痕をつける
試してみたい事がある。 そう言ったキリルがルクスを自分の部屋に誘った。 断る理由のないルクスは大人しくキリルのあとについて部屋に入り、そして今に至る。 キリルはルクスをベッドへと座らせ、そして自分もルクスと向かい合うようにして座っていた。 しばらくは無言でふたりの間にあるシーツに視線を落としていたが、ある時何かを決心したようにキリルは顔を上げる。 そして徐(おもむろ)にルクスの右手を取った。 「あのね、手放したくないものを守るにはどうしたらいいかってずっと考えてたんだ」 真剣な表情にはまるで似合わない小さな声でポツリポツリと呟く。 しかしそれはずっと沈黙していたこの雰囲気にのまれただけで、決して迷いからではない。 その証拠にルクスの手を取る左手は、力こそ入っていないがしっかりと捉えている。 「そしたら、いい事教えてもらった」 誰に、とは今更聞かない。 キリルに対して非常に過保護なアンダルク達が教えてくれない事は、 全部無遠慮で意外に面倒見のいい海賊があっけらかんと教えてくれる。 そして良くも悪くもキリルはその海賊の事を無条件に信頼しているので、全部全部鵜呑みにしてしまうのだ。 間違った事ばかりなら釘のひとつも刺せるのだが、そうでもないのでルクスも何も言えない。 「こうやって自分の痕つけておけばいいんだって」 そう言ってルクスの手をとっていた左手を大事に持ち上げ、己の唇へと近づけていく。 そして手の甲の真ん中辺りにそれを押し当て、肌の感触を確かめるかのように遠慮がちに小さく唇を開いた。 ジュッという雰囲気に似つかわしくない音が部屋に響く。 想像以上だったのか、その音に驚き一瞬身を引きかけたキリルだったが、左手同様、唇がルクスの手から離れる事はなかった。 一度行動を起こしてしまえばあとは勢いだけ。 ジュッジュッと不慣れで稚拙な音を立てながら、キリルは夢中で行為を繰り返した。 それはキリルが満足するまでずっと。 さほど長い時間ではなかっただろう。 しかしキリルにも、そしてルクスにも初めて経験する時間ゆえに、その経過も非常に長く感じた。 やがてそっと手の甲から唇が離れ、己の痕を確認するために覗きこむ。 が、すぐに怪訝そうに眉を寄せて手の甲一点に視線を落したまま固まってしまう。 「上手くできない……」 おかしい。 教えてもらってあんなに練習したのに、師匠のように綺麗に痕が残らない。 そう言って一点を見つめたまま難しい顔をして黙りこむ。 ルクスはそんなキリルから目が離せなくなる。 正直驚いた。 突然のキリルの告白に驚くなと言う方が無理だろう。 普段はそんな素振りなど全く見せないキリルの見せた独占欲。 しかし驚いているだけで、嫌だという気持ちは欠片も湧いてこない。 むしろ嬉しい、いや、一緒だと思えてならない。 「……じゃあ今度からふたりで練習しよう。僕も君に僕の痕を残したい」 同じ思いならば何も別々に練習する事はない。 ふたりで一緒に慣れていけばいいのだ。 ルクスは空いている左手でキリルの右手をそっと取る。 バッと顔を上げるキリルににっこりと笑ってみせて。 そして先ほどキリルがそうしたように、ゆっくりとそこに己の唇を近づけていった。 END2009.09.21 NOVEL