戦陣突破
「………、この状況、どうよ…。」
呆れたようにポツリと呟いたのはハーヴェイ。
その後ろでキリルはただ苦笑した。
目の前には2人の進路を塞ぐようにして男達が立っている。
おそらくは20人程度いるだろうか。
ハーヴェイとキリルに敵意を向けてきているのは雰囲気と表情で分かる。
そうしてこうなった原因も何となく分かっている。
「なんか…、すみません。」
「いや、お前が謝る事じゃないけど…、でも、何だかなー…。」
思わずと言った様子でキリルが謝るが、彼が謝罪するべき部分は1つもない。
けれどこうなった原因の1つがキリルである事は間違いない。
少し前にキリルは女性を1人助けた。
質の悪い連中に絡まれているのを見つけ、止めに入ったが話し合いだけでは済まずに結局向こうから仕掛けてきたので戦って追い払う事となった。
ハーヴェイが手を貸すような場面はなく、相手も怪我を追う前に逃げて行った。
だからわりと平和に終わったように見えた。
その後は怯えている女性を家まで送り、さて目的だった買い物を済ませようと戻ろうとして、この状況となった。
集まった男達の中に、先程逃げた奴の姿を見つける。
キリルも気付いたから謝ったのだろう。
面倒そうにハーヴェイはため息をつく。
見た事のない顔だがきっと同業者だろうと雰囲気で感じ取った。
最近の海は不穏な様子があるし、紋章砲が減ってきた現在ではその影響で混乱している様子も見られる。
全体的に同業者の中に消えない不安があるのは何となく理解している。
だからといってこんな小さな事でこんなに大勢を集めて仕返しをして来るなんて、何だか同じ海賊として酷く恥ずかしくなった。
八つ当たりもいい所だ、と思いながらハーヴェイはキリルを振り返った。
「お前、何か紋章持ってるか?」
一応は尋ねた。
それにキリルは困った様子で右手を見せる。
あるのは烈火剣の紋章で攻撃補助の紋章。
そう言うハーヴェイも目の前の相手を吹き飛ばせるような紋章は持っていないし、正直持っていたとしてもいまいち魔力が心許ない。
「地道に倒すのかったるいんだけどな。」
実力は先程逃げた男を見ればなんとなく想像が出来る。
彼が下っ端である可能性は強いが、どの道こんな事で出てきた程度に連中だ、たかが知れているだろう。
それに実力者がいればすぐに分かる自信がある。
だからこそ何も感じられないただ蹴散らすだけの戦いは、理由のくだらなさも相俟って、酷く面倒だった。
「ボクが真ん中に入って飛燕斬でも使えば、まだ何とか。」
「やっぱりお前紋章持てよ、魔力はない癖にコントロールだけはやたらいいんだから。」
「でも本当に威力ないんですよ、悲しくなるくらい…。」
「威力ない上にコントロールが雑なオレよりましだろうが。」
「こんな時にルクスやシグルドさんがいてくれたら助かるんですけどね…。」
「ルクスって実はあんまり魔力は高くないって気付いてるか?」
「え、そうなんですか!?」
「紋章があれで威力があるから誤解されるって本人が言っていたからな。」
そんな話をしている間にも男達は武器を構えてじりじりと距離を詰めてくる。
数に任せて一気に攻めてこないのは、逃げた男が多少大袈裟にこちらの事を話したのかもしれないし、もしくは同じ海賊としてハーヴェイを知っているのかもしれない。
退路まで塞がれてるわけではないので逃げられないわけではないが、ここで逃げるのは酷く癪だった。
「突っ込むか。」
結局は戦うという結論になる。
そう思えばハーヴェイが言える事なんてこれくらいだった。
キリルはきょとりと目を丸くしたが、少し考えた後に頷いた。
「そうですね。」
その返答に少しだけ違和感があってハーヴェイはキリルを見た。
もしここにいるのがシグルドかルクスだったら間違いなく呆れられただろう。
そしてもしシグルドだったらそんな事も構わずに突っ込んだだろう、いつもの事だとそう言いながら。
でもキリルと一緒だとこういう返答になるのか、とハーヴェイは1人納得する。
「ハーヴェイさん、どうしました?」
「今回は仕方ないとはいえ、やっぱりパートナーとの相性って大切だなと思っただけだ。」
「え?」
「お前とも悪くはないけど、やっぱり最善でもないな。」
よく分からないと言った雰囲気で首を傾げるキリルに、誤魔化すようにハーヴェイは笑って剣を抜く。
今歩いている道は狭くないが、ここで20人が2人を取り囲むとなると相手の方が動き辛くなるだろう。
囲まれる可能性は今のところ低いだろうから、その前に出来るだけ人数を減らして、後はキリルの紋章にでも任せてしまおうか。
そんな事を考えていたハーヴェイが、あれ、と呟く。
武器を構えたキリルがどうしたのだろうかとハーヴェイを見れば、それと同時にとても楽しそうに笑ったのが見えた。
「ハーヴェイさん?」
「ルクスの勘ってすげーな。」
「ルクス?」
「これならそんなに数はいらないな。それじゃあとりあえずお前はそこにろよ!」
「え、ちょ、ハーヴェイさん!?」
何を言い出したんだこの人は、と驚くキリルの声を無視してハーヴェイは突っ込む。
それに男達も武器を構えて動こうとした。
同時に悲鳴が上がる。
悲鳴は後ろの方にいた男達から聞こえてきた。
感じたのは魔力の流れと水の気配。
誰かが紋章を使ったんだと分かったが、それが誰かは見えない。
通りすがりに助けてくれた人なのか、それともこの男達の別の敵なのか。
よく分からないままぽかんとしていれば突っ込んで行ったハーヴェイへと駆け寄る姿を見つけて、ああ、と納得した。
別行動をしていたシグルドだ。
その姿を見てようやくハーヴェイが1人で突っ込んだ理由を理解する。
確かにこれならそんなに数はいらない。
「よう、シグルド。」
「まったく、オレの武器はナイフなのを知っているだろう。敵の中に突っ込ませるな。」
「別に外からでもいいぜ?」
「だったら中心に突っ込むな、狙い辛い。」
「そこは腕の見えどころだろうが。」
「人事だと思って随分気楽に言ってくれる。」
不満そうにそう言いながらも、もうこうなればいつもの2人のペースだ。
突然後方から思いもしなかったこちら側の援護が来た事で相手のペースは乱れている。
そんな人の中を上手く通り抜けてシグルドと一緒に行動していたルクスがキリルの所へと来たが、特に心配している様子もなければ手助けに入ろうとする気配もない。
むしろこれなら入っていくだけ邪魔だろうと2人は思った。
「確かに、最善ってこういう事を言うんだろうね。」
作戦も何もなしに、それでもいつも通りに戦っている2人を見てキリルが呟く。
ルクスが意味を確認するような目を向けてきたが、何でもないと苦笑した。
そして一応今回の騒ぎの原因となったのだから、何かしらお礼を考えておこう、とキリルは思った。
余裕が見えているハーヴェイとシグルドの事なので、多分そう時間もかからずに終わるだろうから。
END
2010.08.31
戦陣突破というか2人して突っ込んじゃったよ真ん中入っちゃったよ、という現実は何故書いた後に気付くんだろう…
NOVEL