押し倒す






 隣で本を読んでいた相棒の肩を押した。
 何となく隣に座って、何となく雑談をして、ふと会話が途切れた。
 静かな時間がほんの少し続いた後に、何となくハーヴェイはシグルドをベッドの上に押し倒した。
 最初からこういう意図があって隣に座ったわけじゃない。
 けれどふと気付けばそんな事をしていた。
 あまり力を込めた訳でもないのに倒れたシグルドは、多分ハーヴェイがこうするとは思っていなかったのだろう。
 ほんの少し驚いた顔をして。
 それから不機嫌そうに顔を顰めた。
 本が床の上に落ちた音が聞こえたと同時にそんな表情を浮かべたので、現状よりも本が落ちた事への不満の方が強そうだった。
「………、何だ、急に。」
「………、何となく?」
「あのなぁ…。」
 呆れたようにシグルドがため息をつく。
 気持ちは分かるが、ハーヴェイはそれしか言えなかった。
 別の言葉を選んでもよかったが、それはそれでシグルドは嫌がっただろう。
 こんな時は結局何を言っても彼は不機嫌そうな表情をする。
 別にいつもの事なので気にならない。
 もしここで照れられたり恥ずかしがられたりでもすれば、正直気味が悪いと思うだろう。
 シグルドはいつだって不機嫌そうか気まずそうな表情を浮かべる。
 だから浮かべる表情よりも、この後に何もしないか邪魔だと押し退けるか、どちらの行動を取るかという事の方が重要だった。
 じっと見下ろしていれば、ため息をついた後のシグルドは、特に何もしない。
 向けられる視線を睨むように見返してきたが、それで終わった。
 本当に落ちた本が気に喰わなかっただけのようだ。
 読書を中断させたのに珍しいなと思った。
 させた自分が思うのもおかしな話だが、でも実際珍しかった。
 そのまま何をするわけでもなくじっとシグルドを見下ろす。
 見慣れた光景だった。
 一緒に行動するようになってどれくらい経ったのか。
 経過した時間のうち、どのくらいがこういった関係になってから過ぎた時間なのか。
 何気なくそんな事が頭を過ぎったが、細かい数字は思い出せないし、別に思い出す気もなかった。
 ただ、見慣れたなぁ、と思った。
 髪を梳けばシグルドが怪訝そうな目を向けてくる。
 ずっとこのまま何もせずにいれば、そのうち邪魔だとハーヴェイを押し退けてシグルドは読書に戻るだろう。
 簡単に予想が出来たが、でもただ髪に触れた。
「何がしたい?」
「この状況で聞くか、普通。」
「お前が聞かせるような事をするからだろうが。」
「じゃあ言うけどよ。」
「いや、いい、言うな。」
「どっちなんだよ。」
「言うな。」
「でも言うけど、まぁ何がしたいって部分はこの状況が全部を物語ってるとして、見慣れたなーって。」
「………、は?」
「お前をこうして見下ろすのも、見慣れたなって思って。」
 言葉を詰まらせたシグルドが、気まずそうに目を逸らした。
 その様子が楽しくてハーヴェイは少し笑った。
「いつからだっけかと思ってさ、こんなの。」
「知るか。」
「だよな。」
 短い答えに納得して頷く。
 ぼんやりと、このくらい、とは言えるが、でもどうでも言いと思う気持ちの方が強い。
 今更何を言い出すんだとシグルドが雰囲気で訴えてくる。
「そんな事を思い出さないといけない事でもあったのか?」
「いやさキリルが。」
「キリル様が?」
「2人はいつ仲直りしたんですか、って。」
「あー…。」
「ついでにルクスも、いつ頃仲が悪かったんだ、って。」
「………、それはどういう意味だ…。」
「特に何の含みもない純粋に疑問だった。」
「そうか…。」
 それはかわしにくいな、とシグルドがもう1度ため息をついた。
 自分への態度と随分違うと文句を言えば煩いと一言で切り捨てられた。
 そうしてシグルドはハーヴェイを見上げる。
 暫くはただ見上げていたシグルドが、そうだな、と小さく呟いた。
「え?」
「確かに、見慣れたな。」
 不本意ながら、とシグルドは苦笑いを浮かべた。
「それで、それを確認する為だけだったら、いい加減退け。」
「まさか。」
「お前は少し人の迷惑を考えろ。」
「お前相手に遠慮なんかするかよ、今更。」
 ハーヴェイの答えなんてシグルドは分かっているだろう。
 お互いに何を思ってその時どう行動するかなんて分かりきっている。
 見慣れたなと2人で言ってしまうくらいの時間は流れたのだし、その流れた時間の中で一緒に過ごした割合はきっと多かった。
 でもこのやり取りは飽きないし。
 見慣れたとは言っても見飽きたなと思う事はない。
 お互いを嫌っていたのがいつまでで、いつから共にいるようになったのか覚えていないが、こうしている事に疑問を持った事もない。
 だから、まぁいいか、と思った。
「それで、結局いいのか?」
「遠慮しないとか言って聞くな。勝手にしろ。」
 同じような事を何度も繰り返して、結果なんて見えているのに同じ事をして。
 それなのに最後には仕方なさそうに小さく笑うシグルドの表情が、何度見ても好きだなと思って。
 きっとそれが全部でいいのだろう。
 だからふと浮かんだ細かい事は放っておいて、見下ろしたシグルドにハーヴェイは笑って見せた。










END





 


2009.04.30

ルクスとキリルを書いた後にこの2人をべたべたさせようとすると、なんか力加減間違える気がします
だから何とかしようとしたら、何だかよく分からない方向に行った気がします
………、気にしないでね!(あれ?)





NOVEL