押し倒す
無抵抗の人間を押し倒すのは簡単だ。 腕でも肩でもいい、相手の身体の一部を捉え、そのまま体重をかければいい。 気にする事といえば押し倒した後に自分が、何より相手が痛くないように場所を気をつける事くらいである。 しかしいくら相手が無抵抗であったとしても、こちらが極度の緊張状態にあった場合は話がまた違ってくる。 今のキリルがまさにそれだった。 誰よりも大切だと感じる人とふたりきりで部屋にいる時に、明らかに空気が変わる事がたまにある。 それを感じた時に必ずといっていいほど湧き上がるのは「隣にいる相手に触れたい」という純粋で淡い気持ち。 先に思い、先に実行した方がその夜の主導権を握る。 今日はルクスより先にキリルがその気持ちに気がついた、ただそれだけの話だ。 しかし慣れないこの行為の始まり。 不慣れで手探りな分、どうしたって意識せざるを得ない。 ルクスは基本的にキリルのする事に無抵抗だ。 真っ直ぐ向けられる瞳に一度手を止めてしまえば、動きを再開させるのは至難の業となる。 無意識にカッと熱くなる頬。 段々と大きく、早くなっていく鼓動。 思わず唾をゴクンと飲み込む。 肩に手を置き、あとは少し体重を相手の方へとかけるだけ。 それだけなのに。 「………………ルクス、ごめん」 触れたいと感じる気持ちのままに伸ばした手は、 その肩に置かれた瞬間、まるで金縛りにあったかのように動きを止める。 緊張からか、次第に背に伝う汗まで感じ始めた。 このままでは話が先に進まない。 そう感じたキリルは。 「お願い、押し倒されて」 情けないとか恥ずかしいとか、そういった感情は一切封印し、 真剣に真面目に素直に、自分が押し倒すのを手伝ってくれと、そうルクスに頼む事にした。 END2010.07.31 NOVEL