重ねた掌の意味






 長く付き合える人と出会えた事は喜びだと思う。
 その上で更に深く付き合えるのなら、それは幸いだと思う。
 きっと長い人生でほんの数人で会えれば上出来だろう。
 だからもう数人で会えた自分は人間関係に恵まれていると思うのだが、でもこの言葉を我慢出来なかった。
「優しさが足りない。」
 突然そんな事を言い出したハーヴェイに、シグルドは怪訝そうな目を向けた。
 変な物を見ているかのような目に、ハーヴェイは同じ言葉を繰り返す。
「だから、優しさが足りない。」
「………、一応聞くが、それは誰に向けての言葉だ?」
「今現在はルクスだ。」
 強い口調で言い、ハーヴェイは突き刺していた剣を引き抜く。
 頬を流れる血の感触が嫌で傷口を乱暴に拭った。
 2人が経つのは人気の少ない海岸に停泊している船の上。
 元々はそれなりに立派な船だったが、2人が暴れた為に随分と酷い有様になってしまった。
 だがもう使い手のいない船だ、帆柱が折れているのもどうでもいい事。
「ったく、こんな無茶を言ってくれたのは絶対にあいつだろう。」
 文句を言うハーヴェイをシグルドは咎めない。
 ただ黙っているだけなので、ハーヴェイと同意見のようだ。
 2人の周りには、この船を遣っていた海賊達が倒れ、そして一緒になって魔物も倒れている。
 キリルが海賊退治のギルド依頼を持ってきた。
 申し訳なさそうにお願いしますと言ってきたのもキリル。
 けれどその時に、ハーヴェイとシグルドなら平気だよ、と言うルクスも一緒にいた。
 何となくその台詞は軽く流していたが、今思うとその時のルクスはほんの僅かに笑っていて、その笑みに含まれていたのは純粋な応援ではなかったのだろう。
 ただの海賊退治。
 決して難しい依頼ではなかった筈なのだが。
 前情報よりも相手は多く、それでもやれない事はないと戦えば、戦いの喧騒を察知して魔物まで襲ってきた。
 この辺りの海岸は魔物の巣窟にでもなっていたのだろうか。
 ハーヴェイとシグルドに、退治する筈の海賊、そして乱入してきた魔物。
 乱戦になった船上は本当に酷かった。
 魔物の乱入によって海賊達は混乱し、その隙を付けたのは良かったのだが。
 こちらの味方でもない魔物がいるのだから、それの相手もしなければいけない。
 静かになった頃には、残っていたのはハーヴェイとシグルドの2人だけ。
 その2人も流石に無傷では済まなかった。
 しゃがみ込んでいるシグルドはずっと脇腹に手を当てている。
 ぼんやりと薄い青色の光が見え、その中にあるシグルドの手は赤い。
 致命傷ではないが出血の多い怪我になってしまった。
 ハーヴェイも左足の膝から下が赤くなっている。
 こちらも動けない程ではないのだが、放っておいていい怪我でもない。
 シグルドが終わったら治してもらおうと止血をしながら、深々とため息をついた。
「ルクスの奴、絶対にこうなるって分かってた」
「………、確証のない事を言うな。」
「だって出発前にキカ様も、しっかりやれ、とか言ってきたし。あの2人には絶対に正確な情報が行っていたってお前も思うだろう?」
「………。」
 シグルドはやっぱり何も言わない。
 自分の血が止まった事を確認し、紋章をハーヴェイに向けた。
 無言の治療の中で、ついに耐えきれなくなったようにシグルドも息をつく。
「………、だろうな。」
「やっぱりそうだよな。」
「まぁ…、やりそうな事ではあるだろう。」
 2人の情報源は何なのか、そして何を考えたのか、正確な事は分からない。
 ただ正確な情報を得た後でもハーヴェイとシグルドの2人で大丈夫と判断した結果なのは分かる。
 2人の判断を間違いと言うつもりはない。
 だがいくらなんでもハードルが高すぎないだろうか。
「だから優しさが足りないって言ったんだよ。」
「今更だ。キリル様ではあるまいし、キカ様とルクス様がそういう方なのは知っているだろう。」
「分かってる。だから今のうちに文句を言っているんじゃないか。」
「子供かお前は。」
「何とでも言え。」
 ようやく足の痛みが引き、シグルドは手を下ろす。
 流石に疲れた。
 体力も魔力もこんなにギリギリまで使ったのは久し振りのように思う。
 痛みは引いたがすぐに立ち上がる気にはなれなかった。
「今は微妙な時期だ。人数を多く割きたくない気持ちは分かっているだろう。」
 クールークを追い詰めてしまっているのが現状。
 もう向こうにそんな余力はないだろうが、こちらに奇襲を仕掛けてくる可能性が全くないわけでもない。
 最善なのは一刻も早くこの旅の目的を完遂する事。
 本当ならこんなギルドの依頼に構ってる暇はない。
 でも分かっていても無視できないのがキリルで。
 キリルの補佐のような立場を受け持っているルクスは、一刻も早く進むべきと助言しているだろうが、残念ながら彼の最優先事項は戦いの終結よりもすっかりキリルの事。
 ルクスがキリルの願いを無視できる筈がない。
 出来るだけ人数を割かずに、それでも絶対に任務を終える事が出来る人選。
 そう考えた結果のハーヴェイとシグルドなのだろう。
 そこにはルクスからの信頼と甘えはあっただろうが、ハーヴェイの言う優しさは確かにない。
「理解があるっていうのも考えものだな…。」
「そうでもないだろう。」
「何でだよ。」
「お前は優しさなんかで遠慮されたら怒るだろう。だからルクス様の判断は正しい。」
 ハーヴェイは言葉を詰まらせ、反撃の言葉が見つからずにそっぽを向いた。
 その通りだから言葉がない。
 理解があるのも考えもの、という言葉を1番に向けるべきは、間違いなくこの片割れだろうと肩を落とした。
 しかもそれは幸運な事だから質が悪い。
 理解し合える相手がいて、何もかも預けられる人もいる。
 そんな幸せに文句を言っている自分にハーヴェイは少し笑った。
 首を傾げたシグルドに、何でもない、と言う。
 話したところで酷く今更出しかない他愛のない事だ。
「お前ももう少しオレに優しくなれ。」
「どちらかと言えば今はオレが優しくされたい側だな。」
「確かに。」
 怪我はシグルドの方が深く、傷口を塞いでも出血があったので辛そうだ。
 ほら、と手を伸ばす。
 それにシグルドは一瞬驚いたように目を丸くしたが、今は素直に甘える事にした。
 手を掴んで引っ張られるように立ち上がれば少しふらりと目の前が揺れる。
「おい、平気か?」
「………、お前に気遣われるのも結構気持ち悪いな。」
「この野郎、いっそ背負って帰るぞ。」
 その言葉に思わずハーヴェイが怪我していた足を蹴っていた。
 傷は塞いだが痛いだろう。
「おま…っ、だから何でこう遠慮のない奴らばっかりなんだよ!」
「仕方がない。だってお前に遠慮がないからな。」
 優しさに優しさで返す気は綺麗に消え、叫ぶハーヴェイをシグルドは躊躇いなく切り捨ててやった。










END





 


2009.04.30

結局最後までぐたぐたな2人だったね、っていう話





NOVEL