お疲れ様






 踏み込んだ瞬間にタイミングがずれたという事はキリル本人が1番よく分かっていた。
 失敗した、と思いながらもすでに攻撃の為の動作に入っているので止まる事が難しく、どうやって動きを修正しようかと考える。
 横に薙ぎ払おうとした武器はおそらく敵に触れる事はなく終わる。
 その次の瞬間に来る敵の攻撃をどうやって避けて反撃に出るか。
 目の前の敵から視線を逸らさずにほんの短い時間で答えを出そうとした時、答えが出るよりも敵が攻撃をしてくるよりも先に、敵が横へと思い切り吹っ飛んだ。
 突然の事にキリルは驚いて吹っ飛んだ敵を見て、その後に吹っ飛んだ原因があるだろう方向を見る。
「ハーヴェイさん…。」
「お前は時々変なところでミスするよな。」
「す、すみません…。」
 吹っ飛んだ原因はハーヴェイが思い切り蹴り飛ばした結果だったようだ。
 少しもバランスを崩さずに着地したハーヴェイは倒れた敵を追撃する為には動かなかった。
 確かめるように再び敵を見れば、ふっ飛ばされた後だろうか、ナイフが1本刺さっていてそれが止めになったようだ。
「お前の動きは大振りなんだから気を付けろ。」
「ハーヴェイが偉そうに言う事じゃない。」
「何だよ!」
 キリルの無事を確認する為に傍に来たルクスがぽつりと小さく呟いた。
 独り言のようでもあったがはっきりと聞こえたようで勢いよくハーヴェイが振り返り、それと同時にハーヴェイとルクスの間をナイフが1本通り過ぎた。
 そのナイフは空中から2人へ襲いかかろうとしていた敵に命中し、ぱたりと落ちると動かなくなる。
 上手く急所に当てたようで、それを確認した後にシグルドが当てつけのように大きなため息をついた。
「気を抜いている場合じゃないだろう。」
「別に抜いてねえし、何でオレだけ見て言うんだよ。こんな時に突っかかって来るルクスの方が悪いだろうが。」
「そんなつもりはない。」
「じゃあ何のつもりだよ。」
「キリル君を助けた事は評価している。」
「随分と上から目線だな…。」
 そう呟きながらハーヴェイは辺りを見回す。
 つられたように他の3人も現状を確認するように周りを見た。
 敵の姿は目の見える所にはなく状況は少し落ち着いたかが、まだ気配だけは多くある。
 こんな敵が多い場所には行ってしまった事に対しては、単純に運が悪かった、と言うしかない。
 山間の道を進んでいたので魔物に遭遇する可能性は十分にあった。
 その為に勘のいいルクスが出発前にルートに関して若干難色を示していた。
 けれど次の目的地へはここを通るしかなく、ルクスが大丈夫と思うまでのんびり待っている時間もなかったので、ある程度の覚悟をして出発をした。
 その結果は現状の通りですっかり敵の真っ只中になってしまった。
 しかも岩壁に囲まれた場所で戦っていれば、いつの間にか4人と他の仲間達は岩壁を1枚挟んで別れてしまった。
 切り立った岩壁の為に向こうの様子は何も分からないが、時折爆発音のような物が聞こえてくるし仲間が逃げてくる様子もないので、おそらくは無事だろう。
 けれどこんな状況をあまり長く続けてはいたくない。
 早く合流するか魔物を撃退するか、どちらかを選択しなければ状況的に辛い。
「それにしても…、本当にお前の勘は鬱陶しいな。」
「ボクの責任のような言い方は不快だ。」
「愚痴でも言ってなきゃやってらんねーよ。」
「そう言っているお前が、敵がいても問題ないから突っ切ろう、と言っていた事を忘れるな。」
「うっせーな、シグルドだってそれしかないって言っただろうか。オレの責任みたいな言い方するな。」
「こうなると最終的に決定したボクが悪いんでしょうか…。」
「キリル君が悪いわけじゃない。」
「そうですよ。一緒にいる全員の総意ですから気に病む事はありません。」
「全員ねぇ…。」
 向こうの連中はどうなっているのやら、と見えないと分かっていながらハーヴェイが遠くの方に目を向ける。
 何気なくシグルドも隣に並んで一緒に同じ方向を見れば、岩壁の向こう側から爆発音が聞こえ、それによる土煙だけが見えた。
「向こうの連中も頑張っているようだな。下手な事になってなきゃいいけど。」
「なっていたら逃げてくるだろう。」
「それもそうか。こっちの回復ってどんな感じだ?」
「道具はそれなりに。紋章もオレはまだ使っていないから大丈夫だ。ルクス様は?」
「これの大技が1回。」
 ルクスは軽く左手を持ち上げて手袋越しに紋章を確認するように手の甲を見る。
 右手には風の紋章があるが、それによる回復の分の魔力は罰の紋章の方に回してしまった。
「1回だけど向こう側まで範囲に入る筈。状況を見て使うよ。」
「そうですね。キリル様とハーヴェイは…。」
「当然。」
「ありません。」
「ですよね。」
 分かりきった事まで確認すれば、再び回りの気配が動くのを感じた。
 どうやら向こうの状況も揃ったようだ、姿はやはりまだ見えないがこちらが警戒するには十分な敵意を感じる。
 ハーヴェイが肩を竦めて軽く剣を振った。
「そもそも、オレはこういうの得意じゃねーんだよな。」
「え?」
 ハーヴェイが何を言いたいのか分からなくてキリルが不思議そうに聞き返した。
 ルクスも、何を言い出したのか、という視線を向ける。
 シグルドだけが何かを察したように苦笑いをして、先程撃ち落とした敵からナイフを引き抜いた。
「今って見事に敵に囲まれた状況だろう。」
「はい。」
「そんな中でお前達のお守をしながら戦うなんて、オレの柄じゃねえよ。」
「………、え?」
 思わずキリルが変な声を上げ、ルクスは隣でため息をついた。
 ハーヴェイが言いたい事は分かる。
 確かに彼はサポートに向くような性格ではない。
 先程キリルを助けてくれたように出来ないわけではないし周りを見ていないわけでもないが、得手不得手で聞かれれば後者の方だ。
 ハーヴェイ自身が先陣を切って敵の中に飛び込み、それに周りの者が続くという方が彼の戦闘スタイルにも性格的にも合っている。
 それは周りの認識でもあり、本人が自覚している事でもある。
 けれどこの状況で何故そんな事を言い出すのか。
 もしかしてもう手助けなんかしないという宣言なのだろうか。
 キリルが首を傾げ、ルクスが回答を待つようにハーヴェイを見ていれば、ハーヴェイが岩壁の向こう側を指差した。
「だからお前らは向こう側に行ってこい。」
「え!?」
「………、何を言っているか分かってる?」
「勿論分かってるに決まってるだろう。キリルのお守はお前に任せる。」
「キリル君はそんなに頻繁に援護が必要ではないよ。たかが1回の援護でしつこい。」
「うっせえな。分かってっけどお前らが近くでうろちょろしていると気になるんだよ。」
「ハーヴェイの方が援護が必要なくせに…。」
「お前な…、その喧嘩は終わったら買ってやる。」
 そんな場合でもないのに2人は無言で睨み合いを始めた。
 キリルが周辺の気配に注意を向ければのんびりしている場合ではないのがよく分かり、ハーヴェイもルクスもそれは十分わかっている筈だ。
 しかも再び爆発音が聞こえてくる。
 こちらが優勢に物事を運んでいると考える事も出来るが、連続して大きな紋章術を遣わなければいけない状況であるという考え方も出来る。
 全員で向こう側と合流して敵を纏めてしまうのも悪くない手段だとは思うのだけれど、なんて事を考えながらシグルドを窺う。
「シグルドさん…、ハーヴェイさんがあんな事を言っていますが…。」
「無茶を言う奴は自業自得で痛い目を見ればいいんですよ。」
「シグルド、聞こえてんぞ!」
「事実だろう。突っ掛かるな。」
 視線をルクスに向けたまま叫ぶハーヴェイをシグルドは簡単にやり過ごして戦闘準備を始める。
 それが合図だったようにルクスも呆れたように息をついた。
「確かに、シグルドの言う通りだね。」
「うっせえな。」
「ボクはこちらに気を回さないから。」
「お前に頼らなきゃやってられない程に弱くなった覚えはねえよ。」
「………、確かに。」
 そう言うと小さく笑ってルクスも双剣を握り直す。
 話はまとまったと分かればキリルもこれ以上の口出しをする気にはなれず、ハーヴェイの言葉とルクスの笑みを信じるしかないと思いながら気持ちを切り替える。
「一応は今回のメンバーの主力はオレ達だろう。その全員が固まってんなんて効率が悪い。」
「確かに向こうが気になりますし…、じゃあボク達は向こうに行ってきます。」
「終わったら戻ってくる。みっともない結果にはしないように。」
「するかよ。もしかしたら終わってるかもな。」
「だといいけど。」
「あの…、本当にあまり無茶はしないでください。」
「ですからそんなに気にしなくても大丈夫ですよ、キリル様。こいつはただ暴れたいだけなんですから。」
「そーそー、だからさっさと行けよ、気になる。」
 選択肢がこれ1つしかない状況ではない。
 それでもこの選択を選んでいるのだから、本当にハーヴェイ自身がやりたくて言い出しているというのは分かる。
 重ねられればこれ以上ここに留まっているのは時間の無駄。
 ルクスとキリルはお互いを見て頷く。
 それを確認したハーヴェイが動き出した敵の方へと向かって行った。
 少し遅れてそれにシグルドが続き、ルクスとキリルも走りだそうとしていたのだが、その光景に対して何故かキリルは足を止めてまで答えがわかりきった疑問を投げかけてしまった。
「あ、やっぱりシグルドさんも残るんですか?」
 声をかけられて足を止めたシグルドは、とても不思議そうな顔をしてキリル達を振り返る。
 キリルも言った直後に何を言っているんだと慌ててしまった。
 常に2人が一緒というわけではないが、この状況ではシグルドがハーヴェイを1人きりにする方が不自然だ。
 それでも思わず聞いてしまった質問へ、シグルドはにこりと笑って答えた。
「まぁ、ハーヴェイが1人で暴れるのが得意と言うように、オレもこれが役目のようなもので得意分野ですからね。」
「そうですよね、すみません…。」
「それでは、お2人ともどうぞ気を付けて。」
 再びシグルドはハーヴェイを追いかける。
 2人で敵に向かっていく姿は見慣れすぎて変な安心感があった。
 それに最悪の場合はルクスの紋章がまだ残っている。
 この周辺を範囲として指定出来るといった紋章の力は、敵には攻撃となり味方には回復となるので、離れていても十分に2人を助ける力になる。
 決して本当に無茶な状況ではないと分かっている。
 分かっているが、好きなようにさせろと言ったハーヴェイと役目だからと一緒に付いて行ったシグルドを見ていると、キリルは2人へとこんな言葉をかけたくなってしまった。
「なんか…、お疲れ様です…。」
 いつもの事だから気にしなくていいのに、と言うようにルクスが笑ったが、それでもキリルは言わないではいられなかった。










END





 


2011.06.12

4人できゃっきゃさせたかっただけと言えなくもない





NOVEL