遊ぶ人集合 (早瀬)






「なあ、カードやらねぇか? カード」

夕食を済ませ食器を戻そうと立ち上がったキリルの元にハーヴェイが笑いながら近付き、大きく肩を叩く。
その反動で前のめりになりながらも一旦食器をテーブルへと戻し後ろを振り返ったキリルは、ハーヴェイの大きな掌に収まるカードケースを見て目を輝かせる。
大勢で集まって遊んだり談笑したりする事は勿論好きだったし、それに単にこの後の時間を持て余していたという事もあってより一層キリルの目を輝かせた。

「トランプですか? いいですね」
「やめておいた方がいいですよ」

さっさと片付けて遊ぼう。
再び食器を手にしてハーヴェイに承諾の返事を投げようとしたその声に、キリルでもハーヴェイでもない誰かの声が重なる。
予期せぬ声の突然の登場にふたり揃って後ろを振り返ると、そこには呆れたような苦いような表情をしたシグルドが立っていた。
どちらからともなく名前を呼ぶとそれを合図にゆっくりと歩を進め、本人達は否定するが傍から見ればもはや定位置となっているハーヴェイの隣に並んだ。

「一度付き合い始めたらなかなか帰れないですし、それにその内見苦しいものを見る事になりますよ」
「シグルド! てめぇ、見苦しいとは何だよ、見苦しいとは!」
「言葉の通りだ」

カードケースを握り締めて食って掛かってくるハーヴェイに対しシグルドは相変わらずの涼しい顔と声で淡々と受け答えしていく。
誰もがたじろぐであろうハーヴェイの勢いに飲まれない姿は流石と言うべきだが、しかし目の前の男ふたりが言い争う内容からして未だよく掴めていないキリルにしてみればシグルドのその姿に感心を抱く以前の問題となる。

「……どういう事なんだろう」

ポツリと呟いてみても言い争いに夢中の本人達から答えが返ってくるはずもなく。
仕方なくキリルは自分の前の席に座って我関せずと食後のお茶を楽しんでいたルクスに視線を向けた。
キリルの半ば助けを求めるような視線に気付いたルクスは、茶を含み口内で少し遊ばるようにしながら喉を小さく鳴らして顔を上げた。

「つまり、トランプはトランプでも賭け事の類で。そういうの好きだけど弱いハーヴェイが賭けるものを段々と失い最終的には身包み剥がされて……みたいな所かな」

ようやく話を掴む事が出来たキリルは、一度ルクスに倣って浮かせていた腰を椅子へと戻し静かに座りなおす。

「……なるほど」

きっとルクスもシグルドの言う『見苦しいもの』を見た事があるんだろうな。
そんな直感を抱きつつ、キリルは尚も言い争いを続けるふたりにそっと視線を向けた。





掃除 (風望)






 その惨状を見てシグルドは深くため息をついた。
 ひょこりと後ろから顔を見せたキリルが、うわぁ、と声を漏らした。
 ルクスだけは表情を変えずに辺り見回した。
「は…、あはは、悪ぃ…。」
 ハーヴェイが居心地悪そうに乾いた笑いを浮かべる。
「おい、ハーヴェイ。何がどうなってこうなったのか、簡潔に説明しろ。」
 怒っていると簡単に分かるほどに低い声でシグルドが、本当はハーヴェイの首でも絞めたかったのだけれど何かを察したのかキリルに腕をつかまれたのでその場から動けず、仕方なくハーヴェイを睨みながら言った。
 ハーヴェイとシグルドが使っている船室。
 その部屋が今足の踏み場もないくらいに酷い有様だった。
 かろうじて、たぶんハーヴェイ自身が歩くためだろう、扉からベッドまで物のない道が1つあるけれど。
 洋服やら酒瓶やら紙切れやら何時かの戦利品やら何故だかひっくり返っている椅子やら。
 誰かに荒らされた、といってもおかしくない部屋の惨状。
 シグルドが怒るのも仕方がない。  ハーヴェイは決して片づけが得意ではない。
 でも同じ部屋のシグルドがいつもは何とかしているようだけれど。
 今回は珍しくシグルド1人にキリルがギルドの依頼を頼んだ。
 10日程行ってほしい場所がある、と。
 その仕事をシグルドは笑顔で請けて、それを無事成功で終えて、帰ってくればこの惨状。
「いや、なんか…気付いたら散らかって…。」
「たかが10日くらいで何でこんな惨状に出来るんだ!?」
「シグルドさん、ごめんなさい、ボクがシグルドさんだけに頼んじゃったのが悪かったんです!」
「キリル様、放してください。今回ばかりはこの馬鹿とはっきり決着を付けさせてもらいます!」
「そんな会ったばかりの時のような事言わないでください!」
「悪い、悪かった!だからナイフ抜くなナイフを!!」
「黙れ!せめて1撃で終わらせてくれる!!」
「落ち着いてください、お願いですからー!!」
 本気でナイフを握るシグルドと必死に止めているキリルと逃げ腰になっているハーヴェイと。
 騒がしい中でルクスだけがきょろきょろと部屋を見回した後。
「シグルド。」
 静かに名を呼んだ。
 その声は、いくら頭に血が上っていても無視は出来なくて、反射的にシグルドは返事を返した。
「適当に邪魔にならない所に運んでおいて。」
 何を、と聞くより先に。
 シグルドから逃げようとしていたけれど部屋の中ではそれ以上逃げる場所がなくて困っているハーヴェイに歩み寄り。
 問答無用で腹に1発。
 気は失わなかったけれど殴られた腹を抱えてハーヴェイが蹲る。
「流石ルクス様。」
「後はよろしく。」
「はい。」
「って、ハーヴェイさん、大丈夫ですか、生きてますか!!?」
 キリルだけが慌てて駆け寄るが、呻き声が聞こえるだけで返事はない。
 そんなハーヴェイをシグルドが部屋から引き摺り出す。
「とりあえず海にでも捨てておきますか。」
「えぇ!?死んじゃいますよ!」
「海に物を捨てるのはあまり感心しない。」
「それよりもハーヴェイさんの心配、を……。」
 キリルがルクスを振り返れば、言葉は中途半端に途切れた。
 いつの間にかルクスは上着を脱いで武器も置き、手にははたきと雑巾があった。
「………、ルクス?」
「結構楽しいから、キリル君も掃除一緒にやる?」
 心なしかその表情は楽しそうに見えた。
 その表情に、掃除が好きなのかな、と思ってついキリルは頷いた。
「ではこれを捨ててきましたら、オレも戻って参加しますね。」
 笑顔でハーヴェイを引きずっていくシグルドと。
 笑顔に見えなくもない表情で悲惨な部屋を片付け始めたルクスと。
 渡された雑巾を握っていたキリルは、我に返るとまずハーヴェイを助けなくてはとシグルドを追いかける事から始めた。





好き嫌い (早瀬)






ハーヴェイとシグルドがキリルからクエストの派遣依頼を受けたのが今から3日ほど前。
それからすぐに依頼主の元に出向いたのだがその依頼主というのが稀に見るどうしようもない人物で、最終日の今日、仕事を終え邸を出た所でふたりは揃って大きな溜息を吐き出した。
依頼内容は邸の清掃。
シグルドならともかく掃除などという細々した事をハーヴェイに頼むのもどうかと初めはキリルも悩んでいたが
広大な其れを隅々まで、更に家具の移動もというのだから体力腕力共に十分備わった人間でないとこの依頼をこなす事は難しい。
しかも至急というのだからキリルも多少は焦るというもの。
互いの相性なども考えパッと思いつくのがハーヴェイとシグルドしかいなかった為、キリルは彼らに仕事を依頼したのだ。

邸についてみればいたのは昼間から酒を帯びている同じ年くらいの男がひとり。
それだけでもふたりの頬を引き攣らせるには十分だというのに、その男は黙々と清掃しているふたりの傍で酒瓶片手にフラフラしては聞きたくもない身の上話をベラベラと喋り続けた。
貴族で資産家だった両親の邸と金で毎日仕事もせず楽しく過ごしているのだという。
食事は外で取ればいいし洗濯も今は適当に外で済ませられる。
しかしこの広い邸だけはどうにもならなくて、埃やゴミがどうしようもならなくなった時に始めて人を呼ぶというのだから呆れた話だ。
折角だから模様替えもしようかと思って、などとヘラヘラ笑う男の顔が無性に腹立たしい。
苛立ちに何度も暴れ出しそうになったハーヴェイをシグルドが何とか宥め続け、本日こうして何とか無事に仕事の成功を納め邸から出る事が出来たのだった。

しばらく立派に構える門を出た所で呆然と立ち尽くす。
ある意味今までで一番厳しい仕事だと言っても過言ではない。
ハーヴェイは己の中でよくぞ耐え抜いたと賞賛したが、それはシグルドというストッパーがあってこそである。

「…………どうしようもねぇいけ好かねぇ野郎だ」

この邸にやってきてからこれまでずっと感じていた事をハーヴェイはこの時始めて口にした。
怒気を含みポツリと呟かれた重く深い言葉にシグルドは視線だけを向けて答える。

「……食の好き嫌いはないくせに」
「いけ好かねぇもんはいけ好かねぇだろうがよ。大体あれをいけ好かねぇで一体何をいけ好かなくなればいいんだってんだ。それに何で今食の話?」
「何となくだ」
「何となく、ね」

何だかんだでシグルドもはやり疲れているようだ。
ここぞとばかりに「いけ好かない」を連呼するハーヴェイに普段なら「煩い」の一言くらい叩きつけそうなものだが、男に対して抱く感情は正直ハーヴェイと全く同じであった為にシグルドはそれ以上何もいう事なく、ただ脱力しつつもう一度だけ溜息をつく。

空が青い。
静かに空気を吸い込む。
久々にゆっくりと呼吸をしたような気がした。

「……さて、さっさと帰るか」
「おう、さっさと帰ってさっさとパーッとやろうぜ」
「ああ」

このどうしようもない男はまた邸が手に負えない状態になったら人を呼ぶのだろう。
キリルには申し訳ないが、また依頼が此方に回ってくる事があれば完全に無視してもらうよう帰ったらまず説得しなければならない。
一度仕事を引き受けたからには結果がどうあれ何が何でも最後までやり通すのが筋というもの。
今回はキリルの手前何とか頑張ったが、今後一切関わり合いにはなりたくない。
それはふたり共通の意見でもある。

互いの健闘を称えあうように苦笑いを浮かべながら一歩、また一歩と門から離れて行った。





甘い (風望)






 買い物をする為にキリルは町に出て。
 それにルクスも、一緒にいくよ、とついて行き。
 買い物リストのメモを眺めながらキリルが真っ直ぐに道具屋に向かっていけば、その隣のルクスがふと足を止めた。
 それに気付いたキリルも同じように足を止める。
「ルクス、どうしたの?」
 足を止めたのは1つのお店の前。
 キリルは小さく首を傾げた。
 お店にかかっている看板には、交易所、と書いてある。
 あちこちの町で見掛けはするけれど、キリルにとっては1度も立ち寄った事のない店だ。
「少しここに入ってもいいかな?」
「あ、うん、いいよ。」
「時間かかるかもしれないから、キリル君は先に行ってて。この先の道具屋だよね?」
「じゃあボクあっちで買い物してるね。」
「うん。」
 店の中に入るルクスを見て、もう1度看板を見る。
 確か日常で使う物や各地の特産品などが売っていて、買うだけも出来るけれど、買って他の場所に運んで上手くやれば利益を出す事もできると聞いた。
 聞いたけれど、難しそうだから無理だな、とキリルは思った。
 だから入った事はない。
 ルクスは貿易をやった事があるのかなと思いながら、とりあえず道具屋に向かった。
 リストにある物を買って、ついでに何かいいものはないかとお店を見て。
 少し時間が経った後に道具屋から出れば、ちょうど歩いてくるルクスが見えた。
「終わった?」
「うん。ルクスは何か買ったの?」
「少し。」
「何買ったのか見てもいい?」
「別に、面白い物はないよ?」
 そう言いながら広げた袋の中には、綺麗な織物と何かの実と種と、後は砂糖がいくつか。
「砂糖なんか買って何か作るの?」
 何個か入っている砂糖を見て。
 重そうだなと思うよりも先に思ったのはそれだった。
「欲しいと言われたから買ったんだけど、もしかして何か期待した?」
「あ………。」
 たくさんの砂糖を見て。
 これが交易品だとか、調理場の人に頼まれたのかなとか考えるより先に。
 もしかしてルクスがお菓子でも作るつもりなのだろうか、とそんな事を思った。
 とても美味しい料理を作る人だ。
 お菓子を作っても上手なんじゃないかな、とそこまで考えていて、キリルが照れたように笑った。
「ご、ごめん、そうだよね、これ交易品だもんね。」
「別に普通に買い物をする人もいるよ。」
「そうなんだ?」
「何がいい?」
「え?」
   キリルがきょとんとした。
 その顔にルクスが小さく笑う。
「凄く難しい物ではなければ、大抵の物は作れると思うよ。」
 不思議そうな顔をしていたキリルは。
 やがてルクスの言葉の意味を理解して嬉しそうに目を輝かせた。
「で、でも…、それ頼まれた物だって…。」
「高い物じゃないから、他の材料とか、買って帰ろうか。」
「………、ケーキ、とかでも?」
「いいよ。」
 キリルがとても嬉しそうに笑ってくれるので、ルクスもなんだが嬉しくなり。
 お菓子の作り方も覚えておいてよかったな、と思いながらケーキの材料を集めるためにもう1度店の中に2人は戻った。





パートナー (早瀬)






「……ハーヴェイ」
「んあ?」
「これは一体何の真似だ」
「何って……肩揉み」

ベッドの上に座りながら、シグルドは今自分の身に起こっている事は一体何なのだろうかと考えていた。
すぐ後ろにはハーヴェイの気配。
肩にかかる温かで程よい圧迫に戸惑いすら感じる。
行為自体はとても心地いいもの。
大きな掌が緊張しきった筋肉に満遍なく熱を与え、力もちゃんと加減してくれているのか痛みが走る事もなく快適そのものである。

「それくらい分かる。そうじゃなくて何だってこんな事になっていかと質問しているんだ」

しかしハーヴェイが肩揉みだと平然と言ってのけるその行為にシグルドが戸惑うのも無理はない。
何せ長い付き合いの中でこうして肩を揉まれた記憶など、いくら探っても出てこないのだから。


始まりは夜もふけ、海を照らすものは月明かりしかなくなった頃。
風呂で一日の疲れを癒し、身体を程よく冷ます為にベッドの上で黙々と本を読んでいたシグルドは、同じく風呂上りで上半身裸のまま肩からタオル一枚引っかけコップいっぱいの水を豪快に飲み干すハーヴェイと一瞬目が合った。
それは偶然か、それともハーヴェイが元からシグルドの方に視線を向けていたのか。
同じ部屋にいるのだから視線が偶然かち合う事など珍しくもないし、今までにも何回もあった事なので今更どうという事でもない。
すぐにすれ違ったそれにやはり偶然かと、シグルドは再び活字に視線を落とす。
しかしその「偶然」がこの時間だけで何度も続けばさすがに気になってくるというもの。
一体何だ、用でもあるのか。
何度目かの「偶然」にシグルドがそう口を開こうとした、その時。
これまで動くのは視線くらいなものだったハーヴェイがようやく身体を動かし始める。
突然大股でシグルドの座るベッドへとやってきたかと思うと、許可もなくその上へと上がり込みシグルドの背後でドッカリ胡坐をかいて座った。
シグルドがハーヴェイの行動を問おうと首だけで後ろを振り返ると有無も言わさず前を向かされて、そしてハーヴェイの言う所の「肩揉み」が始まってしまった、という訳だ。
何度か後ろを向こうとするとすぐに大きな掌が後ろから顔を鷲づかみ前を向かされてしまう。
肩を揉む力はきちんと加減してくれるのに、こちらの方はてんでお構いなしで何度か繰り返している内に段々と首が痛くなってきてしまったシグルドはいつしか大人しくハーヴェイのされるがままになっていた。


肩だけでなく、腕の方もゆっくりと揉み解してくれる。
最初は意味の分からない戸惑いだけの行為だったが、どうせ意味が分からないなら自分に危害を加えられない限り放っておいてもいいのではないか。
そんな思いから大人しくしていたのだが腕も丁寧にマッサージしてくれるので暇つぶしに本を読める状態でもなく、今のシグルドに出来る事といえば頭の中で何かを考える事だけ。
明日は何をしようとか、そういえば倉庫の整理がまだだったとか、あれこれと考えている内に思考は自然と今のハーヴェイの不思議な行動へと行き着く。
もう時間もだいぶ経った。 望み通り大人しくしていたのだからそろそろ理由を教えてくれてもいいのではないか。
そう思い、顔は前へ向けたままで背後にいるハーヴェイに疑問を投げつけた。

「んー、何ていうか……只今キャンペーン中なわけ」
「キャンペーン?」

思わず振り返ってしまいそうになる視線を何とか押し留める。
折角解してもらったものを、無理矢理前を向かされる事で再び痛めるのは非常に馬鹿らしい。

「そ、ハーヴェイさんによるシグルドさんを労わろうキャンペーン中」

最近特に根詰めているようだったから。
そう言いながら手を休める事なく熱を送り続ける。
ゆっくりと時間をかけ揉み解された事により血行もだいぶ良くなってきて、風呂上りとは別の理由で身体が火照ってきた。

「…………珍しい。これから嵐がくるな」

冗談交じりに小さく笑いながらそんな事を言うと一瞬だけ肩に触れる掌に力がこもる。
それは黙っていろという合図らしく、ハーヴェイ自身らしくない事をしているという自覚があるようだ。
本当に笑ってしまう。
行動の理由は何とも簡単なもの。
労わってくれるというのならあまり考えなしに行動して此方の頭を痛めさせないで欲しいと思うが、それが出来ないからこその「キャンペーン」なのだろう。
これまでに一体どれだけふたり一緒に組まされたと思っているのか。
そんな事は慣れたものだし本当に今更だというのに、急にこんな事をされては調子が狂ってしまう。

「何とでも言え」

しかし満更でもない気持ちも確かにあって。
すぐ後ろから響くその声が普段あまり聞く事のないとても静かで柔らかなものだったから、このままハーヴェイの気の済むまで身体を預けていてもいいかもしれないと、そっと瞳を閉じた。





お疲れ様 (風望)






 クールーク王国に入って、どれくらい経ったか。
 最近は色々な事が立て続けに起きて、戦いも続いていて。
 時折オベルに戻っては必要な物を揃えたり情報を得たりして。
 確実に慌しくなってきたな、と大きな焚き火を見ながらルクスはぼんやりと思った。
 忙しい、と言っても、この戦いでは主に戦う事以外では役割らしい役割はないので、ルクス自身は特に何があるわけでもない。
 ルクスにしてみれば忙しいくらいがちょうどいいと感じる。
 こうしてぼんやりと焚き火を見ているだけなのは落ち着かず。
 でもテントに戻る気にもならずに、ふと誰もいない隣に目を向ける。
 最近、隣にキリルがいる時間が減ったように思う。
 キリルもルクスも遊ぶために今一緒にいるわけではない。
 だから一緒にいる時間が減った事に不満はない。
 ただ、心配に思った。
 ルクスにとっては忙しいのは当たり前だけれど、キリルにとってはそうでもない。
 今はもう遅い時間。
 以前なら隣にいるキリルが眠たそうにするような時間だ。
 でも今は隣にもキリルが使っているテントにもいない。
 今後の事などを色々と話し込んでいるようで、ルクスもついて行くつもりだったが、休んでいて、と断られた。
 戦いが続いていることを実感しての気遣いだと思う。
 でもルクスにしてみればまだ休む時間でもない。
 でもキリルは休む時間で、加えて今の彼は疲れている。
 それを思って小さく息をついた。
 大丈夫かと聞けば大丈夫と笑って返す。
 けれど多分あまり眠れていないように見える。
 この忙しさは終わりが近づいた為の忙しさだ。
 色々と考えてしまって落ち着いて眠れないのだろう。
「あれ、ルクス?」
 ふと後ろから声が聞こえて、でもそれよりも前から気配で気付いていたので、驚くことなく振り返った。
「終わった?」
 聞けばキリルは頷いてルクスの隣に座った。
「休んでなかったの?」
「待ってた。」
「ボクに何か用事あったの?」
「特に何も。」
 ただ心配だったので顔が見たかった、とは言わなかった。
 不思議そうに首を傾げたキリルは、結局それ以上何も聞かずに焚き火の方に目をむけ、そうして疲れたようにため息をついた。
 思ったとおり顔色はあまりよくない。
 気遣うように頬に触れれば、キリルはくすぐったそうに目を細めた。
「ルクス?」
「疲れてるね。」
「え…、あ、もしかして心配してくれた?でも大丈夫だよ。」
「キリル君。」
 少しだけ咎めるように強く名を呼べば、キリルは一瞬言葉を詰まらせて。
 それから頬に触れているルクスの手を握って小さく笑った。
「ごめん…、うん、少し……疲れてる。」
 言葉にしてくれた事に少し安心した。
 心配かけたくないと思っているのは分かっているけれど、でも1人で溜め込んではほしくなかった。
 そのうち自分のように頼る事さえ忘れるようにはなってほしくはない。
「眠れる?」
「………、正直、最近あんまり。なんか、落ち着かなくて。」
「何か温かい物でも用意しようか、少し待ってて。」
 立ち上がろうとしたが、キリルが握った手を離そうとしない。
「いい、いらない。いらないからここにいて。」
「………、分かった。」
「あと、少し肩貸して。」
「いいよ。」
 本当は横になった方がいいけれど。
 眠った後に運べばいいと思いながらルクスが頷けば、ありがとう、と小さく告げられる。
 手を離してくれないので、ルクスからもその手を握って。
 肩に寄りかかったキリルは目を閉じて、どこか安心したように息をついた。
 本当に疲れていたのだろう、少しの時間で眠ってしまった。
 眠るキリルを見て。
 それからここまでキリルが疲れる原因になった現状を思い出して。
 終わりの見えてきたこの先の戦いのことを考えて。
 繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「………、お疲れ様、キリル君。」
 まだ全てが終わったわけではないけれど。
 そうして終わった後に待っているのは、きっと別れだろうけれど。
 今はただ疲れたキリルを労るだけ為に、優しい声でルクスは呟いた。





 






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