キスをする






 何もかもに真剣で、何もかもに不器用な、2人の青年。
 その2人を見て、呆れたように困ったように、けれどどこか気持ちが和むのを感じる事はあっても。

 まさかこちらが感化される事があるとは、正直思いもしなかった。

「………、なんだかなぁ…。」
 ベッドの上で本を読んでいる時、隣から聞こえてきた声にシグルドは本から少し視線をずらしてベッドの上に倒れているハーヴェイを見た。
 先程までは座って剣の手入れをしていたのだけれど、それを終えた途端に後ろに倒れた。
 船にある1人用の狭いベッドの横幅などたかが知れている。
 それを注意する前に、聞こえたのは鈍い音、次いで痛みを耐えるような呻き声。
 何をやっているんだとため息をついて放っておいたのは、ほんの少し前の話。
 そうして今、呻き声に続いて出た言葉に、シグルドはもう1回ため息をついた。
「何だ、頭を強く打ちすぎておかしくでもなったか?」
「あー…、じゃあそれでいいや。」
 反論をしてこない事にシグルドは不思議そうに瞬きをした。
 その目に伸ばされた手が見えた。
 先程まで声にならない呻き声を上げながら頭を押さえていた手だ。
 意味もなくそんな事を思えば、伸ばされた手は頬に触れて、そっと撫でられる。
 不思議に思ってもう1度瞬き。
 何がしたいのだろうか、と思ってハーヴェイを見てみるが、酷く不本意そうな顔をしているばかり。
 少し考えてみたがよく分からないので、頬に触れる手をほんの少しの力で押し返す。
 あっさりと手は退いた。
 ぱたりとベッドの上に落ちる。
 それから暫く動こうとしないハーヴェイに、シグルドもとりあえず放っておこうと本の視線を戻す。
 暫くの間は無音。
 けれどやがてハーヴェイが気だるそうに動き出すと、どすりと背中に重みを感じた。
 伸し掛かられている、という感覚ではない。
 首だけで振り返ってみれば、ぐいぐいと額を背中に押し付けている頭が見えた。
「あのなぁ…。」
 呆れたように呟くが、やはりぐいぐいと押されるだけ。
 それに潰されないように押し返そうと体に力を入れる。
 正直本を読むには酷く邪魔だ。
「おい……、お前はオレの邪魔をしたいのか?」
「いーやー?」
「じゃあ何のつもりだ。」
「いやさ…、お前どう思う?」
「まず内容を言ってから意見を求めろ。」
 そう言ってはみたが答えはない。
 代わりに押し付けられていた力が緩み、唐突に均衡か崩れて後ろに倒れそうになったが、その前にハーヴェイが今度は体ごと伸し掛かってきたので、また均衡が元に戻った。
 押し潰されないように耐えてはみるが、体重をかけるだけのハーヴェイよりも耐えなければいけないシグルドの方が劣勢で辛そうだ。
 けれど意地のようにそれでも本に目を落とす。
 内容はあまり頭に入ってこない。
 おかげでページを捲るスピードは随分落ちた。
 その本を取り上げようとしたのか、それとも腕を掴んで止めさせようとしたのか、ハーヴェイが手を伸ばしたが、結局何もしないまま。
 手はうろうろと視界の端を彷徨った結果、シグルドの頭の上に置かれる。
 何度か髪を梳くっては落とす事を繰り返す。
 くすぐったくはあるが害はないので、その事にシグルドは何も言わない。
 けれど伸し掛かられるのはどう考えても害なので、どうでもいいから退け、とは言葉にする。
 ハーヴェイは良く聞き取れない事をぐたぐたと言って退く様子がない。
 それにため息をつこうとした時に、髪に何かが触れた。
 手で触れているのではなく、もっとささやかで、ともあれば気付かないくらいの感触。
 けれど気付いてしまい、ため息は落ちずにピタリと止まった。
「………、ハーヴェイ…。」
 飲み込んだため息と共に、何とかその呟きだけを吐き出す。
「何だ?」
 ハーヴェイは他人事のような返事だけを返して、何気なく指でシグルドの髪を梳くって落として、そこに唇を押し付ける。
 ただ軽く触れるだけの感触は、本当にささやかに伝わっているだけで、けれど酷く気恥ずかしく感じた。
「お前、本当に何がしたいんだ?」
「どうやら感化されたみてーでさー…。」
「は?」
「ま、いいから付き合えって。」
 何度も唇が髪に触れて押し付けられる。
 くすぐったさが気になって、もう本を読む事が出来なくなり手が止まる。
 邪魔なのだけれど、でも触れてくるだけ。
 この状況に甘んじるのもどうかと思うが、押し返そうと思うには行動がささやかだ。
 結局酷く不本意そうな顔をしたままシグルドは黙り込む。
 放っておけば飽きるだろうか、そんな事を思えばハーヴェイが頭の上から手を放す。
 伸し掛かっていた重さもなくなり、これで終わりかと思ったと同時に、次ぐにくすぐったさを感じたのは耳元だった。
 何となくおぼろげに伝わってきた時とは違う。
 直接肌に触れてきて、予期もしていなかったシグルドの肩がびくりと揺れる。
 シグルドの反応にハーヴェイは笑った。
 小さな笑い声は耳元のすぐ傍で響いたので嫌でも聞こえてきた。
「お前…っ!」
 勢いよく振り返れば、間近に笑ったハーヴェイの顔が見えて。
 それが近付いてきたかと思えば、次にハーヴェイが唇で触れたのは額の上。
 先程の髪に触れていた時といい今といい、ただ触れてくるだけのらしくない行動に咄嗟に言葉が出なかった。
 その間にも、次は頬に、その次は目元に、それから瞼の上に。
 1度顔を離す。
 どう反応をしていいのか分からないといった表情のシグルドに、ハーヴェイは笑顔を見せる。
 笑って誤魔化しているような、ほんの少し照れているような、そんな雰囲気に見えた。
 ぽかんとシグルドがそれを見ていれば、ハーヴェイは腕を掴んだ。
 片手では支えきれなくて重そうな音を立てて本が落ちる。
 咎めるための言葉はやはり咄嗟に出てこない。
 何のつもりだろうかとばかりシグルドが思っていれば、次に触れたのは唇。
 触れただけで1度離れ、次にもう1度触れてきた時にはほんの少し舌を出して舐められる。
 けれどそれは情欲を表しているようなものには思えなくて。
 どちらかというと、ただじゃれ付いてきているだけ。
 子供が戯れているような。
 自分達の身近にいる2人の青年が親愛の表現と多少の勘違いをして触れているような。
 そんな感じがして。
 こんなふうに触れては笑い合っている2人の事を思い出して、シグルドは小さく笑った。
「成る程…、それで感化か…。」
「そういう事だ。そいやあんまりこういうのした事ねぇなーって思ったらさ。」
「確かに、お前にはあの2人のような可愛らしさは望めないからな。」
「お前だって似たようなもんだろうが。」
 あちこちに触れてくる感覚はやはりくすぐったい。
 邪魔だと、いい加減にしろと、押し返してもいいのだけれど。
 気持ちを伝えるための手段の1つとして、じゃれあうように触れては笑って、そうしてとても嬉しそうにしている青年達を思い出す。
 振り払おう何て、少なくとも今は思えなかった。
「………、あの2人の影響力はどうにかならないか?」
「無理だろ。あれはきっと天性ってやつだ。」
「まったく、本人達が無自覚なのが1番問題だな。」
「そういうわけだから、少し付き合っとけ。」
 もう1度唇が重なる、本当に触れる程度だけ。
 くすぐったいし、妙に照れくさいしで、笑いたくなったのはお互い同じ。
 笑っているハーヴェイにシグルドは手を伸ばす。
「少し、だからな。」
 耐え切れずに小さく笑って、これくらいならいいだろうと頬に口付けた。

 何もかもに真剣で、何もかもに不器用な、2人の青年。
 その2人を見て、呆れたように困ったように、けれどどこか気持ちが和むのを感じる事はあっても。

 まさかこちらが感化される事があるとは、正直思いもしなかったけれど。

 少しくらいは悪くないかと思って、今はただじゃれるように触れ合った。










END





 


2008.01.31

無駄に可愛らしく、何時もあれだからせめて何とかラブラブに見えるように、とか思った結果です
異常に薄ら寒いのはボクの気のせいだと信じたいのですが…、 ただ部屋が寒いだけだと思いたいのですが…
………、いえ、うん、正真正銘薄ら寒いですね!!(開き直る)

でもこれさえひびきが許容範囲内だったら、ボクはきっと彼女に何をしても大丈夫だと思える!!(何かもう本当にごめん)





NOVEL