夜が明けた (早瀬)






一度話し出すと止まらない。
それは本人達が一番承知している事だ。
適当な世間話ならば話の切れ目に席を立つ事も難しくはないが、今後の事や己の理想など交わせば交わすだけ膨らんでいくもの相手ではどうしようもない。
何せ忘れてしまうのだ。
時間も周りも全て。
心中をぶつければ全く違う見方の其れが返ってくる。
だから面白い。
お気に入りの酒を片手に何度交わしても飽き足らず、限界などもなく、いくらでも弾ませる事が出来る。

だからふと持ち上げた視線の先の映る時計。

「……そろそろ夜明けだ」

どちらからともなく呟く事も、ふたりには決して珍しくない事。





風邪気味 (風望)






「風邪なんだって?」
 扉を叩く音がしたかと思えば、返事も待たずに部屋に入ってきたルクスは、まずそう言った。
 それに、だるさの為にベッドで横になっていたハーヴェイは顔を顰める。
「違う、風邪気味なだけだ。」
「大差ないと思うけど。」
 淡々と返しながらハーヴェイのほうへと歩み寄るルクスの手には果物の入った篭がある。
 もしかして見舞いだろうか。
 ルクスを見上げるけれど、起き上がる気にはなれない。
 でも、見舞いだなんて、そんな大げさな事をされるような症状ではない。
 ただ少しだるくて熱っぽいだけで。
 海を移動中の船の中、特にすることもなかったので、寝ている方がいいと判断しただけだ。
「シグルドが、珍しい事もある、と言っていた。」
「……だろうな、オレだって久し振りだ。」
「それで、キリル君が心配をしていた。」
「……そっか。」
「見舞いに、と言っていたけど、うつるかもしれないから、ボクが代理に。」
「……じゃ、それって。」
「キリル君から。…………半分はボクから。」
 小さく付け加えられた言葉に少しだけ苦笑した。
 風邪気味なだけなんだけどな、と心の中でだけ呟いた。
「悪いな。」
「治るまで部屋から出ないでね。風邪が広まると困る。」
「まぁ、風邪のために戦力落ちるのも馬鹿らしい…。」
「のもあるけど、キリル君にうつる確率上がる。」
「………結局そこか…。」
 突っ込む気力もなく、ぐったりとベッドにうつ伏せになる。
 そんなハーヴェイを特に気にすることなくベッドの脇においてあった、おそらくルクスより前にいたはずのシグルドが使っていたのだろう、椅子に座って篭から1つ果物を取り出す。
 1つはルクスから、もう1つはキリルから。
 海の上では買い物に行くなんてできないので、調理場の人に頼んで1つづつ貰ってきた。
 その皮を慣れた手つきで剥きはじめる。
 その様子をしばらく眺めていたハーヴェイは、ふと笑った。
 視線だけをハーヴェイに向けたルクスも、その笑みの意味を理解したのか、小さく苦笑した。
「悪かったな、心配かけて。」
「別に、たいした事ないんだったら、よかったよ。」
 ルクスの声は、どこか安心したような雰囲気で。
 とにかく風邪を治してしまおうと思った。
 その為に、と切り分けられた果物を食べるために体を起こし。
 そうしてシグルドが置いていったはいいが苦い為に今までおきっぱなしにしてた薬を、随分と自分を心配してくれている少年達の事を考えて、諦めて手に取った。





あともう少し (早瀬)






「…キリル君? キリル君、あともう少しだよ?」
時計を確認すると間もなく日にちが切り替わろうとしている。
今年の終わりがもうすぐやってくる。
其れと同時に来年の始まりもやってくる。
数日前、折角の目出度い日を共に過ごそうとルクスに鼻息も荒く提案してきたのはキリルだった。
ルクスと初めて迎えるこの瞬間。
一緒にいられたら嬉しいなと、照れ笑いを浮かべながらそう口にした。
家族同然であるアンダルク達とではなく、始まりの瞬間を共に。
ルクスも何の迷いもなく其の提案に頷いた。
しかし―――――。
「…うん…」
当の本人は今、並んで座るテーブルに頬を押し当て必死に重い瞼と戦っていた。
思わぬ強敵に負けそうになりながらも、それでも何とか踏みとどまっている。
辛うじて、と言ったほうが適切かもしれない。
不覚だった。
ルクスが承諾してくれた事が本当に嬉しくて、当日が楽しみで仕方なくて今日という日が近付くにつれ段々と眠れなくなっていった。
わくわくしている状態の時は其の気持ちだけで身体が持ちこたえたが、いざ当日となると脳が満足してしまったのかすっかりリラックスしてしまい、蓄積された睡眠不足が一気に襲い掛かってきたのだ。
キリルが今日を楽しみにしていた事はルクスも知っていたので何とか眠気を取り払えないものかと頭を捻ってみたが、あまりいい方法が思いつかず今に至る。
ルクスの呼びかけに一応返事をするが虚ろで呂律も回っていないし、もはや瞼を持ち上げる気力も残っていないようだ。
「キリル君」
もう一度名前を呼ぶ。
「………」
今度は返事がない。
ゆっくりと顔を覗き込むと、小さく開かれた唇から規則正しい微かな呼吸が聞こえてきた。
「……あと本当に少しだよ、キリル君」
再度時計に目を向けながらかけられた呟くような言葉は決して目覚めを促がすものではなく、まるで子守歌のようにキリルの耳へと柔らかく届けられる。
年越しは特別かもしれないが夜は夜。
関心も薄く部屋でいつも通り寝ている事が多かったルクスにとって、この時間誰かが傍にいるというのはすごく新鮮な事だった。
起きていようが寝ていようが傍にいる事には変わらない。
其れが大切な人ならば余計に。

時計の針が終わりと始まりを同時に示す。
しかしルクスはあえて何も口にはしない。
挨拶もお礼も一方的にではなく、全てはキリルが目覚めてからふたりで。

今はただ小さな微笑みだけを、静かに落とした。





満腹 (風望)






 ふわりと意識が浮上する。
 ぼんやりと目を開き、けれど布団の中が心地よく、再び布団を手繰り寄せ。
 その感触が気持ちいいなと目を閉じた、ところでキリルは何かに気付いたようにがばりと体を起こす。
 自分の部屋ではなった。
 見覚えのあるここはルクスの部屋だ。
 慌てて窓の外を確認すればとても明るく。
 それはもう夜明けとかそんな領域ではなく、昼が近いかもしれない。
 せっかく。
 せっかくルクスと一緒に年の変わる夜を過ごし、変わった瞬間に言葉を告げようと思ったのに。
 がくりとキリルは肩を落とす。
 泣きたい気分になった。
 部屋を見回せばルクスの姿は見えず、なおさら悲しくなった。
 一緒に過ごそうと告げた時の、ルクスの嬉しそうにしてくれた笑顔。
 頷いてくれた事も、そんなふうに笑ってくれた事も、全部嬉しくて。
 本当に楽しみにしていたというのに。
「……、怒らせた、かな…。」
 せっかく一緒に過ごしてくれていたのに、誘った自分が真っ先に眠ってしまったのだ。
 怒る、という姿をルクスではあまり想像できないけれど、少なくとも呆れられてしまったかもしれない。
 謝らなければ、そう思って立ち上がる。
 そうしてまた、せめても新しい年になった今日を、一緒に過ごしてくださいと、そうお願いしよう。
 ベッドから降りて部屋の外へ。
 あてもなく船内を走り回っていれば、途中で出会ったハーヴェイが、そういや調理場で何かしていたぞ、と教えてくれた。
 ありがとう、と言って。
 続けて、あけましておめでとう、と言いかけて、やめた。
 それは1番最初にルクスに告げたい。
 あけ、と中途半端に言葉を途切れさせれば、ハーヴェイは気付いてくれたようで、あとでな、と笑ってくれた。
 大きく頷いて調理場へ。
「ルクス!」
 思い切り叫んだ。
 この船に乗ってくれている料理人がそんなキリルに驚いたような視線を向けるけれど、構わずにルクスの方へ駆け寄る。
 大声で名を呼ばれたルクスは少し驚いたようだけれど、すぐに小さく笑みを浮かべる。
「キリル君、起きたんだ。」
「ルクス、ごめん、本当にごめん!」
「え?」
「ボクの方から誘ったのに、なんか勝手に寝ちゃって、せっかく付き合ってくれていたのに!」
「ああ、その事。」
「ごめんなさい!!」
「謝らなくていいよ、気にしていない。それに、ボクとしては十分だったし。」
「え?」
 きょとんとするキリルの前にルクスが見慣れない料理の乗った皿を1つ差し出す。
「群島諸国では、新年にはこれを食べるんだ。」
「へー、おいしそう。」
「そういう類の物いくつかと、あとはキリル君が好きだといっていたのも、思い出せるだけたくさん作った。」
 視線をずらせば、テーブルの上にたくさん皿が置いてあって。
 確かにそれはキリルが好きなものと。
 後は差し出されたものと同じ、見慣れない料理。
 まだ不思議そうな顔をしているキリルに、ルクスは笑いかける。
「たくさん作ったから、昨日みたいに、今日も一緒に過ごしてほしいんだ。」
 それはキリルから言おうとした言葉だ。
 それをルクスから言ってもらえるなんて、一瞬信じられなくて。
 でも目の前にルクスは、怒った様子も呆れた様子もなく、笑ってくれていて。
 こみ上げてきた気持ちは、嬉しさばかりだ。
「う、うん!もちろん!!」
「よかった。」
「じゃあ、何か手伝う?」
「まだ少し用意に時間かかるから、これだけいっぱい食べれるように体を起こしてきて。それで終わったら一緒に運ぼう。」
「うん!」
 確かに寝起きだからたくさん食べるのは辛いかもしれない。
 とりあえず顔を洗っておいで、とルクスに言われた。
 身支度もろくにせず走ってきた事を思い出し、気恥ずかしく思いながら頷いた。
 とりあえず部屋に戻ろうとしたら、キリル君、と声をかけられる。

「あけましておめでとう。今年も…よろしくね。」
「あ…、うん!あけましておめでとう、ボクの方こそ、よろしくね!!」





失敗した (早瀬)






その日ハーヴェイは珍しく目覚めが良かった。
普段シグルドのうんざりとした声をBGMにシーツをはがされ叩き起こされる事が多かったハーヴェイにとって久しぶりの、いや、海賊を名乗るようになってからは初めてかもしれない静かな朝。
思わず辺りをきょろきょろ見回してしまったとしても、それはきっと仕方のない事だろう。
視界の端に映るもうひとつのベッドの上にはこんもりと盛り上がるシーツがある。
毎朝聞いてきた目覚ましはまだ鳴り響かないようだ。
ここであるひとつの悪戯を思いついたハーヴェイは意地の悪い笑みを浮かべながらゆっくりとベッドを抜け出した。
悪戯と言っても何かを仕掛けるとか顔に落書きとか、そんな幼稚な事はしない。
ただ起こしてやるだけだ。
時計を見ると結構いい時間のようだし、いつも世話になっているお礼も兼ねて起床を促がしてやろう。
そう、少々盛大に。
こちらに背を向け眠るシグルドに一歩一歩近付く。
起きる気配はない。
狸寝入りかどうかくらいすぐに分かる。
神経質そうに見えて意外に一度寝たら起きないタイプなんだなと、今まで気付く事のなかった一面にハーヴェイは密かな感動を覚えた。
それと同時にどうやって飛び起きるか見物だという気持ちも徐々に強くなっていく。
嬉々とした表情でシーツから少しだけ出た黒髪の向こう側を覗き込んだ。

「ッ!」

瞬間、己の目に飛び込んできた光景にハーヴェイは大きく息を呑む。
顔を逸らすだけでは到底足りなくて、身体ごと勢いよく反転させその場にしゃがみ込んだ。

人の寝顔は幼く見えると聞くが、どうやらそれは本当だったらしい。
大人びた表情ばかり間近で見てきたのだから余計にそう映るのだろう。
常に人から起こされる立場にあったハーヴェイは、この時初めて其れを実感した。

「……くそッ、失敗した」

シグルドのベッドに背を預け天を仰ぐ。
失敗した。
大人しくいつものように叩き起こされていれば良かった。
変な悪戯など思いつかなければ良かった。
気付く事のなかった一面をまた発見してしまった。

柄にもなく熱くなってしまった頬を掌で押さえつけながら、篭もってしまった其れを大きく大きく吐き出した。





謎 (風望)






「………、なんでだろう?」
 そう言ってキリルは首を傾げた。
 その隣でルクスも同じように小さく首を傾げた。
「………、なんでだろうね…。」
 呟かれた声に混じっているのは、呆れとも取れるし、感心にも聞こえる。
 が、どの道キリルにとっては嬉しくなかった。
 目の前の皿に盛られた料理が1つ。
 以前ルクスに料理を教えてもらった。
 そのときの事を思い出し、例え分量が適当ばかりでも手順とかはきっちりと書いたので教えてもらったときのメモを持ち。
 もしも最悪の場合には助けてもらおうと、今回もルクスに頼み込み。
 さて頑張るぞ、と意気込んだ結果だ。
 今回調理場は無事だった。
 まず最初にルクスにそれを褒められた。
 普通褒める部分ではないのだけれど、キリルにしては進歩だ、ありがたくその言葉を受け取った。
 けれど次に出来た料理を見て、2人は首を傾げた。
「………、それで、これは何?」
「………、なんだろう…。」
 教わったのは野菜と魚を煮込んだ美味しそうな料理だった。
 なのに目の前の皿には揚げ物が乗っている。
 魚を使った料理を教えたので、たぶん魚の揚げ物だとは思うのだけれど。
「どこで間違ったんだろうなぁ…。」
 そう言ってキリルが見返すメモをルクスが覗き込んでみれば、そこにはルクスが教えた手順がきっちりと書かれている。
 おかしいところもなく、合い間に交えたちょっとした工夫なんかも真面目に書いてある。
「………、本当に…どこで間違ったんだろうね…。」
 書いてある通りにやれば、間違っても揚げ物なんか出来るわけがないのに。
「………、とりあえず食べてみるよ。」
「えっ、ダメだよ、危ない!」
 ボクもまだ怖くて手をつけていないんだから、と真面目に止めようとするキリルに、もう笑うしかない。
 以前キリルが作った料理でアンダルクが倒れた事は知っている。
 けれど見た目は普通だし。
 折角、例え結果が大幅にずれても、キリルが教えた料理に挑戦してくれたんだからと、躊躇いもなく食べれば、あ、とキリルが声を上げて心配そうにルクスを見つめる。
「………、美味しい。」
「え?」
「うん、普通に。」
「え……、そ、そうなの…?」
 自分の料理に酷く怯えながら、それでもキリルも一口食べてみる。
「………、あ、本当だ、普通に食べれる。」
「ね?」
「うん。」
 調理の過程で何をしたのか、ほんのり味の付いた揚げ物だ。
 普通に食べられるし、今までのキリルの料理を考えれば物凄い進歩だ。
「………、でも、なんだろう…、この素直に喜べない気分…。」
「本当に…なんで揚げ物になったんだろうね…。」
 メモの内容は間違っていないし。
 最悪の場合は助けてといわれたので始終見ていたわけではないけれど、時折確認した時は間違っていなかったのに。
「………謎だね。」
「………不思議。」
「今度は揚げ物を教えてみようか。そうしたら煮物になるかも。」
「うん、でももし炒め物になったらごめんね。」
 2人で微妙な顔をしながら、とりあえず初の成功作とすることにした料理を食べた。





 






NOVEL