無理矢理引っ張ってでも






 切っ掛けはキリルの一言だった。
「シグルドさん、大丈夫かな…。」
 何気なく呟かれた言葉にルクスもハーヴェイも食事の手を一瞬止める。
 けれどすぐに何もなかったかのように2人は食事を続けるが、キリルだけが心配そうな様子で食堂の出入り口の方を見ている。
 先程までシグルドもここで一緒に食事をしていた。
 そしてついさっき、すみませんが先に戻ります、と言って食堂を出て行った。
 もうその姿は見えないがキリルはシグルドの背を見送ったままでいる。
「別に大丈夫だから気にするな。」
 心配そうなキリルとは対照的にハーヴェイは全く気にしていない様子でそう言う。
 ようやく出入り口から視線を戻したキリルは、向かい側にいるハーヴェイに何か言おうとしたが、上手く言葉が出ず落ち込んだように俯いた。
 普段ならルクスがキリルの味方をするように割って入るだろう。
 だがルクスはハーヴェイに対して何か言う事も態度で示す事もなく、ただキリルを慰めるようにぽんっと軽く肩を叩いた。
「ハーヴェイがこう言っている。だから平気だよ。」
「………、うん。」
「変な心配しているくらいならさっさと食えよ、冷めるぞ。」
「………、はい。」
 頷いたキリルはサラダをフォークでつつくが、頭の中はシグルドの心配でいっぱいなのだろう、行儀悪くサラダをつつくばかりで食べようとしない。
 ルクスはそんなキリルへ声をかけようか少し迷ったが、気持ちは分からなくもないので黙っている事にした。
 特にこれと言って何かがあったわけではない。
 ここ数日シグルドが随分と何かを考え込んでいる、ただそれだけの話だ。
 けれどキリルにはその姿が元気をなくしているように見えてしまうようだ。
 ルクスにはそう見えないが、でも深く考え込んでいるというのは目に見えて分かるので、普段ならそんな様子は隠す彼にしては珍しいと思っていた。
 程度も理由も違うが、2人はそれぞれにシグルドを気にしている。
 それにハーヴェイが言える事は先程と変わらない、大丈夫だから気にするな、くらいしかない。
 だから黙って食事を続けていたが。
「………、ハーヴェイさん…。」
 酷く申し訳なさそうにキリルが視線を向けてくる。
 大丈夫だと言われてもやっぱり心配。
 シグルドの事ならハーヴェイが1番よく知っているだろうから、何か知っているのなら元気付けてもらえないだろうか。
 言葉は何もなくても表情と様子でそう思っているんだろうという事は簡単に分かってしまった。
「だから大丈夫だって言ってるだろう。」
「そうですが…。」
「確かにあんだけ考え込んでいるのは珍しいけど、だからってお前が気にする事は何もないっての。」
 最後に水を飲んでハーヴェイは食事を終える。
 このままここにいればずっとキリルの心配に付き合う事になるだろう。
 ハーヴェイは食器を持ってさっさと立ち上がった。
 キリルはこれ以上しつこくするのは悪いと思ったのだろう、止めるような事はしなかった。
 ルクスもハーヴェイには何も言わず、けれどキリルの心配を無駄と切り捨てる事も出来ないのでキリルにも何も言わず、ただ気遣うような目でキリルを見ている。
 そんな様子を見ていれば自然とため息が出てしまった。
「明日か明後日には普段通りになるから、いいからさっさと食って仕事に戻れよ。」
 仕方なくそう告げて、よく意味が分かっていない様子を見せる2人にはもう何も言わず、食器を片付けてシグルドの後をのんびりと追った。
 何処に行ったかは知らないがきっと自室だろう。
 意識して遠回りをしてから部屋に戻る。
 何となくもう少しくらい静かな時間があった方がいいだろうと思ったからだ。
「おい、シグルド。」
 自分の自室でもあるのでノックも何もなく部屋の扉を開く。
 すっかり慣れているシグルドは特に驚く事なく顔を上げた。
「どうした?」
 返事をするシグルドはいつもと何ら変わらない。
 苛立っているわけでも落ち込んでいるわけでもない。
 ただ、こうして声をかける事をしなければ、ずっと何かを考え込んでいただけ。
「キリルが心配してる。」
「………、は?」
「シグルドさんが落ち込んでいるみたいなんです、って感じで心配していて正直鬱陶しい。」
 ハーヴェイは自分のベッドの上に座ってシグルドと向き合う。
「心配って…、別に心配されるような事は何も…。」
「そう言ってるんだけど聞かねえんだよ。」
「そんなに顔に出ていたか?」
「らしいぞ。ルクスも、特にこれと言って何も言ってこないが、お前の様子が目に見えて違うと気にしてたしな。」
「………。」
 困ったようにシグルドは黙り込む。
 ハーヴェイにしては見慣れた姿なので、2人とシグルドが親しいから気付けたのか他人が傍から見てもシグルドは心配する程なのか、という判断は出来ない。
 とにかくルクスとキリルが気にしている事だけは確かだ。
「本当に大丈夫なんだが…。」
「知ってる。」
「そう言って2人は納得してくれるだろうか。」
「ルクスはともかく、キリルなら理解はしても心配しなくなるかと聞かれれば無理だろう。」
「だよな。」
 苦笑するシグルドにつられるようにハーヴェイも笑った。
 考え込むシグルドなんて別に珍しくもない。
 本業ではそれが役目みたいなもので、ルクスもキリルも把握していないとなれば、ただ本業関係で何か考えなければいけない事があったのだろう。
 ハーヴェイもその内容は知らないが、まだこちらに話が来る段階ではないというだけ。
 お互いに自分の役割は全く違うと分かっているので口出しする事は滅多にない。
 今回だって2人が騒がなければ関与はしなかっただろう。
「けどよ。」
「何だ?」
「お前がそんな目に見えて考え込んでるって態度を出すのも珍しいよな。」
「ああ…。」
 ばつが悪そうにシグルドは視線を逸らす。
 別に責めるつもりはなく、そんなには心配していない。
 難しい判断が必要な時なんていくらでもある。
 それが瞬間的な判断ではなく与えられた時間に余裕があるからこそ色々と考えてしまい出口を見失ってしまう事もある。
 態度にまで出てしまうのは珍しいなとは思うが、それなりに長い付き合いでそんな彼を何度も見てきたので、思うだけ。
 意見を求められているわけでもないのに口を出したって、それがいい結果に繋がった事なんて滅多にない。
 黙って放っておいて、シグルドが助けを求めて来た時には全力で出来るだけの事をする、それが1番いい事だとそれなりに長い付き合いで理解している。
 でもルクスとキリルにはもう少しで普段通りになると言ってしまった。
 その場凌ぎの言葉にしてしまってもいいが、言うだけ言って何もしないというのも気持ちが悪い。
 だからハーヴェイは今の自分が出来るだけの事をしようと思い、ベットから立ってシグルドの前に立つ。
 怪訝そうに見上げてきたシグルドの手を掴み、少し考えた後にシグルドのベッドの上に倒れた。
 突然倒れてきたハーヴェイに腕を引っ張られてシグルドも一緒に倒れる。
 何が起きたと呆然として少しシグルドは天井を眺めた。
 けれどすぐに我に返って起き上がろうとしたが、すぐに腕を引っ張られた上に今度は抱き締められて動けなくなる。
「お前…、一体何のつもりだ。」
「少し寝ろ。」
「は?」
「その後で役に立てるかは知らないけど話くらいは聞いてやる。人に話す事で何か変わる事もあるだろうし。」
「………、どうした、気持ち悪い。」
「煩いな。あいつらが鬱陶しいって言っただろうが。」
 しっかりと腕に力を込めれば、励行するのも面倒だと思ったのか、シグルドは抵抗するのをあっさりとやめた。
 仕方ないとばかりにため息をついて目を閉じる。
 それが分かってハーヴェイも力を抜いた。
 ついさっき食事を終えたばかりだけれど、まあ別にいいかとぼんやり思う。
「ハーヴェイ。」
 そんな時に耳元でそっと名前を呼ぶ声が聞こえた。
「何だよ。」
「突然寝ろと言われても眠れるわけがない。」
 尤もな事を言われて思わずハーヴェイは言葉を詰まらせた。
 そう言われて引き下がるのは何だか凄く気まずい。
 少し考えた後に、もう1度しっかりと抱き締める。
「だったらさっさと話せ。聞くだけ聞いてやるから。」
 何となく感じる気まずさを誤魔化すように殊更優しく髪を撫でれば、気持ち悪い、と取り付く島もないような言葉が苦笑交じりに聞こえてきた。










END





 


2011.02.20

腕を引っ張ったというか、伸し掛かって押し倒したというか…





NOVEL