今ここで宣言します






「愛だの恋だの、俺には正直よく判らない」

 食堂でハーヴェイと向かい合わせで食事をしていたシグルドは、何の脈略もない突然過ぎる言葉に思わず手にしていたフォークを落としそうになる。
 すんでのところで何とか事なきを得たが、咄嗟に口にするべき言葉が見つからない。
 それはそうだろう。
 周囲にたくさんの人間がいる、食事を楽しむ場所でこんな話題を持ち出されるとは夢にも思わない。
 いくら頭の回転が速いシグルドでも処理が追いつかない。
 いや、仲間同士普通に話す話題としては特別問題ないのかもしれないが、自分達はそうじゃないだろうと叫びたくなる。
 思わず周囲をさり気なく気にしてしまう。
 食堂にやってきた時から今まで、何一つ変わらない賑わいと雰囲気にどんなに安堵した事か。
 まあいいから聞け。
 ホッと胸を撫で下ろすシグルドをよそに、ハーヴェイの話は尚も続く。
「よく判らないけど、これからも宜しくっつー話だ」
「…………すまない、どういう話なのか全く理解出来ない」
「だーかーらー」
 少々面倒そうに唸ったハーヴェイは、口に運んでいたフォークを軽くシグルドへと突きつける。
 そんな物で人を指すなと、そんなシグルドの注意が飛ぶ前に口早なそれが先手を取った。

「愛だの恋だのよく判らないけど、そういうよく判らないものとか全部ひっくるめてこれからも宜しくって事。これからもずっと」

 判ったか。
 そう言って下ろされるフォークの奥には頬杖をついてそっぽを向いているハーヴェイの姿。
 シグルドが再度言葉を失っていると、まるで照れ隠しのように豪快に食事を口に放り込みながら「美味い、美味い」とブツブツ呟き始める。
 照れるくらいなら最初から言わなければいいのに。
 普段のシグルドならば、呆れてため息をつきながらこう言えただろうが、恋や愛など、あまりにも似合わない言葉のあとでは呆れを通り越して呆然としてしまう。
 それどころか相手につられて何だかむず痒い気分になってしまう始末。
 その結果口をついて出た言葉は。

「…………とりあえず殴ってもいいか?」
「は!? 何でだよ!?」
「こんな所でそんな事を言ったからだ」
「おい待てよ、これには深い事情があるんだって! 二人きりの時にこんな話、妙な気分になるだろ? 照れくさいっていうかさ。だからあえてこういう騒がしい場所でさり気なくっていう……ッ」
「今更そんな事を口にする理由が判らない」
「いや、たまには言葉にしてみるのもアリだと思って!」

 慌てて弁解を始めるハーヴェイの声のトーンに合わせ、シグルドの声にも段々とボリュームが追加されていく。
 先ほどまでずいぶんと周囲を気にしていたというのにその気配は微塵も感じられない。
 むず痒さゆえの衝動だ。
 しかし殴り合いの喧嘩など、よほど派手で目立った事さえしなければ特別気にする必要もないだろう。
 何せこの広い食堂では、二人の会話という名の口論も賑やかな雰囲気の一部でしかないのだから。










END





 


2011.01.10






NOVEL