2人と一緒によくいるのを見かける教師と、キリルの部活の関係者。
 思い浮かべられるのはそのくらい。
 本当に感心する。
「珍しい。」
「ああ、はい。ここ最近妹とか、あと…うちにいる大型犬もどきとか…、色々付き合っていたら、やる時間がなくて…。」
「そう。」
「はい。」
 シャルトの返事に、ルクスはぼんやりとどこかに視線を向けて。
 それから、賑やかそうだね、と小さく呟いた。
 小さな声に、え、とシャルトが聞き返せば、賑やかそう、と繰り返す。
「ええ、まぁ…、賑やかですね。」
「いいね。」
「そうですか?」
「ルクスさんだって、キリルがいれば十分賑やかそうですけど。」
「うん、それはそうだけど。」
「………、ああ、そっか。ルクスさんは1人で暮らしていますから、普段は静かですよね。」
「え、今更にそれを言うの?」
「いや、そうじゃなくてさ…。」
 少し驚いたようなシャルトにウォルカは苦笑して。
 ルクスの意識が質問を投げかけてきたキリルに向いた時に、だってあの2人いつでもどこでも一緒にいそうだからさ、とシャルトの耳元で小さく言った。
 ああ納得、というようにシャルトはウォルカの言葉に頷く。
 1人暮らしをしていると言うのは理解している。
 でもなんとなく、そこにはいつもキリルの存在があるように思えた。
 仕方がない、だっていつだって2人一緒のところしか見ないのだから。
 1人で暮らしているんだから1人は当たり前なのにね、と小さく言ってウォルカが苦笑する。
 でも分かる気がする、とシャルトもつられるように苦笑した。
 ちょうどその時に、全然分からない、とキリルが大きな声を上げた。
「キ、キリル、大丈夫?」
「申し訳ないけど駄目。この部分が全然分からない。」
「そんなに力一杯宣言するほどですか…。」
「ルクス!」
「なに?」
「お願いします、今日泊めて!それで教えて!!」
「うん。」
 泣きつくキリルに、まるで当たり前のように返事をするルクス。
 やっぱりこの2人は一緒にいるのが当たり前なんだなぁ、とそんな事を思ったウォルカとシャルトが顔を見合わせて笑い、とりあえず、頑張れ、と応援の言葉をキリルに投げかけた。





 






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