キカ様






しばらく俺に触れるな。
シグルドのベッドに侵入しようとしたハーヴェイは、ずいっと片手を突き出されて宣言された突然の待ったにその動きを止める。
意味が判らないという風に大きく見開いた瞳で何度か瞬きをしてみるが、状況は何一つ変わらない。
素直に疑問を口にすると、シグルドは心底嫌そうに眉間に皺を作った。
判らないのかと言われれば、ハーヴェイは判らないから聞いていると答えるしかない。
そんなハーヴェイにシグルドは盛大なため息をついた。
このままでは埒があかない。
これ以上距離を詰めてくる心配がない事を確認したあとで突き出していた手をゆっくりと下ろし、
意を決したようにシグルドが口を開く。

「身体がもう限界なんだ」
「身体が?」
「お前が飽きもせず頻繁に人のベッドに侵入してくるから身体が限界なんだ」

無事侵入を果たしたあとは夜明け近くまで付き合わされる事になる。
そんな事が長く続けばいい加減心身共に限界を迎えるというもの。
このままではいつ仕事中に集中力を欠くか判らない。
その結果重大なミスを犯しでもしたらボスであるキカに一体どう説明すればいいのか判らない。
そもそも部下の、それも男同士のそんな話など聞きたくもないだろう。
気の合う相方で通っている自分達のもう一つの関係など。
これもいい機会だと、シグルドは普段感じていた事、思っていた事を告げる事にした。
それにハーヴェイは大人しく耳を傾ける。
やがてシグルドの話が一段落したところで、ハーヴェイは頭をガシガシとかきながら一度小さく息をつき、
ベッドに乗り上げていた身体を起こした。

「無理させて悪かった、んな深刻だとは思ってなかったんだ」

そのまま静かに自らのベッドへと移動していく。
ハーヴェイは猪突猛進で自分本位なところはあるが、面と向かって話せばちゃんと人の話が聞け、そして理解出来る人間だ。
内容が内容なので早く話をしなければと思いつつもついつい先延ばしにしてしまったシグルドを非難するでもなく、素直に謝れる。
こういう人間だからこそこれまでも、そしてこれからもやっていけるのだろうなと思う。
シグルドも素直に感謝を告げると、素直な笑顔が返ってきた。
ハーヴェイの理解も得られたのだから、これでしばらくはゆっくりと身体を休められそうだ。
そう思いシグルドは布団を身体にしっかりと巻きつけ、深くベッドに沈み込む。
思った以上に身体は休息を欲していたらしい。
すぐに眠気に襲われ、そのままゆっくりと瞳を閉じ眠りの世界へと旅立とうとすると、
何かを思い出したかのようなハーヴェイの声がシグルドの名前を呼んだ。

「あの人はもうとっくに気付いてるだろうよ」
「……は?」
「馬鹿だな。あの人を甘く見るなよ、俺達の事なんてとっくの昔ってやつだ」
「何だって?」
「んじゃ、オヤスミ」

閉じかけていた瞳がパッチリと開く。
思わず身を起こしてハーヴェイの方に向き直るが、ヒラヒラと手を振る相手は既にシグルドに背を向けて眠る体勢に入っている。
こうなると寝付きのいいハーヴェイの寝息が聞こえてくるのは時間の問題だ。
身を横たえた時に襲ってきた眠気はどこかに飛んでいってしまった。
しばらくして予想通り早い一人分の寝息が聞こえてきても、シグルドはいつまでも身を起こしたままぽかんと座ったままでいた。

表での態度は何一つ変わっていない。
ハーヴェイとシグルドはいつだって気の合う相方だ。
身体に負担がかかっていたとしても、それをシグルドが口にしたり表情に出したりした事は一度もない。
そう努めてきた。
勿論キカの前でも、いや、キカの前だからこそ余計に気をつけていた。
それなのにハーヴェイはあっさりとこれまでの努力を覆すような事を言う。
確かにキカほど勘の鋭い人ならばほんの僅かな、些細な変化すらも読みとれてしまうのかもしれない。
これまで色んな事を一緒にやってきたのだ、納得出来てしまう部分は多々ある。
キカに隠し事など初めから無意味だったのかもしれない。
しかしそれならば。

明日からキカとどう接すればいいんだ。

いつも通りでいいんじゃね、という能天気な回答が聞こえたような気がした。





END





 

2010.03.21 きっと4時代の二人です。 NOVEL