主要4人体だけ子供化/ハーヴェイ編






 シグルドがルクスとキリルの前に姿を現したのは午後になってから。
 いつも午前中に1度は会って挨拶をするのに、午後まで顔を見ないのは珍しかった。
 昼食を食べ終わったら部屋に行ってみようかと話していた時に食堂にシグルドが来た。
 でも1人だけ。
 ハーヴェイの姿はない。
 とりあえず、おはようございます、とキリルは声をかけた。
 挨拶は返ってきたが、何故かシグルドは酷く疲れた様子だった。
 何があったのかと聞いても返事はなく。
 ただ、食べ終わったら部屋に来てください、と言われた。
 様子が変だったので慌てて食事を終わらせ、シグルドと共に彼とハーヴェイの自室に向かえば。

 部屋には、小さな子供が1人、ベッドの上に座っていた。

 歳は10歳前後程、茶色い髪の、気の強そうな目をした子供。
 この船にこのくらいの年頃の子供はコルセリアくらいだ。
 どこから乗り込んだんだろうとキリルは首を傾げる。
 でもルクスは別の事を思ったらしく、子供に近づいてまじまじとその顔を見る。
「………、よう。」
 不機嫌そうに子供が言った。
 ルクスと知り合いなのだろうかとその様子を見ていれば。
「………、ハーヴェイ?」
 ルクスがそう言った。
 子供を見て、ハーヴェイ、と確かに呼んだ。
 でもハーヴェイはルクスよりキリルより年上の男性だ。
 確かに顔はよく似ている。
 子供とか親戚とか言われれば納得するほどによく似ている。
「ルクス?どうしたの、いきなりそんな事言って。」
「いや、ハーヴェイだよ、彼は。」
「まさか、だって…。」
「はい、まさかなのですが、ハーヴェイなんです…。」
「………、え?」
 キリルもまじまじと子供を見てみる。
 髪の色も瞳の色もハーヴェイと同じで、何より向けてくる目の強さはそっくりで。
 でも幼い子供で。
「………、えーっと…。」
「うるせぇな!何かしらねーけど、朝起きたらこうなってたんだよ!!」
 声は当たり前ながらハーヴェイよりも高い。
 でも口調はハーヴェイそのもの。
「………、本気で?」
「冗談か夢ならオレがどれだけ嬉しいか!」
 ハーヴェイと言われれば確かにハーヴェイだ。
 何でこんな事になったのか。
 ハーヴェイとシグルドは揃って首を横に振った。
 昨日は特にこれと言って特別な事もなかった。
 でも眠って起きたらハーヴェイはこの有様。
 今まで混乱していたり話し合ってみたり、色々やってみたが結局この状況を何とかする方法は浮かばず、とりあえずリーダーであるキリルには報告しようと思ったのだと言う。
 困惑しながらキリルはハーヴェイを見て。
 ふと、ぽん、っとキリルはハーヴェイの頭を撫でた。
「おい…。」
「ハーヴェイさん、昔は可愛かったんですねー。」
「撫でんなっての!」
「あ、すみません、つい。」
 いつも大人だと頼っている人の子供の姿が物珍しかった。
 ついやってしまった行動に怒るハーヴェイに謝っていれば。
 無表情にルクスもハーヴェイの頭を撫でる。
 お前らは…、と低くハーヴェイが唸るが、子供の声でやられても迫力はない。
 それに元々ルクスにはあまり効力のない声だ。
 無表情にハーヴェイの頭を撫でるルクスは、ふと気付いたようにキリルの方を見る。
「キリル君。」
「なに?」
「ハーヴェイは、今日の戦闘には参加出来ないね。」
 暫くの沈黙。
 この状況で言う事はそれなのか。
 せめてもう少し驚いたりしないのか。
 そう思ったのはキリルだけでなく、ハーヴェイとシグルドも同じ気持ちだった。
「う、うん、そうだね、そのつもりだよ。」
「そう。」
「えっと、そうじゃなくて、それよりも何でハーヴェイさんがこうなって、どうやったら戻れるのかを考えた方がいいと思うんだけど…。」
「そうだね。」
「………、ルクスってこんな事があっても驚かないんだね。」
「驚いているよ?」
「………、そう…。」
 もうこれ以上何も言うまい。
「とりあえず…。シグルド、ハーヴェイは外に出さないように。」
「はい。」
「何でだよ!元に戻るまでずっとここにいろっていうのか!?」
「さっき何度も言っただろう!子供がうろついているのはおかしいし、ハーヴェイだと知れれば混乱するだけだと!」
「うっせーな、子供なら他にもいるだろうが。」
「ハーヴェイ。」
「あの、とりあえず、せめて戻るまでは大人しく…。」
「あのお姫様と同じくらいだろ?これでも十分戦える!」
 そういうとハーヴェイは立てかけてあった自分の剣を手に取る。
 確かにコルセリアと同じくらいだ。
 でも彼女は後方からの魔法攻撃が担当で。
 ハーヴェイはその剣で敵を蹴散らす前線が担当。
 子供が最前線は辛い、と言うかそもそもそんな子供には重そうな剣は振り回せないんじゃないのか。
 そう思ったが、キリルがそれを指摘するより先に。
 ルクスとシグルドはどこか諦め気味にただ見守る中。
 剣を抜いて構えて振り上げて、振り下ろそうとしたハーヴェイは。
 振り上げた剣の重みに負けてよたよたと後ろに下がり。
 結局剣は振り下ろされる事なく、剣は後ろによろけた先にある壁に深々と突き刺さった。
 イヤな沈黙で部屋が満たされる。
 ハーヴェイが気まずそうに視線を逸らした。
「………。」
「………、ここが船底じゃなくてよかったですね…。」
「シグルド、手足拘束してでもここから出さないように。」
「了解いたしました。」
「いやそれ酷過ぎないか!!?」
「黙ってろ。」
「うわーっ、幼児虐待ー!!」
「煩い!何でお前はいつもいつもこう面倒事を!!」
 そんな2人を呆然と見ていたキリルは、ルクスに引っ張られて部屋から出る。
 扉を閉めても叫び声が聞こえてくるが、きっといつもの2人と片付けられるだろう。
「キカさんには報告しておかないと。」
「っていうか、ルクス…、あれ放っておいていいの…?」
「………、1日くらいは、様子を見よう。」
 その呟きに、ああルクスも混乱しているんだな、と実感し。
 なんともいえない笑みを浮かべてキリルは扉を振り返る。
 部屋の中から聞こえる叫び声は、この後暫くの間響き続けていたらしい。





主要4人体だけ子供化/シグルド編






 ハーヴェイが子供の姿になる、という怪事件が昨日起きた。
 本人とシグルドにキリルとルクスで、その怪事件を目の前にとりあえず驚いて騒いで、最終的に現実逃避気味に投げ出して。
 結局ハーヴェイは手足の自由と引き換えに、その日は部屋で大人しくしていたらしい。
 夕飯を取りに来たシグルドがぐったりとしていたが、理由を聞けば、聞かないで下さい、と弱々しく言われた。
 部屋にいながら何かやらかしたのか、それとも何かされたのか。
 シグルドが疲れていたので、ルクスはとりあえず気かない事にした。
 キリルは、頑張ってください、と何故か応援していた。
 苦笑いをしたシグルドを見送って。
 夜にもう1度やっぱりハーヴェイが小さい事を確認して。
 もうその日は寝ることにした。
 そうして翌日。
 さていつまでも投げっぱなしにするわけにいかないと思ってキリルとルクスは2人の部屋に行った。
 ノックをすれば顔を出したのはハーヴェイで。
 その姿は見慣れた、子供ではなく大人の姿をした、ハーヴェイで。
 戻ったんですね、とキリルが喜んだ。
 よかったね、と特に何の表情も出していなかったが、それでも安心したようにルクスが言った。
 でもハーヴェイはため息をついた。
 表情は浮かない、というか暗い。
 折角戻れたのだから、何故そんな顔をする必要があるのか。
 キリルが不思議そうに首を傾げれば、何かを理解したのだろう、ため息をついたルクスがハーヴェイを押し退けて部屋に入る。
「………、感染病?」
「………、それなら対処が必要ですね…。」
 聞こえてきたのは高い子供の声だった。
 でもその言葉は子供にしてみれば冷静で落ち着いたもので。
 部屋から聞こえてきたその声に、キリルも流石に理解したらしく、そっと部屋をのぞきこむ。

 昨日、子供のハーヴェイが座っていた場所に。
 今日、子供の姿をしたシグルドが座っていた。

 大きすぎる服に埋もれている黒髪の子供と言えなくもないが。
 昨日の今日だ、疑いようもないだろう。
 眩暈すら感じそうになって、キリルもため息をついた。
「ま、そういうわけだ…。」
 昨日シグルドが感じた疲れを、今日はハーヴェイが感じている。
 2人を部屋に入れると、ハーヴェイはシグルドの隣に乱暴に座り、くしゃりと頭を撫でる。
 それを振り払う気力もシグルドにはないようだ。
 ハーヴェイにされるまま、俯き気味に座っている。
「昨日はハーヴェイ、今日はシグルド…、か。」
「他に子供になったーって騒いでいる人はいないから、2人だけなのかな?」
「そうだね…。」
 感染病といっても、まさか子供になる病気もないだろう。
 そうして実際に2人の他に子供になった人の話は聞かない。
 何が原因なんだろうかと考えてみるけれど。
 結局考えても答えが分かるものでもない、とルクスは考えるのをやめた。
 ルクスにしてみれば珍しい結論だが、分からないものは分からない。
「とりあえず、1日様子を見よう。」
「………、そうですね、それが最善です。」
「シグルド、悪いけど。」
「はい、分かってます。今日は部屋からは出ません。」
「そうして。」
 誰にも会わないように、と言わなくても、会わないだろう。
 昨日と変わらない結論に落ち着いたところで、キリルがシグルドに歩み寄り、目線を合わせるように膝をつく。
「キリル様、何か?」
「あ、いえ、シグルドさんも可愛いなーと。」
 悪気のない笑顔で言われては、そうですか、とシグルドは肩を落とすしかない。
「大人の姿しか知らないので、子供の頃って凄く新鮮ですね。」
 ただ純粋に知らない頃の姿が見れて嬉しいだけのキリルの目にただ苦笑する。
 黒い綺麗な髪に、子供らしい丸みのある輪郭に、目も丸い綺麗な石みたいで、でも大人しくて真面目そうな印象。
 戻っているのは姿だけで性格はそのままだからそう見えるのか、それとも昔からなのか。
 どちらにしろ本当に子供の頃はこうだったんだろうなとすんなり思えた。
 キリルの視線に困ったように笑みを浮かべるだけのシグルドに。
 そういえば押し寄せた脱力感にろくに見ていなかったな、とハーヴェイもまじまじと子供を見る。
「………、何だ。」
「キリルには笑うのに何でオレは睨むんだ。」
「お前のは何か言いたそうだからだ。出て行きたければ好きに過ごせ。お前と違って見張られなくても大人しくしている。」
 それは尤もだ。
 ここでシグルドを放っておいてハーヴェイが出かけても、ルクスは何も言わないだろう。
 別に昨日のようにずっと見張っておかなくてもいいのだけれど。
 じっとシグルドを見て、また頭を撫でる。
「ま、子供の頃のお前なんて、オレでも知らないし、折角だから今日はじっくり見ておく事にする。」
「気味の悪い。」
「言ってろ。」
 口では文句を言うが、でもハーヴェイの気持ちは分かるように思えた。
 長く一緒にいて、この先のお互いはイヤでも見れるだろうが、過去のお互いなどどう足掻いても会えるわけもない。
 1日で戻ると分かっていれば、昨日はもう少し余裕が持てて、ハーヴェイと同じ事を言えただろう。
 そう思ったけれど言わなかった。
 先に気付かれた事が悔しく思えたし、同じだと繰り返すには気恥ずかしかった。
 何より変わらずキラキラした目で見てくるキリルの前で言う事でもないだろう。
「あ、そうです、子供でもナイフなら投げられるんじゃないんですか?」
 そうして2人の空気に全く気付いた様子のないキリルは無邪気にそう言う。
 後ろでルクスが連れて出て行こうか悩んでいる。
 でもまだ動く様子はないので、苦笑しながら武器に目を向ける。
 確かに重い物でもないが、子供の筋力でどれだけの命中精度と威力が期待できるか。
 そんなに期待できないだろうと思うが、でもキリルが期待した眼差しを向けてくるので、どうせろくに刺さらないだろうと壁に向かって1本投げれば。
 狙っていた場所から大きくずれて。
 ルクスの顔の横を通り、髪を数本散らし、壁に当たったが刺さらずに床に落ちた。
 何気なくキリルの後ろの方に投げたのが失敗だった。
 全然違う方に投げればよかった、と血の気が引くのを感じながらシグルドが思えば。
「………、これは戦闘は無理だね。」
 落ちたナイフを見て淡々とそれだけ言った。
 本人よりキリルの方が慌てている。
「も…申し訳ありません…。」
「構わない。キリル君、そろそろ戻ろう。」
「え…、でも…。」
「邪魔になる。」
 ルクスの言葉をキリルがちゃんと理解したかは怪しいが、邪魔、と言われてキリルは素直に頷く。
「もう投げないように。」
「はい、もちろん…。」
「あと、ハーヴェイ。」
「何だ?」
「いくらシグルドでも、それは子供。犯罪行為は避けるように。」
 それだけを残してルクスはキリルを連れて部屋から出て行き。
 少しの間意味が分からないように不思議そうにしていたハーヴェイは、意味を理解した途端にばたりと扉を開き。
「いくらシグルドでも、ガキに手を出すかーっ!!」
 事情を知らなければ意味不明すぎる台詞を力一杯に叫ぶものだから。
 投げるなと言われたので、ハーヴェイ相手に突きつけようと、シグルドは高いながら怒った声でハーヴェイの名を呼びながら駆け寄る事にした。





主要4人体だけ子供化/キリル編






 慣れとは怖ろしい物だとしみじみ実感した。

 2日前にはハーヴェイ。
 1日前にはシグルドが、突然子供の姿になる、という怪事件。
 どうやら1日経てば戻るようで、2人とも寝て起きたらすっかり元通りの姿に戻っていた。
 戻ると分かってしまえば、多少の不自由はあるが、そんなに困る現象でもないな、と。
 そう思うくらいには2人ともこの2日で慣れてしまった。
 2日振りに2人は揃って部屋から出て、朝食を食べに行く前にキリルとルクスに戻った事を報告しようと思って、まずキリルの部屋に向かった。
 その途中で朝にしては随分騒がしい声が聞こえ、2人は一旦足を止めてお互いを見て首を傾げた。
 聞こえてくるのはアンダルクの声だろうか。
 彼の声より少し控えめにセネカの声も聞こえてくる。
 どうしたのだろうかと、そのままキリルの部屋の方へ向かえば。
 思ったとおり、キリルの部屋の前にはアンダルクとセネカがいて。
 そうしてそこにはルクスの姿もあった。
 アンダルクが叫んでいる相手はルクスのようだ。
 随分怖い物知らずな、と少し遠くから見た2人は同時にそう思った。
 ルクスはキリルの部屋の扉に背を凭せ掛け、目を閉じて向けられる言葉を聞いていた。
 時折ルクスはその状態のままで口を開いているが、声は聞こえない。
 聞こえてくるのは叫んでいるアンダルクの声ばかりで。
 どうやらルクスは2人を部屋に通さない為にあそこに立っているようで。
 何故そんな事をするのか、その理由を求めているようだ。
「………、シグルド、これって。」
「………、そのようだな。」
 アンダルクとセネカ、そうして黙っているがその場にいるヨーンには分からないだろうが。
 ハーヴェイとシグルドには思い当たる事があって、2人は苦笑する。
 そうして、ルクスの方に加勢するかなと2人が思えば。
「もう1度言う。」
 強い声が聞こえて、2人は足を止めた。
 見ればルクスは顔を上げて真っ直ぐにアンダルク達を見て、そうして言葉を続けた。
「貴方達が彼を想っている事は十分に理解している。だからこそ、今だけは何も言わずに立ち去ってください。それが彼の為でもある。」
「ですが…!」
「繰り返す、立ち去れ。それ以上の言葉はない。」
 向けられる強すぎる視線に、少しの間は頑張ったが。
 結局その後少しの言葉を交わした後にアンダルク達は大人しく立ち去った。
 ご愁傷様、と心の中で2人は思った。
 本気のルクスほど怖い相手はない。
「よう、ルクス。」
「おはようございます。」
「おはよう。戻ったんだ。」
「ええ、ご迷惑をおかけしました。」
「で、お前のその様子だと、つまりそういう事か?」
「そう。」
「何も本気出さなくても…。」
「無事な事は伝えた。でも彼に話すと無駄に騒ぎが広がりそうだったから、あれが最善だと思った。」
「まぁ…、な。」
 それでも可哀想とは思うが口にはせず。
 入っていいか、とハーヴェイが聞けば、ルクスはあっさり扉の前からどいた。
 部屋の中を見れば、小さな子供が1人。
「あ、ハーヴェイさんにシグルドさん、おはようございます。」
 聞きなれた声よりも若干高い声。
 黒い髪をして綺麗な金色の目を向けてくる幼い子供。
 それは過去にハーヴェイとシグルドがキリルと出会った時と同じくらいの年齢に見えた。
 あの時はどこか警戒していた目ばかりを向けられていたが。
 こうも好意を真っ直ぐに向けられれば、その可愛らしさに自然と笑みが浮かぶ。
 そう思ったが。
 今現在のキリルの姿を見て、2人は微笑ましさ半分苦笑い半分という微妙な笑顔になった。
「………、何やってんだ、お前。」
「え、あ、これは…。」
 子供の姿にはもう突っ込まず自然に受け入れられた、慣れとは怖い、本気で思う。
 妙に大きなシャツを着ているのも仕方がないだろう、何せ突然なるし1日だけなのだから、わざわざ用意しようという気にもならない。
 その辺りはもうどうでもよくて。
 気になったのは、小さな手に握られている、大きな武器。
 刃の部分は布で巻かれたままだが、どう見ても戦闘態勢。
「最悪の場合はアンダルクだけでも黙らせようかと思ったので…。」
 セネカとヨーンは落ち着いて事情を話せば大丈夫だと思えるが。
 どんなに頑張ってもアンダルクだけは落ち着かせる方法が思い浮かばなかったんです、と。
 武器を握り締めて真顔で言う子供に、改めて2人はアンダルクに対し本気で同情した。
「もう大丈夫だよ、キリル君。」
「ごめんね、ルクス。」
「いいよ。ただ明日になったら、事情ははぐらかしても、謝るだけは、お願い。」
「うん。」
「っていうか武器置けよ、重くないのか?」
「え?いえ、あんまり。この頃からボクこれを持ってましたから。」
 そう言ってキリルはにこりと笑う。
 性格は今のままなのに、その無邪気な笑顔は今の外見に似合っていて、やっぱりキリルの性格は幼いんだ、と3人は同時にそんな事を思った。
 そうして、でも武器を持って笑われても怖いな、とやはり同時に思った。
「………、とりあえず、危ないから置いた方がいい。」
「確かに今の方が少し重く感じるけど、でも本当に平気なんだよ。ほら。」
 18歳のキリルの身長と同じくらいの長さの武器を危なげもなく振り回す。
 確かにその幼さで、その武器で、彼は戦っていた。
 それは覚えているし、それなら今の姿でも大丈夫と思うのだけれど。
「そうじゃなくて。」
 小さくため息をついて、ルクスは腰にかけてある双剣の片方を、鞘ごとベルトから外し。
 重そうな音を立ててキリルの武器を止めた。
「室内。」
「………、あ、そっか。ご、ごめん…。」
 慌てて武器を置いたキリルは反省するように俯いた。
 ルクスがしゃがんで視線を合わせれば、ごめんなさい、と繰り返されて。
 慰めるようにルクスはキリルの頭を撫でる。
 きょとんとしたキリルは、途端に嬉しそうに笑った。
 その笑顔につられるようにルクスも笑うと、そっとキリルへと手を伸ばし、小さな体を引き寄せて抱きしめた。
 突然の行動に、え、とキリルが間の抜けた声を出す。
 見ていたハーヴェイとシグルドも突然の事だったので驚いたが。
 1番驚いたのはどうやらルクス本人だったようで、ごめん、と慌て手を放した。
「何だお前、子供好きだったのか?」
「………、そういうわけじゃない。………、ただ…。」
「ただ?」
「1番最初に出会った頃のキリル君をまた見れて、少し浮かれた…。」
 あの時は暗かったしほんの少しの時間だけだったから、と。
 気恥ずかしそうにルクスが言えば、今度はキリルが手を伸ばしてルクスへと抱きついた。
「キリル君?」
「何か、そう考えたらボクも嬉しくなった。」
「そう。」
「明日は逆に小さいルクスに会えるのかな。」
「多分。」
「そっか、楽しみ。」
 そうして笑い合う2人に。
 シグルドとハーヴェイは深くため息をついた。
「………、慣れって怖いな…。」
「………、そうだな…。」
「とりあえずオレ達はどうするべきだ?」
「邪魔にならないように朝食を持ってくるべきじゃないか。」
「………、そうするか。」
 片方の姿がただ幼いだけで、いつもと変わらない様子の2人を見て。
 幼いだけ、という言葉でこの状況を片付ける自分も随分毒されたな、とそんな事を思いながら、邪魔にならないように2人はそっと部屋を出た。





主要4人体だけ子供化/ルクス編






 朝起きて。
 隣に眠るこの部屋の主が、見慣れた青年の姿に戻っている事にほっとして。
 けれど何気なく伸ばした自分の手が、驚くほどに小さくなっている事に気付いて。
「………、やっぱり。」
 特に驚いた様子はないが、どこか疲れたように呟いて。
 ルクスは小さくなった自分の手を眺めながらため息をついた。

 最初はハーヴェイ、次はシグルド、そうしてキリル。
 その順番に彼らは1日ずつ姿だけは子供になるという、何と言えば分からない現象が続いた。
 本当に、姿が子供になる、だけ。
 他に体に異変が起こるわけでも、精神共に子供に戻るわけでもない。
 混乱を避けるために1日部屋から出られない。
 キリルの場合のみリーダーが1日不在にならなければいけない。
 という問題はあったが。
 それを除けば、1日経てば何事もなく戻るので、特に大きな問題にはならなかった。
 そのために、最初にハーヴェイが子供の姿になった時はそれなりに混乱は起きたが、キリルが子供になった時は、もうそれなりに慣れてしまっていた。
 自分の身にふりかかれば、それなりに驚きはしたが、でもそれだけだった。
 どうせ1日経てば元に戻る。
 幸いな事に、ここ4日はずっと海の上だ。
 キリルはともかく、他の3人は部屋に篭っていてもたいした問題にはならない。
「だから今日はここにいようと思う。」
 子供特有の高い声。
 けれど感情が何も読み取れない淡々とした雰囲気だけはいつものまま。
 見上げてくるめは綺麗な丸い青色の宝石で。
 でもやはり、いつものごとくただ静かなばかりの強い目で。
 キリルの部屋のベッドの上に座りながらそう告げたルクスに、ハーヴェイとシグルドはなんと言っていいかよく分からなくなった。
 黙ったままの2人にルクスは少しだけ首を傾げる。
 普通なら十分に可愛らしい仕草だろう。
 元々見た目の綺麗な元軍主は、子供の頃から随分と愛らしい姿をしていたようで。
 けれどどうしても纏う雰囲気があまりに子供らしくなく。
 キリルの時は可愛いと思えた子供の姿は。  ルクスだとただ違和感を持つものでしかなかった。
「あー…、聞いていいか?」
「何?」
「お前、昔からそんなんだったのか?」
「つまり?」
「感情の起伏が少ない、と言いますか、その…。」
「表に出さないように努力はしていたけど、この頃はまだそれが甘かったと思う。」
「ですが、それでも感情を出さないようにしていたのですか…。」
「………、可愛げのない子供だな、おい。」
「そうだね。」
 淡々とルクスは頷いた。
 特に何も反論してこない辺り、本人にも自覚はあるらしい。
 姿は何であれ、これは間違いなくルクスだ、とハーヴェイもシグルドも嫌というほどに納得した。
「でも。」
「なに?」
「そんな可愛げのない子供でも、全然構わない奴もいるんだな。」
 ハーヴェイがそう言えば、ルクスとシグルドは揃ってキリルを見た。
 ルクスの隣に座っているキリルは、嬉しそうな笑みを浮かべて、ルクスの小さな手を握り、ずっと飽きる様子もなく子供の事を見ている。
 2人が感じる違和感など、全く気にした様子もない。
「………、え、ボクですか?」
「お前以外に誰がいる。」
「キリル様はずっと嬉しそうですよね。」
「はい。昨日のルクスも言ってましたけど、ボク達が会った頃くらいの年齢ですから。うっすらとした記憶が明確になったみたいで、嬉しいです。」
「………、もうこの現象に対しての突っ込みはないのな。」
「気にするな、どうせ1日だけの事だ。」
「とりあえず、ルクスは今日キリルの部屋にいるんだな。」
「そのつもり。」
「じゃあキリル様もルクス様と一緒ですね。」
「はい。」
「では、まず朝食でも持ってきましょうか。」
「あ、いえ、それくらいはボクが行きます。」
「いいから、お前は今日1日思い出でもそいつと語ってろ。」
 立ち上がろうとしたキリルを止めて2人が部屋を出ようとしたとき。
 ふと、船が揺れたように感じた。
 海の上だから船が揺れるなんて事はよくあるが、それとはどこか雰囲気が違った。
 4人が警戒していれば、もう1度船が揺れる。
「ったく、こんな時のこんな朝っぱらから魔物かよ。」
「とりあえず行くぞ、まだ早い時間だから、どれだけの人が動けるか。」
「ボクも行きます。」
「キリル君。」
「うん、ごめん、ルクスは待っていて。出ない方がいいと思うし、流石に戦えないだろうし。」
 キリルの言葉にルクスは自分の手を見る。
 双剣は普通の剣よりいくらか小さいので、片方だけなら持てなくもないだろうが、それでも重く感じるだろう。
 けれど昔のようにまさか薪で戦うわけにもいかない。
 少し考えた後に、ルクスはシグルドを見た。
「シグルド、ナイフを2本、貸してもらえる?」
「え?」
「そのくらいなら持てるだろうから。」
「いえ…、ですが…。」
「投げるわけじゃない。この姿じゃ威力も、ボクじゃ精度も望めない。でもそれでいつもの要領で戦えば、それなりに戦えると思う。」
「いや、お前、っていうか出ない方がいいだろうか。」
「朝早いから、そんなにすぐに人は集まらないだろうし。それまでの間、3人や魔物の陰に隠れればいいと思う。」
 淡々と話すルクスの言葉を聞いて。
 ああルクスなら間違いなく出来るだろうな、と。
 3人は妙に自信を持ってそう思ってしまった。
 どう足掻いてもルクスはルクスだ、と強く実感する。
「あの、ルクス、そんなに頑張らなくても…。」
「昨日の今日で、少しキリル君が心配なんだ。」
「え?」
「戦力に離れないだろうけど、でもせめて近くに。」
「ルクス…。」
 いや、今1番心配すべきは、昨日子供だったキリルより現在進行形で子供のルクスだろう。
 そう思うのだけれど。
 キリルからルクスへとそんな突込みがあるわけもなく。
 ルクスが自分の事を心配するという事もないので。
 このままだと本当に子供の姿のままにルクスは魔物へと向かい。
 そうしてきっと何事もなかったように勝ってきてしまうだろうから。
 止められるのは、もうハーヴェイとシグルドしかいなかった。
「つーか、もうお前ら揃っていいからここにいろ!」
「えっ、でも!」
「混乱防止でそいつを外に出さないのがが最優先!」
「最悪オレ達だけでも大丈夫ですから。」
「お前達はいいから間違っても部屋から出るな!」
「魔物を倒した後に朝食は持ってきますからね。」
 そう言って2人は、こんな時に現れた魔物は片っ端から蹴散らそうと誓いながら甲板へと向かい。
「………、大丈夫かな。」
「大丈夫だよ。」
「ボク、ここにいてもいいのかな?」
「2人だから、平気だよ。」
「そうだよね。」
「うん。」
 残された2人はのんびりとそんな事を言っていた。





動物化/ハーヴェイ&シグルド編






 細くすらりと伸びた、真っ黒い尻尾。
 それを何となく目で追う。
 ベッドの上に座って本を読む相方から伸びているそれは、シーツの上に落ちていて。
 それから視線を頭の方へと向ければ、尻尾と髪と、同じ色の毛に覆われた尖った耳がある。
 人の耳とは程遠い。
 それは動物のものによく似ている。
 相方と、そうしてそれを眺めている本人は、間違いなく人間だ。
 けれどハーヴェイが自分の頭の方へと手を当てれば、人としてはありえない3つ目と4つ目の耳がある。
 シグルドと同じく、自分の髪と同じ色の毛で覆われた、動物の耳。

「………、原因不明。自室待機。」
「………、リーダー権限にて、それを命じます。」

 数時間前の、多分驚きが強すぎたためだろう、怖いほど無表情に単語で告げたルクスと。
 こちらも驚きが強すぎたためだろう、慣れない言葉で単語を命令としたキリルを思い出し、ため息をつく。

 ありえない耳に触れてみれば、指の当たる感触がある。
 時折無意識に動くので、感覚はある。
 それを何気なく確認した後に、もう1度黒い尻尾を見た。
 シグルドは黙々と、多分現実逃避のためだろう、本を読み。
 彼が座っているベッドにハーヴェイも、いっそ寝てしまえという気持ちで、寝転がった。

 けれど、どうしても気になるのは、目の前に伸びる黒い物体。

 手を伸ばしてみる。
 少し触れてみれば、やっぱり感覚はあるのだろ、逃げるように動いた。
 また触れ見てれば、また逃げられる。
 触れた感じは髪に触れたときと同じだろうか。
「………、邪魔だ。」
「どっちが?」
「両方だ。」
 声は静かだが、この現状に苛立ちと困惑は隠せないのだろう。
 出来れば無視し続けたいものに触れるなといったところか。
 けれどその声を無視して尻尾を掴めば、シグルドが思い切り睨みつけてきた。
 それなのにハーヴェイを見た途端に何とも言えない顔をして、目を逸らす。
「なんだよ、その反応は。」
「………、お前、少し起きろ。」
「………。」
 言いたい事は何となく予想が出来たが、それでも体を起こす。
 ハーヴェイがベッドの上に座れば、シグルドもハーヴェイへと向き合って。
 じっとお互いの姿を見る。

 もう過ぎるほどに見慣れた互いの姿に。
 どうしても存在する違和感が2つ。

「………っ、あー、もう、気持ちわりぃ!!」
「オレだって同じ気持ちだ、なんだこれは!!」
「オレが知るかぁ!!つーか、尻尾引っ張るな、マジ痛いんだ!!!」
 茶色いふわふわした尻尾を引っ張られてハーヴェイが真剣に悲鳴を上げる。
 感覚はあるので、勿論引っ張れば痛い。
 そんな事は、この耳と尻尾の存在を知った時に自分で証明した。
「っ、の、やろっ!!」
 本当に痛いので。
 反撃のようにシグルドの黒い耳を引っ張り、それから噛み付いた。
「ばっ、噛む奴があるか!!」
「そっちだって引っ張るなよ!!」
「あの、すみません、ノックしているのですが…。」
「聞こえていないようだから入るよ。」
 お互いに尻尾を耳を掴んだまま睨み合っていれば、そう言ってルクスとキリルが入ってきた。
 ノックの音になど全然気付かなかった。
 取っ組み合いの喧嘩になりそうだったら2人は、少し驚いて2人を見た。
 入ってきた2人も、少しの間喧嘩になりかけた2人を見て。
「ルクス、大変だよ、やっぱり猫と犬って仲がよくないんだよ!このままじゃ2人ともずっと喧嘩になる!!」
 ハーヴェイとシグルドは、お互いの尻尾と耳を掴んだまま。
「大丈夫だよ、元が2人だからプラスマイナスゼロくらいになるよ。」
 ずれたことを叫んだキリルと。
 やっぱりずれた答えを返したキリル。
 それからお互いが掴んでいる物を見てから。
 疲れたように、深々と、ため息をついた。





動物化/ルクス&キリル編






 目が覚めて、ルクスは起き上がった。
 背を伸ばしながらいつもの時間なのだろうと時計を見れば、示されているのはいつもと同じ時間。
 普通の人よりもかなり早いとされる時間に目が覚めるのは、もう体に染み付いて抜けそうにもない。
 普段ならこのまま起きて身支度を整えて、こんな時間からでも動いている人達の手伝いでもしに行くのだけれど。
 隣にある気配に、ルクスは少しだけ笑った。
 見れば、昨日遊びに来てそのまま眠ってしまったキリルが、ベッドから落ちるか落ちないかの微妙な所で眠っていた。
 しかも布団を頭からかぶっていて、足の方には全然かかっていない状態。
 一体どうやったらこんな状態になったのか。
 その姿に思わず苦笑した。
 とりあえず広いわけでもない1人用のベッドでは狭いのは当たり前なので、腕を引っ張って落ちないように自分のほうへと引き寄せる。
 それでもキリルが目を覚ます様子はない。
 キリルもある意味では時間に正確で、起きなければいけないほどの騒ぎがなければ、決まった時間までは滅多に起きない。
 その時間はルクスよりも随分遅い。
 遊びに来てくれた友達を放っておく気にはなれないので、キリルがいる時は起きる時間になるまで待っているのがいつもの事。
 今日もとりあえず出来るだけ静かにベッドから降りて、キリルが目を覚ますまでの時間とりあえず本でも読んでいようかと考えながら、すっかり頭を覆っている布団をきちんとかけようと動かしたのだけれど。
 そこでルクスの動きが止まった。
 じっとキリルを見て、その後に天井の方へと視線を彷徨わせ、もう1度キリルを見る。
 まじまじと見つめた後に、今度は目を擦って、またまじまじと見つめる。
「………、夢…、かな?」
 そんな言葉を小さく呟き、ルクスはそっとキリルの頭に手を伸ばす。
 キリルの頭にある、黒い色をした、まるで動物の耳のような物。
 なんか最近同じ現象を物凄く見た気がする、とそんな事を思いながら触れる。
 耳のような物は、触れられたと同時にぴくりと反応した。
 ルクスの指から逃げるような動きに、思わず手を引っ込める。
「ん…。」
 小さな声が漏れて、キリルが寝返りを打つ。
 その拍子に何か尻尾のような物が見えたのは、気のせいだと思いたいが、多分気のせいではないだろう。
 思わず額に手を当てて深く息をつく。
 そのため息が聞こえたのか、触れられたのがそんなにくすぐたかったのか、珍しくキリルが時間でもないのに目を開いた。
 けれどまだ随分とぼんやりしている。
「あれ……?」
「………、まだ時間じゃないよ。」
「う…ん……、ルクスって……、猫だったっけ…?」
 いかにも寝ぼけていますという雰囲気のキリルが、横になったままルクスを見上げて、そう言った。
 今のキリルの姿がなければ意味の分からない言葉だった。
 けれど半ば諦めながら自分の頭に手を伸ばせば、何もないはずの場所に何かがある感触。
「………、夢だよ。」
「そっか…。」
「うん、そう。」
「だよね…、ルクスは猫じゃないし……、耳は茶色じゃないしね…。」
「そうだよ。だから、もう少し寝よう。ボクも寝るよ。」
「…うん……、おやすみ…。」
「おやすみ。」
 すぐに目を閉じて寝息を立てるキリルに、ルクスはもう1度ため息をついて横になった。
 いつもならおきている時間でも、これが現実逃避でも。
 寝ておきたら本当に夢だったらいいなと、そんな気持ちを込めて、目を閉じた。

 それでも起きた時にキリルが混乱してしまうのは、分かりきった事だった。





 






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