押し倒す






 相方が妙にそわそわしている事には気づいていた。
 最初は些細な視線の動き、不自然に大きな動作、何でもないところで辺りを気にする落ち着かない様子。
 何かある事は明らか。
 しかし問うてみても下手くそに、そして無理矢理はぐらかされてしまう。
 隣であまりそわそわされるのも気になるものだが、本人に話す気がないのなら仕方がない。
 そこにあまり緊急性も重大性も感じなかったので、必要になれば相手から何か言ってくるだろうと放置しておく事にした。
 下手に首を突っ込んで面倒事に巻き込まれるのは本意ではない。

 しかしそれが夕食を過ぎ、同室ゆえに何となく一緒に部屋に戻り一息ついた辺りで悪化した。

「なあ……今日さ、どうする?」
「………………は?」
 そして目の前で散々そわそわうろうろした挙句、ようやく口を開いたかと思ったらこのセリフ。
 一体何の話だ。
 突然要領の得ない話を振られ、眉を寄せたシグルドを見てハーヴェイはバツが悪そうに顔を背けた。
 ガシガシと乱暴に髪をかきむしり、思いっきりシグルドから視線を外して唸っている。
 ようやくそわそわの理由を話す気になったようだが、まだあと一歩のところで覚悟を決められていなかったようだ。
 変に濁す方が気まずいだろうに。
 呆れたシグルドの口から小さなため息がこぼれる。
 しかし一度切り出された話を再び放置しておく気はシグルドにはない。
 ハーヴェイのそわそわに気づいた時から一体何なんだと気にはなっていたのだ。
 自らの意思で口を開いたからには最後まで責任を持て。
 瞳を細め少し睨みを利かせた視線を向けると、自分の分が悪い事を知っているのか、ハーヴェイは観念したように大きく頭を振った。

「だから! えっとその……あれだよ! お前今日俺に押し倒されてみるか!?」

 ヤケクソ気味の声音がシグルドの鼓膜を震わせる。
 それまで細めていた瞳は大きく見開かれていく。
 その先にいるハーヴェイは、唇を引き結び頬を赤に染めながら、睨むようにシグルドの様子を窺っていた。

 ストレートなんだか遠まわしなんだかよく判らない、それは何て初で慣れない誘い文句なのだろうか。
 例えばルクスやキリルのような少年が使ったのならば非常に可愛らしく、そして微笑ましいもの。
 しかし今この場にいるのは年齢的にも関係的にも初々しさをとっくに超えてしまった男二人組。
 初というよりは、ただただ恥ずかしい。
 いつもこうだったろうか。
 いつもはどういう誘われ方をしていただろうか。
 ついにはそんな余計な事まで思い出そうとしてしまい、つられて赤くなる頬をシグルドは咄嗟に誤魔化すように口を開いた。

「……何だ、それは」
「言葉通りだって。頼む、質問はナシの方向で。顔から火が出そうなんだ。で、返事は?」

 何をそわそわしているのかと思ったら、理由は何て事ない。
 「誘う」というこれまで何の気なしにやってきた行為を改めて意識した時、急にポンと全てが抜け落ち、急にポンと初に帰ってしまったのだ。
 その結果がこれ。
 年齢的にも関係的にも初々しくも可愛くも微笑ましくも何ともない。
 ハーヴェイ相手に今更遠慮したり引いたり流されたりはしない。
 普段のシグルドならば軽く一蹴する事くらい容易い事だ。

 しかし、妙に懐かしい、自分達も過去一度通ってきた初な雰囲気のせいだろうか。
 気がつけばシグルドの首は小さく縦に振られていた。










END





 


2010.11.19






NOVEL